第1話 状況確認
『古き世から新しき世に移りし者たちよ 知り栄え文明を築くがよい』
そう言われて「はい分かりました頑張ります」何て言う奴は絶対にいない。
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
いたんだってよ。それも一人二人じゃなくて何十人も。
あの声(?)は全員に聞こえたようで、神託を受けたと感動している輩がいたとか。
何か研修だかリクリエーションだかで来ていた団体は宗教団体らしい。
語源的にはre(再)+creation(創造)だからリクリエーションで合ってるのか。
「いやぁ……参った。話にならん」
「馬鹿なの死ぬのって……手の施しようがないわね。死ねばいいのに」
将司と雪月花が帰ってきての第一声がこれだ。二人ともご機嫌斜めだ。
何でも、宗教団体(ウィッシュクリエイトという名称らしい。今後はWCで良いか)が「我々は神託を受けた」と騒ぎだし、キャンプ場のスタッフは「ここはうちの土地なんだからうちらに従ってもらう」と主張し「客の安全が云々責任取れ云々」と暴れだすバカも現れてカオスな状況だったそうだ。
WCとスタッフは全員の物資を自分達が管理するとか寝言を言って、どっちが管理するだのなんだのと周りそっちのけで延々バトルしていたそうだ。
雪月花の「周囲を探索して危険が無いか確かめて身の安全を確保するのが先決なのでは?今後どうするかはそれから決めればよろしいかと」の一言で散会にとの事。
見事なまでの先送りだが千日掛けても纏まらないだろうから仕方あるまい。
何かここにいるのは拙いのでは無いかと緊々と感じるのだが……
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将司から文昭と奈緒美と俺の三人でこの辺の地勢とか植生とかを見てくるよう頼まれたので幾つかの道具を持って周辺調査に出発する。
早乙女奈緒美は植物とか土壌とかに詳しいのでこの周辺調査に打って付けだ。
家が農家で母親の実家が山林持ちで草も木も土も身近ってのもあるが、奈緒美自身が植物コレクターって事が大きい。半ば耕作放棄地になっていた田畑で色々な在来種や固定種を育てていて、この間四町歩を越えたとか言っていた。一町歩が一ヘクタールとほぼ同じ面積だから四町歩は約二百メートル四方になる。農家一戸の水田面積が平均一町歩程度なんだから結構広い。ご家族やご近所さんや俺らは「奈緒美植物園」と呼んでいる。
他にも蜘蛛の糸号の保温庫を「奈緒美の方舟」と名付けて色々な種やら何やらを保管している。行く先々の農家さんや学術機関などから色々と貴重な種を貰ってくる手腕は侮れん。
敷島文昭は身長二メートルの鍛え上げられた肉体の持ち主で、徒手格闘や棒術とかも修めているが実戦的過ぎて使い所が無いとか言っていた。護衛任務はお任せくださいって感じか?それでいて脳筋でもない稀有な人材である。
何で防大に行かないのって感じなんだが本人と親父さんが揃って「ヤダ」だそうだ。
親父さんは総火演で降下展示していた覚えがあるんだがそこらの心情はよく分からん。その割には鍛えてるんだよなぁ……一度文昭と親父さんのリクリエーションに加わった事があるんだが途中でギブアップした。
五キログラムの鉄棒を持って障害物走とかロープ渡過とかリペリング降下とかハイポート走とか絶対リクリエーションじゃねぇから!
誰がどう見たって軍事教練だから!
リクルートトレーニングって言われた方が納得できるよ!
これをガキの頃からケラケラ笑いながらやってたなんて信じらんねぇ。
親父さんに「筋はいいからまた来い。次は完走できる」って言われたが断固ノーサンキューだ。といってももう会えないんだな……
取り敢えず周辺調査なのだが……この土地はかなり危険な場所に思える。
砂利や石に覆われた急斜面が続いていてその向こうに木々が見える。
斜度は六度ぐらいかな?こう聞くとたいした角度には思えないかもしれないが、約一〇%の勾配なので「急斜面あり」の注意標識が出てても不思議じゃない急斜面。
勾配だけなら山の手の住宅地などであればもっと急な傾斜もあるが、地面が砂利や石というのが怖い。この角度で大量の石があるという事はここは土石流で形成された扇状地だと思われる。つまりいつ土石流にみまわれても不思議じゃない場所だ。
そしてもう一つ段差だが、段差なんて可愛いものじゃなかった。
一番高低差が大きい所は五階建てのビルぐらいの高さ、目測だが十五メートル近い崖になっている。
北側つまり斜面の下の方は内側が高くなっていて反対に斜面の上方向の南側は外の方が高くなっている。南側の崖で外側の地層を見たが、予想通りというか石や砂が分厚い層を形成していてる。いつ崩れるか分からないのであまり近寄らなかったが、下の方から水が湧き出しているところから考えると、外は大変水捌けの良い土地だと判断できる。
利用法としては果樹園とか段々畑とか棚田とかだが、開発には国家プロジェクトと言われても不思議に思わないレベルの資源と相当の技術と労力と時間を要すると思われるので、十分な余裕がなければ無理だろう。
現時点では外を農地にするのは無理だな。
扇端に行けば湧水もあるだろうからその近辺で土地を探す方がまだマシだろうね。
「ここを開墾させられるってほとんど流刑だね」
「客土を何万トンも手作業って刑罰だな」
奈緒美に同意しておく。
気を取り直して森林を見る。
目測だけど扇頂まで一キロメートル、扇端まで五キロメートルって感じ。横方向は一キロメートル無いかな?
この土石流帯の外には森林がある。植生については行って調査する時間は無いので奈緒美に双眼鏡で見てもらったが、全く駄目とは言わないが厳しいらしい。
立木密度がかなり低い上に生長不良と思しき樹木が多く何らかの障害が考えられるとの事。仮に森林から食料や資材を得れたとしても足場がいいとは言えない斜面をキロ単位で歩いて行き、帰りは獲物も持っているって「明らかに何らかの刑を受けてるよこれは」状態だ。
「柴刈りや薪拾いが労働刑並みの苦行になりそうだ」
「修験者や修道士になるには打って付けかもよ」
奈緒美が同意してくれた。
「そうか?慣れりゃ楽勝になるんじゃね?」
文昭よ。それは人外の目線だ。
地勢植生を地図に落とし込んで一度戻る事にした。
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サイトに戻ると日和号、弁天号、蜘蛛の糸号、モグちゃん号の四台が目に入る。
金持ちのボンボンでもない俺らが一台何千万円もする車を持っているのには訳がある。教養部の同じ講義を受講していて仲良くなった俺らは洒落で共同出資一人一万円で宝くじを買ったら八千万円当たった。一人頭一千万円。洒落にならん。
正直困ってしまったのだ。
十万とかならパッと遊んで終わりだし、百万位までなら何か欲しいものを張り込んで終わりとかだが、大物を買うには少なすぎ、小物なら多すぎる中途半端な額で、共同で何か大物を買ってみんなで使おうという方向に落ち着いた。
キャンピングカーでも買って旅行でもしようから始まり、コンバージョンEVにしてとか色々と夢がひろがりんぐな事になり、それを計画書にまとめた奴がいたのだ。
車の登記とか部材の購入とかは法人格があった方が色々話が早いので俺達八人で出資してソーラーキャンピングカープロジェクト株式会社(略称:SCC)を作ったのだ。色々と資格や免許が必要な物があったので手分けして資格や免許も取った。
一号車はバンコンのコンバージョンEVの日和号で、EVとしては割と良い性能になったのだが電池が思った以上に場所と重量を取ってしまい、台所だのリビングだののスペースが取れず良く言って走れる寝台。
命名は日本一低い山の日和山から。
二号車はキャブコンのコンバージョンEVの弁天号で、居住スペースを作ったので真正のキャンピングカーとなったがこちらは航続距離に難を残した。途中で充電しないと新潟県を縦断するのは無理で、日和号の半分ぐらいの距離しか走れないのだ。
命名は日本一低い天然の山の弁天山から。(日和山とか天保山とかは人造の築山)
三台目は多目的動力装置というトラックでモグちゃん号。弁天号の航続距離の問題とEVはまだ枯れてない技術の塊なので牽引車とかサポート車を用意しようという話になった時に、奈緒美のお祖父さんから譲り受けた物。燃費はお察しだが便利なんだ。
蜘蛛の糸号が来てからはサポート車は蜘蛛の糸号に譲って工作車や農機として便利使いされている。
多目的動力装置は当初はトラクターって名目だったんだからいいじゃん。
今回は林道整備があるから出動した。
命名は奈緒美が小さい頃からそう呼んでいたからそのまま採用した。
最後、現三号車の蜘蛛の糸号はモグちゃん号の発展系を目指して調子に乗ってやり過ぎた感が満載の奴である。多目的動力装置にアウトリガークレーンやら発電機やらエクストラタンクやら詰め込めるだけ詰め込んだお陰で重量面で大型自動車になってしまった。(大型免許は俺と文昭が頑張った)
積載重量に余裕がでたので「奈緒美の方舟」が自重されなくなったのだが、この状況を思えば勿怪の幸いと言える。鍵を掛けないとキーが抜けない鋼鉄製ロッカーや各自専用の保管庫(各自の趣味の品の保管庫と化している)もあるから何が積んであるやら俺も知らんという恐ろしい車だわ。
命名は困った時の命綱的な事から。
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ここが絶望的な土地だという事は分かるが、一応は可住人口を計算してみる。
外側は(当面は)絶望的なので内側のポテンシャルを見積もっていく。
奈緒美に栽培計画とかを手伝ってもらって計算すると改めて絶望的な数字がでた。
【初年度は三十人程度。甘く見積もっても五十人程度が関の山】
確か百人以上いるから半分以上が餓死するって、笹食ってる場合じゃねぇ!
いや笹は食わんけど……飯は食いたいので飯は食ってる場合にしておく。
最終的には百五十人以上が暮らせる可能性はある。
単純に面積だけで考えるともう少し多くても大丈夫じゃないかな?
しかし開拓して種苗を増やして土作りも灌漑も全て整備できて一人前の農家が育てればの話で、圃場作りは年単位の時間がかかると思うし治水に相当の労力を費やす必要がある。
米が二十トンぐらい備蓄してあるならともかく、今のリソースだと技術的にも労力的にも資源的にも恐らく無理。
何より一番大切なのは土石流に見舞われないという幸運かも知れない。
扇端なら多少は違ってくると思うのでここを捨てて扇端の森に移住がお勧めかな?
それでも初収穫までは狩猟採取に頼らざるを得ないから六キロメートル四方程度の縄張りで三十人ぐらいが生き残るのが関の山だと思う。
可住人口を割り出してみたが本当に心が折れる。
氾濫原とか沖積平野とかならまだしもこんな生産性の悪い土地に攫ってきて文明築けって罰ゲームなんてレベルじゃねぇって!アホなのか?流行の駄女神か?
愚痴っていたら将司が日和号で対策会議と言っているので調査結果を報告しよう。
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基本方針は特に揉める事もない。
こんな拙い状況からはさっさとトンズラするに限る。三十六計逃げるに如かずだ。
ただ、やるとすると協議することは幾らでもあるのでかなり時間が掛かった。
移民団を編成して出立する。別に俺らだけでも良いけど養えるであろう人数までは引っ張った方が残る方も助かるはずだ。受け入れ可否判断は将司に一任する。
移民団の人数は二十人+α程度を想定。最大でも三十人まで。
人数が達したらそれ以上は入れない。但し人数に達しなくても実行する。
参加の強制はしないが縁もあるので両サイドの家族連れ(楠本さんと漆原さん)には今晩声を掛ける。
ここの連中(特にスタッフとWC)とは現時点では可能な限り対立は避ける。
できれば穏便にすませたいが相手次第な部分もあるので決別も選択肢に入れて、最終的な判断は将司と雪月花に一任
車両、備品、その他物資は原則全て持っていく。
但し、あまり日持ちしない食料品や食材は供出する事も選択肢に入れる。
進行先は川沿いを下り、可能なら海まで 方角としては南方を志向。
入植地探しの期限は二週間で期限を過ぎた場合はそれまでで一番マシな所とする。
有望地があれば期限内でも決定する。目安としては七割以上の賛成
基本隊形としてはモグちゃん号が先行して状況確認とルート確保を行い、日和号と弁天号はモグちゃん号からの連絡を受けて進行する。
殿は蜘蛛の糸号が担当するがルート確保に必要ならモグちゃん号と共同であたる。
一日の進行スピードは二十キロメートルを目標とするが状況に応じて変更する。
食事については当面は備蓄を切り崩すが、状況を見て狩猟は試みる。
現地の住人と遭遇した場合はできる限り平和的友好的に接する。
意思疎通が可能であれば彼らの縄張りを避けて進む事を基本線とする。
営農計画については春蒔き夏採り物(ジャガイモ・夏蕎麦など)を優先。
可能なら稲作を試みる。多少時期を逸していても育つならできる範囲で播種して次代の種苗を確保する。播種する作物・品種などは奈緒美に一任。
開墾初期は奈緒美にリソース配分の相対的優先権を与える。
他にも駄女神(?)の情報とか色々あったけど割愛する。
ここの可住人口の根拠とか、開拓すると仮定した場合の開拓案とか、それらを普通の人にも分かる様に説明するにはどう言えばいいか等を将司と雪月花に微に入り細に入り聞かれて最後は俺と奈緒美がぐったりしていた事はここだけの話だ。
用途と必要性は分かるけどね。
SCC臨時取締役会()が終わると日はすっかり傾いていた。夕食の準備に取り掛かろうと日和号を出たところ、高校生らしい六人の男女が待っていた。
「あの!……すみません。少しお話があるんですが、よろしいですか?」
話の内容はだいたい想像が付くよね。