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文明の濫觴  作者: 烏木
第4章 冬篭り
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第10話 新年

パン!パン!

巨大隕鉄に二礼二拍手一礼する一同。

『こうせい社』と名付けて勝手に御神体にしてしまったが、鰯の頭も何とやらという事で勘弁願いたい。名称には降星、後世、厚生などを掛けているらしい。

初詣にもならない真似事は内々でこそっとするつもりだったのだが、残念ながら曇天で初日の出が拝めなかったからか全員ではないが結構な人数になった。


俺は「仏ほっとけ神かまうな」が信条なので行事的な感覚での参加。他人に強要したり害があるならともかく、そうでないなら他者がどのような信仰をしていようが好きにすれば良いと思ってる。唯一俺の理解の外の超常的存在といえばあの拉致犯だけだけど、アレは敬う気にはなれない。触らぬ神に祟りなしという事にしておく。そんな事より屋敷に戻って御節食べよう。


いりこ出汁にダイコンとニンジンの銀杏切りサツマイモの輪切りと鴨肉の薄切り、そこに煮た丸餅というお雑煮をいただきながら御節料理に舌鼓を打つ。


お雑煮がどういう物なのかは地域や親族の文化風習によって様々ある。

餅一つとっても丸餅か角餅か、焼くのか煮るのかで四種類あるし中には餅が無い地域もあるとかないとか。汁についても味噌仕立て、醤油仕立て、出汁仕立てなど種類があり、さらに具材は地域の産品が使われる事も多く多岐に渡る。

俺がこれまでで一番吃驚したのは煮た小豆(小豆汁)に餅を入れた物。ええ、俺からしたらぜんざいにしか見えません。詳しく聞いたら水煮なので甘くなく砂糖をまぶす所とか砂糖で煮てぜんざいとの違いが食べる時期だけの所とかその中でも派閥があるらしい。

もうね。百軒あったら百通りのお雑煮がある気がしている。それを全部ひっくるめて「お雑煮」という単一の呼称をしている日本人の怖さよ。


結局、和食に関しては美浦で一番の実力者である静江さんに今ある材料でできる物を見繕ってもらうという丸投げをして先のお雑煮ができあがった。

静江さんありがとうございます。美味しゅうございました。


「有明の」

「これやこの」

「わが庵は」


お腹もふくれたところで有志による第一回競技かるた大会。

百人一首は読み札の絵は無理だったけど一応作った。競技かるたはテレビニュースでちらっと見た程度でルールなんて知らなかったんだけど、漫画やアニメで知っている人もいたので「やってみよう」の一言の下やってみたのだが……悠輝さん強過ぎです。


出身地が競技かるたが盛んな土地なので幼少の頃からやっていたとの事で「昔取った杵柄やが、さすがに素人には負けれん」らしい。

第一回名人かつ永世名人の称号を贈ろう。

俺は初戦が悠輝さんだったので一回戦負けでした。

「一回戦が一番危なかった」なんて言ってくれてはいるけど十枚差の圧勝だったじゃないですか。準優勝は言い出しっぺの杉村小春さん。


それ以降の正月の過ごし方はそれぞれで、家畜家禽に休日は無いので元日早々世話をしにいったり、極端なものだと奈緒美は「一年の計は元旦にあり、寒造りの(かなめ)冬至酛(とうじもと)にあり」などと本当にあるのかよく分からん事を曰って迎春行事には不参加で、冬至(大晦日)から酒蔵一号に篭っている。飯は食いに戻ってくるけど……


■■■

三が日も過ぎて奈緒美が打瀬(うたせ)に入ったから少し時間に余裕ができたというので昼過ぎに弁天号で内々の会合を持つ事にした。


「文昭、エンジンの進捗は?」

「焼玉の設計は何とか。作ってみないと分からないが出力は二馬力ぐらいだろう」

「焼玉を焼くバーナーは?」

「炭を直接使う。実例はあるから心配しないでいい」

「キャラックだったら積載量を取れるからモグちゃん号でも載せてPTOから動力とっても良い気がしてきた」

「確かに。最悪の場合は自動車のエンジンを使う方が早いかもしれん」

「まぁそれは最終手段だな。帆船にする手もあるからエンジンは補助動力と割り切るのもありかもしれん……匠、船体の方は?」

「要求仕様が外洋にでられるという事なんでガレオンやキャラックあたりを参考に義教と設計を進めている。造船は杉材を集めるところからスタートだからこっちはまだまだ時間が掛かる」

「義教、耐久案の方はどうなってる」

「地下室、横穴、土蔵あたり。高地性集落じゃないけど留山のピークにってのもある」

「お勧めは」

「『全部やる』だ。卵は同じ籠に入れるなって事。敢えて絞るなら留山と地下室が良いとは思うが、俺の勘は当てにならん。みんなの意見を聞きたい」

「一度に作るのは無理としても順々に全部作るに私は賛成」

「そうだね。地下室や横穴は温度も安定しやすいから熟成にも使えそうだし……それに入れ物ができても中身を揃えるには時間がかかるから今年は新住居に地下室作って、留山にも分散保管。来年以降に土蔵、横穴って流れがいいんじゃない」

「米が二年として重さ三十六トン容積が七十キロリットルぐらい……空隙とか諸々考慮して十メートル四方で高さが一.五メートル。何とかなりそうな大きさだとは思ってる。横穴だとしんどいかもだけど」

「そこは数で勝負かな。米は玄米?」

「種籾の状態で計算してる」


周りに聞こえないよう弁天号で話しているのは美浦を放棄して他に移住する想定の計画を練っているから。こんなことは大っぴらに話せる内容じゃない。

起きる可能性は限りなく低いが美浦が壊滅的な被害を受けた際に取れるオプションを準備するのは危機管理の一部だと思っている。耐久案ってのは、人員や物資を守る方策や耐え忍んで復興するための計画の事。


最低限守らないといけない物は何で、それをどうやって守るのかや人や物資の移動手段はどうするのか……使われる事のない方が幸せな計画だが『備えよ常に』って事で。


こんな事をしているのは復旧に数年から十数年かかるかも知れない壊滅的打撃を受ける事が有り得ると気付いたから。

有り得るだけで、それがいつ起きるのかやどれ位の被害になるかは全く見当も付かないけど、いつ起きるか分からないというのは明日起きるかも知れないって事。もちろん俺らが生きている間に起きない可能性の方が断然高いけど……


現状とあるべき姿から導き出される今後の進め方の摺り合わせをしていると、遠慮がちにドアがノックされた。俺らがここにいるのは掲示板を見れば分かるので誰かがくるのは不思議ではないが、これまで会議中に誰かが来たことは無い。何か緊急の事でも起こったのかな?


扉を開けると安藤くんと岸本さんがいた。二人とも不安と困惑と興奮が混ぜこぜになったような表現し辛い表情が窺える。安藤くんはともかく岸本さんのそれはレアショットだなと思ったのだが、招き入れられた二人から報告を受けた俺らも似たような表情になった。


「船が見えたんです。遠かったし短時間だったので見間違えかもしれないんですけど……」

「流木とかじゃないって雰囲気があった」

「ただ、確実では無いのでどうしたものかと……」


漁の帰りに水平線近くで動く物体が見えたとの事。

水平線までの距離は意外と短く、海面上に立っているとしたら四~五キロメートル程度しかない。仮に四キロメートル先の船が五メートルだとするとアークタンジェント〇.〇〇一二五だから……ポチポチっと……視角は約〇.〇七一六二度だから約四分十八秒……これなら一応は見える可能性がある範囲だな。

視力は「健康な眼は視角五分の文字や記号を視標としてその中の視角一分の各部の大きさや間隔を見分ける事ができる」という「五分一分角の原理」に基づいていて、判別できる細部の視角の逆数が視力になる。視角が一分なら一.〇、二分なら〇.五、三十秒(〇.五分)なら二.〇という具合。

だから四分十八秒なら視力検査の一.二のランドルト環(全体四分十秒、すきま五十秒)ぐらいの見掛けになる。もっとも、静止状態で注視しての話なのでよく見つけた物だと感心する。


「あいつらが川下りに使った(いかだ)が漂流していたってのが考えられるがそうは感じなかったって事でいいのかな」


二人は揃ってうなずき肯定する。


「人が乗っていたようには見えた?」


顔を見合わせる二人……


「それが遠すぎてよく分かんないんです」

「だよな」


仮に座っていて飛び出しが五十センチメートルだと視角二十六秒ぐらいだから、そのでっぱりが人間だと視認するには視力一〇.〇でも無理なので見えたとしたらマジでホークアイ。立っていて百五十センチメートル出ていたとしても視認するのに必要な視力は四.〇ぐらいか……アフリカの狩猟民とかモンゴルの遊牧民とかの目が良い人なら辛うじて可能って感じだな。望遠鏡でもなければ見える訳がない。愚にも付かない事を聞いてしまった。


「どこら辺に見えた?」

「南になるのかな?」

「南西の島影と南方の島影の間のやや南の島寄り」


仮に人が乗っている船だとするとどちらかの島に住んでいるか漁の休憩地にしている可能性があるな。


「これは要調査事項じゃないか?……将司、エンジンと船体を急ぐ事を提案する。船体は外洋船じゃなく雪風を二周りほど大きくした感じのもので時間短縮を図る」


あっ新年早々自分で自分の首絞めた。新規に設計するのは誰だ……俺だよな。


「安藤さん、岸本さん、ありがとう。義教の意見は妥当だと思う。船もエンジンもどの道必要だしな。義教と匠は船体の設計と部材確保を、文昭は焼玉エンジンの作成……佐智恵は文昭のサポートと燃料の確保。燃料は雪月花も加わってくれ。漁獲と運搬の安全性向上と認知地域拡大……この線で諮る事にしよう。いいな」

「今やるかどうかは別として帆についても俎上に上げて欲しい」

「そうだな。そうしよう。他に何かあるか」

「大丈夫」

「……ん。異議無し」

「燃料は(バイオ)(ディーゼル)(燃料)の他にFT法も含めて検討する」


FT法(フィッシャー・トロプシュ法)というのは一酸化炭素と水素の混合ガス(合成ガス・シンガス)から炭化水素を作る化学合成方法の事で、鉄系の触媒を使えばガソリン留分ができやすい。

第二次大戦中のドイツの戦車が引火し易いガソリンエンジンを多用していた理由が石油が十分に入手できないのでディーゼルエンジン用の軽油が入手しずらく石炭から合成ガスを作ってFT法でガソリンを得ていた為という説もある。


合成ガスは天然ガスやメタンから合成するのが手っ取り早いが、高温の炭素――熱した木炭や石炭など――に水蒸気を反応させると水の酸素を炭素が奪い取って合成ガスにする事もできる。

基本的には合成ガスの作成とFT法の反応に要するエネルギーの方が得られる炭化水素のエネルギーより大きいので、石油が十分入手できるならあまり使われない方法ではある。


ただ、合成ガスを得る事自体は、戦後の物資不足の時に使われた木炭バスが車載装置で合成ガスを作ってエンジンを動かしていた事からも分かるように実はそれほど敷居は高くない。また炭素源は多少は効率が落ちるが木屑や枯れ草など炭素を含む廃棄物でも可能なので丸っきり荒唐無稽という訳ではない。


しかし、FT法となるとBDFと違ってかなり大掛かりな施設にはなると思うのだが、佐智恵はここに化学プラントでも建てるつもりなのか?

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