第12話 祭りの準備
七日後の十月三十日空曜日に「収穫祭」兼「歓迎会」兼「復旧祭」を行う事になった。
食材としては、粳米、糯米はもちろんの事、ササゲや大豆などの豆類やジャガイモ、サツマイモ、自然薯などの芋類や野菜が使用でき、そして鶏卵も使えるようになった。これで夏祭り以上のご馳走を作れる。
足りないものとしては、麦類、酒、乳製品、調味料ってあたり。
これも来年までには何とか形を作りたい。
そして田畑の恵みが主役ではあるが、山海の幸も色々と取り揃えたい。
岸本さんが記録した潮位を将司が天体観測結果と合わせて作った潮位表によると、明後日は大潮で昼過ぎの干潮は略最低低潮面に近いぐらいまで引くとの事。つまり明日から三日間は大潮干狩り大会だ。
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砂浜海岸である黒浜と磯浜(岩礁・岩石)海岸の御八津岬の二手に分かれて漁に取り掛かる。
我ら御八津岬班の任務は普段は海面下にある場所に着生している牡蠣やカメノテや潮溜まりに取り残された魚介類の漁獲。
それと海藻をはじめ着生している生物群の確認。
ワカメやヒジキといった食材に寒天の原料のテングサ類やオゴノリ、漆喰や布の糊付けに使えるフノリといった有用な海藻が所々に見られる。
海藻類は冬から春にかけて……実際には三月から六月ごろに収穫する奴らが多い。たぶん、ウェットスーツなどの防寒装備が無いと真冬の海に潜るのは正に命懸けになるから辛うじて潜れるようになる春先からの収穫になったのだろう。
来春にはこれらを収穫したいので、今のうちに生えている場所を確認しておく。
イガイの仲間だけどマイナーな食材のムラサキインコは春からが旬なので見逃すが、これからが旬になる本家本元のイガイは大き目の奴がいる辺りを掻いて収穫する。
ムール貝とも言われるムラサキイガイは欧州原産なのでここには居ないようだ。
調査結果を記録していると「カニいたカニカニでけぇでけぇ」とか「タコ獲ったど」「あれイセエビじゃね?」など歓声が聞こえてくる。
結構な量が獲れたようで、甲殻類ではガザミ(ワタリガニ)やイシガニ、イセエビなどが、他にも引き潮に取り残された間抜けなメジナやタコをはじめ雑魚多数をゲットしている模様。
アクティブな漁は元気が良いのに任せて、記録を終えた俺は野望と実益と必要を兼ねて牡蠣の掻き獲りに血道をあげる事にする。里川の河口よりのところに小規模な牡蠣礁があるので潮が満ちてくるまで延々と収穫したら桶に三十杯ぐらいになってしまい呆れられてしまった。
「こんなに獲ってどうすんのよ」
「ちょっおまっどうすんだよ食いきれんぞ」
「干物にするから大丈夫だって」
奈緒美と文昭の心配にはちゃんと答えてやる。
「干し柿の駄洒落の干し牡蠣かぁ?」
「牡蠣の干物は広東語でホウシーっていって広東地方に昔からあるんだよ」
貝の干物って結構一般的だと思っていたんだけどそうでもないのかな?干しアワビとかホタテの干し貝柱とか色々あるじゃん。
それにこれから貝殻はたくさん必要になるっての。
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大半の獲物は魚籠に入れて雪風(船)の舷側に括り付けて生簀代わりに置いておくが牡蠣は持ち帰る。
黒浜班も帰ってきたので成果を聞いたら子供たちが「アサリ一杯獲れた」と元気一杯答えてくれた。匠たちは簀立てという定置網というかエリ漁の一種を仕掛けていて漁果は明日か明後日に期待って事らしい。
この後、夕食まで延々牡蠣の剥き身を作る作業に取り掛かる。
だいたい六百個ぐらいだから……一人だと二時間半から三時間かかるが美野里が手伝ってくれたので一時間ちょいで剥き終わった。美野里は「干し牡蠣とアレを作る」って言ったら嬉々として手伝ってくれた。
水できれいに洗ったら海水を沸かした鍋で茹でていく。茹で上がったら笊で水気を切って網戸の網を使って作った干し籠に入れて干す。今の季節なら一昼夜か二昼夜で良い塩梅になるし、長期保存するなら五日ぐらい干した方が良いかな?皆が気に入ってくれたら春までに何度か作ってみようと思っている。
それで、ここからが野望になるんだけど、茹で汁や水気を切った時のこぼれ汁を煮詰めていく。煮詰まった牡蠣エキスを砂糖で味を調えて片栗粉でとろみをつけ、カラメルで着色したらオイスターソースの完成。
オイスターソースのレシピは数多あるが、この方法はその内の一つ。
砂糖を使うのが難点といえば難点だけど これで味のバリエーションが広がる。砂糖を使うのでみんなの許可がでればだけどこっちもまた作りたい。
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大潮干狩り大会の成果は、アサリ、ハマグリ、牡蠣、イガイ、カメノテ、ガザミ、イシガニ、タコ、イセエビ、クルマエビ、コウイカやアオリイカの新イカ、メジナ、カレイ、アジ、サバ、イワシ、アナゴ、エイとウハウハ状態。
やっぱり人数がいると違うってのと簀立ての威力ってところかな。
川の幸からはウナギ、モクズガニ、テナガエビなど、山の幸からは山菜やキノコ類、栗やアケビなどの木の実、ボタンやモミジといったジビエが添えられた。
そして奈緒美は試験操業のため大潮干狩り大会の最終日から四零九六に篭って製麹をしている。量はしれているらしいが、甘酒を造るそうだ。
甘酒の造り方というか種類は大きく分けて二つあり、一つは米粥に麹を入れて一晩摂氏五十から六十度に保って造る一夜酒とも言われるタイプ。もう一つは酒粕や味醂粕であるこぼれ梅などを水に溶かして砂糖などで甘味をつけるタイプ。
どちらもそれぞれに持ち味があって好みは好き好きだと思う。
今回奈緒美が造るのは前者の一夜酒の方。
麹の糖化酵素がお粥のデンプンを糖に分解することで甘味がでる。
酒造りとは共通する工程もあるので、江戸幕府に寒酒以外の酒造を禁止された造り酒屋が夏場の副業として盛んに造っていたそうだ。
まぁ米の収穫を祝う祭りで出すには打って付けかも知れない。
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そうそう。剛史さんに頼んでいた陶器も出来上がっている。
何を頼んだのかと言うと”いいもの”つまりは”壷”
遥か未来の人類へ向けた悪戯に壷を使う。
毎年、その年に採れた赤米の籾を壷に詰めて密封し、人口構成などを記号化した陶板と一緒に保管してやるのだ。
放射性炭素年代測定ができるようになった未来の人類よ。
オーパーツに頭を抱えるが良いわ。
こんな嫌がらせっぽい痕跡を残すのが精一杯の反抗。
年代の較正に使われて有り難がられるかも知れないけど……