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文明の濫觴  作者: 烏木
第3章 難儀な人たち
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第1話 厄介事の種

台風被害の復旧作業の真っ只中ではあったが復旧作業は棚上げして手分けして食事や風呂や寝床といった受け入れ準備を進めている。

招かれざる客とまでは言わないが急な来客は困りものだ。向こうにも向こうの事情があるのだろうがこっちにもこっちの事情がある。まぁどちらの方が余力があるかと言えばこっちだろうが……


客の寝床を確保する為に部屋を空ける。

立ち退くのはSCC女性陣で立ち退き先はSCC男性陣の部屋。

プライベートスペースが半分以下になってしまうが致し方あるまい。

基本的に美浦ではSCCの発言力は非常に強い。

だからこそ割を食うのはSCCからでなければならない。


誤解を恐れずに言うならば、親分の言う事を子分が聞くのは親分が子分の面倒を見て守るからであって、子分から搾取するだけで守らない親分は本末転倒であり、そういった親分は子分に背かれても文句を言える筋合いじゃない。

戦国時代など命懸けの局面ではそれがよくでてくる。後詰しなかった大名はその後に家臣の離反が相次ぐなどが好例といえる。高天神城に後詰できなかった武田勝頼はその後譜代や一門からも離反されている。信頼や忠誠心というのは無償で得られるものではないのだ。平和な現代だと切実度が低いので省みられる事は少ないが、いざという時に従業員を守る社長がいる会社は結構強かったりする。


仮に発言力の弱い高校生組に負担を被せたらそれはもうイジメだろう。余剰生産力に乏しいというか無いと言っても過言ではない現状でそういった負の行為をしていたら崩壊してしまう。SCCが負担を甘受するのは自分達の為でもある。

寝床と寝具を奪われて平気な訳ではないけれど……まぁ必要なら作ればいいんだが。


明るい美浦の合言葉「無ければ作ればいいじゃない」


風呂の用意など受け入れ準備が整ったところでモグちゃん号が要救助者の早天女子大のワンゲル部の八名とキャンプ場の学生アルバイトの二名の合計十名を乗せて帰ってきた。お疲れ様です。

要救助者には風呂で身体を温めてもらい、女性陣はその間に彼女らの服を乾かしている。囲炉裏の周りに彼女らの服が干されているので何とも居心地が悪く、男性陣は屋根や樋の修理や倒伏した綿や蕎麦の立て直しに勤しんでいる。


夕食の時間になったが、彼女らは既に夢の国に旅立っている。昨晩は「寝るな!寝たら死ぬぞ!」状態だっただろうから無理もない。

今後どうするかは彼女らが起きて事情を聞かないとどうにもならない。

夕食を食べてさっさと寝ます。


■■■

懸案は彼女らだけではない。

大所だけでも木工所と製塩所の再建、水の確保、里川の河道閉塞の対処と山積みになっている。細々と言って良いかはアレだが、柵や屋根や田畑の補修も必要だ。

とりあえず可能な範囲で応急処置を施して大所の課題をどうするかを決めなくてはならない。


はい。そうです。美浦総会のお時間です。

朝のお勤めが終わったら開催です。


木工所の再建は再利用可能な部材を確認して足りない物を作って建てる以外の方法は無いので淡々と進めるしかない。


製塩所はこれまでの藻塩擬きの製塩方法で復旧するか思い切って流下式塩田を新設するかの選択肢がある。正直に言うと塩の増産の必要性は分かってはいたが先送りしてきた課題でもあるのでこれを契機に流下式塩田に舵を切る。


水の確保は大川から引いてくるのを前倒しで進める。来春までに大川から引いてこないと水田の水が足りない事が予想されていて途中まで用水路は掘削しているのでこれを巻きで進める。

それともう一つ。井戸を掘ってみる。これまで井戸を掘らなかったのには理由が二つあり、一つは掘る労力と汲み上げる労力が二の足を踏ませた事。もう一つは海が近いので塩分濃度が濃い可能性が高かった事。ただ、今回のように河川水が泥水になる状況を考えると気候に左右され難い井戸水は保険としてあった方が心強い。


最後の河道閉塞については情報が不足しすぎているため、調査の必要と里川近辺への立入制限を設けるという二点しか決められなかった。


そうこうしていると、残課題である早女ワンゲル部の面々が起き出してきた。

美浦総会は閉会にしてお昼ご飯にしよう。


■■■

「助けていただきありがとうございます」

そこからスタートした状況確認会だが、ちょっと気が散っている。

ムギと間違えて連れて来た子猫ちゃんが俺によじ登ってきて首筋をスンスン嗅がれている。そんな状態で話に集中できる奴がいるなら連れて来て欲しい。


ところどころ抜け落ちてるかも知れないが、キャンプ場の状況は聞けた。

管理棟を中心に寝泊りしていた組とコテージなど他の施設に分散した組に分かれてしまい、互いに不干渉というか消極的対立のような雰囲気との事。


ふと気になって亡くなった方がいるかを聞いたが、はぐれてからは分からないがそれ以外では知らないとの事。

やっぱりそうか……いきなりこんな訳の分からない状況に放り込まれて終わりの見えないサバイバル生活……絶望して死を選ぶ人がいても不思議じゃない状況なのに一人も居ない……違和感を感じる。


食糧事情だが、宗教団体と数家族は狩りや採取で凌いでいたようだがよくは分からないらしい。管理棟側では防災倉庫の非常食とふれあい牧場の鶏卵やヤギ乳などを食糧にしていたとの事。

キャンプ場の親会社が自治体と避難場所と非常食の提供についての災害時応援協定を締結していて千人が一週間持つ量(二万食)の備蓄があったそうだ。

俺らや宗教団体と数家族を除けば約四十人……半年程度は持つ計算か。

そして今日は十月五日……つまりは半年すぎ……嫌な事に防災倉庫の備蓄切れと計算が合う。

ちょっ!子猫ちゃん身体を擦り付けないで!こそばいって!……こんにゃろぉモフモフしちゃうぞぉ!


梅雨ごろにヤギは乳が出なくなり、崖崩れもおきて畑が駄目になり、夏の終わり頃からはニワトリも卵を産まなくなり、ついに防災倉庫の非常食も尽きて重い腰を上げざるをえなくなったとの事。


本当に茹で蛙になるとは……

ニワトリは餌の問題だろうし、ヤギは泌乳期間の終了で次の種付けがいるのだろう。

畑が駄目になり種苗が無駄になった事については奈緒美も落胆の表情を見せた。

俺も正直なところ呆れた。開発計画には崖崩れで駄目になるような場所に畑は配置して無いのに独自解釈で崖際にでも作ったのか?

土石流に見舞われたのなら、ほんの少しは同情できる余地がある可能性も無きにしも非ずだが、そうじゃないならもう知らん。


ふわっとした感じの娘が『扱き使われ搾取され身の危険を感じて逃げ出してきた可哀想なアテクシ達』というストーリーを庇護欲を刺激するように訴えかけているが、その肉刺(まめ)の一つもない綺麗なお手々は何だ?どうにも興醒めしてしまう。

俺らは女子高生だった志賀さんや大林さんや岸本さんも含めて手は肉刺だらけだ。大半は元々そうだって?いや……まぁそうなんだけどね。二十歳以上にホワイトカラーが一人もいないという確率を無視した集団だしぃ……

彼女らが綺麗なままの手で扱き使われたなんて言われても説得力が無い。彼女らの基準もしくは現代日本の基準なら扱き使われていたと言えるのかも知れないが、美浦(ここ)の基準だと怠け者扱いになりかねない。


キャンプ場を後にして手っ取り早く海に出るため(いかだ)で川を降る事にしたのだが、他とはぐれてしまった上に暴風雨に遭遇してしまい命からがら林に避難する破目に陥り、風雨がある程度収まったところで装備の点検をしていたらこっちの無線電波を拾ったのだと言う。


念のために脱出したのは誰かを聞いたところ、スタッフの大半と、岩崎さん、北川さん、坂下さん……誰が誰だか分からん。

岩崎家は粗暴な感じで直ぐに手が出る一家(それって感じじゃなくて粗暴だよね)で、将司と雪月花が「あぁ」と言ったから思い当たる節があるのだろう。

どこまで本当かは分からないけど北川家と坂下家は腰巾着との言。


スタッフの白石チーフ、バイトの黒岩くん本田くんの三名(誰だそれ)と秋川さん一家が残ったそうだ。実質的に家畜の世話をしていたのが秋川家で、家畜は休養期間なだけで世話をする必要があると言って居残ったらしい。

……本当に色々と突っ込み所が満載な気もするがこれまでの事情はある程度分かった。何か表現がアレだけど居残り組の中の居残り組は気骨がありそうだね。機会があったらスカウトしたい気分だ。


こちらの経緯と状況も伝えたが……さて、どうしようかね?

子猫ちゃん子猫ちゃん。頭の上に鎮座しないで。せめて肩にして。

肩なら格好も付くけど頭の上だとシリアスの息の根が止まってしまう。

それに本体も帽子も被ってないから痛い。

……生まれてこの方演劇以外でパイ○ダーオンした事は無いからな。誤解すんなよ。


「そちらの事情は承りました。こちらの状況はご理解いただけたかと存じます。それでこれからどちらに向かわれますか?」

「えっ?どういう事ですか?」

雪月花の言葉に彼女らは驚愕しているが、何が不思議なのだろうか。


遭難しています。助けてください。

分かりました。はいどうぞ。

ありがとうございました。

ではお元気で。←今ここ


どこに問題がある?ごく自然な流れじゃない?

遭難者を救助したらその後の生活まで丸抱えしないといけないのなら山岳救助隊や海上保安庁や雷鳥は破産してしまう。

こっちは現在進行形で復旧中の被災地――家屋が倒壊や損傷していて水道も止まっている状態――でもあるんだからこっちが助けて貰っても罰は当たらないよ。


お涙頂戴は勇み足か薮蛇といったところか。

生き残る努力をしなかったか努力の方向音痴だったかで苦境に陥ったのだろうが、前者に聞こえてならない。

何らかのメリットがあった筈のお仲間を悪し様に言っている事自体が気に食わないし、搾取云々も片方だけの言い分では何も判断できない。

まぁあの人らのままだったら有り得るが、そういうのに付いていたのは誰なんだとも思う。分別があって然るべき年齢なんだから、デモデモダッテは聞きたくもない。


仮に面倒を見る事になったとしてだ、このままなら後で奴隷のように扱われたなどと言われるのが落ちだ。世の中には手弁当で自立できるまで援助してもらったのに相手が落ち目になったら極悪人に搾取されていたと喚く奴もいるから予防線は張っておきたい。

それに、これまで日本製の非常食を食べていたんだからここの食事には耐えられない可能性が高い。なにせ美浦の食事事情はジビエ、野草はまだしも、虫だの蛇だのといったゲテモノが普通にでてくるし、味付けはほぼ塩のみって状態だもの。お口の肥えた方々には辛かろう食事でございます事よ。

実際、俺らも慣れるまでに一ヶ月以上かかった。


「ここはあなた達が脱出したキャンプ場以上に過酷な開拓地です。お話をお伺いする限りとても暮らせるとは思えません。一緒に出られたお仲間をお探しになられた方がよろしいかと存じます」


雪月花の身も蓋もない物言いで膠着状態になってしまった。

彼女らは状況認識と初手を誤ったといったところか?

そしてこちらが相手の悪手に対して素直に返してしまったのも悪手だったか?

結果、何とも言えない雰囲気に……

でもね。ここで暮らせるかは本当に未知数なのよ。

特に彼女らが耐えられるかってあたりがね。


「まぁまぁ袖振り合うも他生の縁、一村雨(ひとむらさめ)の雨宿りと言うではないですか。これも何かの御縁でしょうから雪月花さんもそう邪険にしない。どうするかが見つかるまで暫く置いてあげるのもありなんじゃない?……それからね。あなたたちもここも過酷な状況だというのは分かってね。居候を養う余裕は無いから『働かざるもの食うべからず』よ。双方に何がしかのメリットがないと他人同士が一緒に暮らすっていうのは難しいの。特に覚悟しておいて欲しいのだけど、ここの食べ物はあたなたちがこれまで食べてきた物からしたら相当落ちる物しかないわよ。私達は慣れたけど虫とか野草とかが普通だからね。昨日のオニギリは私達の半月分のお米だから、いつもあるとは思わないでね。それでも良いっていうならのお話ですけどね」


いつまでも膠着している訳にはいかなかったから静江さんの取り成しで軌道修正ができて助かった。確かにここの暮らしを体験してもらってからじゃないとこちらが危惧している事も理解できないかも知れないし、やっていけるかを考えてもらった方が後腐れが少ないだろう。残れるかどうかは半々かな?

体験ステイしてもらって今後の身の振り方を考えるという方向に話がまとまったときに史朗くんが飛び込んできた。


「留山に人がいるよ!」


狼煙が見られたのか……下手こいたぁ……面倒くせ


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