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文明の濫觴  作者: 烏木
第12章 北へ
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第23話 採掘経営について

佐智恵は今回持ち込んだ爆薬を使い切るべく嬉々として試験発破を繰り返している。

グローリーホールのようなすり鉢状の地形に整えているのでそれに不足があったら爆薬を再生産して第二次試験発破もあり得るかな。

それはともかく、今回の試験発破だけでもかなりの量の石灰岩が採れるはずなので、石灰窯ができた後の相当期間の原料は賄えると思う。


「ノリちゃん、石灰窯の素案の点検お願い」

「どれどれ……」


ほうほう、話の流れから三メートル級の低いタイプだと思っていたけど、五メートル級の中間タイプか。

どんな話の流れになったのかは気になるが、美恵さんや鶴郎くんが認めたという事はちゃんとした理由がある筈。


「この排気口のところに何か付けられるようにしているみたいだけど」

義秀(ヒデくん)のアイデアで、排気を更に加熱してロータリーキルンに送ってセメントクリンカーを作れないかと」

「欲張りさんだなぁ」

「私もそう思う。実用性は正直疑問だけどボイラーの熱源の一つぐらいなら可能性はあるかなって」

「ちゃんと操業できた後の話なら」

「もちのろん」


俺が見る限りでは他に問題もなさそうだし……まあ大丈夫だろう。


「大丈夫と思うけど念のため剛史さんに見てもらって」

「はーい。ところで、こないだコロワケに行ったときに発破に興味津々だったんだけどやれるかな?」

「えっ? マジ?」

「マジマジ。蝋石の採掘の人手を減らせるなら耐火耐熱煉瓦の製造を増やせるし」

「でも、一時的な需要で増産体制を敷くとろくなことにならないよ」


耐火煉瓦や断熱煉瓦などの耐火物の生産と搬入がなされないと石灰窯は築けないから耐火煉瓦・断熱煉瓦の生産が気になるのは分かるが、耐火物は恒常的にはそれほど必要じゃないんだよな。

更新とか補修で一定数の生産は必要ではあるけど、その範囲の生産能力にしておかないと特需が終わったら産業崩壊が起きて元も子もなくなる。


「そっか……さっちゃんが喜びそうだったけど。じゃあスポットで一回か二回とかなら?」

「それならありかな?」

「うん。じゃあ色々相談してみる」

「よろしく」


「美恵姉ちゃん(ねえね)、話、終わった?」

「いいよ、つかっちゃん」


「ノリちゃん先生、鴨庄と採掘場の関係なんだけど……美浦から人を張り付けないと厳しいかと」

「……どのあたりが?」

「集落の建築と圃場開拓で手一杯だから当面は無理だと思う」

「そうだな」


人手不足というのもあるが、概要を伝えて『後は試行錯誤をよろしく』というのは無理だな。

これがホムハル集落群だったら爆薬の取り扱いなどの専門技能が必要な部分を除けば直ぐにでも移管することも可能だし、爆薬の取り扱いも数年もあれば移管可能だと思うのだが、鴨庄だとそうもいかない。

何がホムハル集落群と違うのかというと基礎教養と基本技能の水準で、鴨庄は試行錯誤できる水準に達していない。


その水準になるには少なくとも大多数が読み書き算盤ができるようになるのが前提だと思う。

ホムハル集落群が試行錯誤を任せて大丈夫だと思える水準に至るには二十年ぐらいかかったから、ユラブチ集落群がそうなるには楽観的に考えても同程度の期間がかかると思う。


だから石灰岩鉱山と石灰窯の運営は最低でも二十年ぐらいは美浦の直轄事業として美浦から人を派遣する必要があると思う。

一応、ホムハル集落群から派遣してもらうという手もないではないが。


そうなると鴨庄に移管できるころには下手すると資源が枯渇している可能性もあるか。

そんな出涸らしを移管されても困るだろうから一時的ではなく恒久的に美浦直轄というのも下策ではないと思う。


「それと僕たちも(しっか)りとした運用方法を知らない」

「それもあるな。とりあえず、匠と佐智恵と俺でアウトラインはまとめるから」


一応、石灰岩の採掘から生石灰・消石灰までのやり方は江戸時代から現代までの変遷を含めて知ってはいる。

その中から現在のリソースで実現可能な物をセレクトすれば大まかなところは押さえられるし、それを改善していく試行錯誤を繰り返していけば何とかなると思っている。


「セルヴァ。ただ、僕たちから出すと支障があるから兄貴(にいに)たちに人選をしてもらいたいと」

「それがいい」

「それと動力船を含めた運搬方法も……そうそう、石灰窯の燃料に由良の復旧も俎上にあげたい」

「うん。良いと思うぞ」

「なら、その線で献策をまとめます」

「了解した。頼むぞ」


本当は燃料は石炭が望ましい。

最良は瀝青炭を乾留したコークスで、次善は無煙炭だが、亜無煙炭や亜瀝青炭であっても褐炭よりは使える。

しかし、現状では褐炭ブリケットや木炭や竹炭や炭団が関の山。

歴史的に見ても石灰窯の固形燃料は、薪、木炭、石炭、コークスの順に移り変わっている。


製鉄の高炉もそうなのだが、この手の窯炉は原料も燃料もある程度強度がある塊でないといけない。

粉体だと簡単に零れ落ちるし零れ落ちなかったとしても空気が通りにくいので燃焼しにくくなる。


強度がある塊が互いに噛み合って適度な隙間が必要なのだ。

塊の強度が低ければ上に乗った原料や燃料の重みで潰れてしまっては塊にした意味をなさない。

現代では事前に焼結して強度がある塊にする事さえある。


燃料も固体燃料だと焼却灰などが製品に混じるので、何らかの手段で不純物を取り除かないと低品質になってしまう。

最適な固体燃料が瀝青炭を乾留したコークスなのは、不純物の大半が乾留で取り除かれているので製品の品質が高くなるのと、乾留時に揮発した跡の微細な穴が無数にあるので着火性も時間当たりの熱量も高いことなどによる。

不純物だけ言えば無煙炭も炭素の純度は相応に高いのだが、無煙炭は燃えん炭と揶揄されることもあるぐらい着火性に難がある。

まあ、煤煙などが非常に少ないので石炭燃料の蒸気機関車や蒸気機関で無煙炭が多用されたことから分かるようにちゃんとやればちゃんと燃える。


■■■


「舞鶴まで行けばたぶん石炭あるわよ?」

「褐炭?」

「無煙炭」

「無煙炭!? どこ?」

「由良川沿いにもあるわよ。他にもあるけど」

「ちょっ、おーい! みんな! 集合! 集合! あと、ユラブチ集落群の避難場所が分かる地図も!」


今日の試験発破を終えて帰ってきた佐智恵にあらましを話したら近くに石炭があるとの情報がもたらされた。


「佐智恵、どこだ?」

「んとねぇ……あったあった、ここ。ここが炭鉱跡地だけど、露頭している炭層は二メートルぐらいしかないから一時期採掘されただけみたい。それとここにも露頭があったはず。何かで見た覚えがある」


佐智恵が炭鉱跡地として指差したのは由良川から直線距離で一キロメートルぐらいの峠の頂上付近だったが、ここにも露頭があったはずと指差した場所はほぼ由良川沿いで一〇〇メートルも離れていない。

等高線が込み入っているから急斜面っぽいけど。


「ここの対岸に避難場所があります。ここの入り江は他より広めだから対岸に船着き場を造れば輸送に問題はないかと」

「僕らが採掘するか、彼らに採掘してもらって対価に食糧を払うか」

「どれぐらいが対価として適当かも要検討だけど」

「君たちねぇ……先ずはあるかないかの調査から。(うけ)漁の様子伺いに行くついでに見てきたら?」

「っ! セルヴァ」


佐智恵の言にちょっとビクッとするあたりは何かかわいい。

雪月花は白の魔女、佐智恵は黒の魔女と恐れられているところがあるんだ。

雪月花は怖い先生枠で佐智恵はお化け枠だけど。

佐智恵の気配を消す能力は年々磨きがかかっていて……俺は何度も自分の存在を誇示しろって言っているけど糠に釘なんだわ。


「あとね、粉炭(ふんたん)だったら燃料としては使いづらいからそこも考えるように」

「セルヴァ」


木炭の粉は粉炭(こなずみ)と呼ぶが石炭の粉は同じ字を書くが粉炭(ふんたん)と呼ぶ。

同じ炭の粉であっても用途とか特性が違うから言い分けているらしい。


定義的には粉炭(ふんたん)は粒径が〇.五から一〇ミリメートルぐらい大きくても四〇ミリメートルぐらいまでの物を指す。一から四センチメートルで粉とはこれ如何にとも思うが使用用途による分類だから仕方が無い。

粉炭より大きなものは隗炭(かいたん)と呼び、一般に石炭と認識されているのはこの隗炭で、粉炭より小さなものは微粉炭(びふんたん)と呼ぶ。


隗炭は一般に想像される石炭の用途に使われるし、微粉炭は空気と混ぜて移動させることもできるしバーナーで噴射して燃焼させることができるので液体燃料のバーナーと似た使い方もできる。

しかし、粉炭は粉砕して微粉炭にしてブリケット加工とかしないと燃料としては使いにくい。

鋳型とかの添加剤としては使えるんだけど大量にあっても仕方がない。


しかし、石灰岩、無煙炭と北へ北へと伸びるなぁ。

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― 新着の感想 ―
原材料があるだけマシなんでしょうけど、距離、人材、技術と足りないものがいっぱいだー 釜はものすごく奥が深そうですよね。 焼成温度に耐えれる釜を作るためのレンガが先か釜が先か… 崩れては成果物で作り直し…
燃料にも、いろんな種類があるんですね。 炭といえば木炭、竹炭位しか知らなかったです。お祖父さんが趣味で竹炭は焼いていたので、その程度です。
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