第11話 オリノコ派遣班
「今から遡る事一年前、我らはこの未開の地に投げ出された。日常は一変し食べ物や雨風や暑さ寒さを凌ぐ事にも難儀する有様であった。我らは農具を手に開拓した田畑で作物を作り、猟具を手に獲物を狩って食べ物を得た。工具を手に家屋敷を建て、糸を紡ぎ衣類も作った。他にも慣れない事に四苦八苦しながらも様々な物を作り出し、一丸となって衣食住を整えてきた。皆の頑張りによって作られた水田は今年の秋には十二町歩に及ぶ見事な穂波を見せてくれる事だろう。お腹一杯お米を食べられる日々はもはや夢物語ではない。確定した未来である。そう、美浦はもはや未開ではないのだ」
美浦の全員が集合した旭広場で将司が演説している。
オリノコ派遣班の出発式の一幕。
「諸君、そしてそれこそが我らがオリノコに赴き支援する理由である。
我らは暗愚ではない、非道ではない、粗暴でもない。理知的で倫理的で文明的であろう事を心掛ける人間なのである。そして例え文化風習が異なろうともオリノコの民も知性を持ち、礼節を弁え、懸命に生きている我らと同じ人間なのである。その証拠に彼らとは話し合いが成立しているではないか」
激同だな。誰かさんは全く言語が通じなかったからなぁ……
「話し合いが通じる相手が良き隣人であって欲しいならば、我らは彼らにとって良き隣人である事から始めなければならない。助けを求める隣人がいて我らは隣人を助ける事ができる。その時に良き隣人はどうするのか。救いの手を差し伸べるのはもはや義務であるとすら言えよう。我らは暗愚でも非道でも粗暴でもないのだから。
しかし勘違いしてはならない事がある。繰り返すが彼らは我らと同じ人間である。相応の敬意を持って接しなければならない。ましてや見下すような真似は断じて許されない。確かに一部を切り出せば我らは教師であり庇護者であるとも取れる。しかしそれは一側面でしかない。我らも彼らから学び取る事は山ほどある。また彼らの助けを必要とする時がくる事も十分ありうる話なのだ。オリノコでは婿は他の集落から迎えている。そうなのだ。彼らには彼ら達のネットワークがある。その力を必要とする時など来ないと誰が言えようか」
それ魅力、彼らのネットワークの利用、魅力。
遺跡調査の結果では相当な遠隔地まで物品が行き来しているし、アスファルトとかも利用していた。つまり石油があるんですよ。ここらに無くてもお取り寄せできたりしないかな?
「それよりなにより、そもそもの話、良き隣人は助力した事を恩に着せたり優越感に浸る事はない。それをするのは卑しく愚劣で下種な者の所業である。我らは卑しいのか?愚劣なのか?下種なのか?……否である!我らは高潔で賢明で道徳的であろうとする人間ではないか。私はそう信じている。
難しく考える必要はない。他者の苦境を見過ごせない惻隠の心は皆が持っているものだ。ただそれに従えばよいのである。オリノコに赴く者もそうでない者もそれを心に置いて良心に恥じぬ行いを心掛けてもらいたい。
黒岩直樹さん、本田悠希さん、赤坂香歩さん、吉崎華さん、坪井澪さん、秋川美結さん、大林早苗さん、伊達素弘さん。苦労を掛ける事になりますが我らの代表としてよろしくお願いします」
将司が派遣員一人一人を見ながら声を掛けていき締めくくった。
さぁ出発だ。
「では、いってくる」
「「いってきます」」
「「ガンバレー」」
将司の演説に送られてオリノコに向けて出発する十一人。
紆余曲折はあったが、キャンプ場には奈緒美と文昭、そして川添さん、唐沢さん、杉村さんのワンゲル上級生組の計五人を出し、オリノコには秋川美結さん、大林さん、伊達くんの高校生トリオと赤坂さん、吉崎さん、坪井さんのワンゲル下級生組、それとスタッフの黒岩さんと本田さん、それと俺が向かう事となった。
このオリノコ派遣班の九人に臨時にポーターとして政信さんと文昭が付いてきてくれている。
精神系の状態異常耐性ロールに失敗したのか八人は凛々しい表情を浮かべている。差し詰め“状態:高揚”といったところか。
政信さんと文昭は「なかなかの訓示だったな」とか言ってるけど普段通り。
うん、安心。
あの演説って“馬鹿はAをするけどそうじゃなければBをする。君はAをする馬鹿なの?馬鹿じゃないからBをするの?どっち?”と二者択一に見せかけてBしかないと錯覚させる詭弁とも言える論法だぞ。それ位は見抜いて空気を読んで欲しいってのは贅沢かな?
オリノコは六家族三十四人で婿は六集落から来ている。各集落がオリノコと同規模だとすると二百人前後になり美浦の五倍ぐらいの人口になる。下手な事をして敵対的になられると非常に厄介な話になるので将司が詭弁を弄してまで対等な相手として接する事を強調するのは理解できる。
事実としては近辺丸ごとの同化を狙っているのだが、彼らを踏みしだいてとは思ってもいないしデメリットの方が大き過ぎる。美浦も自分たちの足元を固めないといけないから軽挙は慎みたい。
■■■
特に何のイベントもトラブルも無く、明るいうちにオリノコに到着した。帰りに一日がかりだった岩崎(巽乾峠は却下された)も予想通り一時間半で踏破した。
着いて最初にやる事はハツ村長(仮)と面会してメンバー紹介と居留する場所の許可をもらう。ハツ村長と相談して集落から百メートルほど北に行った集落と川の間を居留地とする事にした。
許可といってもまぁアレだけど、彼らの禁忌があったりしたら拙いので聞いた。墓地とかがあったら双方気まずいし。
「テント設営完了!」
「建物ができるまで暫くテント暮らしになって申し訳ないがよろしく頼みます」
「四張ですから二、二、二、三ですが、今晩はどうしましょう」
基本形は俺と伊達くん、美結さんと大林さん、黒岩さんと本田さん、赤坂さんと吉崎さんと坪井さんという組み合わせ。
俺と伊達くんは不寝番をするから政信さんと文昭が来ても大丈夫だ。
「うちで良いよ。不寝番立てるから寝るのは三人だし」
「ふしんばん?」
「寝ないで番する事。交代で誰かが起きてて火の様子や周りの警戒をするんだ」
「えっ?」
「屋敷だと台風とかじゃなければ立てないけど野営だと立てないと怖いじゃん」
何がどうなっているのか全く分からず手探り状態で野生の王国を踏破した初期組は不寝番を当然のように思っているが、そういう経験がない合流組はそうでもないって感じか……経験しないと必要性が実感できないのかもしれない。
九分九厘は何事もなく不寝番が居ようが居まいが変わらないものだが、稀に何かあるから怖いんだ。この間のようにイノシシの突進とか、ほんと忘れた頃にやってくるんだもの。それと熊を忘れてはならない。
あっ!そうか。狩りは初期組しかやってないんだ。それが危機感の差になっているのかもしれない。ちょっと拙ったかな?
「まぁ飯にしようぜ、飯。話はその後にしよう。今晩の当番は……」
「「俺らです」」
黒岩さんと本田さんが今晩の夕食当番。料理当番に男女の別はない。
◇
「ケラァ!」
「おう。美味しいかい?」
「おいし」
膝の上に座っているのはあの最初の幼子のヤソ君。俺の分の夕食を少し分けてあげたのだ。
餌付け乙と言われるかもしれないが、まぁ広い意味では餌付けと言えるかもしれない事をするので勘弁してくれ。それと文化交流の最初の担い手は子供である事が多い。好奇心が旺盛で感受性も豊かなので適応が早いらしい。ホントかどうかは疑問はあるが、新しい取り組みは若い方が対応しやすい傾向はある。
「暗くなる前にお家に帰りなさい」
「……うん。あした」
「はい。また明日」
少しだけどヤソ君は現代日本語を解しはじめている。まだ単語の対照ぐらいで文までは無理っぽいけどそれでも吃驚だ。海外留学生と一週間ぐらい交流した幼稚園児が留学生の母国語と日本語の対照ができる様になったと言ったら驚くだろう?
そりゃ俺らは必死扱いて彼らの言語を理解しようとしたし、文法的に日本語に近縁という事が分かってからは早かったけど、この状況ならその内ヤソ君たちの日本語が上手くなったら通訳になってくれそうな勢いだ。
そう言えば米国に家族で赴任してた帰国子女が言っていたけど、通訳は子供(つまりその帰国子女)がしていたって。研究職だから英語で学術論文を書いていた筈の親父さんは「This one.(これ)」と「How mach?(いくら)」で乗り切っていたそうだ。
「それじゃぁ、今後の予定の再確認といきましょうか。先ずは農業関係から……美結さんいい?」
「はい。早乙女先輩からレクチャー受けてますし種苗も預かってます。春蒔きは稗と粟それと馬鈴薯(ジャガイモ)です。梅雨から初夏にかけて大豆と秋蕎麦と甘薯(薩摩芋)。主力は芋……馬鈴薯と甘薯です。大豆は肥やしの側面を持ってます。稗、粟、蕎麦は保険ですね。秋冬物は……おそらく白菜や玉葱あたりかと思いますが夏の状況をみてという感じです。ただですね、春蒔きですが蒔くのは一ヵ月ぐらい後です。なのでそれまでは耕起ですね」
「こうき?」
「あっすみません。耕すって事です。それと畝立てもいります……畝立てってのは畑で土を盛り上げている部分を畝っていうんですが、その畝を作る作業の事です。先輩からは彼らが元々作ろうとしていた焼畑部分はそのまま彼らに使わせて他の場所を畑にするようにと言われています。それと稗は彼らの稗と交雑しないよう……雑種ができないように栽培場所は離します……だいたい五百メートルぐらいでしょうか」
「水捌けとか日照とかの条件……うん、あるね。場所についてはハツ村長と相談して確定させよう。ここまでは良いかな?じゃぁ次は漁業です。黒岩さん、いいですか?」
「念の為に聞くけど漁業権とかはどうすんだ?」
「根こそぎ一網打尽とかは勘弁してもらいたいですが、基本的には気にしないでというか我々が漁業権を設定すると思ってください。ここから海まではオリノコと美浦しかありません」
「おう、漁業権は資源保護も役割の一つだからな。密漁者死すべしって家だったから気になってな」
「うちは土木なんで橋とかの工事での漁業補償が大変でしてね……と余談でした。すみません」
「基本はエリ漁だ。網の量からいって定置網は難しいが、そこは杭でカバーして最後の捕獲だけ網を使う。後は獲れ高次第だが生け簀はあった方がいいかって辺り」
「生け簀については用水と一緒に考えましょうか」
「そうだな他の漁法については様子を見ながらって事で」
「分かりました。では採取活動と薪柴の確保について……本田さん」
将司のやり方に倣ってやってるけど難しいわ。
ちゃんとできている自信が無い。
確認した役割分担は、農業は高校生トリオが、漁業は黒岩さんが、食料採取は本田さんが担当し、赤坂さんと吉崎さんと坪井さんは適時応援要員。
俺は都市計画です。それと猟師。
現状は川原か草原か迷う集落と川の間の一部を水田にしてやれば恐らくはオリノコ全員の食を賄うだけの面積はある筈。
水源をどこに求めるかや用水路をどう引くかなどもあるし土地の高さをどうするかもあるので簡単ではないが、住居の前面に水路と水田があり後背に畑と山林があるという形態自体は悪くない。
そうそう、オリノコ派遣班の住居は匠が頑張るそうだ。いずれ何らかの要求――地業とか材料確保など――があるとは思うけど設計施工は任せよう。
流行に乗り遅れる事に定評のある烏木です。
今更ながらですがインフルエンザに罹患しました。
GWに書き溜めをしたかったのですが出勤して取り戻さないとという感じです。
予定(願望とも妄想ともいう)通りには行かないものです。