第13話 瑞穂祭
十月三十日
今日は「収穫祭」兼「歓迎会」兼「復旧祭」
「あれから半年余り経ち色々な事がありましたが、今日は田畑の収穫を祝い山海の恵みと共に楽しみ、そして親睦を深めましょう。それでは第一回瑞穂祭を開始します」
将司の挨拶からスタートした瑞穂祭だが、始めは儀式めいた趣向を凝らしている。
先ずは奉納物という名目で赤米の種籾を一握りずつ壷に入れてもらい、全員が入れ終わったら栓と蓋をして密封する。
それから赤米のご飯と甘酒を配膳して皆で喫食する。
ぶっちゃけると直会の真似事みたいなもの。
前に奈緒美が言っていたけど赤米は正直なところあまり美味くはない。決して不味いという訳ではないが何と言うか粘りが無いとか全体的にイマイチ感が漂うというか……玄米に近い状態で炊いたので白米とのギャップが大きくて違和感が仕事をしている。
それもあってか甘酒は好評だった。
酒という字は入っているがノンアルコール飲料(精密に化学分析すればアルコールが検出できるかも知れないけど)なので子供たちや赤ちゃんにも振舞ったのだが、和広ちゃんは「こりぇこりぇ」とお代わりを催促していた。
◇
「ではこれからは無礼講です」
場所を出端屋敷から旭広場に移して炭火焼きを始める面々。
これってバーベキュー大会と言った方が的確かも知れない。
「これでラムがあったらジンパだね」とは奈菜さんの言。
最初に後は焼くだけという状態にした食材を出していく。
牡蠣や砂抜きしたアサリ、ハマグリに半割りにしたイセエビや串に刺したクルマエビといった海の幸に、猪肉に鹿肉、キノコなどの山の幸、それとナス、ニンジン、ピーマン、カボチャなどの収穫物。
どんどん焼いて食ってくれ。
こういったお祭りも裏方のような役割は当然ある。
何でもそうだが誰かが準備しないといけないし、場を盛り上げる人がいた方が都合が良い。うちの宴会部長は場を盛り上げるのが上手い美野里で補助は奈緒美。
そういった事はやれる奴ややりたい奴に任せておいて、俺は黒子衆として食材の下拵えや調理に勤しむ。
焼き物の次はカニという事で、イシガニを塩茹でしつつ蒸篭でガザミ(ワタリガニ)を蒸していく。
茹で上がったイシガニを金鎚で叩き割っていくのは手伝いに来てくれた安藤くんにお願いする。イシガニの殻は物凄く硬いので鋏なんかじゃ埒があかないので金鎚で叩き割るのが手っ取り早いのだ。
ガザミは味噌汁にするのが定番の料理法の一つではあるが、汁物は他にも出すので今回は蒸しガニにした。こっちは手で解体できるので丸のまま出す。
カニにつける汁物はイガイとカメノテの浜汁でつまみはエイヒレの炙りとテナガエビの素揚げ。
一品一品にそれほどの量はないので、わいわいやっているのを尻目に大車輪で調理していく。料理は好きなのでこういう状況は全然苦ではない。むしろ気兼ねなく腕を振るえるのでありがたいぐらい。
◇
広場では餅つきの準備が進められているが、厨房ではそれに先立って竃でお湯をガンガン沸かしていた。餅つきは結構お湯を使うのよ。
「お湯」
「真ん中は持って行っていいぞ」
「ん」
岸本さんはもう少し喋ればいいのにって思うんだよね。
今回使う糯米は四キログラム(二升七合弱)ぐらい。一臼で二キログラム(一升半弱)として二臼で打ち止め。この量だと小餅にしたら八十~九十個ぐらいの作れるので一人頭二つになる。半合程度だが他に食べる物がたくさんあるからこれ以上あると多分持て余す。
「一つ目」
ほぼ単語だけなのに分かるから意思の疎通に支障はきたしていないんだけど……春ごろはもう少し喋っていた気も……はっ周りが分かる様になっていくにつれ口数が少なくなっているとか?
糯米を蒸している四段の蒸籠の上から二段目を持ち上げると下二段を持って行こうとしたから「検食」といって止める。あっ俺も単語だわ。
蒸し状態を確かめないと駄目なんだ。
蒸しが足りないくて芯があったりするとリカバリーできない。
逆に蒸し過ぎは手水を少なくするとかで何とかなる場合もあるけど……
あっ!って顔をして下二段のそれぞれからしゃもじに少しとって口に含み「……大丈夫」といって下二段の蒸籠を持って行った。
次は手水用のぬるま湯だから桶に作って板間に置いておく。
暫くしたら「はい!」「はい!」と奈緒美の威勢の良い合いの手が聞こえてきたので餅つきが始まったようだ。
次の出し物はカレイとアジとアナゴの素揚げ――本当は天麩羅とかにしたいんだけど小麦粉が――なので、さっきまでお湯を沸かしていた竃で油を熱しつつ捌いていると史朗くんと宣幸くんが「ノリちゃんノリちゃん」と呼びかけてきた。
「どうした?」
「お餅ちぎるの教えて」
今は油を火にかけてるから危ないし……どうしよう。
「今離れられないからユズ姉ちゃんか由希姉ちゃんを呼んできて」
「うん。分かった」
そんな超絶技法でも何でもないんだから誰か教えてやれよ……
雪月花と岸本さんに後を任せ、手を念入りに洗ってから広場に繰り出して餅ちぎり(餅丸め)講習会を緊急開催する。
ついた餅をちぎって丸餅にする機会ってあんまりないのかな?
戦力になっているのって静江さんと奈緒美ぐらい?
源次郎さんはやりたそうに見ているけど静江さんの一睨みでショボンとしている。きっと昔から戦力外だったのだろう。
「お餅は引っ張るんじゃなくて押し込むんだよ……こうやって粉がついてない所を作って、粉をつけて、親指と人差し指を輪っかにして……」
後ろから手を重ねて文字通り手取り足取り。
「そうそう……無理せず……上手い。その調子」
やり方さえ知ってればそう難しい事でもないので、子供たちは十分も掛からず丸められるようになった。
「じーちゃん!できた!」
史朗くん。満面の笑みだけどそれはちょっと残酷かも知れない。
そうこうしている二臼目が出来上がってきたので八つに小分けまでして後は任せて厨房に戻る事にする。
◇
さてここで美浦の飲み物事情なのだが、食べ物に比べるとかなり貧弱。
水か白湯か湯冷ましが基本で、曲がりなりにも飲料と言えるものはハーブティーの類になる。海水を薄めた生理食塩水擬きは飲料の箱には入れてやらない。
ハーブティーといっても、ヨモギ、柿、熊笹、野菊、ドクダミといった草の香りが漂うどちらかといえば渋い物が多い。中には当たりの物もあるけど正直なところ好んで飲むという気にはならない。
これがどういう事になるかだが……甘酒大好評。
現代だったら他にも色々選択肢があるし、どちらかといえば古典的な飲料の甘酒だが、美浦ではこれより美味しい飲み物がない。米を使うので頻繁に作らせる訳にもいかないのだが……
◇
日が傾きだした頃、残る大物はウナギとモクズガニになった。
今回のウナギは串焼きにして、白焼とタレ付きの二種類を提供。
安藤くんと岸本さんのご両人が炭を集めて広場で焼いている。
俺が作るのは個人的な今日の一押しであるツガニ汁。
こいつは汁物だが十分メインを張れる一品だと思っている。
モクズガニは地方によって色々な呼び方があってツガニと呼ぶところもある。
なのでツガニ汁も地方によって呼び方が変わったりしてその土地ならではの郷土料理という風に紹介される事もある。そうなのだが、不思議な事に基本的な作り方は似たり寄ったりだったりする。
モクズガニは鮮度がすぐに落ちるので生きたモクズガニでなければツガニ汁は作れない。
泥抜きをしておいたモクズガニを水で洗って臼や少し深めの容器――今回は肉厚の鉄鍋を使った――に入れて竪杵(というか棒)で叩き潰す。生きたまま叩き潰すので男の仕事という地方もあるらしいが俺に作り方を教えてくれたのは佐伯の伯母さんだったりする。
出来上がりの必要量からすると二十匹ぐらい要るので、五匹ずつ叩き潰すのを四回繰り返す。ここでちゃんと潰しておかないと良い物にはならないので念入りに叩き潰すのだが、これだけやると腕がパンパンになる。
ミキサーで粉々にするって手もあるにはあるのだが伯母さんは「杵でついた方が美味い」って言ってたし、ここにミキサーは無いのでがんばった。
潰し終えたら水を加えて網や布で何回か濾して殻とそれ以外に分ける。汁の方に小さな欠片になった殻が混じっていると駄目なので比重選鉱と同じようなやり方で細かな殻も取り除く。
そうすると出来上がるのがカニの匂いがする泥水といった感じの茶色の汁で、これがいわば「ツガニ汁の素」となる。こいつにはモクズガニのカニ味噌や身などが液状になった要はモクズガニエキスともいえる。
先の潰しが甘いと殻側に美味い所が残ったりするので出来上がりに差がでてしまう。
加えた水も含めて約十リットルのツガニ汁の素(この状態で冷凍保存という手もあるけどここでは無理)が得られたのでこれに醤油を加える。一匹あたり十ミリリットルぐらいが目安だから……カップ一杯分ぐらい。
醤油は火にかける前に入れるないと固まりにくくなるので要注意。固める主成分は塩だと思うので、相当する量の食塩を入れても固まるのは固まると思う。
こいつを火にかけるのだが、焦げ付かせると台無しになるので火加減にも気を使う。ゆっくりかき混ぜながらというレシピもあるらしいが、伯母さんのレシピは初めは強火で一~二分ほど暖めて、後は弱火にして三十~四十分かけてじっくり火を通し、この間は蓋もしなければかき混ぜたりもしないってやり方。
火にかけると湯葉のように表面に幕が張ってきてそれから徐々に中の方まで固まっていく。要はカニのタンパク質が熱で凝固しているのだが、これを「こごり」とか「煮こごり」とかいうらしい。普通「煮こごり」はゼラチンが冷えて固まったものを指すので、固まるという意味の「こごり」の方で習った。
こごりができてくると汁がだんだん透き通ってくるので透明になったら一先ず完成。
ナスやハスイモといった野菜を入れたり、素麺を入れてツガニ素麺にするレシピも習ったけど今回は何も入れずに出す事にする。
祭りの〆の一杯
お麩と豆腐の中間のような食感と口一杯に広がるカニの風味……うん。幸せ。
その後、巨大隕鉄近くに作った石室擬きに奉納品の壷を納めて瑞穂祭は終了。