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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第5話 周辺情報

棟上の後に屋根と壁と床と天井を拵えて落成を迎えた。まだ手を入れないといけないところはあるが、現状でも雨風を凌ぐ事は可能であり、何とか梅雨の前に建てられてホッとしている。


「たかーい」

「すごーい」


広間でぴょんぴょん飛び跳ねるお子様達。

梁下寸法(床面から梁の下端までの高さ)が二四〇〇……まぁ現代日本なら普通の住宅の一般的な高さなので俺らは男衆ならジャンプすれば余裕で届くし文昭なら跳ぶまでもなく手が付く。女衆もだいたい届くが中には届かない者もいるかもってあたり。


しかし、大人の平均身長が一四〇センチメートルぐらいのオリノコの皆だと手を伸ばしても梁下まで六十センチメートル以上あるから身長の半分近くまで跳躍できるなら届くけど……まぁ難しいかな。彼らからすれば滅茶苦茶高い天井で十二畳の広間という空間にテンションが上がったお子様がはしゃぐのは止むを得ない。


「はーい。そろそろおっちんしようね」


一頻り好きにさせた後で声をかける。どうせジッとしてられないんだからガス抜きはしておかないとって思ってる。


一旦、落ち着いたところで雪月花が入場してきて御神体(?)の鉄鏡を据え付ける。

鉄でも鏡面仕上げすれば十分鏡として使える程度には映る。とはいえ直径二〇センチメートルぐらいのほぼ真円の鏡を作るのは大変だったと思う。絶対誰かが悪乗りしてるに違いない。


代わる代わる鏡を覗き込んでは鏡に拍手(かしわで)跪礼(きれい)する面々を他所に食卓を運び込んで料理を並べていく。

奈緒美に恨まれるかもしれないがこういう席に酒は付き物だよね。


■■■

衣食足りてではないが、落成から数日後ようやく落ち着けるようになったので彼らのネットワークについてヒアリングを始めた。


同じ集落の者同士で子を生すのは禁忌とまでは言わないが珍しいらしく、婿は他集落から迎えるのが一般的でオリノコでも婿は六集落からきている。

その六集落(オリノコを含めると七集落)はまとめるとこんな感じ。


ヒサイリ

集落の規模は五家族ぐらいとあまりオリノコと変わらない。大川をもう少し遡ると支流が合流していてその支流を西に辿っていくとヒサイリがあって半日は無理だが一日はかからずに着ける。オリノコの北の山を回った向こう側って感じかな?


ホムハル

十五家族ぐらいある比較的大きい集落。大川をオリノコから遡っていくとあって、距離的にはヒサイリと変わらないぐらいの場所にある。

この辺りの集落間交流の中心地で他集落から来た者を泊める場所もあるとの事。


ミヌエ

ホムハルから更に大川を遡った先の支流にある。六家族ということで規模は普通。

気になる事としては、西に向かう川を下ればホムハルに着くが、北に向かう川を下るとムイブチという集落に着くという点。


オリノコを加えてここまでの四集落が大川水系の流域にある。他にも集落はあるとの事だが、場所や規模などはよく分かっていない印象を受ける。


ヒノサキとサキハルとフマサキの三つはホムハルから東に一日ぐらい行ったところにあって、それぞれは比較的近辺にあり北から順にヒノサキ、サキハル、フマサキとなる。規模も生活振りもさして変わらないそうなのだが、フマサキ出身の二人から聞き捨てならない話を聞いた。


フマサキの南にある山中から年中湯気が上がっている場所が幾つかあって、ところどころの小川が赤く濁っていたり、臭いもしないのに息を吸うと死んでしまう谷もあり、山には入らないようにしているらしい。


……それって絶対温泉だよね。

どんな泉質なのかは分からないけど、例え入浴できなくても色々と利用価値はあると思う。ここは親善団を仕立てて訪問するべきだろう。


■■■

個室で聞き取り内容と考察と意見具申の手紙を認めていると来客があった。


「こんばんは。ちょっと良いですか?」

「良いよ。でも美結さん、夜更けに男の部屋にくるのはあまり感心しないよ」

「灯りがついてたから」


サザエの貝殻に菜種油をいれて灯りにしている。


「まぁ入って」

「お邪魔します……ちょっと気になる事があるんです」

「何かな?」

「集落がある場所って支流が多い気がするんです。オリノコ、ヒサイリ、ミヌエは支流ですよね。何でなんでしょう」

「何でだと思う?仮説はある?」

「分かんないから聞いてるんですけどぉ」

「一個々々考えていこうか。本流に集落があるメリットとデメリットって何だと思う?」

「む……不思議には思わないんですか?」

「うん。それ程不思議には思ってない」


治水されてない本流は面倒だと思う。


「分かりました。本流にあったら……交通の便や水の便は良いと思うんですけど、デメリット、デメリット……水害?」

「そうだね。後、現地を見ないと分からないけど森林が発達してなくて木が得にくい可能性がある」


俺が思うに、大川は河床勾配が緩いため、氾濫し易くて水が引き難いんだと思う。特に岩崎――大川とオリノコ川の合流点付近――のように山に挟まれた隘路のような地形の上流は隘路部がボトルネックになって大雨が降ると簡単に水没する可能性がある。そうだとすると、森林に遷移し難くなるし、地下水位が高いと竪穴住居だと湿気が凄いことにもなりかねない。


「メリットよりデメリットの方が大きいと?」

「川の性質にもよるとは思うけど、大川の上流ではその可能性はあるね。そういう地下水位が高い場所から見つかる遺跡を低湿地遺跡っていうんだけど、態々そういう名前を付けてるって事は一般的ではないって事なんだ」

「腐っちゃうから?」

「いや、逆に低湿地遺跡の方が保存性が良くて有機物も出土しやすいんだ。残り易いのに数が少ないってのは、まだ見つかっていないかそもそもの数が少ないってあたりかな?」

「住みにくいんですかねぇ?」

「川辺から高台にかけての遺跡もあって高台に住みながら低地も利用していたって低湿地遺跡もあるよ」

「じゃぁオリノコは」

「遺跡になったらそういう典型だね」

「大川の本流にはそういう利用しやすい高台が少ないのかな?」

「可能性は有ると思うよ。仮説を立てたんだから次は検証だね」

「検証?」

「情報を収集して分析して、それが成り立つ仮説を立てて、その仮説が正しいか検証するってのは科学的手法の一つだよ」

「……でも今回のって限られた条件じゃないと成立しないんじゃ」

「そうだよ。でも法則とか理論とかってあくまで限定された条件下でしか成立しないから。汎用性が高い言い換えれば限定条件が緩いものが法則や理論として残ってるだけだから」

「そんな物なんですか?」

「そうだよ。そうだなぁ……質量保存の法則って知ってる?」

「あんま馬鹿にしないでください」

「じゃぁ核融合や核分裂すると質量が保存されないってのは?」

「え?」

「二重水素と三重水素を核融合するとヘリウムと中性子になるんだけど、後者の方が〇.四パーセントぐらい軽いんだ。質量欠損って言うんだけど、この欠損した質量がエネルギーになってるんだ。E=mc^2(エムシー二乗)って聞いた事ない?」

「相対性理論?でしたっけ?」

「そう。質量に光速度の二乗を掛けたものがエネルギーって式ね。質量が無くなればエネルギーになり、エネルギーが無くなれば質量になる。つまり質量保存の法則は化学(ばけがく)の範疇でなら成立する法則で量子力学などの物理では成立しないんだよ。完全に成立する法則って数学ぐらいじゃないかな?」

「…………」

「まぁ話は逸れたけど、こんなもんで良い?」

「後、もう一つ。フマサキの南の山って火山なんじゃって」

「火山かどうかは分からないけど、温泉はあるんじゃないかなって思ってる」

「温泉に火山は付き物なんじゃ?」

「いやいや……火山の無い温泉もあるよ。日本三古湯に挙げられる道後温泉、有馬温泉、南紀白浜温泉は火山と関係ない非火山性の温泉だよ。有馬と白浜は日本列島の地下に潜り込んだ太平洋プレートから(にじ)み出た高温の地下水らしいし。まぁ火山なら火山で使い出もあるけどね。でも何で?」

「火山は怖いんで……」

「行ってみるかい?何か分からないまま不安を抱えるより、一つずつでも不安を取り除こうよ」

「行くんですか?」

「調査隊編成の具申を書いてたとこ。はい」


書きかけの書類を見せる。


「日本海へのルート!?何ですそれ!」

「声が大きいよ。ってか集まってる気がするから広間に行こうか」


部屋の外で物音がしてたから何人か聞き耳を立ててたんだろう。何を期待してたんだか知らんけど……


広間にオリノコ派遣班の面々が集まってくる。居ないのは三人か。

状況証拠から推理した可能性に過ぎないと前置きして仮説を話し出す。


一つ目は大川が加古川の可能性がある事。

瀬戸内海沿岸でここらの地形と整合しやすい場所はそう多くなく播磨灘は有力候補な事。

そうだとすると辰川と大川は播磨五川(はりまごせん)の何れかの可能性がある。播磨五川というのは播磨灘にそそぐ大きな五つの川のことで、東から順に加古川、市川、夢前川(ゆめさきがわ)揖保川(いぼがわ)千種川(ちくさがわ)の五つを指す。


諸々考えたところ、大川が加古川だったら説明が付く物があった。それはミヌエの西と北に流れる川の事。もしそれが流出先を太平洋と日本海に分ける中央分水界だとするとミヌエは水別れ(みわかれ)近辺の可能性がある。


兵庫県丹波市の石生(いそう)あたりで加古川水系の高谷川と由良川水系の黒井川が近接していて、水別れと呼ばれる分水界がある。ミヌエから西に向かう川が高谷川で北に向かう川が黒井川なら辻褄は合う。そうならば、大川は加古川という事も同時に確定する。


この水別れなのだが、本州の中央分水界では一番標高が低く百メートルを切っている。川は勾配を登る事は無いので加古川河口の加古川市・高砂市から由良川河口の宮津市・舞鶴市までの百四十キロメートルに及ぶ標高百メートル未満の低地帯があるという事。そしてこの低地帯を氷上(ひかみ)回廊という。寒冷化で北から南へ、温暖化で南から北へ生物が移動できる貴重なルートでもある。


二つ目はフマサキの南の山の話は有馬温泉の可能性がある事。

大川が加古川だとすると位置関係的に有馬温泉と考えるのが妥当。


そして、この仮説が正しければ現在位置が確定でき、鉱物の入手確率を増やせる可能性がある。日本列島は鉱物の博物館とも言われるぐらい鉱物の種類は多い。博物館だけに産業で使える量があるものが数少ないんだけどね。でも手工業レベルでなら何とかなる量はあると思う。

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