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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第9話 ゆく人くる人

剛史さんと匠が美浦に戻った翌朝に事件は起きた。

先日収穫したジャガイモは袋に十キログラムずつぐらいに小分けして保管用の穴に入れていたのだが、それがごっそり……十袋ばかし約百キログラムのジャガイモが一夜にして消えた。


原因というか犯人は分かっている。ムラサのサのや一家も忽然と姿を消しているのだからバレバレだね。

サのや一家は今朝早くにジャガイモの入った袋を両手に下げて集落を出て行ったのだ。周りを気にしつつこっそりと出て行き、オリノコ川を渡って左岸を下流に向っていき朝霧に消えていった五つの人影。


見てきた様な事を言っているが、見ていたのだからしょうがない。


サのや一家はサのや一家の考えがあって誰に強制される訳でもなく出奔したのだからその事自体は是非もなしだ。俺は別に引き止める積りも制止する積りも無かったから“去る者は追わず”の精神で文字通り“見てるだけ”だったけどね。まぁあの程度のジャガイモなら餞別代りに呉れて遣っても良いと思ったし。


敢えて感想を述べるとすると「栽培の一回りも経験していない上に、ちゃんと対処しないと毒を持つジャガイモなんて持って行ってどうする積りなんだろう」というのと「同じやるならもっとタイミングを計れよ」あたりかな?


当然ながらハツ村長をはじめオリノコの者は怒り心頭に発している。


余剰生産力が皆無に等しい社会では生産物が共有される事がある。原始共産制と称する事もあるらしいが、そもそも論として余剰物が無いんだから必要以上の生産物を得る者の存在そのものが難しい。何故なら誰かが必要以上にとるという事は他者が必要を満たせなくなるのと同義なので、手法や直接間接などの違いはあるにしても他者をこの社会から退場させる必要がある。そうすると社会規模はどんどん縮小していき遠からずして崩壊する。

だからサのや一家が生産物を(わたくし)した今回の行為は、極端な事を言えば他のオリノコの者を殺しにかかったとも言える。


そりゃ怒るわな。


ただね、実際のところはそうじゃない。

最終的な収穫量は一トンには届かなくても八百キログラムぐらいになる見込みなので、サのやが盗んだ百キログラムは八分の一ぐらいの量でしかない。本来の割り当てだと六分の一ぐらいになる筈だから百三十キログラムぐらいはサのやの取り分になるので……まぁアレだ、慌てる何とやらはって奴だな。


彼らが持っていった百キログラムでどれだけ食い繋げるかというと五人+乳児で……全カロリーをジャガイモで取るとすると七日から八日分ぐらいかな?もう少し持つかな?


ジャガイモは水分が多いので重量あたりのカロリーはそう多くない。可食部百グラムあたりのカロリーは七十から八十キロカロリーぐらい。乾燥させた種である米や麦の三百後半は別格としても、百三十ぐらいあるサツマイモと比べても六割ぐらいのカロリーしかない。反収は何トンの世界なので耕地面積あたりの養える人口は米とタメを張るぐらい良いのだけどね。


「みんなの分はちゃんとあります。落ち着いてください」

「どこ」

「畑です。まだ収穫してないのがありますよね」

「あっ」


共有物に手を出したら死刑か追放か半殺しあたりの重罪だろうから分からなくも無いがちょっと取り乱しすぎ。


■■■

「何故なんでしょう」

「彼らには彼らなりの考えがあるんだろう」

「どうするんですか」

「どうもしない」


オリノコ派遣班にも状況を説明したが、納得がいかないのか美結さんが来た。他の人はサのやの行動への憤りと被害が大した事が無いのへの安堵といったところだったのだが……


「何処に行ったんでしょうか」

「さぁね。確か二代続けて婿さんはヒサイリからだった筈だからヒサイリに行った可能性はあるとは思うけど」

「でも全然合理的じゃないじゃないですか」

「そうかもしれないけど、それはそれで彼らの選択なんだから。美結さんがサのやの人達に、もっと親しんで協力的になって欲しかったと思うのは良いけど、相手はそれに応える義務はないんだからね」


納得できないのかアヒル口をしているがどうしようもない。

袂を分かった以上、俺らがどうこうする話でもないし、よしんば連れ帰ったとしても他のオリノコ民が許す筈もない。


「人間って基本的には不合理な選択をするもんなんだよ。現実を直視すれば自分と同じように考えて馬鹿な真似はしないだろうなんて高をくくってると足元を掬われるよ。最悪のタイミングで最悪の選択をする人は現実に居るんだから」

「むぅ……」

「それとね、傍から見ていると不合理な事をしているように見えてもそれが新たな一歩を生み出す事も少なからずあるから不合理ということだけでは責めるに値しない。不合理といえば……趣味の一つも無い人ってどう思う?」

「何で趣味なんですか」

「まぁ後から繋がるから。答えにくいなら趣味を楽しんでいる人ってどう思う?」

「限度はありますけど、ちゃんと生活できてるなら良いんじゃないですか」

「でね、趣味って不合理の塊なんだよ。その趣味に興味がない人からみたら時間と金を(どぶ)に捨ててるのと変わらない行為でしかない。美結さんの親父殿も結構な趣味人に見えるけど思い当たる節はない?」

「うっ」

「時として合理的でない選択をするってのは、文化の原動力なんだと俺は思うんだ。新たな発見や発明って誰もやった事のない、つまり合理的でないと思われていた事から生まれるもんじゃない?」

「まぁ確かに……」

「だから、美結さんから見たら不合理に見えるかもしれない彼らの選択がどこかで花開く事をお祈りするぐらいしかできる事は無いと思うんだ」

「そうですね……」


我ながら凄い詭弁を弄しているな。

不合理な事をしても生きていけるってのは衣食住が充実している生活が前提だから、そうじゃない環境下なら不合理な行動は結構な確率で死に直結する。


■■■

ラク夫婦はサのや一家出奔の翌日の夕方前に帰ってきた。

呼び出されたから顔を出したのだが、そこには見知らぬ人物がいた。ホムハルからの使者か調査者ってところか。いずれホムハルから誰か来るというのは予想できていたが即刻送ってくるとは恐れ入る。


「オトケレル ワー ナ ハテ ヌー ア ミズホ マ」


俺のヒアリングと翻訳が正しければ“こんにちは、私はハテです。あなたはミズホですか?”こんな感じの筈。


「オトケレル ワー ナ シノノメ ナ ミズホ ヒ。こんにちは、初めまして。私は東雲と言います。瑞穂ではありません」

「ミズホ 名前違う トヨアシハラノミズホ」


ラクさんから注釈が入った。奈緒美か美野里が豊葦原瑞穂(トヨアシハラノミズホ)と言ったから、俺らは豊葦原瑞穂人って捉え方なのか?


その後、ラクさんがハテさんに何か説明をしているが、この二人は親しい間柄のようにも見受けられる。そういう目で入れ墨をみて思ったが、ハテさんはオリノコの出身だな。名前と年恰好からして……たぶんハツ村長の兄か弟。

オリノコが他の集落から婿を迎えているならオリノコの男は他の集落に婿に行くよな。冷静に考えればそりゃそうだ。


ハテさんは好奇心が旺盛なのか挨拶が終わると矢継ぎ早に質問してきた。暫くは付き合って答えていたのだが、もう直ぐ日が暮れるというのに終わる気配がない。

仕舞いにはハツ村長(後で聞いたのだがハテさんはハツさんの弟だそうだ)が“いい加減にしろ”的な状態になっていた。


ハテさんの質問への回答に時間が掛かるのは現状だと言葉の問題が大きい。


そもそもの語彙の量が全然違う。

金属を見たことも聞いたことも無い人に鉄を何と言ったらいいんだ?実物を見せて触らせてといった事以上の物は難しい。名詞レベルだと実物を見せるという手法もあるが、形容詞なんて説明に窮する最たるものだと思う。


そして最も困るのが一言では言い表せない概念的な物。

そしてそれに付随する独特の言い回しや単語などの専門用語(テクニカル・ターム)なんかは現代人同士でも説明が難しいのにそれらをどう伝えたらいいのか全く分からない。


これは聞いた話だが、某国から日本に来て職についた人がいて、その人は日本でその業界の業務を習得したので専門用語は日本での専門用語(英語あり日本語あり)で覚えていた。あるとき、その人のいる会社に某国の見学者がくる事になり、その人が案内する事となった。当然ながら某国の言葉で案内していたのだが専門用語の段で某国の業界ではどういう表現をしているのかが分からなくて詰まってしまった。見学者に付いていた日本人通訳に「日本語で良いですよ」と言われ落ち込んだとか……


今の俺はその人の気持ちが分かる気がする。

子供の素朴な疑問と似ているが若干趣が異なるこの手の物は凄くもどかしくてストレスになる。もしこれが新たな集落と交流を持つ度に起こるとすると……胃に穴が開きそう。


ハツ村長がいうには昔から何にでも「何?どうして?」と聞いて回って煙たがられていたそうだ。申し訳なさそうに何度も謝ってきた。

ただ、俺はそういった好奇心旺盛な人って嫌いじゃない。自分自身が新たな知識を得る事に喜びを感じているんだから、嫌いと言ったら同属嫌悪かダブスタだろう。


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