第17話 一年経って
日が徐々に長くなり一雨ごとに暖かく三寒四温の言葉のとおり寒さも緩んできた今日この頃。暑さ寒さも彼岸までというが、春のお彼岸の中日を迎えるとここに拉致られて一年になる。
春は草木の芽吹きと動物の出産の季節でもある。
季節繁殖といって発情期が決まっている動物の多くが春に出産する。春から夏の餌が豊富な時期に子育てなりができる方が生存率が良いので春から妊娠期間を逆算した時期が発情期になっている。だから種によって発情期はバラバラでも出産期は一斉に迎える事になる。対して年がら年中発情期といえる周年繁殖動物は同じ種であっても出産時期はバラバラになる。
季節の良い時期に産むことで生存率を上げる季節繁殖だが、低緯度地域だと季節の差が少なくいつ産んでも大丈夫だから、オスメスが出会うのが稀なら繁殖機会を逃さないとか、数が産めるという利点が活かせる周年繁殖になりやすい。
季節繁殖動物が低緯度に適応したら周年繁殖になる事もあり種で固定されている訳ではないようで、ヤギは基本的には季節繁殖だが低緯度に順応した品種のシバヤギは周年繁殖になっている。周年か季節かはその時々の生存戦略の結果でしかない。
家畜家禽の中には野生種だと季節繁殖するのに家畜種だと周年繁殖するという種もある。例えば豚の野生種のイノシシは春先に出産する季節繁殖だが豚は周年繁殖。
何が言いたいかというと、ヤギがこれから出産ラッシュを迎えようとしている。
ヤギのお産は比較的軽い事が多くあまり手は掛からないとは聞くが、事故が皆無な訳ではないので出産時期には美野里と美結さんが交代で詰めるそうだ。お疲れさん。
狼の方は五頭の仔狼が産まれた。まだ目は開いてないが雌狼が律儀に見せてくれた。可愛いのは可愛いがお前さんたちちょっと野生を失い過ぎじゃないかい?それとも俺らを群れのボスと認識していて報告しに来たのかい?
今月末には目も開いて来月末には離乳して巣穴からちょろちょろ出るようになると思われる。名前を付けるのはある程度社会性が出てからの方が良いだろうと保留している。個々の特徴も何も分からんしね。
畑の方では、秋川夫婦がアブラナ科の作物――アブラナ、カブ、小松菜、白菜、カラシナ、キャベツ、大根など――の種取り用に薹を立たせている。
薹つまり花茎がでると野菜としての旬が過ぎるとして「薹が立つ」なんて言葉があり、花実を利用しない葉菜や根菜なら薹立ちさせない方が良い。
ただ種を残させるには薹立ちさせて花を咲かさせる必要がある。
中にはキャベツのように上部を切開してやるなど人手を加えないと薹立ちできない作物もあるし、アブラナ科の植物は自家受粉しない自家不和合性で虫媒花のものが多く、交雑など色々と面倒な話もある。ただ、アブラナ科の野菜は古くから利用されてきただけあって何とかなるものらしい。
それはそうと、虫媒花という事は虫が花粉を媒介するのだが、アブラナは蜜源植物でもある。つまり蜜蜂さん出番です。
それと菜種油を得るには種が必要。キャノーラ品種どころか搾油用の品種でもないからエルカ酸(エルシン酸)やグルコシノレートという有害成分が含有している。グルコシノレートは水溶性だから除去は簡単だけどエルシン酸は……
少量なら問題視するほどでもないけど基本的には燃料、灯火用と思っている。
他にも野菜の種はできの良さそうな株を中心に種取り用に残したりしてきている。
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日誌を捲りながらこの一年でやった事、やれなかった事、今後やった方が良いだろう事をまとめている。次回の美浦総会の叩き台になる。
衣食住の衣
基本的には持参品が中心になっているが新調は肌着は綿で上着は麻や革や毛皮、靴は革靴というあたりだが可能にはなっている。ただ紡績機も自動織機も無いので布にするまで恐ろしく手間暇が掛かるのが難点ではある。
もうね、毛皮の方が手っ取り早いのよ。帆布も現状は革製だし。
昔は服が高価だった理由を実感している。
縫製は欲を言えばミシンが欲しいところだけど、布からは早いし布までがボトルネックだから現状では問題なしという事にしている。
あと染料は藍と渋は何とかなりそうだけど二色だと寂しいから他の色も探そうと思おう。草木染め、イボニシやアカニシの貝紫、紫根、茜、黄檗とか色々ありそうだし。それに染料は中には薬用に使われるものも多いしな。ターメリックとか紫根とか……
衣食住の食
農業は水田が十二町歩と畑が四町歩。今年の米の収穫があれば一息付ける筈。
今後に向けて果樹園と薬草園とハーブ園ときのこ園は準備に手を付けだした。
果樹は栗、山桃、栃、胡桃(たぶん鬼胡桃)など現地産の樹木の移植や挿し木や取り木を手掛けている。他にも種があった果物――実生だからそもそも育つのか、結実するのか、はたまた食べられるのかも不明だけど――葡萄、蜜柑、林檎、柚子、梅などを植えているそうだ。
奈緒美と美野里が中心にやっているのでよく分からないが、椿と茶も含めて害虫大戦争にならないよう切に願う。毒蛾とかを引き寄せそうで怖い。
畜産はヤギとニワトリ。卵の安定供給は大変ありがたい。
ジビエも畜産に入るのか分からないが、ジビエが主食中の主食だったのは忘れない。俺らに狩猟を仕込んでくれた先達のみなさんのお陰で生きております。
ヤギは飼料も何とか持って冬場を越せて一安心といったところ。色々芽吹いてきたから餌の心配はない。成果物だが出産したら泌乳期に入ってくれるので少しは良くなるだろう。個人的にはチーズが欲しい。
ニワトリは飼料が安定したら――夏場以降になるかな?――殖やす予定。
ニワトリの孵化は産業だと孵卵器を使い学校教育などでは矮鶏という小型の品種を使うため、通常の産業用のニワトリが抱卵する事はまずない。抱卵させるのは経済的に割に合わないので経済動物であるニワトリは孵卵器を使うのが一般的だし色々と都合が良いそうだ。
美野里によると鳥類はある程度の数の卵が揃ってから抱卵に入る習性があり、これはニワトリも同じである。産業用のニワトリは産む端から人間に卵を取られるので抱卵する閾値に達する事が無いだけで抱卵の本能が無くなっている訳ではないそうだ。中には抱卵しない個体もあるそうだが……美浦にいるニワトリも卵を産みっぱなしにしておくと閾値を超えたら抱卵する可能性はあるらしい。
水産は安藤くんの釣果と大潮の時の潮干狩りが中心。
今年はオゴノリ、テングサ、フノリ、モズク、ヒジキ、ワカメ、海苔などの海藻類に手を出したい。海藻類は春から初夏にかけて収穫する物も多いが、去年はそんな余裕は無かった。今年は食料として資材として肥料として有効に活用したい。
魚も釣りだけじゃなく定置網とかの網漁も考えたい。
それと養殖。牡蠣とかワカメとか海苔ってどっかで養殖してた気がする。
衣食住の住
一応は風雨を凌げる住居は作った。色々と不便はあるが住めてはいる。
建物は他にも竹木屋(製材所)、つむぎ(繊維工房)、革工房、滋養屋(食肉処理場)、謎工房(肥料製作兼化学工場)、四零九六(菌の培養)、モクモク(燻製)、うっちゃん(漆器)、バシャバシャ(紙漉き)、御前場(鍛冶)、窯場、炭焼き小屋、醸造所、製塩所、高床倉庫、鶏舎、ヤギ小屋など
こうして並べてみると結構作ったな。初期に伐採しただけじゃ足りないのは当たり前か。
今年の事業の中で恒久住居の新築は予定している。
今の住居で一番困っているのがトイレ。
一度外に出るのが難点なのは台風の時もそうだったが冬場はツライ。風呂もあれだけど銭湯と思えば風呂はまぁね。
それとプライベートルームが無い事。一度逢引き小屋を作るのを真剣に考えてしまったさ。「現時点で妊娠されると困る」「風紀が乱れる」として止められたけど、男女交際で「してはいけない事」と「しなければいけない事」は同じ内容なんだぞ。このままでは人類は滅びる……何か違うか。
……大小諸々の欠点を少しでも解消した恒久住居を建てるべく、設計や資材確保を進めている。
その他としては地図海図の充実をはかりたい。
現在地の絞り込みができれば資源の目星が付くかもしれないし……
雪風と春風の二艇と奥浜港と西潟港をベースに行動範囲を広げたい。
それからキャンプ場の彼らとの関係をどうするか。
彼らは冬を越せただろうか……非常食の残りは渡してきたし人数も適度に絞れたはずなので生き残ってくれていると信じたい。
こっちが得るものはあまりないけど定期的な交流は保っておいた方が良いかもという考えと、得るものが無いんだし義理――何の義理かは知らないが――は果たしたとして放っておいても罰は当たるまいという考えがあって自分自身の中でもまとまらない。
何かね、構うのは凄く面倒なんだけど、構わなかったらもっと面倒になりそうで、かといって構い過ぎると更に輪をかけて面倒になりそうな……俺一人の話なら全力で逃げる案件だけど。
この件は問題提起だけだな。
総論としては、やれてない事はたくさんあるけど、やれた事もたくさんあった。
自賛になるけど上手くやれた方じゃないかな。
次の生活向上のビジョンを示してみんなでがんばっていきまっしょい。
全然篭ってない「冬篭り」でしたが第4章は終了です。