第11話 見学
サのや一家が出奔してしばらく経つが何もおきていない。ヒサイリに行ったんだとしたらヒサイリからリアクションがあっても不思議じゃないんだが何の音沙汰も無い。何日もかかる距離じゃないから何らかの反応があると思ったんだけど、これはどう考えれば良いんだろうか。
他集落には行かずに一家だけで暮らしていたり、何らかの事情で他集落にたどり着けなかったなどの場合はサのやは孤立している事になる。サのや単独ででできる事はそうないからこの場合は別に構わない。
次に他集落に着いているケースだが、他集落がオリノコに対して無関心であったり軽視していて何らのアクションを起していないのであれば当面は放置で問題ない。わざわざ藪をつつく必要は無い。
問題があるとすれば、何らかのアクションを起そうとしていたり、既に何らかのアクションを起しているのにオリノコが検知できていない場合だ。しかし、現状ではそうであるかも分からず何らアクションを起せずにいる。
正しい判断をするには質と量の両者が十分な情報が必要である。
ただし、この世には正確な情報を全て得てから判断できる機会はそうそうない。だから多かれ少なかれ不確かで不足した情報から判断せざるを得ない。カール・フォン・クラウゼヴィッツが『戦争論』などで“戦場の霧”と称した“根拠と確信を基に意思決定できない状況”はその極致の一つと思う。
しかし、今回はあまりにも情報が少な過ぎて考察のしようもなければ打つ手もなく、待ちの状態が続いている。願わくば他集落が敵対的でありませんように。
そうこうしている内に、ハツ村長がサのやが住んでいた竪穴住居を燃やしたいと言ってきた。
何らかの原因で誰も住まなくなった物をそのままにしておくのはよろしくないので燃やして処分するのだそうだ。言ってみれば家の火葬といったところかな?
処分するのは分からん話でもない。現代でも空き家は色々と問題が生じている。それにしても解体ではなく燃やすのか。現代だとまずありえない処分方法だな
そういう風習ならそれはそれで構わないと思ったのでその旨を伝えたのだが、ハツ村長はアメケレミメに来て欲しいとの事。
聞いてみると答えたが、土器の焼成もあるので剛史さんと匠と合わせて三人を招集しようと思う。
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オリノコ川を遡ってくる一艘の舟。やや灰色っぽい煙を吐きながらゆっくり近付いてくる。
船型が雪風とも春風とも違うので新造船だな。そして音と煙から原動機付き。たぶん試作の焼玉エンジンを高瀬舟に無理やり乗せたのだろう。
「あの煙、あの音……完成していたのか」
「ポンポン船かい?実物見るのは初めてだな」
「……黒岩さん、お約束を外すのは……ここは“知っているのか”でしょう」
「そんな約束は知らん」
美浦からやってきたのは、ちびっ子トリオ、剛史さん、匠、雪月花、そして文昭の総勢七名。焼玉船って事で文昭がいるのは何となく想像はついたが、舟の舳先に史朗くん宣幸くん美恵ちゃんのちびっ子トリオが居るのを見つけたときは吃驚した。
「ノリちゃん、ノリちゃん、一杯作ったよ」
「おー、一杯ある」
焼玉船に積まれている竹籠は十や二十じゃ利かない数がある。褒めて!褒めて!って顔をしている。
「史郎くんありがとう。大変だったろう」
「えへへへへ」
「僕も作った!」
「宣幸くんもありがとう」
二人とも良い笑顔だ。こういうドヤ顔は微笑ましい。
「あたし紐 持ってきたの」
「美恵ちゃん作ってくれたの?」
「うん」
「美恵ちゃんもありがとう」
「パパありがとだって」
「みーちゃんよかったな」
「うん」
未就学児の仕事を宛てにしている現状に忸怩たるものはあるが、立ってる者は親でも使えとばかりに心の物置にそっと仕舞う事にしている。
「じゃぁあそこのお家まで、運んでくれるかな?」
「はーい」
そうか、この子達は知らないか。
◇
「文昭は三ヶ月ぶりぐらいか。変わりなくて安心した」
「そういや春ぶりだったな。お疲れさんだな」
久闊を叙したあとは焼玉船の具合を確認する。
今回は二十キロメートルぐらいの行程を二時間ぐらいできたそうなので静水面だと六から七ノットはでそうだな。それとBDFを約七リットル使ったそうなので燃費はリッター三キロメートルってところか。燃費に着目すればモグちゃん号か蜘蛛の糸号の方が効率は良いかもしれないが、ガス欠になっても艪櫂や帆で動ける事は利点と言える。
「それはそうと、キャンプ場の方はどうだった」
「理科の実習に毛が生えた程度にはできるんじゃないかって奈緒美が言ってたな。あちらさんもDIYはしてるみたいで水の便は悪くなかった」
「水が噴いてたからなぁ」
「それと三人は残るって事なんで置いてきた」
「よく残る気になったな」
「美浦だと誰もちやほやしてくれないからじゃないかってのが奈緒美の説。自分にはよく分からん」
向こうは男余りになってるからっていう雪月花の見立て通りに進んでいるのがとても怖い。
「じゃぁ三方丸く治まったって形か。向こうはもうお役御免なのか」
「おう、とりあえずはな。向こうも図書室みたいなとこに本があったらしくて、後はそれを見ながらやるそうだ」
「しっかし、籾摺りできるんだろうか」
「そこまでは知らん」
個人的には最大の難関は籾摺りだと思っている。
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今回のイベントは二つあり、一つはサのや住居の処分についてであり、もう一つが土器の焼成である。土器の焼成は野焼きなので途中で雨が降ったら駄目になるのでそっちからやる事になっている。
アケさん、カエさん、ハロくんの三人が前日に掘った窪みに薪を組んでいる。鋸で任意の長さに玉切りできるようになって楽になったとか何とか。これまで見たことも聞いたことも無かった筈の道具を僅かな期間でもう使いこなしているのが怖い。
組み具合に満足したのか、恒例(?)の輪踊りが始まる。ちびっ子三人がいつの間にか踊りの輪の中に混じっていたが違和感が仕事をしていない。一頻り踊った後に薪に火をつけるが、まだ土器の出番ではないようだ。
薪全体に火が回り、彼らの背丈ほどまで炎があがった頃にようやく土器の出番となる。三人が焚き火の周りにコーン状の尖頭土器を逆さまにして並べている。
「乾かしてるの?」
「暖めてるの。暖めないと割れちゃうの。ねっ?パパ」
「そうだよ」
焼き物の焼成工程を話す幼稚園児……ちょっと新鮮。
三人は時折土器を回して火に当たる面を変えていたが、小一時間ほど経った頃に焚き火を棒で均してその上に土器を横たえていった。
ただ、その時に剛史さんが一瞬顔を顰めた気がした。
「何か気になる事でも?」
「ん?ちょっと早いかもってな」
「予熱不足ですか?」
「陶器だとそうなんだがな。土器だとこれで良いのかも知れん。東山くん、どうだろ?」
「フィールドワークの時はこんなもんでした。色が変わったあたりで本焼きにしました」
「そうか」
「ただ、歩留りはよくなかったですね。フィールドワークのは土器の再現が目的であって実用性は度外視でしたから……目的が違うので比較はできません」
「学者さんはそういうものか」
「目的が違いますから手段も自ずと変わります」
話はつづいているがここは彼らに任せて、俺はサのやの善後策を練ろうか。




