第4話 移民団の旅路
三日目
初日が春分点だって話だから初日を三月末日に設定して今日は四月二日とする。
さぁ出発だ。いま陽が昇る。……山や谷は一杯あるけど。
本流なのか支流なのかは分からないが、比較的太目の川に沿って下っていく。
流れ込む小川を幾つも渡っていくと川幅は太くなっていき十メートルはあるだろう。
基本的には川を降っていけば海にでる。
摩周湖のような流出河川が無い湖(摩周湖は流入河川もないけど)に行き着く可能性はあるけど可能性としては無視できるぐらい低い。
食料や塩をはじめ海の資源は重要なのでできるだけ海の場所は押さえておきたい。
ここらの土地も悪くは無いんだが、キャンプ場から近すぎるのと平坦な土地が狭いのが問題かな?徒歩で一日で着く場所は厄介事の種だと思う。
他が駄目ならここらかな?
今日は河岸段丘と思われる場所に野営する。
現在地は元のキャンプ場から西か南西に二十~三十キロメートルといった辺り。
キャンプ場の南側の山脈を反時計回りに回っている感じで南にある山筋が低くなっている。なので川は南に向いてくれると思っているが北を向いたなら低くなっている山筋を峠越えする事も視野に入れないといけない。
みんなに見覚えがある地形が無いか聞いているが誰も心当たりがないとの返事。
本当に「さほど変わらぬ場所」なのかよ。
太陽の動きから北半球なのは確かで、植生などから温帯であるのも高確率でそうだろうが、山の形が全然違っていたので俺らからすると未知の場所で現在地不明なのだ。どこかで見た事のある地形を見ないと不安が募る。
川に魚が見えたと言って美野里が安藤くんを連れて魚釣りに行ったので、俺と佐智恵で周辺調査を行うついでに駄目元で罠を仕掛けに行く。
猿、熊の痕跡は見つけられなかったが、猪がいる痕跡は見つけた。
個人的に今一番怖いのが狼。ニホンオオカミは絶滅していたので当然実物を見る機会などなく、野良の狼犬に遭遇した事もなく、どんな痕跡なのか今一つ不明なので脅威度を含め未知なのが怖い。
一応は野犬の痕跡を参考に探したけど見つからないが、これが居ないので無いなら良いのだが居るのに見つけれなかった場合は……冷や汗ものだ。野犬でも結構危険なのに、前門の虎、後門の狼って言われるぐらいの危険生物だよ。
そんな話をしていたら佐智恵に「虎が居ないという根拠は?」と言われた。
うっ!鋭い事を……インド亜大陸からユーラシア大陸東部にかけて虎はいたし、沿海州には二十一世紀にもいたはずだから(ここが日本列島と仮定しての話だが)日本列島が大陸から離れる前に駄女神の言う「誤差」で生息域になっていたら居る可能性は……あるっちゃある。
虎と豹の生息域は豹の方が広いと言うか豹の生息域の一部に虎が居るって感じだったから虎がいるなら豹もいる可能性がある。
あっ!確か本州で豹の化石は出土してたんじゃね?
「確かに居ない証拠はないし居る可能性はあるけど微レ存じゃね?何らか示唆する情報が無い限り居ないと仮定したいな」
「一般的な意味の可能性が示唆されたら直ぐ言って……急ぐから」
「何を」
「ここには爆取も銃刀法も火薬類取締法も無い……」
うっとりするな!勘弁してくれよぉ……
罠を仕掛け終わって帰ってきたら美野里たちが鱒を釣ってきていた。
美野里八匹で安藤くんが十二匹だそうだ。
早速捌いて塩焼きにして食べる。美味い。
四月三日
昨晩しかけた罠で猪が二頭獲れた。一晩で掛かるって運が良い。食料ゲットだぜ。
処理(解体)していたので出発は多少遅くなったが特に問題にはならない範囲。
川は南を向いてくれた。
辿ってきた川は支流だったようで北から南下してきた川と合流している。
東西に走る山筋が一箇所切れていて、そこに流れ込んでいるようだ。
今日は流出口の手前で野営する。
文昭にひとっ走り高台まで行って偵察をお願いした。
俺が付いて行くと日が暮れるので、良さそうなら翌朝にもう一度行く事にしたのだが、それならと政信さんが文昭に付き合ってくれることになった。
夕食ができる前に二人は談笑しながら帰って来た。頭上で大きな丸を作っている。
この山筋の先を回れば平地になっていて海も見えたそうなので期待が持てる。
見えたのが淡水湖で無い事を祈ろう。琵琶湖は潮汐もあるし、結構な高所からじゃないと対岸も見えないから海に見えても不思議じゃないからな。
四月四日
この先の平地を高所から見ておきたかったので朝食の前に文昭と奈緒美と一緒に高台に向う。眼下を観察したがこの川は相当な暴れ川のようで平野部のかなりの部分が氾濫原に見える。
更に谷口から旧河道と思われる地形が放射状に広がっている。何回も付け換わって来たのだろう。谷口から一キロメートルほどは扇状地になっている。
そこから先は仮定海まで氾濫原と思われる平野部が十キロメートル以上続いている。
森林は発達しておらず基本的には草原になっていて所々に小規模な林めいた木の集合がある程度。
水害の危険はあるが氾濫原自体は文明の発祥地でもあるので、正直なところ捨てがたい魅力がある。候補地暫定一位かね?会議資料にする為、ビデオに撮っておく。
平野部に出る谷口はかなり細いが何とか通れた。
増水したら間違いなく水没するだろうという感じの隘路で川の両側は急斜面で逃げ場がない。恐らくだがこの川は先行河川で山越えできたのだと思う。今後ここを通るとしたら尾根越えの道を確立した方が安全だろう。
平地に入ってからは海をめざして翼をひらくようにスピードが上がり今日中に河口に辿り着く事ができた。
松が生い茂る自然堤防と推定した場所で野営する事にする。
今晩の夕食は昨日獲れた猪を中心に、鮮度的に消費しておきたい野菜類も使用して豚汁(猪汁?)と焼肉だ。猪が被るが勘弁してください。
夕食後にここを開拓地にするかの会議を行った。
将司に促されて口火を切る
「この平野部は川の氾濫でできた氾濫原と思われます。山の切れ目から流れ出てから旧河道と目される地形が放射状にできているので暴れ川と考えた方が良いでしょう。氾濫原自体は上流からの養分が堆積している生産性の良い土地の可能性が高いです。早乙女さん、その辺りはどうですか?」
「一般論としては間違っていないし、ここらも悪くは無いよ」
「気候面が大丈夫なら水田はできそうですか?」
「地形や地質的には可能と思うけど、川の氾濫で浸水したら収穫は厳しくなるよ」
「氾濫原という事は粘土層とかありそうだね。どうだろうか」
陶芸家だからか剛史さんが質問してきた。
「確認はしていませんが、可能性は非常に高いかと」
「だろうね」
「はい。そして二つ目ですが、川の流出先は海と考えて良いかと思います。塩分濃度は標準的な海水の範囲内ですので仮に塩湖であっても支障はありません」
「塩分濃度は三十四パーミル、三.四%と言った方が分かり易い?組成についても分かる範囲では海水との差異は見られない」
「天馬さん補足ありがとう。江戸川さん他にありますか?」
「河口付近は典型的な汽水域の生物相だね。生物資源は十分ある。ご馳走するよ」
ここまでは基本的にはポジティブな情報だけどネガティブな情報もあるんだよな。
「東山さん、木材の使用量は近辺のまばらな林で賄えそうですか?」
「無茶言うな。全然足りない」
「山地の森までは十キロメートル以上あります。川で運ぶとかできそうですか?」
「話にならん。トラックで運ぶぐらいしか無いぞ」
「なるほど。家屋を守る程度の堤防も要ると思いますが、その分の木材と石材などの都合は付けれますか?」
「勘弁してくれ」
「ちょっと待って!田畑が流されたら詰むって……田畑を守る堤防も要るって」
「家屋の分は何とかするとしても田畑までとなると現状では無理ですかね?」
「間違いなく手が回らん」
利点は「氾濫原自体は生産性が高い土地」「海の恵み(食料、塩、資源)の入手が可能」欠点は「森林が遠く建材や燃料の確保が困難」「水害に遭うと詰むが余力はなく運任せ」整理するとこんな感じで、結論を言えば保留となった。
潤沢なリソースがあればこの氾濫原を穀倉地にできるとは思うけど、現状のリソースでは二の足を踏む。手元のチップは一枚なので勝率六割だと張れない。チップの枚数が増えるか、他がもっと勝率が低かったらここに張る事になるだろうけど。
四月五日
本日の目標は東方に見える丘の麓まで。
十五キロメートル位かな?もうちょっとあるかな?
山越えしていたら日が暮れそうなので早めに野営地を決めて、先行偵察のパターンだろう
右手に海を見ながら軽快に進んでいく。
海岸は砂浜や干潟が発達している様に見えるのでやはりあの川は暴れ川なのだろう。
土砂の供給が十分あるという事でもあるのでシルトや粘土などが溜まっている所もあるだろうから採取場にするのも考慮して目星を付けておくか。
海を見て捕食者の本能が刺激されたのか美野里「釣りがしたい」と喚きだして無線で全車を止める暴挙に出た。
昼食には少し早いが将司もやれやれって顔をしている。
「さぁ一平ちゃん勝負だ!竿は選ばせてやる。今日は負けないよぉー」
一昨日の川釣りの釣果で安藤くんに後れを取ったのを根に持っていたようだ
「竿はまだあるから、宣幸くん、史朗くんも釣りするよぉー」
子供達がそろそろ飽きてきてるから釣りで目先を変える高等テクニックなのか?
将司と俺はゴム長に履き替えてシャベルと篩を持って波打ち際で餌用および釣れなかった際の食料として貝を採る。篩は農地とか工事現場とかで使うごっつい奴なので結構効率は良い。政信さんも参戦してくれて「アサリ、シジミ、ハマグリさん」と口遊みながら掘っている。河口からだいぶ離れたからシジミは居ないと思うよ。確か汽水に棲む種類と淡水に棲む種類はいるけど海水に棲む種類はいなかったかと。えっそうじゃない?
うちの女性陣が採ったアサリを片っ端から剥き身にしていく。
美野里と奈緒美に付き合わされて海の物も山の物も大量に捌いてきた経験値は伊達ではなかったようだ。
でも全部剥き身にしないで少しは酒蒸しとか網焼きとかにしようよ。
俺はフライパンで殻ごとそのまま焼いた奴が大好きなんだよ。
あとね、砂抜き中のアサリ釣りも子供には楽しいんじゃないかな?どうだろ?
アサリの剥き身をある程度確保した段階で美野里が開始の掛け声をかける。
「さぁーいっくよぉー!プレイボール!」
俺は突っ込まないぞ。
子供達はお父さんに餌を付けてもらって一緒に投げたりしていて結構楽しそうだ。
こっちは釣りに飽きた時の為にアサリの砂抜きを始めよう。
美野里が早速キスを釣り上げたようだ。
続けざまにメゴチも釣り上げて安藤くんに向かってドヤ顔を見せていたが、対する安藤くんは冷静で引いている竿をそのままにしている。
「引いてるよ」
「分かってるって……まぁ見てな」
慎重に竿の手応えを確認しながら待つ事しばし、グッと引いたのに合せを取ると凄い引きを見せ格闘すること数分、体長七十センチメートル近いヒラメを釣り上げた。
いい笑顔でサムズアップする安藤くんに「ぐぬぬ」と返す美野里……大人気無いぞ
美野里も結構な数のキスやメゴチを釣り上げていたが、ヒラメのインパクトには負けた。子供たちも何匹か釣り上げて喜んでいたし、良い昼ごはんになったな。
蜘蛛の糸号に乗り込んできた美野里はいい笑顔だ。
「大物を釣ったのは安藤くん」
「誰が釣ろうと食べられれば良いの」
まぁ安藤くんに花を持たせたってのは分かってるよ。完全に小物狙いに徹していたもんな。高校生組は少しでも役に立つ所を見せておかないと不安なのだろう。他の子たちも薪集めや設営で色々動いていたし。そこをケアしつつ自分の欲望も満たすって良い性格してるよ。
「美野里が優しくて良い女だってのは分かってるよ……お疲れさん」
真っ赤になってあわあわ言ってるが勝手に照れてろ。
……佐智恵さん何故不機嫌なのですか?
十五時頃に目標としていた丘というか尾根の終わりが目視できる辺りに辿り着き、今日は少し山腹に入った辺りで野営する事にした。みんなが野営準備をしている間に俺と文昭と奈緒美の斥候三人衆(嫌な表現だな)で尾根に登って向こう側の偵察をしてくる。
尾根の上の木に登って眼下を眺めると綺麗な円弧を描く入り江と遠くに流れる大き目の川が見える。
尾根の麓にも川が流れていて入り江と尾根の間で海に注いでいる。
奥の川は入り江の向こうに河口を持っていて、この尾根と奥の川の間の五キロメートルぐらいが平地になっている。
平地部は幅五キロメートル縦八キロメートルほどで、海側から順に、草原、潅木帯、森林と変遷していて森林になって暫くすると徐々に傾斜を増していき、北の山体に続いている。
「義教どうだ?」
「文句なしとは行かないけどこっちの方が断然良いな……奈緒美も見てみてくれ」
「文昭くん肩車して……うーん陽樹の方が優勢っぽいけど陰樹も見えるし立派な森林だね。あっ猪見っけ……水も問題なさそう……良いんじゃないかな」
双眼鏡を覗きながら奈緒美が賛意を表す。
まぁ明日現地に行って地質とかを見てからじゃないと結論は出せない。
四月六日
丘を越え行こうよ……という事で昼前に候補地その二に到達し、海班、川班、森班、平野班に分かれて周辺調査に取り掛かる。
俺と佐智恵は川班……何を調べるかというと水質とか流路とか危険度だね。
植生とかを見る限り大丈夫な感じではあるけれど定住するなら水質は大事。
有害物質が混じってたら洒落になんない。
尾根沿いの川のサンプルを採りつつ小一時間ほど川を遡って流路を地図に書き記していく。川幅は約八メートル水深は約五十センチメートル程度で小川とは言わないが河口付近でこの水量だから小規模河川と言っていいだろう。
尾根沿いの川は調べたので、昼食をとったら午後からは奥の方の川……
藪の中に道を作りつつ進むがまさか佐智恵に先頭を変わってくれという訳にもいかず約五キロメートルの道のりを切り開く破目に……
こっちはもうサンプルを採るので精一杯だね。
流路とか危険度はMK.1アイボールでの偵察で済ますことにする。
川幅は五百メートル近くあるんじゃないかな?水深も深そうだ。
夕食後の各調査班の報告会だが、基本的には好意的な内容が大半を占めた。
肯定的でない情報は三つしか無かったし致命的な問題は皆無であった。
肯定的でないものは次の通り。
一.入り江は自然の地形としては特異な部類なので今後要調査
どちらかというと学問的な興味といった方がいいだろう。
二.人の手が入った痕跡が全く見当たらない
これも今更な話。これまでも見つかっていない。
この問題は棚上げして持ち越す。
三.平坦部の幅は四~五キロメートルと狭め
平安京が東西四.五キロメートル南北五.二キロメートルなので十分な面積とも取れる。
ここを開拓地とするかについては特に反対意見は出なかった。
「ここを開拓地とする」
将司が決議内容を宣言し、議題は具体的な開拓方針に移っていった。