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文明の濫觴  作者: 烏木
第3章 難儀な人たち
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第2話 その神経が分からん

子供たちには屋敷にいるようにとお願いして、将司、文昭と共に里川に架けている木橋のたもとに先行する。これは勘だが子供に見せてはいけない事が起きる気がする。


尾根を降りてきた人数を数える。……子供まで含めて総勢19人か。

聞き取りした脱出組の残り全員が一人の脱落もなく来れたようだ。

それはそれである意味快挙と言ってもいいかも知れない。

すごく迷惑だけど。


これが一年後で米が潤沢にあれば少しは話が変わる可能性が微レ存ある世界があるかも知れないけど、ワンゲル部+αの十人ぐらいならともかく、さらに追加で十九人はさすがに難しい。

こっちは知恵を絞って食糧確保をしていても日常的に獣肉や虫や蛇や野草などのはっきり言えばゲテモノを子供や年配の方に食べさせている事実を正直申し訳なく思っているのに……


橋を挟んで約十五メートル。こちらは三名、向こうは十九名。

こっちに来ようとして橋の頼りなさに二の足を踏んでいる様子が見てとれる。


「この橋は台風で壊れかかってますから渡ると危険ですよ!」


木橋は台風でかなりダメージを受けている。

一時越流したようで泥を被っているし橋板の何枚かが抜けたり歪んだりしている。

それでも流失していないのは俺の設計と匠の腕と幸運の三点が揃ったからだと自賛してみる。

ちゃんと補修すれば恐らく使えるが、昨日の今日で修理なんかそもそもできない。それに河道閉塞が決壊して鉄砲水か土石流がきたら流出する可能性もあると思う。

泥で滑り易くなっているし踏み所によっては落ちたりしかねない。彼らがそれを知らずに渡ろうとすると事故が起きても不思議はないので一応警告はしておく。


その状況が気に食わないのか何かゴチャゴチャ(わめ)いている。

『俺達は偉いんだから這い蹲って出迎えるのが礼儀』

『さっさと橋を直せ屑ども』

『俺達の世話をさせてやるって言ってるんだから感謝しろ』

『自由行動をさせてもらった恩を忘れやがって』

『早くしないと痛い目に遭わせるぞ』

要約するとこういう事らしい。

えっと……彼らの言っている事が理解できません。まともな神経してる人には理解不能な亜空間理論でしょうか?分かる人がいたら解説して欲しい。

何か物凄い全能感にでも包まれて世界は己の意のままにあるべきとか思っているのでしょうかね?

全くもってその神経が分からん。

ここに来るまでの間に向こうの出方と対応策を一〇八種類(嘘)考えてきたのに全部台無しだ。斜め上どころじゃない有り得んレベルの出方じゃないか。


「遠路はるばる探して来てやったってのに門前払いのつもりかい?偉くなったもんだなぁおい!この恩知らず!」

こんな事を言われる程の何かあったっけ?別に来てくれと頼んだ覚えは無いし、俺ら別にあんたらと上下関係とか何も無いじゃん。恩讐の話だとしても俺らは食料や野菜の種とかあげたんだからどっちかと言えば恩人寄りやん。

だいたい行く手を阻んでいるのは自然であって俺らが意図してやっている訳じゃない。それに門前払いっていうけど俺らは基本的に話を聞くぐらいはするよ。叶えるかどうかは別だし、理解可能な話をするならだけど……


「ずりぃ事やってんじゃねぇよ!今すぐ謝れば俺らの世話する事でチャラにしてやんよ」

何がどう狡いのか全くもって分からん。

狡いって言葉を使う度に品性が下がるって祖母ちゃんが言ってたけど本当っぽいな。

それに謝罪しなければならない事って何なんでしょうか。


「腹減ってんだからさっさとメシ持って来いよおっさん」

小学生ぐらいでこんな言葉使いとは親の顔が見たい……って今見てるか。


「君達、このままだと大変な事になるよ。早く謝った方が良いよ」

まぁこんな人いますよね。

物事の正邪や善悪に関係なく自分が怖くない方や折り易い方に向かって折れるよう善意で助言した気でいる自称世渡り上手な人。

事なかれ主義で長い物に巻かれるのが大好きで「いいから頭下げて」とか「君が我慢すれば丸く治まるんだから」とか「もっと大人になって」とか「変な意地張ってると損するのが分からないの」といった言葉が好きそうだね。

信用も信頼も全くできない人の類型の一つだと思っている。


基本的に対人関係は鏡だから友好的に接してくれば自ずと友好的に返すものだし敵対的に接してくれば敵対的に接せざるをえない。

理性的、友好的に来ていたら追い返すのは良心が咎めるが、こうも粗暴で敵対的に来るなら彼らがどうなってもあまり良心は痛まない。

俺は別に無条件博愛原理主義者ではないし、ガンジーでも助走を付けて殴るんじゃないか?って思うぐらい自分勝手な罵詈雑言を並べているから、拒絶カウンターが山より高く積みあがっていく。全く無関係の傍観者でいられるならニラヲチ案件かも知れないがそうもいかんしな。


こちらが呆れて何一つ言い返さないのをいい事に好き放題喚いているが、全くの無反応に焦れてきているようにも見える。

どうしても来たければ、注意深く橋を渡ってもいいし、里川の泥水が普段よりだいぶ速く流れていて水位は回復している様だが別に歩いて渡れない訳じゃない。

もっとも、ここは水深が深く足場も悪いなど渡河には色々と難儀な場所だから別の場所の方が良いけど。

向こう岸に留まって彼らは何がしたいんでしょうか。

あそこで俺らを罵っていれば何かが変わると思っているのでしょうか?

増々もってその神経が分からん。


「マジむかつく!ありえねぇだろ!シメなきゃ分かんねぇみてぇだなぁ!」

ハイティーン(死語既に埋葬済み)と思しき男が橋を渡ろうとしている。

「橋を渡るのは危ないですよ。どうなっても知りませんよ」

「真ん中通りゃいいんだろ。俺ってあったまいい」

一休さんかよ。別にとんちかましてる訳じゃないんだけどなぁって橋板に乗った途端に滑って転んでやんの。もう……変な空気になったじゃないか……真っ赤な顔で睨まれてもこっちはどうしようも無いんですよ。

はぁ……その神経が分からんし、分かりたくもない。


「てっぇめぇ……恥掻かせやがって」

逆上して走って来たが五歩目位で突然消えた……って危ない落ち方だ。

橋板が抜けている箇所をジャンプしたは良いが、着地で滑ってそのまま後ろ向きに落ちていった。

高さは二メートル近くあるので決して落ちても安全な高さではない。

ましてや『意図せず』『無防備に』『後ろ向きで』となると最悪の事態もありうる。

あの落ち方だと投げっ放しジャーマンで川原に叩きつけられたのとそう変わらない。


血相を変えて覗き込んだが……ありゃぁ駄目かも知れん。

首がありえない方向に曲がっている。

現代日本の最先端医療をその場で受けられたとしても難しいんじゃないか?

幾らアレなのでも目の前でああいった事になるのは気が滅入る。

深夜の幹線道路で対向車線を走行中のダンプにノーヘル飲酒運転の原付で正面から喧嘩売って全身を強く打った奴を思い出した。あの時と似た心境だわ。遣る瀬無い気持ちになる。


「オイ!早く助けに行け!トロトロすんな愚図!」

母親に続いてぞろぞろと川原に降りてくる。

少し川に入ったところでピクリとも動かぬ我が子に取り縋って絶叫する母の声が響く……

雷央(らおう)!しっかりしろ!雷央!」

えっと……何なんだよ……何なんだよコレ!……どうしてくれる!責任者出て来い!

一片の悔いも無い生涯だったかは知らないが、俺ならこんな最期は御免蒙る。


はぁ……面倒くさい事がまた増えた。

これは絶対逆恨みされる。そこに落ちている石ころを賭けても(略


逆恨みする者は理性や知性や倫理観や羞恥心といったものが残念な事が多い。逆に言えばそういうものが残念な輩は例えそれが自業自得であったとしても責任転嫁して逆恨みしやすい。当人は当人とご同類にしか通用しない理論で「正しい怒り」「正義の行動」と思っている節があるので基本的に正論も説得も通じない。


逆恨みされた場合、構うと却って面倒な事態になる事もあるけど、放っておくと増々悪化する事もあって、対応はケースバイケースだけど……

これはどっちだ?って即断できる。これは放置できん。

徹底的に排除しないと枕を高くして眠れない。


将司と文昭を見たが同じ結論に達したようだ。

本当に憂鬱になる。彼らを葬り去る事も視野に入れないといけないとは……できれば自らの言動を猛省して自主的にどっかに行って欲しいんだけど、きっと小数点以下の確率に違いない。


仇を見るような凄く恨みがましい視線を向けられても困るんだよ。

予想の範囲なのでその神経が分からんとは言わないが、正しいとは微塵も思わないし共感もできない。

「お前ら雷央の敵討ちだ……行くぞ!」

DQN一家の残り五人と高校生ぐらいの男が一人里川に踏み入ってくる。

転んだり、滑ったり、深みに嵌ったり、流されたり、溺れたりしながらほうぼうの体で夫婦と長女と男の四人が渡りきったが、小学生ぐらいのクソ餓鬼二人は途中で諦めたようだ。


瀬踏みもしないで渡河なんてするから……それに水温の影響を甘く見すぎ。

水温が摂氏二十二度より低くなると急激に体温を奪われるし、二十度を下回ったら水泳部員でもまともに泳ぐのが難しくなってくる。例え水温三十度でもジッとしていれば十数分で震えがくる。

何で海女さんが汗ばむほど焚き火にあたってから海に入ると思ってる?

何で南国の海でダイビングするのにウェットスーツなどの防寒対策をすると思ってる?

台風後の冷流水に腋まで浸かったら身体が動かなくなるのは当り前じゃないか。

夏の盛りならともかく、渡河するなら精々股下ぐらいまでの浅瀬を選ばなきゃ駄目だよ。


こちら岸にDQN夫婦と中高生ぐらいの長女(仮)と高校生ぐらいの男の四人、向こう岸の橋のたもとにスタッフが男女二人ずつ、川原には残りのDQN長男(仮&推定遺体)と小学生ぐらいの次男(仮)と次女(仮)、それと謝るように忠告してくれた一家(推定)ともう一家(推定)と若手スタッフの十一人がいる。

人数を数えられるのは川を渡ってきた四人がヘトヘトで動かないからなんだけどね。


「おまたせ」

完全武装の雪月花と佐智恵が到着した。

まだ銃袋(ガンケース)に入れてはいるがレミントンまで持ってきている。

……将司の指示か。

俺ら男衆三人は武装と言えるのは鉈と防刃ジャケットと防刃手袋ぐらいかな?

ある意味では普段の山仕事用装備なんだけどね。


将司が二人に状況を説明しているとようやく四人が再起動したようだ。

俺らが降りてこないのをビビッてると思ったのかニタニタと卑下た笑いを浮かべながらナイフを抜き放った。


いやぁ……元気いいねぇ……でも人を殺せる道具を取り出したのは拙いよ。これで洒落で済まなくなったし、慈悲を掛ける必要も無くなった。

自ら一線を踏み越えたDQN達が近付いてくるのを冷ややかな目で見据えていた将司が「義教、文昭……すまんな」と呟いた後、向こうに聞こえるのを意識した声で命令をくだす。


「社長命令だ……殺せ」


それじゃあ皆で重荷を背負おうか。

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