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文明の濫觴  作者: 烏木
第5章 ファーストコンタクト
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第8話 人手が足りない

昨日から降っている雨の雨足は夜半から弱くなってきている。見張りの初めに比べると終わりでは弱くなっていた。岸本さん(気象予報士)によると昼前にはあがる可能性が高いらしい。


帰還組の出発は昼前という事なので、朝食後は安藤岸本ペアと漁場探しをしている。

そうは言っても仮称オリノコ川は雨の影響で濁っているし多少増水しているから大して収穫がある訳じゃないが漁法などの相談をしている。まぁ時間潰しともいうな。


「今の時季ならウグイっすかね?産卵場所つくって網で掬ったり梁で獲ったりって聞いた事ありますし」

「仕掛け筒とかタモ網とかってどうだろう。鰻や鯰が獲れるかもしれない」

「犯人で突く」

「?……ちょっ!」


タモ網だの仕掛け筒だのヤスだのと定置網からかなり後退しているが、考えてみたら定置網を作れるほどの量の網がないし仮に作ったら服を作る分が無くなるので断念した。服は大事。特に子供服が要るのよ。それを犠牲にしてまでは無理。

麻糸もあって布織りもできるんだから網の作り方を教えたら自分で作れるようになるだろうし。


「釣りはどうします?針は佐智恵姉さんが何とかしてくれてますけど糸は美野里姉さんの手持ちしかないんで提供は難しいですよ……正直なところ、出したくないです」

「安心して。俺も含めて誰も出す気はないと思う。効率が悪くても絹糸とか麻糸でできるんじゃないかな?まぁそこらは匠と相談だな。遺物からすれば釣りはしていたそうだからオリノコは知らなくてもどっかは知ってるんじゃないかな?」

「そういう事でしたら。まぁ指導は美野里姉さんの方が良い気がしますのでその時はよろしくお願いします」

「餌はどうする?川虫って手もあるけど」

「川虫、ミミズあたりでいいんじゃないですか?なんなら毛針でも。鮒や鯉は厳しいかもしれませんが、練り餌やうどんとかって魚釣るよりそのまま食べたいぐらいですよぉ」

「毛針作れる?」

(にかわ)を使わせてもらえるなら」


鴨や鶏の羽毛があるから作れるとの事。もっとも釣りについては竿をどうするとか色々と課題はある。

他には安藤くんから(うけ)は仕掛け筒だけじゃなく竹篭のもいいんじゃないかとも言われた。


俺ら川組とは別口で美野里、奈緒美、文昭の三人は山組として見繕っていた。

時季は逸しているが百合、葛、蕨、片栗といったデンプン源はあるとの事であった。ただ、食べられるようにするのに結構手間暇がかかったり労力の割に得られる物が少ない気がする。


「ユリ根はそう手間かかんないよ」

「ちゃんと食べられる種類なんだろうな」

「たりめぇじゃん。素人じゃないんだから。あれはオニユリ……だよね?」

「ウーン……現状で同定は難しいけどオニユリかコオニユリの可能性が非常に高いのは間違いない」

「ほら大丈夫じゃん」

「前例があるから言ってんだよ」


百合の根っこ(実際は玉葱と同じ鱗茎なので肥大した葉に相当する)ならなんでも食べられる訳じゃなく、どちらかといえば“食べられる種類が例外的にある”の方が実態に近い。

栽培されているのはコオニユリという苦味が少ない種のものがほとんどを占める。食用種は他に三、四種ぐらいだったかな?

食用可能なオニユリより同属近縁のコオニユリの方が圧倒的に選択されているあたりで分かると思うけど、食用外の百合根は……毒では無いにしてもとても食えた代物じゃない。食用外は伊達じゃない。

何でそんな物の食味を知ってるかというと美野里が出した事があるから。


「どれぐらい採れそうです?」

「主食にすると……ナオ、どんな感じになる?」

「三十人と換算したら……半月持てば良い方じゃない?」

「分かってはいましたが、食糧問題の解決にはならないですね」


ユリ根も葛粉も蕨粉も(正真正銘の方の)片栗粉も調理助剤や嗜好品として残ってきたもので基本的には主食にするような量は採れない。かつては救荒作物でもあったので食う物が無い時は手間暇かけて食べていたという側面も持つ。


「漁の方は……安藤さんどんな塩梅になりそうですか?」

「筌とかタモ網とかで獲っていけば毎日一人一尾はあたるんじゃないでしょうか?生簀みたいなので生かしておけば多少は日持ちもしますし」

「なるほど……それは食糧源として有望ですね」

「獲り方を飲み込むまではそれなりに苦労すると思うぞ」

「必要な苦労ですからしていただきましょう。私達も左団扇という訳ではないのですし」


■■■

「さて、ご存念をお伺いいたしましょうか」


先に帰る四人を見送って身内オブ身内になったので雪月花にぶっちゃけてもらう。


「サニ女史が影響力を持っている限り何をしても駄目でしょうから首長はハツ女史に挿げ替えましょう」

「そう上手く行くか?」

「私達がハツ女史を暫定首長として扱い、情報や物品は基本的には彼女を通して行えば自然とそうなります。『サニ女史?あれだけの失態なのですから当然謹慎中ですよね?』という事です」

「残念なリーダーだけどそう決まってるって感じだったから、新たな決まりにすればいいんじゃない?」

「サニやサのやがそれで納得するか?」

「その他の方が納得さえすれば別にサニ女史やサのや一家に納得してもらう必要はありません。納得してくれればそれに越したことはないですが……他集落に移ってもらうのが現実的で後腐れも少ないですからそのように仕向けます。直ぐと言う訳にはいかないでしょうけど適応できない方達を連れて……ね?」

「適応できないのが多数派だったらどうすんだよ」

「そんな有り得ない事を想定してどうするんですか?仮にそうなら手を引くだけです。それでもテストケースとしての知見が得られるということでリターンとしては十分でしょう」


「……ん。一旦はそれで良いとして、常駐とかはするのか?」

「話は少し変わりますが、防災倉庫の設計は終わってました?」

「材質違いで三通り上がってる」

「それは朗報ですね。そして残念なお知らせです」

「……みなまで言うな」

「ご理解いただけたようでなによりです」


常駐か半常駐が必要だが、オリノコに駐在している間は駐在員は美浦では使用できなくなる。

だから美浦でクリティカルな人材を駐在員にする事は難しい。かといって箸にも棒にも掛からない者では駐在員は務まらない。なので白羽の矢が立ったのは俺という事か。原意通り人身御供(ひとみごくう)を選ぶ白羽の矢。

確かに俺は防災倉庫の設計が終わっていれば施工自体には居なくても何とかなる。取りあえずではあるが……


「三つ懸念がある。一つは史郎くんは学齢だって事は留意しといてくれな」


学校教育を受けることが望ましいとされる年齢の事を学齢と言い、学齢の期間を学齢期とも言う。現代日本では義務教育期間と学齢期は一致するが元々は別の概念だとか。うろ覚えだけど“学齢期だから義務教育にしよう”だったかな?

漆原さんちの史郎くんは現在満六歳なので現代日本だと今春は小学校の入学式。


「来年に延ばして三人まとめたら?」


現在(楠本)宣幸くんは五歳で(漆原)美恵ちゃんが四歳。できれば学齢通りといきたいところであるが……三人纏めて同学年でも大きな無理があるようには見えない。

ただ子供のうちの一年はでかいのが気にはなる。

同年齢でも最大ほぼ一年の差があるので早生まれの子は体格面などで後れを取りがちになる事がある。体育などでスポーツに対して苦手意識を植え付けられる事もあり、そのためなのかプロスポーツ選手に早生まれの人が少ない傾向がみられる。勿論少ないというだけで早生まれの名選手は枚挙に暇がない。


小学校入学時の六歳に成りたての子と七歳になっている子では人生経験に十五%ぐらいの差がある。大人になれば多少の年齢の差なんて無いに等しく――例えば四十歳と四十一歳だと三%ぐらい――第一成長期はとっくに終わっている。大人は年齢や体格よりも他の要因の方が幅を利かすが、子供の頃は体格が良い奴や運動神経が良い奴の天下だからなぁ……まぁ美浦の子供で天下も何もないけど。


「そこらは要相談って事で。教科書の使い回しができなくて大変だけど」

「貧乏籤でごめんなさいね」

「今更な話だ。二つ目は、一人だとさすがにきついぞ」

「週替わりぐらいで出すわよ」

「うむ。それから最後の三点目だが……佐智恵のお守りは当然頼めるんだろうな?」

「あっ」


しまった!って感じの雪月花のレア表情が拝めた。

以前、佐智恵を制御可能な二人がキャンプ場に行った時はアレだったらしいから何らかの手を打っておかねばなるまい。


佐智恵は興味のある事柄にのめり込むし同じ服装をしたがるなど、ちょっと普通の範囲から外れかけているところが色々あるんです色々……

日常生活能力にも欠けてるところがあって、料理はできるんだけど後片付けはできない、言われなきゃ風呂にも入らないしタオパンパが必要、服を着たら着っ放し脱いだら脱ぎっ放し、他にも興味が無い物はほったらかしだし片付けもしないので散らかし放題。要は掃除洗濯は俺の役目ですって事。


それなのにブラが型崩れしてるとかブツクサ文句言いやがるので女性用下着の洗濯方法について男子大学生にしては異様に詳しくなってしまった。ショーツは普通は洗濯機でも良いけど汚れがあったらシミになる前にぬるま湯で専用洗剤の漬け置き洗いとか、ブラは普通の洗濯洗剤じゃなく酵素などが入っていない洗濯用中性洗剤を使うとか、金具は留めてから洗うとか、手洗いだとタオルとかで水分を拭き取るとか、型直ししてから干すとか……


「えっと……週一ぐらいで」

「移動、家事、移動、駐在、駐在だと半分も居ないんだけど?取説認めるよ」

「……ぐぅ」

「基本的には了解したから、期間とかローテとかはもう少し練ろう」

「そうね」

「美浦とキャンプ場とオリノコ……どこも万全という訳にはいくめぇ。そこらはやっぱり将司の知恵も借りよう。それと……彼らも相談しているみたいだな」


オリノコの民が雨上がりの広場に集まっているのが見える。

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