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文明の濫觴  作者: 烏木
第5章 ファーストコンタクト
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第1話 山火事

山が燃えている。比喩ではなく山火事で燃えている。

火元と思われる麓は燻りつつも燃え尽きかけているが中腹辺りは炎と煙を上げていて、まだまだ延焼の可能性が捨てきれない。


そして目の前では推定おばちゃん四人が言い争っている。

身長一四五センチメートル――小学校高学年ぐらいの背丈――ほどだが、皺やら白髪やらから不惑ぐらいに思えるのが二人と、老婆に片足突っ込んでいそうなのが二人。


少し遠巻きに怯えと困惑に満ちた表情に見える人々。大人に思える彼らも小学生から中学生ぐらいの背丈で、高い人でも俺の胸ぐらい、文昭だと腹までしかない。

彼らからすれば突然巨人がやってきたようなものだから、この反応は理解できないこともない。

そして何故か足下でじゃれついている幼子……


鯨面の彼らに囲まれ苦笑いするしかない安藤くん、岸本さん、美野里、文昭、そして俺の五人。何とも表現に困るシチュエーションだこと。

こんな近所に集落があるなんて思いもしなかったのが反省材料だな……


■■■

先週に春の野焼きと言う名の耕地拡大が行われ、約三反――五十メートル四方ぐらい――の焼畑に夏蕎麦が蒔かれた。

どんだけ畑を広げる気なのか、それに手が回るのか心配になってくる。蕎麦の作付けは去年が三畝で今年は十倍の三反……来年は今年の十倍の三町歩とか言わないよな?そう聞いたら奈緒美が「四町歩になったら二ヶ月ぐらい支えられるから」とのたまいやがった。俺には「蕎麦焼酎の許可が下りる量を作るんだ」としか聞こえない。


野焼きで思ったが美浦はいつもどこかで煙が上がっている。

炊飯や暖房をはじめ、窯炉や炭焼き窯に塩釜に燻製室に貝灰焼成窯にたたら炉や甑炉、除草した雑草の野焼きやゴミの焼却炉……

昔の農村はいつもどこかで煙が上がっていたらしいから仕方がないのかもしれないが火の取り扱いには注意が必要。風の強い日の野焼きなど厳禁である。


そしてそれは三日ほど冷たい北風が強く吹き、寒の戻りとか花冷えとも呼ばれる日の午後遅くであった。


「おい!平山から煙がでちょる!」


悠輝さんの声で平山を見ると、平山の東端あたりで山の向こうに煙が上がっているのが目に入った。皆もぞろぞろと野次馬よろしくでてきた。


「何かな?噴火?」

「でも音がしないけど」

「これまであんなのあったっけ?」

「山火事じゃね?」


地震や地鳴りもなければ爆発音も何も聞こえないから火山の噴火ではないだろう。仮に噴火だとしても極小規模か噴気止まり。煙の色とか考えるとたぶん山火事。

距離が十数キロメートル以上あるのに煙が見えるとなると山火事としては結構大きい筈。とはいえ十数キロメートル先の山の更に向こうなので何ができる訳でもない。ただ、こちら側に延焼してくるようなら何がしかの対策は必要になるだろうからこちら側に延焼するかどうかは非常に気になる。


日が暮れて辺りが暗くなると、煙の下側が赤く色付いていて山際が照らされている。うん。山火事。発端の原因は不明だが、樹木が水上げ前で乾燥しているところに強風で煽られて燃え盛ったのだろう。やっぱ火の取り扱いは注意しないとな。


一晩経っても消えない火。

そもそも山火事って究極には自然鎮火を待つしかないものだから仕方が無い。

ただ、こちら側に延焼してきた際に打てる手がそんなにある訳ではない。

現状では延焼防止の防火帯を作るのさえ難しい。木を一本伐倒するのに一、二時間かかるから伐倒している間に火がまわるのが落ちだ。

向かい火は焼畑ではしょっちゅうやってるけど山火事にやると延焼範囲の拡大を招く危険が大きいから最後の手段だしな。


朝食後の打ち合わせで、今日中に雪風を大川まで回航する事にした。

山火事の状況を見極めないと拙かろうという事で物見を出すのだが、舟で大川を上った方が万一危険な状況だった場合に逃げ易いのと水の上なら比較的安全ということで雪風で川上りをする。


「雪風は芦原口(あわらぐち)水口(みずぐち)のどっちに回せばいいですか?」

「できれば水口がいいけど、無理なら芦原口でもいい」


艇長の安藤くんの質問に将司が答える。


「わっかりました」


そういうと安藤くんは岸本さんと潮汐表を見ながら打ち合わせをはじめた。


芦原口は美浦の四キロメートルほど東の大川の河川敷の事で葦原のある辺り。水口はそこから六キロメートルほど北にある大川取水口の事。

舟での川上りは結構大変で、動力船になる前は河川敷などに曳舟道(ひきふねみち)と呼ばれる道があって人馬で舟を曳いて上った。これは急流でなくても平野部の川でさえ一般的な方法であった。

下りは座礁とかに気を付けてさえいれば急流じゃない限り何とでもなる。


芦原口までは上げ潮に乗れば人力でも余裕で届くがそこから六キロメートル上れるかは条件次第かな?


「水口まで回しますが、岸にあげるのは手伝ってください。四時ごろには着けると思いますので」

「分かった。でも無理はするな。芦原口でも大丈夫だからな」


足の方はそれでよいとして、持って行く物だな。


「デジカムとデジカメそれと念の為食料備品は三日分持って行け。そうそう……ライフルとエアも忘れるな」

「要るか?」

「冬篭り中に叩き起こされた熊がいる可能性がある。子連れだったりしたら目も当てられん。火事で気が立っている空腹で子連れの熊を(なだ)められるなら別にいいが」

「いや、持って行く。完全武装で臨む」


俺は自殺志願者ではないので即刻掌返ししてライフルを持っていく派に転向する。

言われてみれば確かにそうで、そろそろ単身の熊が冬篭りから覚める時季だ。

子連れ熊はもう少し後になる。出産した母熊は単身熊より二テンポぐらい遅れて活動しはじめる。しかし、別に仮死状態な訳ではないので火事なら動くだろう。

母熊が遅くまで冬篭りするのは仔熊の餌が十分に増えてからという説と仔熊がちゃんと動けるようになるまで授乳すると遅くなるという説があって、両方正しいんじゃないかと思っている。

まだ十分に動けない仔熊が犠牲にでもなっていたら……背筋が凍る思いがする。


俺が行く事が前提になっているがそれはしょうがない。斥候三人衆だからな。

ただ奈緒美は春作と田んぼの準備で手が放せないので、ヤギの出産が終わった美野里と交代。そして雪風乗組員のご両人と合わせて五人というのが今回の布陣。


さて、準備に取り掛かりますか。

食料の準備も水は大川から現地調達としても五人の三日だと四十五食になり、それなりの量だ。フリーズドライの携帯食なんてないし。

キャベツ、ベーコン、片栗粉、干物の牡蠣、アサリ、鮎、鯵、エイ、イカあたりかな?もっていっても差しさわりが少ない物――量が取れたり消費が少ない物――だとこんなもん。キャベツは春キャベツがこれからだから冬キャベツは構わんよな?

それからテントも持っていかなきゃだし、ライフル銃も念の為点検しておこう。もしかしたら命を左右するかもしれない。


■■■

「じゃあ行ってくる」

「気を付けてな」


五人で大川からの用水路(命名:大川疎水)の脇を辿って水口に向う。


「まだ消えてないですね」

「まぁな。可燃物がなくなるのが先か雨が降るのが先かって感じじゃない?」

「雨が降るとしたら三日後」


岸本さんがいつの間にか気象予報士になってござる。


「観天望気」


へいへい。わたしゃできませんよ。


バッシャンバッシャン回っている二連揚水水車の傍に係留している雪風に乗り込み出発する。

舳先側でオールを漕ぐのは文昭と俺。船尾で艪を漕いで向きを調整するのは安藤くん。前がエンジンで後ろがステアリングという訳だ。岸本さんが見張り兼司令塔で美野里はお客さん。


川の真ん中まで行くと流れが速くなるので船底やオールが擦らない程度の岸寄りを上っていく。三人で漕いでいるので二ノットぐらい出てるかな?


お昼ごろ平山の東側に到着した。

河川敷の状態が良いところは曳舟にしたりしながら五時間ぐらい掛かった。

大川はここで二手に分かれるっていうかここで支流と合流している。本流は北東に向かい、支流は平山の北側に続いている。

肝心の山火事だが平山の北斜面で燃えているようだ。しかし平山の稜線がじゃまで火元までは見えない。


「大休止にするか?」

「そうしよう。ついでに段取りも話し合おう。美野里、メシ頼めるか?」

「私が」


五十分動いた後の十分程度の休憩が小休止で、大休止は食事などをしながら一時間程度の休憩らしい。

切りが良いので食事をしながら今後の段取りを確認する事にする。

だけど、岸本さん……美野里ってそんなにメシマズじゃないんだよ?創作料理じゃなければメシウマの部類なんだよ?岸本さんの方が安心できるってのは否定しないけど……


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