第3話 移民団出立
「俺らはここを出て行く」
翌朝にそう言って出られたならばよかったのだがそうは行かなかった。
どういう意味があって
どういう参加資格で
どういった権威や権限があるのか
それらが全く分からない管理棟での会合に付き合わされた。
ちなみに漆原さん、楠本さん、高校生組は会合には不参加。
野営したのは俺らだけで他は管理棟で一夜を明かしたそうだ。
ビビリ過ぎとか思ったけど、普通に考えれば建物の中で寝るよね。
この点では変なのは俺らだ。
俺ら三人が来て揃ったのでどれだけの実りがあるのか分からないが会合が始まる。
他の人達の調査結果や見解はどんなものか、他人事ではあるが多少は気になる。
会合が始まってもスタッフは相変わらずというか益々というか横柄だった。
スタッフの仕切りで議事(?)が進められるが、何を根拠にあんな態度がとれるのか不思議な生き物を見ている気がする。
多分トップがそういう人なので、薫陶を受けている人が多いのだろう。
地位や年季が上がるほどあれな感じになっているように見える。
WCはスタッフに比べれば遥にマシに見えるが、これは比較対象の問題だと思う。
神矢と名乗った代表は終始穏やかな態度だが、淡々と延々と自分の主張をし続けている。普通だったらキ印判定くらっててもおかしくはない。
他の参加者も色々発言はしていたが、印象では派閥形成に終始していたようだ。
スタッフに付く者、WCに付く者、自力で頑張ろうとする者に分かれているように見える。結局のところ探索に出たのって俺らだけかよ。……君達には失望したよ。
俺らもある意味では派閥形成していたけれど、やる事はやってるぞ。
キャンプ場の地図に境界線の落とし込み、測距儀で森までの距離も測って方角も記載した周辺図まで用意したんだけど出すのを止めたい気分だ。
そう言えば、俺の眼前で爆ぜた場所だけど、地図落とししたら気が付いたが境界線の円の中心だったよ。それで破裂痕にすごく大きい翡翠玉が埋まってたんだよ。
将司がそのままにして誰にも言うなって言ったからそうしてるけど……
あれどうすんべ?
俺らに発言権が回ってきたから雪月花に調査報告と行動方針案を提起してもらう。
「……と、この様に我々が調査した限りではここにこの人数がいては全滅の危険があります。一時的にでも二十~三十人の集団に分けて別の狩場で生計を立てる事を提案します」
「全滅ってお嬢ちゃんよぉ吹かしてんじゃねぇぞ」
これが施設責任者のセリフかよ
「創造主様がその様なご無体な事をされるとは信じられません」
あんたらの立場ならまぁそうなるな。ただ現実見ろや。アレでアレだけど……
「吹かしてねぇってんなら証拠よこせや」
「是非拝見したいですね」
「誰か出て行けっていうなら出てくのはお前らなんだよなぁ」
俺らが調査検討した上での結論は受け入れないくせに調査内容や検討内容は聞き出そうとするのは何なんだろう。俺が可住人口計算で作った開拓計画案と奈緒美謹製の栽培カレンダーは「合っているか検証する」との名目でクレクレされたので渡す事になった。
開拓計画案の「最終的な可住人口見積り百五十~百八十人」を見て「ふんっ」とか言っているがそうできるまでに食料が尽きるっちゅうの。
このキャンプ場の防災倉庫にどれだけの備蓄があるかは知らないけど、年単位で食い繋げるだけの食料があるとはとても思えないって言うかそもそも防災倉庫は救援が来るまでの精々月単位の備蓄だろ?
短期で収穫できる葉物野菜の種やら日持ちのしない食料とか色々放出して、俺らが出て行く事は了解してもらった。
いきなり動くのは怖いというのは分かるけど切羽詰るまで居残ったら「茹で蛙」になるから余力のある内に散開した方が良いと思うんだけどなぁ。
俺ら以外は野垂れ死ねば良いと思っている訳ではない。
足を引っ張らないならできる範囲の事はするさ。放出する物資はそれほど貴重なものではないが惜しくない訳ではないんだ。あればあったで使うものだし。
死んで欲しくないから警告も助言もしたしある程度の援助もする。
だってこっちは黙って出て行ってもよかったんだから。
開拓が上手くいったらある程度の自立支援とか役に立つなら新たに受け入れても良いとか思っているんだよ。
多分向こうはそうは受け取ってはいないだろう事は分かるけど
ん?雪月花が神矢に耳打ちしている。……あぁあれはいい御神体になるだろう。
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出発準備の方は文昭を中心に作業してもらい、ほぼ終わっていた。
手荷物などは乗車する車に持ち込んでもらうが、高校生組の自転車やテントなどの嵩張る荷物はモグちゃん号の荷台に載せる。
荷台には多目的動力装置のPTOに取り付けて使うアタッチメントが所狭しと置いてあるが、その上や横に固定する。
普段はこんなにアタッチメントは積んでいないんだが不幸中の幸いだな。
「山林を整備するにはこんな機械が必要なんだよ」
驚いている一同にはそう言って納得してもらう。あると本当に便利なんだよ。
チェーンソー?エンジン式と電気式が各二台道具箱に入っているよ。安心しな。
こんな機械を持っているのがばれたら便利使いされるに決まってるが石油類は有限なのだ。現時点では再入手はほぼ不可能だろうからこんな望み薄な土地で消費したくはない。管理棟に油圧ショベルとかがあったから、彼らは使いたければそれを使えばいいと思う。
蜘蛛の糸号の荷台からここの人達に供出する物資を選別して降ろしていく。
奈緒美はどうせ渡すなら有効活用して欲しいと「初心者向けとは言い難い物も混じるけどできる人も居ると思おう」とか言いながら栽培方法や注意事項などをまとめている。
二十日大根、青首大根、小松菜、ホウレン草、キャベツ、ニンジン、タマネギ、きゅうり、インゲン豆、茄子、大豆、蕎麦、ジャガイモ、薩摩芋あたりを渡すらしい。
何か後半は蒔かずに食べられてしまいそうな気もするが……そこまで馬鹿じゃないと思いたい。
大根の種を見て奈菜さんが「大根植える育ちます」と言ったら政信さんが爆笑していた。俺には何の事かわからないけどあの夫婦にのみ通じる何かエピソードがあるのだろう。メロディーが付いていたから何かの替え歌かな?
供出食料は肉類が中心で、メインはボタンやモミジと言ったジビエ肉。
害獣でもあるので間引いた奴で、近所や大学でお裾分けするつもりでボタンを八十キログラムとモミジを六十キログラム程度積んでいたのだが、それを全部放出する。
奈緒美の強い働きかけで俺ら全員狩猟免許を持っているし、地元と奈緒美の爺ちゃん家がある自治体のそれぞれで狩猟者登録もしてあるので違法ではないぞ。
少しだが報奨金も貰ったぐらいだ。
今回は猟期内に獲ったけど、猿、熊、猪、鹿などは多くの市町村で害獣指定されていて、色々条件はあるが猟期外に獲っても合法になる事も多い。
「害獣駆除は立派なお仕事です」
受け取りにスタッフは学生バイトっぽいのが来たがWCは幹部ぽいのもチラホラ見える。結構な分量になったので大変だとは思うが、神矢が動員したのかWCが荷役の中心になって受け取っている。神矢のお目当ては俺らが出発した後だろうけど。
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やっとこさ出発だ
基本隊形は昨日検討した方針に漆原さんと楠本さんの車(ミニバンとオフロード車)を加えたものにする。モグちゃん号が先頭で蜘蛛の糸号が殿は変わらず。
高校生組は日和号に乗ってもらって、俺らは四台に分乗する。
扇端までは砂利道の酷いバージョンなので乗り心地はお察しだがゆっくり行けばいい。まだまだ先は長いので今日は扇端の向こうの林を抜けて川まで辿り着けたら御の字程度に思っている。
林の中を車が通れるのかという疑問については、力技の部分もあるけど意外と通れる事もある。戦車が森を抜けて奇襲した事例もあるから決して無理な話ではない。
標準的な森林の立木密度は一ヘクタールに二千~三千本と言われているので一坪から一坪半に一本という立木密度になる。つまり二~三畳の四隅に一本立っていると思えば分かり易い。平均的には二メートル前後の間隔が開いているので、ルートを選んでどうしても邪魔になる木だけ伐倒すれば大型車だって通る事ができる。まぁ時間は掛かるけどね。
立木密度が標準の範囲を大きく上回る森林を「密林」下回る森林を「疎林」とも言うが、麓の林は立木密度が低い疎林だ。かなり壊滅的で一ヘクタールあたり五百本も無いんじゃないかな?木々の間は四~五メートル以上あって住宅街の生活道路程度の幅は十分にある。つまり、ルート取りさえちゃんとすれば通り抜けられる。ルート設定は斥候役のモグちゃん号に乗っている文昭と奈緒美のご両人の采配次第だが二人ならやってくれる筈だ。
「鹿の群れ見っけ」
美野里が目敏く見つけたようだ。さすがは捕食者。獲物を見つける目は鋭い。
「どれ位いそうだ?」
「一群で十五頭以上は居たから……ヤバイぐらい居るかな?」
一キロメートル四方に三十頭もいると森林は衰退していくのだが、それ以上の頭数がいるのであれば鹿が疎林の要因の一つだろう。自然状態で疎林になるのは、養分不足とか気候条件が厳しいとか木を食害する動物や虫などが蔓延しているなどの悪条件がある筈なんだが……原因は「シカでした。」ってか。
しかし、鹿以前にそもそも地力が悪いように思える。
扇端でもこれだとちょっとめげるな。
「成体の大きさはどれ位だ?」
「奈良公園で見たのと同じ位かな?」
ベルクマンの法則から恒温動物の大きさである程度の寒暖具合が分かる。
ここらは温帯で積雪はあっても根雪にはならない程度と思っていいかな?
それはそうと、ここで鹿を狩ればある程度の食料になるんじゃないかな?
鹿一頭を七十キログラムとしたら精肉が約四割だから二十八キログラム程度取れる。鹿肉は低カロリーなので成人の一日のカロリーを全て賄うとしたら約二キログラムが必要だから……おおよそ十四人日のカロリーという事になる。
危険度は多少高いが猪ならもっと効率が良いんだけどね。百キログラムの猪なら四十キログラムの精肉が取れてカロリーが高いので約四十人日程度にはなる。
危険度で言えば熊が断トツだけど、熊肉ってあんまりカロリーはないのよね。
味も当たり外れが大きくてさ。危険に見合わない気がする。
熊の手は小野小町の好物だったとか言われている高級食材だし熊の胆は薬として高く売れるし毛皮も良い値段が付くんだけど、現状ではあまり意味がないな。
将司に聞いたら「あいつらに残しておいてやれ」との事なのでスルーする。
林を早々に踏破して幅五メートル水深三十センチメートル程度の川に架橋して渡る。
オフロード車なら別に架橋しなくても問題ないがオンロード車は大事をとった。
架橋と言っても盛り石して板を渡しただけなので架橋という程でもないが……
河を渡って木立を抜けて……って河じゃなくて小川だけどね。
日が傾く前に野営地を見繕う事にする。
昼前に出発したのに二十キロメートルも進めている。
オンロード車で道なき道を走っていると思えば結構早い方だと思うけどどうだろう。
備蓄食料はできるだけ節約したいので文昭と美野里を中心に食料調達に向かってもらう。まだ本格的に狩猟しなければいけないほど切羽詰まっている訳ではないが駄目元で朝一で回収できる程度の数の罠を回りに仕掛けるなど打てる手は打っておくに限る。
食中毒が致命傷になりやすい子供とご年配の方は備蓄品を基本にするが若手つまりSCCと高校生組はそこらの野草とか狩りや漁の獲物が中心になるんだろうな。
赤ちゃんは粉ミルクがあるそうなので何とかなるかな?
離乳食は備蓄がないから作れるときに作って冷蔵庫や冷凍庫で保存してもらう事にした。まだ弁天号のキッチンは使えるし、普通の食材もまだありますのでマザーズで対応をお願いします。
野営(就寝)時は、子供達とお母さんは居住性のよい弁天号でお休みいただく。
お父さんとお祖父さんお祖母さんは日和号で若手はテントだ。
一応気休めでテントを車で囲って寝ることにした。
不寝番はどうしようか。