第6話 最初の第一歩……1
ここを本拠地として家を建てるのだが、いきなり何十年も持つ建物を建てるつもりも無ければ資材的にも無理。
匠がいるから技術的には建てられたりするのだが、木は伐採した後に乾燥などの適切な処理を行わないと恒久的な使用に耐えない事が多い。例外もあるけど。
なので、今回建てる建物の目的は、恒久施設ができるまでの間、雨風が凌げて安心して寝られる場所を確保するというのが第一目標となる。
各種設備はその後に順次作っていく。
建物も急ぐが田畑も同様に急ぐ必要がある。
播種時期を逃せば一年を棒に振るし種類によっては種が一年持たない物もあるのでそうなったら二度と手に入らない事態も考えられる。
そこで、建築班と圃場班に分かれて同時平行で進める事となった。
基本的には建築班のリーダーは匠が、圃場班のリーダーは奈緒美が担当するが、他のメンバーは固定ではなく、作業内容や量によって臨機応変に組み替える。
この二つの他に生活班というか水の確保や食事の用意とかをするグループもある。
四月八日
建築班が先ずしないといけないのは資材調達、つまり木を切り倒して運んできて木材に加工するという作業である。森での作業はそれその物が危険である上に伐採という危険を上乗せするので経験者つまりはSCCのメンバーから選抜された。
匠、文昭、美野里、佐智恵、俺の五人だ。
少ないように思えるかも知れないが、人数がいれば良いというものでもなく、多いとかえって危険が増す事もある。それに道具の数も限られているのでこの人数が適切なのだ。
作業手順は、伐倒する木と残す木の選定を美野里が行い、匠と俺が伐倒し、文昭と佐智恵が枝払いを行う。ある程度数が溜まったら牽引用に玉掛けしてモグちゃん号で広場まで引き摺って行く。これを延々と繰り返す。
美野里は食べ物がなる木を中心に残してはいるが、食べ物がなる木だからと言って無条件に残している訳ではないし、食べ物はならないが残している木もある。それについて聞いたら「これらは漆、あれらはイタヤカエデ、あれは楠、それぞれ役に立つから」と美野里が食べ物以外にも評価しているとは驚天動地だ。
ん?イタヤカエデはシロップが採れるから食べ物枠じゃないのか?
しかし、そう易々と作業はさせて貰えない。何の整備もされていない原生林なので樹冠が蔦で覆われていたり枝が隣の木に絡まっているなんて事はしょっちゅうである。そのまま伐倒すると色々危険なので登って枝打ちや蔦切りをする必要があり、やたらめったら切れる訳では無かったため、初日は百本ほどを伐採するのが精一杯だった。まぁ面倒な木を重点的に切っていったからってのもあるけど……
幸いにして平地なので倒す方向は比較的自由に決められたのでまだマシだった。もし傾斜地だったら倒す方向が限定されるのでもっと少なかった筈だ。斜面の上方向や下方向に倒すと木が暴れて危険だし裂けたり割れたりして価値を毀損する事も多いので斜め下か横方向に倒す。そうは言っても都合よく空いているとは限らないので伐倒する順番とか伐倒方向の絶妙なコントロールが要求されるし、しくじったら危険な目に遭う事も多い。
それでもある程度手が入っている山林ならやろうと思えば一人で一日二百本近く伐倒できるから初日はいかに効率が悪かったかが分かろうものだ。
そうは言っても俺らが奈緒美のお祖父さんに仕込まれてなかったりチェーンソーが無かったらこんなに早くは切れなかったとは思うけどね。
当り前だが未整備の森林から切り出した木なので曲がっていたりして材木化に不向きな木も少なくはない。匠が何とかするみたいな事を言っているので何とかしてもらおう。本当は乾燥させるとか色々しないといけないのだが、そんなものは後々建てる家屋はそうすれば良いのであって今は間に合わせでもいいから屋根、壁、床が欲しい。かれこれ一週間はテント生活なのだ。限界も近いがこれが終わらないとテント生活が終えられない。
四月九日
俺は圃場班にコンバートされた。理由は潅木の処理などで重機を導入する事になり、蜘蛛の糸号の運転員が必要だったからだ。
家も大事だが田畑も大事。
蜘蛛の糸号を運転できるのは文昭と俺しかいない。
護衛というとアレだが戦闘力があるのは楠本さんと文昭の二人。ここは野生の王国なのだからこの二人は建築班と圃場班に分かれる必要がある。
さすがに楠本さんも林業経験はないので文昭が建築班に固定。
つまり、俺が圃場班で重機オペをする選択肢しかない。
蜘蛛の糸号にロータリークラッシャーとレーキを取り付けて圃場予定地に乗り入れる。回転して何かを粉砕する機器はみんなロータリークラッシャーと言うので色んな用途や大きさがあるが俺らがここでロータリークラッシャーと呼んでいる機械は潅木や草などを粉砕しながら刈り取る草刈機のお化けみたいな奴で藪を刈り払って林道を通す時などに使っていた。こいつで草原や潅木帯を蹂躙する。
そしてレーキは日本語にすると馬鍬とか熊手になる。要は重機で使う巨大な熊手だ。
地面を浅く掘ると表層付近の石が地表に整列するので石礫を取り除きやすくなる。本当は犂の方が向いていると思うけど、プラウは持ってない。
潅木や草を片っ端から粉砕し、高校生組が粉砕片を掻き寄せて幅十メートルぐらいの防火帯を作っていく。防火帯が一通りできたら圃場予定地の草木を蹂躙し、潅木の根などはレーキで掘り起こしたりクレーンで吊って引き抜き、更地に変えていく。
そうしてからレーキで少し土を掘れば石礫が表面に出てくるので、それを手作業で取り除いていく。石礫があると生長不良が起きたり、農作業中に思わぬ怪我をする事もあるので石礫除去は結構大切な作業だったりする。
石礫除去はストーンピッカーとか回転篩とかがあれば楽できるのだが残念ながら持っていない。何度も使うような機械じゃないので必要になったら業者に頼んだりレンタルしたりしてたと奈緒美が言っていた。
芋農家ならポテトディガーというストーンピッカーによく似た農機を持っている事が多い。というかポテトディガーを改造したのがストーンピッカーといってもいいかもしれない。土を掘って篩って芋を集めるか石を集めるかの違いなので原理的にはほぼ同一だ。
いつになるかは分からないが、鉄の生産と加工ができるようになったら芋掘り機とかストーンピッカーとか考えたい。というか芋掘り機は必須じゃね?
もうね。機械化されるって事は本当に重労働だって事なんだよ。
芋堀りも一本とかなら幼稚園児でも楽しみながらできるリクリエーションなんだけど、何百本になると本当に苦役になるから。掘り起こすまでは農機でやって拾うだけだとしても人が集まらないぐらいなんだから掘り起こして拾い集めるまで手作業とかやってられない。実際やってみたら分かると思うけど心底嫌になるから。いきなりで一日二万個とか掘れる人がいたら崇める自信がある。
二万個が大げさじゃないのは、北海道を除いた全国平均の一反あたりのジャガイモの収穫量が約二トンで個数にすると一万~一万五千個になる。農業レベルで見れば二万個なんてたいした数字じゃない。
現状ではそんな機械はないから石礫除去は手作業だ。
底が金網になった枡みたいな手動の土篩はあるので篩に掛けて石を取り除くのだが、これも昭和の半ばには工事現場だと機械化されていたぐらい大変な作業なんだ。
少しなら手作業でもなんとかなるが、トン単位で処理すると思えば目の前が真っ暗になるぐらいの作業量だ。
無いものは仕方がないので手作業で篩っていき取り除いた石は使い道があるので、一輪車(ネコ車と言った方が通りがいいかな?)に移して広場に運んで積み上げておく。一輪車も慣れればタイヤ一本の幅があればスイスイそれこそ猫のように通れるようになるけど慣れないうちはバランスをとるだけでも一苦労といった感じだ。伊達くんは上手かったけど榊原くんと安藤くんはしょっちゅう引っくり返して石をばら撒いていた。ただ、ちょっとしたコツを教えたら今日の終盤には二人ともスイスイ運べるようになっていた。若いうちの吸収力は凄いって事を実感した。
建築班は今日一日で三百本ほど切り出してきたそうだ。エンジンチェーンソーのガソリンが尽きるまでにどれだけ進められるかが勝負の分かれ目でもある。
電動チェーンソーで立ち木の伐倒はできないとは言わないけどかなり大変なので俺らは電動チェーンソーを半割りとか枝払い等の伐倒後の処理に使ってた。
伐採した木から樹皮は剥かないといけないのだが、樹種によっては乾燥が進むと剥がれ難くなってしまう奴もあるのでそいつらは早めに剥がさないといけない。
昨日と合わせて約四百本。明日は伐採を休止して選別と皮剥きで終わりそうだ。
四月十日
建築班に戻って来ました。便利使いされているのは分かるが、やれる奴がやるしかない。圃場班は地獄の石拾いです。南無南無。
伐採した木の選別と用途については基本的には匠がジャッジする。
朝一番に匠が仕分けた指示に従って分担して作業を進める。
一番良い木材は将来の建築部材として物を見ながら約六メートルに玉切りして乾燥させるために積み上げる。後から樹皮を剥いても問題ない奴は乾燥中の割れや傷などが付き難いよう樹皮は付けたまま乾燥させる。逆に直ぐ剥いた方が良い奴は剥いてから乾燥させる。種類別に積んでいくので茶色の山と白っぽい山ができる。
この山も考えなしに積むとカビたり割れたりするのでテキトーに積んでいるようでいて適当に積んでいるのだ。そして表面が濡れるぐらいは別に大して影響はないので野晒しだけど問題はない。
丸太のまんま積むので一人で持ち上げられる訳がない。一人で丸太を持ち上げあまつさえ振り回すなんて事はマンガの世界の話であって現実にはできない。
なので、重機を使って積み上げる。多目的動力装置様々である。
オペレータは文昭が担当している。
次に良い木材は仮屋作りに使用する。
樹皮を剥いて半割りにした後に幅を揃える。
基本的には丸太組み工法だが太さを合わすのが大変という事で幅つまり組んだ時の高さは切って揃えてしまえという事にしたのだ。
電動チェーンソーや電動丸ノコを使って匠が担当する。
内壁になる部分は鉋掛けや面取りも必要だし、継手というと語弊があるが上下に積み重ねたときの噛み合せ部分や、こちらも仕口というとあれだけど交わる箇所の噛み合せの加工は後回しにしておくが、一番床で寝たがっていたのが匠だから取り掛かるかも知れない。
その次、様々な理由で建材としては不安がでる奴の主な用途だが柵として使う。
気休めでしか無いが囲いはある方が良い。畑も囲わないと被害が怖い。野生動物がかなり駆除されている日本でも猪や鹿や猿などの被害はかなりある。ましてここは野生の王国と言っても良いのだ。一段落ついたら環濠(環壕になるかも知れないが)も検討する。
ノコギリとノミを使って柵組みを作るのが俺の作業。
なんで大工仕事ができるのかと言えば、匠の爺ちゃんの義勝親方(宮大工の棟梁)に仕込まれたからだ。
匠に「一週間アゴアシ付きの良いバイトがある」と言葉巧に連れられていった先が勝爺の作業場で「こいつ器用だからちょっと仕込んでよ」とか抜かしてた。
勝爺は教え方が滅茶苦茶上手くて三日目には「ちょっとこいつ継いどけ」とか言われても継手を作れるぐらいになっていた。「上々だ十分納品できる」とか煽ててもくれた。今使ってる道具は最終日に「修了記念にやる。道具は良い物を使え」とくれた道具箱に入っていた物だ。
匠には他にも「ちょっと手伝え」とか言われて色んな所に付き合わされて色々仕込まれた。一回で懲りろって言いたくなるが、流れってあるでしょ?それに色んな事を学べるのは楽しいし。
お陰で匠ほどではないがボチボチ真似事はできるっていうか匠の師匠達ってみんな教え方が上手いのよ。
話を戻すと、俺が柵の部品を作って、女衆が中心に組み立てる。
嵌め込んで叩くだけだからそう難しい事ではない。やり方を教えたら直ぐにできるようになったのが良い証拠だ。
とりあえず組めるだけ組んでおこう。設置は後で考えればいいや。
柵作りだけじゃなくて、将来的に色々な道具や雑貨なども作る事を見据えて乾燥行きも見繕っている。道具は色々必要でしょ?
その他としては奈緒美から鍬の作成を依頼されたので木鍬を五本ほど作った。
最後は細すぎたり、曲がりがきつかったり、洞があったり、虫食いが酷かったり、裂けていたりしてどうにも使い辛い奴ら。
こいつらは薪だ。三十センチメートル程度に玉切りした後、割って薪にしていく。
薪作りも陶芸の工程の一つだから慣れていると言って剛史さんがやってくれた。
他の作業ででた木端なども基本的には燃料にするが、今回は焼畑の燃料とさせてもらう。圃場予定地に捨てているようなものだけど……
そうそう。樹皮は屋根材などに使う分は選んで取ってある。
そして残りは佐智恵が確保している。
一段落付いたらタンニンとかを抽出するつもりなのだろう。