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文明の濫觴  作者: 烏木
第3章 幕間
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幕間 第5話 肥料!肥料です!

「義教。少し相談がある」

そろそろ秋の気配が色濃く感じられ稲穂が頭を垂れてきた頃、佐智恵が根城の一つにしている謎工房(名目上は肥料作成場)に呼び出された。

基本的には猪や鹿の廃棄部位(端的にいえば内臓や骨)から肥料を作っている。

そして硝石丘と同様の作用があると思しき一角の存在感が半端無い。


「アンモニアの抽出は苦労したけど何とかなった。反応容器を剛史さんに無理言って作ってもらったかいがあった」

生豆乳に含まれる尿素の加水分解酵素のウレアーゼを使ってアンモニアと二酸化炭素に分解する方法やら、ダイコンのプロテアーゼで廃棄部位のタンパク質の分解を促進した上での好気発酵やらを駆使してアンモニアを取り出したとの事。


「これで炭酸水素ナトリウム(重曹)炭酸ナトリウム(ソーダ灰)塩化カルシウム(塩カル)に手が届く」

アンモニアを触媒的に使う事で炭酸カルシウム(石灰岩や貝殻の主成分)と塩化ナトリウム(食塩)から重曹と塩カルが合成できる。そして重曹を熱分解すると炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ・無水物はソーダ灰ともいう)ができる。

ソルベー法とかアンモニア・ソーダ法と言われる工業化学の基礎的な方法。

ソーダ灰はルブラン法でも作れるがこっちは塩化水素(水溶液は塩酸)や硫化カルシウムから生じる硫化水素などの猛毒の廃棄物が山程でるので使いたくない。


重曹の使い道は洗剤や膨らし粉、入浴剤、中和剤をはじめ多岐に渡り、できる主婦の盟友でもある。

ソーダ灰は今後ガラスを作る際には重宝する。

塩カルは雪国の人には融雪剤として知られているだろうが、身近なところでは除湿剤としても用いられている。またグラウンドや道路の土埃防止剤としても使える。


炭酸カルシウムは貝殻から、食塩は海塩から……精製が面倒そうだが生成物はお役立ちなので頑張って欲しい。

ただ、この内容だと俺に相談というのは少々解せぬ。


「ソルベー法の分を確保した残りのアンモニアがあるので硝酸アンモニウム(硝安)を作ってみた」

ソルベー法だと塩化アンモニウム(塩安)の形で出荷しない限り理論上はアンモニアを繰り返し使えるので消費しない。つまりロットを増やさないなら今後でてくるアンモニアがある意味余るという事か。硝安は酸が硝酸様態で塩基がアンモニア様態という窒素分を豊富に持つ窒素肥料として使える。良いんじゃないか?


「発破に使う?」

……相談はコレか。

硝酸アンモニウム(Anmonium Nitrate)に軽油などの燃料油(Fuel Oil)を加えて作る硝安油剤(ANFO:アンホ)爆薬が作れるという事か。

ダイナマイトより安価で安全で発生ガスの量の割りに熱量が少ないため現代ではANFOを主体にして伝爆薬としてダイナマイトを使うシチュエーションも多い。

含水爆薬(スラリー爆薬とかエマルション爆薬)も使われるが基剤が硝安なのは変わらない。

ANFOは発破の現場で調合して作っている事から分かるように特別な機材や技術が無くても作れる上、材料も現代では容易に入手できる爆薬なため、アングラ目的(密漁など)やテロリストが使うこともあって頭が痛い問題でもある。

僅かなダイナマイトで発破できるようになるのでここでは有用な手段ではあるが、さてどうしたものか……


「伝爆薬の目処は?」

「勿論ある。石鹸やFAMEの副産物のグリセリンと綿花があるから」

そうですか。ニトログリセリンとニトロセルロースでダイナマイトですか。


「雷管は?」

「信頼性と点火タイミングの制御は劣るが導火線方式なら」

「……発破はできれば同時性が欲しいな。……保留」


硝酸アンモニウムは硝酸様態とアンモニア様態の両方を兼ね備えた窒素源です。

硝安は肥料!肥料です!

硝安は肥料!肥料です!

大事な事なので二度言いましたよ。


「それより硝安は寒剤、アンモニアは冷媒に使った方が良くないか?」

硝安は水に溶ける時に周りの熱を吸収するので携帯用冷却パックなどに使える。またアンモニアはフロンが普及する前は冷凍庫などのヒートポンプの冷媒であったし、冷凍倉庫などの業務用だと現代でもアンモニアを使っている事もある。


「……電気雷管ができたら再考ね。じゃぁ次は硝酸カリウム(硝石)

寒剤用途は無視ですか。えっと……硝酸が窒素分でカリウムがカリ分ですね。

硝酸カリウムは肥料!肥料です!

硝酸カリウムは肥料!肥料です!

大事な事なので二度(略


それから硝酸塩や亜硝酸塩にはボツリヌス菌の繁殖抑制能力があるので硝酸塩はソルトピーターとも呼ばれてソーセージやハム、ベーコンなどの保存料、発色剤として使われていた。もっとも現代では硝酸塩ではなく亜硝酸塩が使われるが大昔は硝酸塩が使われていた。


硝酸カリウム(ソルトピーター)は食品添加物!食品添加物です!

硝酸カリウム(ソルトピーター)は食品添加物!食品添加物です!

大事な事な(ry


まぁ導火線の時点で黒色火薬は分かってる。

「硫黄はどうすんだ?」

「そこは何とかなる。愚者の黄金(黄鉄鉱)から硫黄を取り出す」


チッ……わざわざ硫化水素と亜硫酸ガスを作って硫黄を析出させる気かぁ?

黄鉄鉱は二硫化鉄(鉄1原子と硫黄2原子)からなる黄金色の鉱物で、綺麗な色調と幾何学的な形状とあわせてよく金と間違えられるので愚者の黄金の別名を持つ。

辰口近辺で安藤くんが見つけて「これ金じゃ?」とドキドキしてたのは彼にとっては修羅場か黒歴史なんだろうな。


昔は黄鉄鉱の硫黄から硫酸などの硫黄化合物を作っていたが現代では石油の脱硫で出てくる硫黄が潤沢にあるので態々黄鉄鉱から作る事もなくなり、産業的な価値はかなり低い鉱物。鉄で叩くと火花がでるので火打石に使う事もできない訳じゃないけど他の組み合わせの方が優れているから……


金と間違え易いものとしては銅と亜鉛の合金である真鍮(黄銅)もそうだ。比率によっては黄金色に輝くので金の代用として使われたりして、こちらは貧者の黄金と呼ばれたりしている。ただ真鍮は人工的に作るから自然には無いのと、高価な金属である銅を含んでいるから金銭的価値はあるのが愚者の黄金とは違うけど。身近な例だと五円玉が真鍮製。


ん?硫黄があるならファクチス作った方が良いんじゃないか?

植物油というか不飽和脂肪酸が多い、言い換えれば融点が低く常温で液体の油に硫黄や塩化硫黄を添加すると不飽和脂肪酸の二重結合部が架橋されて弾力性のある物体ができる。これがファクチスとかサブと呼ばれているもので、合成ゴムの一種というのは言いすぎかも知れないが天然ゴムの代用としても使われたし、ゴムの加工助剤や添加物としての用途で重要な位置を占める。


「硫黄が何とかなるならファクチスが先じゃないか?」

「必要なら作るけど面白くない」

「……爆発しないからか?」

「爆発は芸術だ」

ドヤ顔で言うな!

「……オイこら……アーヤーマーレー……岡本太郎先生に謝れ!」

「岡本太郎先生ごめんなさい。先生なら爆笑してくれたかも知れませんが義教は洒落が分からないんです。花火の美しさと儚さが理解できない寂しい奴なんです」

とりあえずグリグリの刑に処したが「DV反対DV反対」とうるさい。


「……他に相談事はあるのか」

「B火薬とコルダイトとダブルベース火薬のどれが良い?」

どれも基剤がニトログリセリンとニトロセルロースの無煙火薬で、発明が古い順にB火薬、コルダイト、ダブルベース火薬で、どれも主に銃砲の発射薬に使われた。

「どれもパス!っていうか要らんだろうが!……はぁ……他には?」

「義教のイケズ……」


天馬佐智恵が淡々とした口調で過激な話しをし、東雲義教がそれを(なだ)めたり(すか)したり、時に激高する声が漏れ聞こえる昼下がりの午後はすぎていく。


「飽和食塩水の熱電気分解で」

「パルプの漂白剤に使えるな」

「いやそうじゃなくて」

「じゃぁ除草剤だ……それとも殺虫剤がいいか?」


「………………」

「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


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