第14話 あるかもしれない危機
漂流舟は十中八九留山から見える島嶼の舟ではないのだろう。
可能性がゼロという訳ではないが、南九州から太平洋か東シナ海を通ってこの内海的な海に流れ着いたとみる方が蓋然性がある。
あまり歓迎はしたくないが、目前の海は瀬戸内海……つまり美浦は山陽地方のどこかという可能性が高いと思っている。
潮流、干満差、波浪、生態系、緯度、気候などなど……一つ一つだと他にも候補地はあるが全部となると瀬戸内海が最有力候補に躍り出る。
確証を得るには見知った地形があるといいのだが、俺が知る範囲で瀬戸内に縁があるのは政信さんと文昭の二人しかいない。九州なら伯母さんもいるから俺も少しなら分かるのだが……
文昭は中学時代に香川にいたし、この時に文昭は政信さんと出会っているので政信さんも二年ぐらいはいたと思う。舟艇が整えばどこかで見覚えのある島嶼や山岳に出くわす可能性があり、もし見つかったら現在地をピンポイントで絞り込める筈。なので二人に中国四国地方の地図を開いて聞いてみることにする。だた不確定すぎる状態なのであまり大勢に聞かれたくはない。二人を弁天号に誘ってヒアリングしよう。
「ちょっと相談というか聞きたい事があるんですが……昔、香川にいた事があるんですよね」
「俺は中学丸々だから善通寺に三年いたぞ……ってそれは知ってるよな」
「自分は善通寺が初任地だったから一年ちょっとだけど……それが何か?」
「ええっと……瀬戸内海の島とか山とかで覚えている地形ってありますか?」
「自分はあんまり……五色台は分かるが……」
指差された場所を見ると演習場があった。なるほどね。
「島じゃないけど海沿いの山なら五色台はもちろん屋島や五剣山も分かるぞ。何度もチャリで行って目印にしてたからな。島は怪しいけど女木島と男木島も一応分かると思う……後は粟島と高見島かな?島はあまり自信は無いな」
高松市街から見て五色台が西の山で屋島が東の山という感じかな?屋島の東隣が五剣山になる。
「善通寺からは結構あるようだけど何してたんだ?」
「バイトみたいなもんだな。代参っていってお遍路に行けないお年寄りとかの代わりに八十八ヶ所の巡拝をするんだ。五色台には国分さん、白峯さん、根香さんが、屋島には屋島さん、五剣山には八栗さんがあるからな。長期の休みだと七十一番の弥谷さんから八十八番の大窪さんあたりまでを何回も巡ったもんだ。感謝してもらえて功徳も積めて小遣いにもなって身体も鍛えられる。一石何鳥にもなるってもんだ」
「……いいのかよそんな事して」
「いいんです。お参りしようと思ったなら既にお参りしているんだ。それを代参してお手伝いしているだけなんだよ。これお遍路あるあるね」
「…………まぁいい。分かった。それで、察しは付いているかとは思いますが、目の前の海は瀬戸内海じゃないかって気がしてるんです。これまで分かった特徴の一つ一つは瀬戸内海以外にも当てはまりますが、全部当てはまるのが瀬戸内海以外にはそう無くてですね……外れているかもしれませんが、雪風春風が揃ったら遠出して見知った地形が無いかを確認したいんですよ」
政信さんが眼光を鋭くして聞いてきた。
「東雲くん……何を焦っている」
……ばれてたか。
「それぐらい分かるよ。冬になってからこっちずっと焦っている雰囲気があるからね。何がそうさせるのかおいちゃんに言ってごらん」
しかし「おいちゃん」かぁ……なんか文昭の親父さんを思い出す。
「いたずらに不安を煽りたくなかったので言いませんでしたが……破局噴火の可能性がある事に気が付いたんです」
「……破局噴火?……海を渡るような大規模な火砕流の発生とか火山灰が日本全土を覆うとかっていうやつ?」
「そうです。井戸を掘ってもらった際の地層にAT層……姶良カルデラの火山灰層はあったのですが、その上に在るべき鬼界カルデラの火山灰層が無かったんです。鬼界アカホヤ火山灰……K-AhとかAKって略すこともあるんですが、この地層は縄文時代の早期と前期を分ける重要な鍵層なので匠と将司と私が揃って誤認する事は考え難いんです。この鬼界カルデラ噴火は日本列島近辺では最新の破局噴火と考えられていて、幸屋火砕流と呼ばれる火砕流は屋久島や薩摩半島や大隅半島を飲み込み、火山灰は遠く東北地方まで降灰が確認できます。この鬼界アカホヤ火山灰が見当たらないという事はこれから噴火する可能性があるんです。生きている間には噴火しない可能性の方が高いとは思いますが明日起こっても不思議ではありませんので……」
「既に噴火していてここはその火山灰が降らなかったか少量だった地域という可能性は?」
「その可能性もあるので現在地を分かりたいのです」
「年代的にはどうなの?」
「やっかいな事にドンピシャなんです。七三〇〇年ぐらい前に噴火したと思われるので、今が七〇〇〇年前なら三百年ほど前に噴火していた筈なんですが……火山にとってみれば数百年は誤差の内なんで……それとアレも誤差があるって話ですし……あと漂流舟にあった土器なんですが、その噴火で壊滅的打撃を受けたと思われる文化圏の産品なんです」
「そういう事か……何か対策のようなものはあるの?」
「食糧の備蓄……できれば二、三年耐えられる量の備蓄……本当なら十年と言いたいんですが。それと物資と共に大規模に移動できるような船舶の開発。この二つが大きな柱です。火山灰が降り積もったら車での移動は難しいと考えてます」
「……汎用的な対策で妥当といえば妥当か……それにしても十年ってそんな長期にわたるのかい?……まだまだ我慢の生活が続くんだな」
「富士山の宝永噴火の復旧に十年かかっていますから。二、三年というのは被害が無い地域で再開拓する際の食糧という意味合いもあります。あと米については年間消費量の倍ぐらいの量を作付しますからよっぽどの凶作にならない限り、備蓄しながらでも今年の新米からは十分食べられる見通しですよ」
「それはありがたい」
「備蓄場所は色々見繕っている最中です。野生動物対策や腐敗劣化防止はもちろんですが、頭の黒い鼠対策も要りそうで……頭が痛いです」
「小人閑居して不善をなすか」
「今のところはお目こぼししてもいい範囲ですけど、これ位なら構わないって変な解釈をされると困るのでそろそろ釘を刺そうかと思ってます。それでも改まらないようなら泣いたり笑ったりできなくしてやろうかとか……ハハハ」
「レンジャー課程でも施すかい?」
「それは……ん。備蓄は収穫量からいって順調に推移しても数年単位でかかりますから、その間に航海技術を上げるのと地図や海図の作成をと……これが初冬からの動きの背景です」
「退路を確保しながら籠城準備もって事か……ありがとう。動機も行動も納得した」
「何れ将司あたりから内々に話が行くと思いますのでそれまでは」
「分かってる。政治は難しいからな」
「政治ですか?」
「ある意味では自分は君らを政府だと思ってるよ。東雲くんはさしずめ与党政調会長や内閣官房長官だね」
「やな例え方ですねぇ」
「方針点検とサポート、それにスポークスマン……でしょ?嫌な例えと思うって事は自覚はあるだよね?」
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漂流舟騒動で影が薄くなったが、留山の縄張りは続けている。
伊達くんが掘り当てた(?)泥岩は佐智恵の見立てだと砥石に使える可能性が高いらしい。「仕上げ砥に使えそうなぐらい良い感じ。駄目でも中砥にはなると思う。後は荒砥用の砂岩をよろしく」と勝手な事を言っていたが、別に砥石を探して穴掘りしている訳じゃない。とはいっても泥岩と砂岩は交互に層を成している例も結構あるので砂岩がある可能性はそれなりにある。
多数のボーリング調査の結果、山頂からやや降った東斜面に良さそうな場所を見つけた。岩盤は地下二メートルぐらいにあるのでそこまで掘って地下もしくは半地下の倉庫が建てられそうだ。
横幅三.六メートル、奥行き八メートルぐらいの穴というか溝を掘って、竹筋の三和土もしくはレンガか石のアーチで屋根を被せてやれば良い塩梅になると思う。
あまり間口を広く取ると屋根に耐荷重を持たすのに苦労しそうだから間口はこれぐらいの幅にして、奥行の長さか作る地下室の数でカバーかな?
精米二十キログラムの発送箱が縦四十五センチメートル×横三十センチメートル×高さ二十五センチメートルぐらい。種籾だと見掛けの密度が半分ぐらいになるので同じ容積に種籾を入れると半分の重さ、つまり十キログラムぐらいになる。
これを一一パレット(一一〇〇ミリメートル四方)に八回し六段にしたら四十八個(四百八十キログラム)になる。「八回し六段」と言うのは、一段が八個になるよう回し積みしてそれを六段積むという事。
同じ向きに並べて積み上げる方法は「棒積み」というのだが、この方法は転倒や潰れが起きやすいため軽量だったり少量の時や短時間しか積まない時はともかくとして、大量の時や長期保管時や輸送時にはあまり好まれない積み方である。積むだけなら楽な方法だけどね。
対して四つ巴に組んで積むのを「回し積み」と言い、物流業界では代表的かつ基本的な積み方の一つ。一段目が時計回りなら二段目は反時計回りに積めば下段の側板が上段の底面を支えるので荷崩れしにくく箱潰れもしにくい積み方になる。
さっきの大きさの倉庫の壁沿いに並べたら作業通路を確保しても十五パレットぐらい格納できる。米袋を直接地べたに置くのが嫌で棚か何かを作ろうかとも思ったけどパレットを思い出してよかった。木製パレットも普通にあるから時期をみて作ろう。
四十八個載せたパレットが十五パレットだから種籾の重量は七.二トンで、全体計画の五分の一の量が納められる計算になる。留山に三箇所と新築住宅の地下に二箇所、同じようなのを作れば全体計画分を納められる。
一発で全部要る訳じゃないので今年は新築住宅の二箇所と留山の一箇所にしておき、備蓄する米の生産に合わせて留山に倉庫を増やしていく。場合によっては留山の麓に横穴も検討……ふむ。悪くないな。
地下にするのは一つには温度変化が緩やかである事。二つ目が食害に遭い難いという事。三つ目がきちんと作ればメンテが楽な事。最後に強度を出し易いという事。
強度は重要でこの防災倉庫は火山灰の積灰に耐えてもらわないと困る。
耐えるために平米二トン以上の耐荷重を持たせたいのだが、この数値は鉄骨コンクリート造りならクリアできるが木造だと無理とは言わないが中々厳しいものになる。地下や半地下なら壁にあたる部分が地面になるので強度を高め易いのは魅力。
火山灰の重さは一ミリメートルで平米あたり一.〇~一.七キログラムぐらいあるので仮に三十センチメートルとしたら三〇〇~五一〇キログラムに達する。もし雨でも降ろうものなら水を吸って倍以上の重さになる事もあり、平米一トン以上の荷重になることもあり得る。そうなると鉄骨コンクリート造りなどの頑丈な建物で無いと倒壊しても不思議では無いのだ。
実際に防災計画などでは概ね湿った火山灰が三十センチメートル積もると倒壊する家屋が発生することを想定している。木造建築物なら積灰が五~十センチメートルを超えたら雪下ろしならぬ灰下ろしをしないと屋根が抜けたり倒壊する危険が現実性を帯びてくる。
なので、灰下ろしなんてできないだろう防災倉庫は六十センチメートル積もっているところに雨が降っても大丈夫なように平米二トン以上の耐荷重を持たせたいのだ。