第7話 最初の第一歩……2
四月十一日
基本的には昨日と同じだが、文昭の手が空いたので美野里と二人で伐採に向かった。匠がもう三百本ほど欲しいと言ったそうだ。歩留まりが悪いのかな?
そう言えば生活班だけど、水と食事の用意と下の処理という感じになっている。
水については、現状では尾根沿いの川原に溝を掘って綺麗な水が溜まるようにしていて、洗濯はこの水溜めの下流でしている。
その水溜めから弁天号の水タンクに電動ポンプで汲んできて煮沸消毒して飲料水や料理に使っている。
早いうちに水路を引いて近場に溜めておけるようにしたい。
今後の農作にも影響がでるし、なによりも不便だ。
食料の入手も必要なんだが……頭が痛い事に現時点では割けるリソースが無い。
畑作りが一段落したら漁獲や狩猟や採取に割こうという事になっている。
早いとこ食料確保に割けるリソースを生み出さねばえらい目に遭う。まともな食料の食い延ばしが必要になったら美野里が蛇だの虫だのといった只でさえキツイ食材を使った創作料理に手をだしかねない。そうなったらSAN値を保てる自信がない。あれは「食べ物に似た何か」だからなぁ……
そして汚い話だが糞尿の処理は弁天号のトイレタンクの容量の都合で、一日に何回か必要になっている。
糞尿の処理はこの先は何とかするにしても現状では遠くに穴を掘って埋める位しか手がない。肥料にするって意見もあったけど現状ではまだ無理。それに下肥って手間暇がかかるし実はあまり良い肥料とは言えないんだよね。
漆原さんには申し訳ないが穴を掘って捨ててもらっている。
薪作りと合わせて大変ですがよろしくお願いします。
それで今日、捨てに行ったら竹薮を見つけたって嬉しい報告があった。
竹は繁殖力が強いから片っ端から切り倒しても大きな問題は無い。というか切り倒していかないと竹林化してしまう事もあるので積極的に使っていきましょう。
そうそう。子供達と奥さんズは日和号保育園です。外はまだまだ危険が大きいので必要な処置でしょう?エアコンを回す位の電力はソーラーパネルで賄えるからエアコンも付けてね。
四月十二日
圃場班から通達がありました。
草原潅木帯の蹂躙が当面の目標とした広さを確保できたので次のステップ、つまり焼いて焼畑を作ります。
この作業は非常に危険なので火入れ役のSCC男衆以外は念のため川向こうに避難してもらってから行います。
風下から順に火を入れて三方の端と全体の六~七割ぐらい燃え広がったら風上側の端から迎え火を入れる。
口で言えばこれだけなのだが、風向きも一定で無いし下手すると炎に巻かれる事もあり、安全に作業するのは中々大変なんだ。野焼き作業中に炎に巻かれて焼死ってニュースを聞いたこともあるし。
食用油に浸した布を棒に括り付けて即席の松明を作り、実験考古学のフィールドワークで何度も焼畑を経験している匠の指揮で火入れをしていく。
可燃物が多すぎたのか気象条件なのかは不明だが途中で火炎旋風が立ち昇った時は焦ったが何とか全員怪我も無く無事に焼き終えた。
ちなみに火炎旋風が発生した時の避難組の反応は、男性陣が「うぉー!」で女性陣は「きゃぁー」だったそうだ。
良い悪いは別にして火は男を引き付ける何かがあると思う。
……放火犯の九割近くが男性だったなんていう不都合な真実もあるけど。
その頃俺らは必死で逃げてた。火炎旋風の温度は一説では千度以上と言われていて十メートル以上離れていても輻射熱で可燃物が発火しかねないらしいから逃げなきゃ良くて大火傷だ。
今日一杯は鎮火確認が必要なので将司に見張ってもらうが、その他の人員は木工作業に取り掛かる。ある程度の木材も集まったので伐採は休止する。
圃場班は今日はやる事がないので柵の設置をしてもらっている。
他に変わったところは、俺が柵作りから匠と一緒に建材加工に移った位かな。
四月十三日
重畳な事に焼畑は可燃物は綺麗に燃え尽きて真っ白な灰になっていた。
耕耘機を取り付けた蜘蛛の糸号で畑を耕す。文昭がんばれ。
モグちゃん号はバックホーを使って仮屋建築地の整地と基礎と言うのもおこがましいが溝を堀っている。作業は将司ぐらいしか手が空かなかったので将司に頼んだのだがあまりに下手っぴで見かねた政信さんが重機操作をしてくれた。
掘った溝に石を入れ込んで突き固めてナンチャッテ基礎を作っていく。本当なら割栗石とかを使って真っ当な地業をした方がいいんだけれど、所詮仮屋なので妥協する。沈下などが問題になる前に使用は終わる筈だ。
俺と匠は仮屋の建材加工を黙々とやっている。
四月十四日
軽油はまだあるが、軽油が尽きる前に将来分を含めた圃場整備を終わらせたいとの事なので、蜘蛛の糸号はまたまたロータリークラッシャーとレーキを取り付けて蹂躙作業に勤しんでいる。昨日蜘蛛の糸号が耕耘した所は奈緒美率先垂範の元、俺や匠が作業の合間に作った木鍬で高校生組が畝作りをしている。
俺と匠は仮屋の建材加工を黙々とやっている。
俺は正直飽きてきたが匠はそうでもないようだ。
これが職人と素人の差なのだろうか。気質の話ね。二人とも学生()だし。
四月十六日
第二次焼畑火入れ。
もう建材加工は厭きた。やってもやっても終わりが見えない。
手隙のスタッフがやってくれないかなぁ?
四月二十日
仮屋の建築というか組み立てに取り掛かる。
十日間で五百本以上の材木に細工を施すという無茶をやった。
途中で何でこんなに多いのか疑問が湧いたが、ノルマをこなす事に精一杯になり有耶無耶になってしまった。
そしてこういう事は有耶無耶にしちゃいけないと後で思い知った。
匠の指示で基礎の上に順番に置いていき、ある程度高くなったらクレーンで吊り上げて嵌め込んでいく。
吊り上げて嵌め込む吊り上げて嵌め込むを繰り返すと段々家の形ができてくる。
木組み屋根を載せて樹皮を竹釘で止めて補強する。
後は床を張れば完成である。
東西二十五メートル、南北十八メートル
鉄釘一本使わず木組だけでこんな短期間でこれほどまでの建物を作るとは……流石は名匠東山義勝の孫である。
……あのぅ匠さん?
これって二十五メートルプール並の広さだよ?
仮屋って分かってる?
「所詮仮屋だ沈下や縮みがでるから耐用年数は五~六年だと思うぞ」
ホウホウ……
耐用年数が短いから仮屋ですか。
「各自が四畳以上のプライベートスペースが取れる様にした」
フムフム……
避難所とかでプライベートスペースが無いのは強烈なストレス源になるっていうしプライベートスペースは必要だよね。
「雨天時の作業所を兼ねる広間は五十畳は欲しかった」
なるほどなるほど……
でもこれはやりすぎだろう。
十八畳程度の部屋が四部屋と三十畳程度の部屋が二部屋、広間は六十畳ほどある。
広間の中央に開いている穴は囲炉裏かい?
諸々合わせて建坪が百坪って……どんな豪邸だよ!
建材の数が多すぎると思ったときや、基礎を見た段階で突っ込むべきだったと反省している。増築エリアだと思っていたんだよ……
何はともあれ今日は完成を祝して宴会でもしよう。
この世界に攫われてきてから約三週間。やっと床で眠れる。
部屋割りは言うまでも無いと思うけど、三十畳の部屋は漆原さんと楠本さんが、そして十八畳の部屋はSCCと高校生の男女それぞれが使う事になっている。
四月二十一日
仮屋というには立派過ぎる家屋が形になった。外観は積み木の家って感じにも見えるけど、機能的には支障はない。
窓や扉といった建具はまだだが、匠曰く今取り付けたら動かなくなるとの事なのでこれで仮完成とする。仮屋の仮完成って仮ばっかりだが取り合えずゆっくり身体を伸ばして眠れる場所ができたのは良い事だ。
今朝はみんな寝坊した。みんな働き詰めだったし、やっと人心地が付いたのだから無理もない。なので拉致されてから初めての休養日とした。
水汲みと食事の用意はしたけど……
二十一世紀の日本と違って水道も出前も無いし。
電気は明かりだけだけど予備バッテリーを利用して仮屋で使えるようにした。
そのうちに将司がAC一〇〇ボルトの配線を引くだろう。
そうしたら蜘蛛の糸号から冷蔵庫、冷凍庫、保温庫が降ろせるので早めにセッティングして欲しいなぁ。
発電?予備のソーラーパネルを並べれば何とかなるでしょ。
足りなければ日和号や弁天号から降ろせばいい。
明かりと保管庫だったら何とかなるさ。