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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第6話 小さな変化

推定有馬温泉ツアーは“今する事じゃない”という至極真っ当な理由で却下された。生活基盤がもう少し整ってからという事なので後の楽しみにしておこう。

ミヌエの調査も時期尚早という判断が下ったのだが、ホムハルへオリノコの誰かを派遣するのは賛同を得られた。


そういう事で、ホムハルに行ってオリノコの状況を伝える人選をハツ村長に依頼したのだが「持って行ける物が無いが、どうするのか」と聞かれた。

他の集落を訪ねる際は贈答品が必要との事。

訪問する際は手土産の一つでも持って行くのが礼儀って奴かと思ったのだが、もっと重要な事情があった。聞いた話を整理すると、相手の縄張りに入るのだから縄張りを奪う意思は無い事を表明するためという事のようだ。


これまでは麻を持って行っていたのだが、山火事で男衆の服が焼けたので贈答に使える麻が無いという事らしい。今のオリノコに贈答できる物が無いのは分かった。それなら塩とか革あたりを美浦から取り寄せたらと聞いたところ、それならありがたがられるとの事。


美浦の生産能力と需要を考えれば塩が良いな。

今後もあるし、剛史さんに塩壷を量産して貰おうかな?……忘れないようメモしとこ。


人選は承諾してくれた。出発時期を聞かれたが、梅雨の時季に行かすのも何なので梅雨が明けてからと答えておいた。


■■■

「おっふろー、おっふろー、おっふーろー!」

「髪を洗うよぉ、おっちんしてね」

「あーい」

「お目々瞑って」

「あーい」


掘立柱建物(命名:カムサキ)の床材や壁材の余りの木板を使ってお風呂を作った。水汲みが大変だから一週間(五日)に一度程度だけどオリノコで入浴できるようになった。入浴文化はまず子供を虜にし、そこからオリノコ中に広まるまで然して時間はかからなかった。


お風呂は良い物だけど準備が大変とフマサキ出身のカエさんが言うので、もしかしたらフマサキにいつでも入れるところを作れるかもしれないと話した。結構食いつきが良かったから親善団の訪問は将司の思惑より早まるかもしれない。


身体が清潔になると衣類にも気が向くようになり、洗濯を教えてくれとの要望が上がってきた。衛生面でも良い事なので喜んで承った。


しかし、この流れに染まらなかったのはサニとサヌの母娘。

その結果どうなったかなのだが、オリノコ内で二人が避けられだした。

涇以渭濁(けいいいだぐ)(けい)()を以て濁る:濁っている涇水(涇河)と澄んでいる渭水(渭河)が合流すると清濁が対照的で涇水の濁りが一際目立つ)ではないが、比較対象ができると汚れや臭いが気になるらしい。

五日に一度の風呂なので現代からすると五十歩百歩な気もするが……


■■■

オリノコは今日も雨。入梅したと思われる。

雨を見て確信したがやっぱり水は貯めておきたい。

美浦は里川と大川から水を引けたのであれだけどオリノコで稲作するなら溜池が欲しい。水田の水を人力で汲み上げるってゾッとする。まぁそうやってた時代もあるけど……


水田は来年以降の話だが、地味に風呂も貯水の必要性を感じさせる。

美浦は給水塔代わりの天水桶から風呂の水張りができたし、天水桶の水が足りないときは用水路から天水桶に電動ポンプで揚水できたからいいんだけど、オリノコではそれらが無いから風呂を沸かそうと思えば川から水を汲んでくるところからしないといけないから大変。


高台に水を溜めておいて要る分だけ取り出す方法が楽なので、灌漑と生活用水のために溜池を造る。もっとも工事にかかるのは梅雨明け以降の話。梅雨の真っ只中で土木工事はしないよ。樋管の部材とか準備がいるから今は見積りまで。


溜池は大きく谷池と皿池に分ける事ができる。

谷池(山池とも)というのは山の谷に流れる谷川を堰き止めるタイプの溜池を指し、皿池(野池とも)は平地に堤で囲いを造りそこに水を溜めておくタイプの溜池を指す。


谷池は川を堰き止めるので構造的にはダムと変わりが無い。というか谷池はアースダムの典型例とさえ言える。

一方、皿池は耕作地や住宅の近くに造られる事が多く馴染み深いことから溜池といえば皿池の方を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、実は皿池単独では大して役に立たない。平地にバケツを置いておいても大して水は堪らない事から分かると思うが皿池には別途水源が必要なのだ。


皿池の水源が谷池というのはよくある事で、谷池を銀行口座に、皿池をお財布に例える事がある。給料の銀行振り込みのように山に降った雨が谷池にたまり、そこから小出しに要る分だけを皿池に移して利用する。


造ろうとしている溜池は当然ながら谷池の方。

平山の北斜面を流れてオリノコ川に注ぐ小川がターゲット。

欲を言えばオリノコ川を堰き止めたかったけどリソースからみても小川を堰き止めた小型の物が関の山。俺自身も一時的な河川付替えの現場は手伝った事はあるけどダム建設なんて設計も施工もやった事がないから“小さな事からコツコツと”でないと怖すぎる。


堤高(ていこう)三.五メートル、堤頂長(ていちょうちょう)十メートルぐらいで貯水量が二千立米あたりを目論んでいる。一戸建て用のユニットバスの使用水量が二百リットルぐらいだったと思うから、二千立米だとお風呂一万回分の容量って事になる。


大きいと思うかもしれないが土木の数字は一般から隔絶した物があるから二千立米なんて実は物凄く小さい数字でしかない。

ダムの貯水容量は三百万立米以上(国際大ダム会議における定義)あって普通は数千万立米単位なので二千立米なんて万分の一以下の規模でしかない。

それに三町歩の水田に引水したら六センチメートルぐらいにしかならない量でしかないから農業用水の水源としてもとっても小さい。


■■■

定時連絡で伝えた贈答品に使う塩壷と溜池の樋管の依頼についての美浦からの返答は“時間をくれ”であった。作ってるのが剛史さん一人だし、粘土も薪も限度があるから予想通りといえば予想通り。他にも別件で皆に知らせる事ができたのでオリノコ派遣班で会合を持った。


「この度、特別手当が当たる事になった」

「特別手当ですか?」

「うん。ずっとテント生活だったんだからある程度は融通しろって捻じ込んだんだ。とりあえず、このリストを見てくれ」

「どれどれ……」


リストには服や布や糸などの繊維製品、甘味などの嗜好品、道具や何かの製作依頼権などが書かれている。


「物によっては直ぐって訳にはいかない物もあるけど、何に使うかは各自の自由だからね。それとリストに無くても内容次第では請けてもらえるだろうから希望があれば書いてくれればありがたい」

「何でも良いんっすか?」

「言うのは只だから何でも良いけど、叶えられるかは知らない」

「ですよね」

「そうそう、こっちの封書は女性のみって事なんで……返信はこっちの封筒に入れておくんなまし」


女性用リストには女性特有の物品が書いてある。返信用封筒は人数分用意したから内容は雪月花が見て必要な手配をする以外の誰の目にも触れない。当然俺も見ることは無い。


「何か他に質問はある?……じゃぁ各自でゆっくり考えてね。どうせ雨でたいしてやれることが無いから暇つぶしを兼ねてくれればいいから。何かあったら聞きに来てちょうだい」


しばらく経つと意外なというと失礼かもしれないが、黒岩さんが訪ねてきた。


「あのボーナスってさぁ、好きに使って良いって事は誰かにあげても良いって事だよな」

「ええっと……誰がどう使おうと一切注文は付けないって事なんで……そうなりますね」

「……相変わらずあんたらは怖いな」


怖い?Why?わけがわからないよ。


「単純に多少なりとも皆さんの労を(ねぎら)えたらってだけで、これっぽっちも他意は有りません。何が怖いのか全然分からないですし脅すような意図は全くないんですが……」

「あんたらがそう思ってるのは分かるが、俺の様な小市民にはそういうのって滅茶苦茶怖いんだって」


小市民って仏語のプチ(小規模な)ブルジョワ(有産階級)の和訳で知識人や自営業者とか中小企業の経営者といった中産階級ってのが元々の意味だから東雲家(うち)は原意通りの小市民だけど、ここでいう小市民は庶民とか普通の人とか小心者って意味の方で使ってるんだろうな。


「自分も庶民のつもりなんですが……」

「お前らの様な……まぁいい。リストには無いが鶏をくれってのはありかい?」

「餌はどうします?」

「そこらにある草と何なら稗や粟。カルシウムは魚の骨でどうだ」

「成る程。何羽ぐらい欲しいですか?」

「できれば雌鶏を六羽。毎日一家に玉子一個あればかなり栄養面の改善ができると思う」

「掛け合う価値はありそうですね。でもそんな事に使っていいんですか?」

「他に何に使えと?」

「自分へのご褒美とか」

「そこまで馬鹿じゃない積りだ」

「私達はこれで何かを試すような気は全くありません。人間関係は拗れると厄介ですから壊れて困るものに破壊検査なんてしませんよ」

「じゃぁ俺がそうしたいという事にしてくれ」

「分かりました。ではそのように」


彼の言動は好ましい部類なんだが何か齟齬がある気がする。

捨て置かず、こういう事が分かりそうな奴に聞く事にしよう。


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