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文明の濫觴  作者: 烏木
第12章 北へ
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第24話 橋梁と航路

現代の産業で使えるかというと効率が悪くて駄目だろうが、鴨庄の石灰窯の燃料としてなら十分な質と量の無煙炭が確認できたことで、計画というか目論見というかの変更の必要がでた。

一番大きな変更は、ユラブチ集落群側に動力付きの輸送用河川艇を配置することになった事。

液体燃料の輸送まではやってられないので外燃機関の蒸気船ではあるが、動力の有無はとても大きい。


現代であっても陸上運輸と水上運輸には大きな差があって、陸上運輸が勝てる可能性があるのは、水域から遠いところやスピードが求められるケースぐらいで、それも長大な航続距離があって強力な動力があり多大な積載量を持つ自動車か、パイプラインで液体や気体を圧送するぐらいだろう。

石灰と石炭は復興に大きな力を発揮する戦略物資とも言えるので、戦略物資の輸送量を確保するために蒸気船が優先して配置されるという事。


現状の計画で輸送船が寄港する場所は以下の五つ。


『春日』ホムハル集落群から一番近い竹田川の渡河地点

『鴨庄』ユラブチ集落群からの避難民の移住開拓地

戸平(とべら)』石灰岩採掘地と石灰窯を築炉予定地(開拓地の鴨庄とは別名を付けることになった)

『アーエ』最寄りのユラブチ集落群の集落

『磯子』無煙炭の採掘地(イソという集落の避難地の対岸に由来した命名らしい)


磯子の石炭と戸平の石灰岩から、生石灰、消石灰、何ならセメントクリンカかポルトランドセメントを製造して、美浦やホムハル集落群にそれらと石炭を供給するという感じ。

美浦の三人衆の目論見には、春日とミヌエ、ミヌエと柏原川(加古川の支川)を運河でつないで、ユラブチ集落群からホムハルもしくは滝野まで直行、更に言えば滝野の闘竜灘を迂回する運河も建設して日本海と瀬戸内海を結ぶ航路という『夢がひろがりんぐ』まであるようだが、さすがに十年二十年では難しいんじゃないかな。

その目論見について将司や雪月花は何も言わないし俺も何も言わないけど。



それに関連して鴨庄開拓も変更が必要になる。

具体的には二つあって、水量に不安がある鴨庄川の水量確保と、鴨庄川に架ける橋。


流域面積(降った雪や雨がその川に流れ込む面積)がそれなりにある由良川や竹田川は水量はあるので問題ないが、鴨庄川はそこまで流域面積が広くはないので渇水期の水深の確保は考えなければならない。


現代ではそんなところに航路は設けずに自動車などの陸上運輸を行うが、近代以前だと運河を建設するなどし、高低差があれば閘門(こうもん)などを設けて対処していたことが多い。


鴨庄川ではどうするかだが、川に平行して運河を設けるのは大事業になるので、ケレップ水制で川幅を制限することで水深を稼ぐ方式になる。

義秀もケレップ水制は何度も築いているし、補修もしているので特に懸念事項はない。



問題があるのは橋梁の方。

現状では鴨庄川の右岸の鴨庄と左岸にあるミヌエとの陸上連絡路をつなぐ簡易な仮設橋が架けられているが、これが上流の戸平との航路の邪魔になる。


航路上に橋梁があったら橋梁の桁下をくぐれる船舶しか通れないので、橋梁が運航の妨げになるおそれがある場合は、現代だと船舶の行き来に影響が出ない高さまで橋梁を上げるか、航路の下に隧道を通して航路の確保を行う事が多い。

しかし、船舶の行き来に影響が出ない高さまで橋梁を上げるというのは、その橋梁を渡るものはその高さまで登れる能力が必要になる。


例えば、レインボーブリッジ(正式名称:東京港連絡橋)は東京港第一航路を跨ぐので桁下のクリアランスは五二メートルある。

しかし、これでも結構ギリギリに近くて船の大きさによっては干潮まで汐待ちして通過するとか、くぐれないからくぐった先の港湾には入港できない事もある。

そして、それだけの高さがあるレインボーブリッジを渡るゆりかもめは(元々が高架上を通っているので)三〇メートルぐらい登って、橋を渡って、三〇メートル近くを降りている。

三〇メートルというと一〇階ぐらいの高さなので、その高さまで登っていくには強力な動力がないと厳しいことも多い。

レインボーブリッジは徒歩で渡る事もできるので、橋の高さまで昇り降りするための階段もあるが、歩行者用エレベータがあるから、話のタネにとか物好きでもなければエレベータを使う。


現代だと、適切な勾配になるよう(ループさせて距離を稼ぐのも含めて)距離さえとれれば、それぐらい余裕で登れるので、それぐらいの高さの橋梁も珍しくないが、そこまでの能力が無い時代は船舶が通過するときは橋梁を動かして航路を確保する可動橋が使われていた。

現代日本にも現役の可動橋はあるにはあるが、可動橋は船舶が通るときは陸上交通を止める必要があるので、交通量が多いところには不向きで、観光資源としてや、そもそも交通量がとても少ないとか、災害などの非常時の航路確保用などがほとんどを占める。


可動橋と言われてイメージしやすいと思うのが、土木の世界では跳開橋(ちょうかいきょう)と呼ばれる橋桁を跳ね上げて開く跳ね橋だろう。

しかも、今は可動は停止しているが勝鬨橋のように橋桁の中央からハの字に開く二葉(ふたば)式跳開橋をイメージされる方も多いと思う。


しかし、二葉式跳開橋は船舶が通過する幅が広くて片側だと跳ね上げる橋桁が長くなりすぎる場合にやむを得ず使用される例が多く、片側だけが跳ね上げられる一葉(いちよう)式跳開橋の方が多く、日本では唯一現役の鉄道可動橋である三重県四日市市にある末広橋梁や、日本での現役最古の道路可動橋の愛媛県大洲(おおず)市の長浜大橋(何れも国指定重要文化財)は一葉式跳開橋である。


可動橋は跳開橋だけでなく『橋梁が回転して航路をあける旋回橋(天橋立にある廻旋橋など)』『橋桁を水平に上昇させる昇開橋(福岡県と佐賀県の県境の筑後川に架かる筑後川昇開橋(国指定重要文化財)など)』『橋桁を水平にスライドさせて引き込む引込橋(青森市の青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸と青い海公園を結ぶ遊歩道の青森ラブリッジなど)』などがある。

あとは、個人的には「これを可動橋というか? そもそも橋なのか?」とは思うけど、運搬橋といって短い橋桁を高所に張ったワイヤーにぶら下げてゴンドラのように輸送するというのも可動橋ということになっている。まあ、橋桁が動いているっちゃ動いているけどね。国内にこのタイプは無かったと思う。


他にも奇をてらった構造の可動橋としては、橋桁を蛇腹のように伸縮させるとか巻き取るといった物や、橋桁を水底に沈めるとか、楕円曲線の橋桁をロールさせるといったものも造られているが、一般的には跳開橋か昇開橋が多く、小規模なら旋回橋という印象がある。

まあ大阪の夢洲(ゆめしま)舞洲(まいしま)(何れも人工島)を結ぶ夢舞大橋という浮体式(浮き橋・船橋)で旋回させるときにタグボートを使う四〇〇メートル以上ある長大な旋回橋もあるけど、こちらは夢洲と咲洲(さきしま)の間(陸上交通は夢咲トンネル)の航路に支障が生じたさいに大型船舶を通せるようにしておくという目的なので、いつも動いているわけではないというか動かすことが珍しい(いまのところ訓練でしか動かしていない)浮体式旋回式可動橋(属性多いなぁ)である。



「ノーちゃん、ここに架橋しなおせば運航に支障はないと思うけど、どう思う?」

「……悪くないと思うぞ」


でだ、この課題に対して義秀が出した対応案は『本設の橋梁の設置場所を鴨庄の西側の鴨庄川をはさんで山が隣接している箇所にして高さを稼ぐ』という物だった。

航路を共存した常設の橋梁で行き来できるようになるので最終的にこの形というのはアリだろう。


「……何か懸念ある?」

「架橋まで時間がかかるが、それまではどうする?」

「ケレップ水制の土台部に、荷物背負った人間ぐらいなら渡れる程度の橋桁を架けて、不要な時は引っ張り込んでおく」

「引込橋で、引き込むスペースに水制を使うのか」

「うん。問題は渡った後に引っ込められないのでどうしようかと」

「……船が通るときに手前で船員を下船させて引っ込ませて、通過後に船員が推し出して通過先で乗船させればいいのでは?」

「えっ? 架けっぱなしにするの?」

「どっちの時間が長いんだ?」

「…………架けてるのが通常でいいんだ」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


世界初(笑)のそれなりの大きさで実用の可動橋だし、匠に頼んで石碑でも作ってもらおうかな?


「そしてもう一つ」

「まだある?」

「可動橋があったら山と山を結ぶ橋梁の利用価値」

「うっ」

「可動橋の耐荷重を大きくすると橋桁が重たくなるから、動かすのに相応に力が必要になる。引っ張るのはまだしも、推し出すのは大変になる。橋桁の厚みの段差もできるし歩くならともかく車輪はきついかもな」

「……要らない訳ではないと?」

「優先順位は低くても必要か不要かと言われたら……な」

「なるほど」

「ただな、加古川の橋梁で重量物が渡河できるのは滝野の石橋だけだかんな」

「ん?」

「木造だと定期的に架け替えが要る」

「オリノコの竪琴橋も二代目だっけか」

「そう」


木造橋梁は防腐処理の効き具合や置かれた環境や使われ方などで異なるが、二〇年から三〇年ぐらいで架け替えをした方が良い。

それぐらいの間隔で架け替えるなら技術の継承も可能だろうと思う。


「それと加古川は……」

「竪琴橋は全長が三六メートルだからまだマシだけど、加古川だと下手すると一〇〇メートル超えるぞ。そんなのを二、三〇年ごとに架け替えって……」

「確かに」

「その点、石造アーチ橋はちゃんと造ってちゃんと整備すれば架け替えはまず要らない」


石橋はちゃんと整備し続けたらローマの水道橋(ポン・デュ・ガール)のように二千年レベルで持つ事もあるんだよな。


「滝野で渡れるなら無理をする必要はないと?」

「川の中に橋脚を建てるのは面倒だからな。天然の橋脚がある滝野に恒久的といっていいぐらいの耐用年数がある石橋があれば」

「ええっと……木橋でなく石橋にしろと?」

「急がないならできるっしょ? 雇用も生み出せるし」

「検討します」


これは……うん。“お断りします”だな。

頼もしくなったじゃないか。

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