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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第8話 土器と陶器

せっかく匠と剛史さんが居るのでオリノコ川からの取水とオリノコ川の支流の仮称恵川(めぐみがわ)を堰き止めての溜池について相談している。


現状で入手できる止水可能な物と言えば鉄と鋼鉄と三和土と陶磁器になる。厳密に言えば陶器は透水性があるのだが、釉薬でコーティングすれば水を漏らさなくする事もできる。堤体は土石で(こしら)えるとしても樋管とか取水管とかで陶磁器の出番があるかもしれない。


「樋管だっけ?それってどれぐらいの長さがいるんだい」

「二十五から三十メートルぐらい要ります」

「そんなに要るのかい」

「ええ。法面の勾配が上流側は三.五、下流側が三.〇ぐらい要りますから、それだけで二二.七五メートルになります。堤頂部に二メートル取るともう二十五メートル。これ最短距離で結んでですから」

「勾配?」

「えっと、一メートル上がる時に水平方向が何メートルかって値と思ってください。必要な高さに勾配を掛けたら水平距離がでます」

「三.五と三.〇で六.五、これに高さ三.五だから……なるほどな」

「可能なら樋管を陶器で作りたいんですけど」

「強度的にも長さ的にも無理だと思うよ」

「ですよね。なので樋管の出入り口とかで使えないかと思ってまして……これなんですけど」


ごみや木の枝などの異物が水路中に流れ込まないように取水口に取り付ける塵除け格子(ちりよけごうし)とか、取水用の斜樋(しゃひ)とか、斜樋に開けている取水口を開閉するゲートとか、管の出入り口で砂泥を分離する枡とかに使えないかと思っている。


さっき言った樋管は底樋管ともいわれる堤を貫通している水路の事で、可能なら腐らない素材にしたいと思っている。

大昔の溜池の樋管は木製だったので、腐らないよう常に水に浸かるように工夫を凝らしても二十から三十年でリプレースが必要だった。このリプレースは場合によっては堤を壊して樋菅を作り直すことになるので結構な工事になる。

石で作る方法もないではないが(現実にはありえないが)一枚岩を刳り貫いたとかでないかぎり、石と石の隙間から水漏れが起きる可能性があり、水漏れすると最悪破堤もありえる。“千丈の堤も蟻の一穴から”というのは冗談でも何でもなく本当の事なのだ。

満濃池で木製の樋管の交換が大きな負担になっていたので石製の樋管にしたところ、地震という原因もあったにせよ二年ぐらいで継ぎ目から水漏れが生じて破提している。確か復旧が明治なので幕末の頃の話だった筈。


現代だとプレキャストコンクリートと言って別の場所で作った鉄筋コンクリートの部材を使うのが一般的だが、今回は現場打設の三和土というのが現実的かな。ただ貝灰と苦汁(にがり)の供給が問題だ。ほんと、どっかに石灰岩ねぇかなぁ?


「それで、溜池はいつ頃着工する積りなんだい」

「溜池の方は秋から冬でしょうか。秋雨や台風シーズンが終わってからじゃないとちょっと怖くて」

「雨は禁物なのかい」

「工事中に豪雨レベルが来るとヤバイので……工期が短いオリノコ川の取水を優先したいと思ってます」

「オリノコ川も堰き止めるのかい」

「いえ、オリノコ川の方は大川と同じく斜め堰で行こうかと」


斜め堰というのは川に斜めに堰を築くと水流が曲げられて水が集まる。右肩上がりに造れば川の水は左下に寄って来るのでここで取水する。堰は川を全部塞ぐ必要はないので……というか全部塞ぐと拙い場合に採用されやすい方法だったりする。


取水効率だけを考えると川の流れに対して直角に全部塞ぐのが一番手っ取り早いのだが、全部塞ぐと渇水時に下流に水が流れないという事態になる。斜め堰だと全部は塞いでいないので下流にも水は流れる。真偽の程は知らないが、斜め堰はその為に考えられたという説がある。水利争いが激しい流域に多いとかなんとか。


現状では水利争いは無いが、全部を塞ぐリソースが無いので……

里川なら(台風と鉄砲水で壊れたけど)堰き止める事はできたが大川やオリノコ川だと正直厳しい。それと斜め堰は堰き止める訳ではないので多少水が通っても構わないというのも難度を下げる。


「竹籠はそんためか」

「そうです」

「史朗にも作らせようか?竹細工にすっかり填ってて、じぃじと新木場(木工所)に通ってるんだよ」


猫の手も借りたいっちゃそうなんだけど未就学の子供に……


「お願いしていいですか」

「おう。史朗も喜ぶさ」


■■■

翌朝、ラクさん夫婦をホムハルに送り出した。

剛史さんと匠は今日一日オリノコ滞在の予定。

幸いにも塩壷(陶器)の件で、ハツ村長の婿のカエさんと息子のハロくん、そしてアケさんの三人が興味津々なので剛史さんは時間を持て余すことはないだろう。


聞けば、三人はオリノコで土器製作をしているそうで、新基軸の焼き物は場合によっては自分たちのアイデンティティの危機なのかもしれない。


匠が言うには縄文土器は野焼きで焼成されていた可能性が高く、季節としては夏場に焼かれていたという仮説もあるそうだ。野焼きなので夏場が優位とかドングリなどの収穫に備えてとか色々な考察がなされているらしい。

そうだとすれば、これからが三人の土器製作に掛かる頃合といったところか。


現代では、普及品の工業的な窯業は年間通して作られているが、芸術寄りの場合は季節を決めている事もあるそうだ。剛史さんは“私は一番湿気が少ないから冬”との事。

つまり、剛史さんは冬以外の季節は自分を殺して普及品を焼いてくれていたと言う事。例えが正しいか分からないが、タイヤメーカーのレストランガイドに載るようなシェフに大衆食堂の五十円のおかずを作ってもらっている様な後ろめたさがある。


新基軸の陶器の話と思いきや、匠も興味がある彼ら自身の縄文土器の作り方からだった。


「なるほど、そうやって成型するんか。焼きはどうするんや」

「ヒツセ モヒ 置く 火 焼く」

「土器と薪を置いて焼く……野焼きのようですね」

「戎講師の研究結果も“野焼きの蓋然性が高い”というものだったな」

「晴れ これ 焼く 来るか」


片手を広げて見せたって事は晴天が五日続いたらって事か。

チラッと二人に目を向けると……来る気満々だな。剛史さんは焼き物自体に、匠は考古学的な興味なんだろう。


「これ 綺麗 良い どう 作る」

「窯っちゅう竃のでっかい奴の中に入れて焼くんよ。一度焼いた後に灰とかで作った釉薬を塗ってもう一度焼くとこんな風になる」

「かま かまど……竃 あれ 良い」

「冬になったら焼くからそんときゃ来るか」


どうやら技術交流(?)が行われる模様。三人はもちろん大乗り気。


この後“どんな土を使っているのか”とか“オリノコ川の対岸(左岸)は良さそうな土がありそうだ”とか土談義が始まってしまった。ここまで来ると匠も俺ももう付いていけない。


「ちょっくら土見てくるわ。スコップ貸してくれ。それとどっから川渡ればいい?」

「あっあぁ……はい……案内します」


「ここらが匂うんだよなぁ。東雲くん、どう思う?」

「地形的に粘土かシルトが堆積してそうではありますが」


増水したら水没する場所を氾濫原という事があり、氾濫原の外縁付近は細かい粒子が溜まり易い。だから、余り段丘が明瞭でない左岸のこの辺りは泥が堆積している可能性は高い。

粒子の細かい順に、粘土・シルト(粘土とシルトを合せて泥とも)・砂・(れき)(拳大ぐらいまでの小石)・石・岩となるが、川が氾濫した際は細かい粒子ほど遠くまで運ばれる。つまり氾濫原の外縁付近は粘土やシルトといった泥が堆積しやすい。暴れ川だと現在の河道から何キロメートルも離れた場所に泥が堆積してたりもする。


「だろだろ?アケさん、カエさん、ハロくん。ここ掘れワンワンだ」

「オー!」

「掘るぞ!」

「アー!」


そういえば剛史さんもこうゆう人だったのを思い出した。いやぁ……ホント生き生きしてるよなぁ……ちょっと引く。

秋川の親父っさんと漆原の旦那は、箍が外れると手におえないんだ。正直、このテンションに付いていけない。


それにしても“ここ掘れワンワン”って“花咲か爺さん”知らなきゃ訳ワカメだろう。何か通じている気もせんではないが……


それに犬のワンワンって“犬居るんかい”って気もする。まぁ居ても不思議じゃないけど、居なくても不思議じゃないってあたりか。

ソ連だかロシアだかで行われた実験で、狐の中で人懐こいのを人為選択して十世代ぐらいしたら“これ狐じゃないくて犬じゃね?”という見掛けと鳴き声と仕草になったとかいう話を聞いた事があるから、何十年後かにスコルとレイナの子孫が犬になる日がくるかも知れない。


「東雲くんやぁ、よさげな土あったからちっと袋持ってきてくれんね」

「どれ位要ります?」

「一人二袋として十袋」

「そんなに袋がないです。五つで勘弁してください」

「そうか。しゃあないの。頼むわ」


見るだけじゃ飽き足らず、採取するってか?

この後、菊練り講座が始まるだろう。そうじゃなければ土を寝かせる方法だな。これって賭けは成立しないと思う。

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