第5話 これからの方針
四月七日
ここに本拠地を据えるとして、何が必要なのかと優先順位を確認しておかないと色々と面倒になる。後から「アレが無いコレが無い」と泥縄にならないよう初めに検討しておいた方が良いに決まっている。
議題は身も蓋も無い言い方になるが「衣食住をどうするか」に尽きる。
拠点として住居は欲しい。
キャンピングカーの収容人数を超えてしまっているし、キャンピングカーとてそれで完結するような設備が揃っている訳ではない。
それに壊れるとそれまでなので頼り切る訳にはいかない。
安全地帯としてログキャビンあたりを早急に建築することに異論は無かった。
初期地がもっとマシな土地だったら建物がそのまま使えたのに……
どこに建てるかは、極小規模だが一種の都市計画とも言えるので軽々に決めていい物ではない。海から程々に遠く、安全と利便性から川から遠からず近過ぎず、森からも遠からず近過ぎずといった場所を見繕い、田畑の予定も勘案して決める。
海に近いと塩害がでる。
色々な条件が重なり合うので絶対では無いが、海岸から二キロメートルまでは塩害が十分ありうると思った方がいいだろう。水田の南端が二キロメートル圏内に入らないようにするには、家屋を海岸から三~四キロメートル離した方が安全だと思う。
実際のところ、森に近づければ海岸からそれぐらい離れるのだが……
川に近いと水の便は良いが、護岸も治水もしていない河川に近すぎると水害などの心配をしないといけない。森も遠いと木材や薪などの森林資源の運搬に不便だが、近過ぎると野生動物や虫などが面倒。特にダニなどは病原体を持っていたりするので結構注意しないといけない。それでもって田畑から遠いなんてありえない。
これらは理想ではあるが、現実にそれに合う地形があるかというのは別問題。
欲を言えばきちんと測量して基本図を作ってから適地を見定めたいところだが、それは今後の課題として、よさげな場所を見繕うべく周辺を彷徨ってみる。
調査団()は棟梁、農家、護衛、俺の四人。
何だよ斥候三人衆+棟梁かよ。あまり変わり栄えしない面子だな。
圃場予定地については平野班が昨日アタリを付けていて、尾根沿いの川に比較的近い場所に特に問題なさそうな所があるとの事。
なので、その場所を基軸にして家屋予定地を巡っていく。
一つ目
「土がヤワ過ぎる」
「圃場の拡張地に考えた方が良い」
匠と奈緒美のお気に召さなかったようだ。
二つ目
ここは駄目だ。周りから微妙に低い。
「微低地だから湿気とかがやばそうだな」
三つ目、四つ目……
幸せの青い鳥ってどこに居たか知ってる?
昨晩は川から数百メートル離れた微高地に野営したんだけど、ここが一番良い。
何て言うか……疲れた。
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食については、当面は備蓄の取り崩しと狩猟を中心として、食べられる野草などの採取に勤しむ事となる。恐らくは一年半位は大きく変わらないだろう。
上手くいけば一年半後に米が主食にできるだろうからそれまでは蕎麦と芋と野菜類の助力を得て何とか食い繋ぐ。
狩猟については森班が猪と鹿がいるのは確認しているので彼らに我らの糧となってもらう。三日に一頭ぐらい獲れてくれればかなり楽になるんだよなぁ。禁猟期なんて知った事か。美野里の鼻息が荒いので何とかしてもらおう。
狩猟道具は一通り揃っているので今ある物を使う。替えが無いので修理できないぐらい壊れたら、その時はその時で新たに作るとかしよう。
今考えないといけないのは解体場をどうするかという辺りかな?
田畑についてはアタリを付けた場所を中心に水田化と耕地化を進める。
モグちゃん号に積んでいるアタッチメントに活躍してもらい、早めに種蒔きできるようにする。アタッチメントはPTOという汎用の口から動力を取るので実はモグちゃん号に積んでいるアタッチメントは蜘蛛の糸号にも付ける事ができる。
時間が掛かるようなら二台を回す事も選択肢に入っている。
そう言えば保温庫に何を積んでいるか確認してなかったな。
「奈緒美。方舟にどれ位あるんだ?」
「米?それとも野菜?いっぱいあるよ。品種数で言えば米が50で小麦が11と大麦が22、大豆は17で、それから……」
「待て待て!……何でそんなにあるんだ?」
「んとね。こないだ種子交換会があって色々仕入れてきたから」
「確か文昭に運転させて行って来た奴か」
「そうだよ。秘蔵の種籾を持ってユズが頑張ってくれたから大収穫だったよ」
「で、総量でどれ位になってる?」
「……野菜とか入れると品種数だと千ぐらいで重量ならトン単位かな?」
……本当に方舟なんですね。
「品種によっては多くある奴とか少ししかない奴もあるからね」
呆れたわ……
「それじゃぁ営農計画は頼むな」
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最後に衣、つまり着る物
しばらくは着替えでやり繰りする事になるが問題が三点ある。
一点目は着替えの数が少ない事。
二点目は洗濯の方法。
三点目は子供の成長に伴って新しいサイズの服が必要。
着替えの数は俺らや楠本さん一家はそれなりにある。
楠本さんは引越し中でもあったので十日分ぐらいの衣類があるそうで、俺らも数日分の替えに加えて作業着も何種類かある。
しかし、二泊三日の予定だった漆原さんと高校生組は三着程度しかない。
不幸中の幸いは季節が春だったのである程度の防寒はできる服装で来ており、急いで防寒着を何とかしないといけないという事態にはなっていない。
当面の解決策として服を融通しあうという説もあったが、上着はともかく肌着については抵抗感が強く、新調するまで洗濯の頻度を上げて耐えるという事になった。
ここで出てくる二点目の問題である洗濯の方法。
洗濯機なんてありません。
弁天号に付ける案があった時に付けていれば良かったかもだけど、こんな事態になるとは夢にも思わなかったので付いていない。
まさに「お婆さんは川へ洗濯に」の世界。当面は川原に水路を掘って洗濯しやすくするあたりが関の山で、各自が自分の洗濯を行う事となった。
今後は「洗濯機をどうにかする」というのが継続課題。
三点目は今日明日の話ではないが、一点目の着替えが少ないにも関わる話。
服の材料として、毛や革は何とかなる可能性はある。
獲物が獲れて鞣せたらの話であるが……
革を鞣すのは何度もした事があるけど、鞣す薬品(鞣剤)をどうやって確保するかが課題としてある。ここには薬局などないのでタンニンとか硫酸クロムとかミョウバンといった薬品を簡単に手に入れる事はできない。
タンニンなら辛うじて何とかなるかもといったあたり。
直ぐできる範囲としては抜いた毛を撚って糸を作るって手もある。
ただ、毛織物になるし、羊毛とかじゃないからできるかも分からない。
猪の毛糸とか聞いたことがない。
次の手としては植物繊維。
これについては奈緒美が解決策を持っていた。食べ物とのトレードオフになるので栽培するかはともかく、綿花とかの繊維をとる作物の種はあるとの事。
一応、そこらに生えている草などから採れない事もないそうだが、広義の麻なので肌触りに難がありシャツとかならありだが肌着には向かないとの事。
綿の種をどれぐらい持っているか聞いたところ「頒布用に貰ってきたばっかりで量はあるから五反ぐらいは行ける」との事。
女性陣から「当然、綿を栽培するよね」という気配をひしひしと感じる。
確か綿って肥料食いで有名じゃなかったっけ?
それに労力がすごく掛かってアメリカの黒人奴隷って綿栽培の労働力が動機の一つじゃなかったっけ?
それを……いや何でもありません。全然嫌じゃないですよ。是非育てましょう。
紡績や織機はどうしようかと匠に振ったら「前に作ったことがある」と言うので匠に頑張ってもらおう。布から先は静江さんがやり方を教えてくれるとの事なので、必要な道具は聞いておいて収穫までに準備しておきます。