第7話 手立て
オリノコの民の選択肢は幾つかある。
オリノコに住み続ける道としては「住民が一丸となって復旧に取り組む」「新たな食糧源を確保する」「他集落の援助を得る」「美浦の援助を得る」といった手がある。ただ、美浦か関わるならこれまでの生活と異なる生活になる。
それから逃散するなら「新天地を探す」「他の集落に移住する」という目もあるし、全員が行うのと一部が行うという事もありうる。
あまりに“どうしたらいいか”と乞われるので仕方がない態で雪月花がそれらの手立てがありうると話す。
選択肢を幾つも提示して相手に選ばせる。
この相手に選ばせるというのが大事なのだそうだ。
結果は変わらなくても過程が異なると心情に大きな違いがでる。
佐智恵の叔父さんも「スーパーでお弁当を買うときに一種類しか残ってなかったら“売れ残りしかない”という気分にさせてしまう。何種類かあってそれを手に取るのとそれしかない状況で手に取るのでは同じ物を買っても満足感が異なる」と言っていた。この後スーパーやコンビニでの廃棄ロスの必要性を力説してたけど……
他にも上位者に提案する時も同じで一案しか出さなかったら「貴様は儂に朱印状を書けと申すか」的な面倒な事になる事もあるらしい。
他の選択肢を示し手練手管を尽くしてこちらの意図する選択肢に誘導しそれ以外の選択肢を自らの手で潰させてしまえば相手はこちらの意図する選択肢に縋りつくしかなくなる。
今回で言えば「足下を見る」とか「弱い者虐め」って言葉が思い浮かぶが、やられた当人は「助かった」と思うだろうし「自分が選んだ」という事で納得性も高い。
悪だねぇ……色々な意味で俺には真似できん。
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「どんな感じですか?大潮もありますからいつ頃戻れるか気になるんですが」
往診を終えて野営地に戻り一息ついたところで安藤くんが口にした。
ここから奥浜港までは丸一日は掛かるし潮汐の具合によっては二日かかる。四日後にはまた春の大潮が始まるから事前準備も含めれば猶予は一日二日程度しかない。
マクサなどのテングサ類やヒジキなどの海藻類は基本的に冬に生長するので春にまとめて一年分を収穫する事が多い。四月五月で五回前後ある大潮が勝負なので一回飛ばしはあまりやりたくない。
「そうですね……早ければ明日にも埒が明くと思いますよ。まぁ明後日か明々後日ごろでしょうけど……でもそれを待つ事無く明日には雪風は戻そうと思っています。その際の居残りは敷島さん東雲さん江戸川さん私でどうでしょうか」
「明後日なら残ってもいい気もしますが」
「保証はありませんから。それより明日何時ごろ出るかを考えておいてください。居残り組の帰りですが地図は東雲さんの頭の中に入っていると期待してますが」
「一箇所怪しいところがあるが大丈夫だろう」
居残ったら帰りは徒歩になる。基本的には川沿いを歩いていけば帰りつけるが崖になっていて川沿いを歩けない場所が一箇所ある。そこは二キロメートルぐらい山ん中を突っ切る事になるだろうが、山と川がランドマークになるから多分迷わん。
「昼も生のままか?タープ張って」
「諦めなさい。遅くても明日の晩は大丈夫ですよ」
匠に雪月花は説得できんよ、アキラメロン。
「東雲さんと早乙女さんは素案を練っておいてね」
「分かってる」
「難儀な状態だよ。キャンプ場と両立できるか自信ない」
「どちらかは秋川さんにお願いした方がいいかもしれませんね」
そうなのだ。キャンプ場も稲作をしたいという事なので種籾と技術指導の提供が待っている。それをして美浦が得る物は何かといえば特には無いが、マイナスを減らせる可能性が高いって事。
飢えるとどうなるか分からないし後が無いとなると予想がつかない。それはオリノコも同じか。
「でも明日明後日で結論がでますか?」
「出ますよ。実際問題として選択肢なんてほとんど無いんだから。私達が来なければ廃村ができていただけです。知性があれば分かります」
原始人は「ウホウホ」いう直立した猿な訳じゃなく、ちゃんと理性もあれば知性もある。知性の器としての出来が俺らと彼らで根本的に異なる訳ではない。DNAは大して変わらないというかほぼ同一だろう。設計図が同じなのだから似たようなものになるし、一説によると現代人の方が劣っているとも言われている。
言われてみれば親父や祖父は数十件ある取引先の電話番号を全部暗記していたし、俺だってガキの頃は十数件の友人宅の電話番号を覚えていたけど携帯電話を持つようになってほとんど忘れた。外部記録装置に記憶を移行した結果、本体の記憶維持ができなくなっているし、パソコンを使うようになって漢字は読めても書けなくなるとか劣化が激しい。
俺らと彼らの違いを言えば、彼らが知らない事でも俺らは“知識として”知っている事は多い。しかし、それは彼らの知能が低いのではなく単に俺らは全世界的規模で人類が試行錯誤してきた結果の蓄積が七〇〇〇年分ばかし多いだけに過ぎない。
新たに発見や発明をするのは非常に困難ではあるが、他者が発見や発明した物を理解したり利用するのは容易い部類に入る。発見や発明が初めは偶然の産物であった例は枚挙に暇が無いほど多い。七〇〇〇年掛けることの世界人口の経験値が俺らの短期的なアドバンテージ。
七〇〇〇年のアドバンテージと言えば育種され品種改良された生産性の高い種苗と家畜(ヤギとニワトリ)を持っている事もそうか。たいていの物は原種の状態の物が多く、突然変異でできた栽培種なんかは多分ない。更に言えば現状では再生産ができないが車両などの道具もない訳じゃないってのもあったか。
「さて、予想では援助を請うてくると思いますが、そのばあいの見返りについては私に一任していただく事でいいですわね?」
異口同音に異論はない旨を返答する。
「では、現場を見ての深堀りといきましょうか。江戸川さん」
「じゃぁオリノコの現状で食糧事情からいくね。主な食べ物は稗、麻の実、栗や鬼胡桃。それと山菜類と川魚……ここらなら何が獲れそう?」
「鮠、鮒、鯉、鮎、後は鱒、鰻、鯰あたりかと。ザリは外来種でしたよね」
「アメリカザリガニはね。それとウチダザリガニも外来種か。ニホンザリガニは東北とか北海道の寒冷な地域にはいるかもだけど」
「ありがと。鹿や猪は滅多にないご馳走だそうよ。魚も手掴みだからそうそう獲れないんだって。だから稗、麻、栗が主食になってるんだけど主食オブ主食が栗らしいから絶望感が半端ない」
「何が栽培できそうだ?」
「稗、粟、黍、蕎麦あたりは大丈夫だと思う。トウモロコシや麦は微妙かな?たぶんいけるとは思うけど……あと芋類もいけるか。豆類は……収量が心配ってあたり」
「米は無理か?」
「今年はね。もう一回鋤床層作る?」
男性陣がゲンナリしながら首を横に振る。
「後半のやり方だと今年は無理ですよね」
「まぁね。米麦トウモロコシの世界三大穀類が微妙なのがアレだけど来年以降なら多少はって感じ」
「あれ?トウモロコシも穀類なんですか?米、麦、粟、稗、黍で五穀なんじゃないんですか?」
「その組み合わせは日葡辞書かな?……五穀豊穣の五穀は全部の作物って意味だから必ずしも五種類って事じゃないのよ。五種類を上げる事もあるけど地域や時代や書物によって微妙に違うんだ。代表的なのが米、麦、粟、稗、黍、豆……麦と豆は大麦と小麦、大豆と小豆に分ける事もあるよ。ここらが現代日本の五穀候補。中国だと麻も入る事もあったか。他にも蕎麦とか胡麻とかトウモロコシも候補の中にはいるし……まぁ敢えて上げれば米、麦、粟、豆、そんでもって稗か黍のどちらかって感じかな?粟は馴染みが薄いから米、大麦、小麦、大豆、小豆って乱暴な事を言う人もいるけど」
「豆も穀類なんですか?」
「どう定義するかって事に尽きるんだけど、広い意味ではデンプン質の種を食べる作物って感じの捉え方になるのかな?だからイネ科とマメ科の食用の物が穀類ってされてるの。それから蕎麦のように他科の似たような物を擬似穀類って言ったりもする。狭い意味ではイネ科の物を指す事もあるからそのばあいは豆は外れるけどね。でもトウモロコシはイネ科だから狭義でも穀類だよ」
「……なるほど」
「やっぱり今年は雑穀と芋でやってみるのが妥当か。水田ができれば米はいけるんだよな?」
「モチのロンだよん。開墾計画はノリさんの領分になるけど?」
「分かってる。農業はそれで行くとして、漁業は短期的には定置網の導入もあるかと思ってる。まさか手掴みとは思ってなかったからな」
「そうだよね。それと狩猟ももうちょっと手があるように思えるんだ」