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文明の濫觴  作者: 烏木
第12章 北へ
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第22話 試験結果

佐智恵と義佐と義弘と義秀と共にというか近辺にいる東雲一家で発破地点や崩落させた石灰岩を検分している。


「佐智恵、如何だ?」

「まあ、ほぼ狙い通りといったところ。八〇点」

「残りの二〇点は?」

「もう少し小さく砕けると思ってたけど、大きな塊が多かった事。起爆時間のズレが原因と思われる」


全周の爆薬が同時に起爆したら圧し潰されるしかないが、時間差があったら動ける余地があるので破砕されにくくなる。

だから発破では多数の爆薬を同時に起爆するのが基本になる。


もっとも、振動の軽減とか破砕範囲の制御などで(わず)かな時間差をつけた方が良い事も多々あるので、現代の産業用の電気雷管は通電とほぼ同時に起爆する瞬発電気雷管と通電してから起爆するまでの時間が異なる複数種類の電気雷管(段発電気雷管)があって、状況に応じてどの発破孔にどの電気雷管を使用するかを決めている。

時間差起爆制御の方法としては、電気信管の種類は同一というか全部瞬発にしておいて、起爆信号を発信する発破器の方で制御することもある。


「破砕のガイドとして空の発破孔を開けるという手法はどうだ?」

「せっかく開けたなら入れたくなる。五つでもズレがあるのに発破孔が増えると同時性が更に怪しくなる」

「同時起爆したけりゃ電気雷管」

「そうれはそう」


導火線方式は導火線の火が伝わる伝播速度にかなりのバラツキがある上に非常に遅いという特性から起爆タイミングの制御は犠牲になる。


導火線はどれだけ精工に作っても伝播速度にバラツキがでるので、現代日本の導火線の品質基準における燃焼速度(伝播速度)のバラツキの許容範囲は七パーセントぐらいあるので、例えば点火から雷管に到達するまでに三〇秒かかるとしたら、複数本の導火線に同時に点火したとしても一番速い導火線と一番遅い導火線の到達時間の差は最大で二.一秒発生しても品質的には合格という事。


次に導火線の伝播速度が遅いという話だが、フィクションでの演出でよくあるような秒速一センチメートルぐらいでジジジジジジと伝わるような物を指して言っているのではない。

現代の産業用導火線の伝播速度は秒速一〇〇から一四〇メートル(時速三六〇から五〇〇キロメートル)ぐらいある。

もちろん、秒速一センチメートルぐらいの伝播速度の導火線はあって、玩具花火の噴出花火やロケット花火や爆竹などの導火線がそう。


秒速一〇〇から一四〇メートルが遅いというのは、火ではなく爆轟を伝播させる導爆線の伝播速度は導火線の五十倍ぐらい早くて秒速五~七キロメートル(時速一八,〇〇〇から二五,二〇〇キロメートル)ぐらいあるし、電気が伝わる速度は光速とほぼ同じだから電気雷管への起爆信号は秒速三〇万キロメートル程度で伝播するから。

導爆線(秒速五から七キロメートル)や電線(秒速三〇万キロメートル)と比べると導火線(秒速〇.一〇から〇.一四キロメートル)が遅いというのはご理解いただけると思う。


なぜ伝播速度が重要かというと、導火線方式に限らないが、爆薬を仕掛けて発破する地点と起爆を操作をする人間がいる地点は相応に離れている必要がある(今回はだいたい二〇〇メートルは離れている)からで、距離が長いと伝播速度の誤差が馬鹿にならなくなるから。


伝播させる距離が短いか伝播速度が速ければ起爆操作から雷管までの到達時間が短くなって伝播速度の違いによる誤差も許容範囲におさまるが、伝播させる距離を短くすると高確率で起爆させる発破作業員が発破に巻き込まれて死傷するのでそれはできない。

だから伝播速度が速い方法が起爆タイミングの制御には必要で、光の速度と同等の伝播速度の電気だったらどれだけ離れていようと実質的には到達時間の差は生じないので現代では電気雷管による起爆が多用されている。


まあ、雷とか漏電とか電磁誘導などで電気雷管が意図せず起爆してしまう可能性が考えられる状況だと電気では起爆しない導火線と導火線式雷管が使われる事もあるので、導火線は現代でも現役だったりする。

起爆タイミングの誤差を可能な限り減らすために導火線の伝播速度をできるだけ速くして時速五〇〇キロメートルものスピードを持たせているのはそのため。


発破の規模が大きくなればなるほど起爆タイミングの制御が保安面や破砕効果の面でもとても重要になってくるが、導火線方式だと起爆タイミングの制御は限界があるので電気雷管が発明された。


そして、電気雷管は電磁誘導などの僅かな電力で起爆しないように電気雷管を起爆させられる電力量を大きくしたが、その電気雷管を起爆させ得る電力を人里離れた場所で発電するためにダイナマイト・プランジャーが発明された。


現代では、電力は商用電源や自家発電機やバッテリーなどで賄い、コンピュータ・プログラムで精密に制御された起爆信号を発信する発破器を使うのが一般的。


電気雷管と発破器を使えば全部を同時に起爆する事もできるし、電気雷管の選択や発破器の設定などが面倒になるが個々の起爆タイミングを細かに制御する事も自由自在で、花火大会などでは楽曲に合わせて観客席に音が届く時間や開花した花火が見える時間まで計算され尽くした花火の打ち上げタイミングの制御も可能だ。


しかし、現状で使える電気雷管はない。

電気雷管自体はおそらくは作ろうと思えば作れなくもないのだろうが、最大の問題は電気雷管に電気を流す電線で、ある程度は回収して再利用できるとしても現状ではとても貴重な貴金属の銅がもったいな過ぎて無理。


「さっちゃん、いい?」

「何? スケくん」

「導火線を直前で分岐させるのは駄目なの? 直前で分岐させれば時間差は少ないと思うし、使う導火線も少なくて済む」

「それも検討したけど、やっぱり分岐失敗が怖い」


導火線の分岐は可能か不可能かで言えば可能だが、導火線の分岐は電線の分岐ほどの信頼性はなく、『失敗する可能性があるなら(いつか誰かが)失敗する』のだから、試行回数が増えれば増えるだけ失敗が起きる可能性は高くなる。

ある程度破砕された不安定な状況で不発爆薬の処理というのは、手間と時間がかかるのはもちろんのことだがかなり危険な作業になる。


「じゃあ、導爆線は?」

「スケくんがペンスリット作るなら良いわよ。何の解決にもならないけど」

「…………」


ペンスリットというのは導爆線の芯薬に使われている爆薬の事で、単体で使われるのは導爆線ぐらいだけど、自然分解が起きにくく熱に鈍感で火を付けてもゆっくり燃えていくだけで爆発はしないが、起爆させたらRE係数(同じ重量のTNTとの爆発力の比較)が一.六六もあって爆発の威力が大きいという優秀な爆薬。

優秀な爆薬なのに単体での用途が限られるのはペンスリットの製造難度や製造コストに欠点があるという事でもある。


導爆線は秒速五~七キロメートルで爆轟が伝播するので、二〇〇メートルの長さだと〇.〇三から〇.〇四秒程度で到達する。

そうなると実質的には導爆線を起爆した瞬間に発破薬が起爆するので退避する時間がない。


退避する時間を稼ぐには導火線などで導爆線を遅延起爆しないといけないのだが、これでは導火線による起爆タイミングの不整問題の解決にならないし、導火線だけでやる方が導爆線が要らない分だけマシという事になる。


「さっちゃん、さっちゃん」

「何? ヒデちゃん」

「そもそもガイドに開けた孔に装薬しなければ……」

「それはそう」

「ならそれでいいんじゃ?」

「ヒーデーちゃん」

「何?」

「それを言っちゃぁおしめぇよ。世の中には指摘して良い事と……」


うわっ、佐智恵が義秀にウザ絡みしだした。

ん? 義弘が難しい顔をして発破孔を検分している。


「ヒロ、何かあったか?」

「えっ? あっ……ええっと……」


義弘が指差す先を見ると発破孔の底の部分が二〇センチメートルぐらいの深さで丸々残っていて、不発だったANFO爆薬の粒が幾つも見える。

雨でも降れば石灰岩と反応して分解するだろうけど、回収しておいた方がいいかも。


「発破孔の底が丸々残っているのか」

「うん。他はそんなことないのに」


たぶん、(のみ)で崩した破片の取り出しが不十分で底まで装薬されなかったのと、破片の陰に落ち込んだANFO爆薬まで起爆できる強さの爆轟が到達しなかったのだろう。


「義佐にどういった装薬状況だったか聞いてみたら? 確か義佐が装薬したんだろ?」

「……分かった。スケにぃ! ちょっと良い?」


さて、この後は改善点の洗い出しと二回目に向けた作業だが……今回破砕した石灰岩の搬出が課題だな。

丁度いいからウザ絡みされている義秀を救出しておこう。


「ヒデ、ちょっと良いか?」

「何? ノーちゃん」


あからさまに安堵した顔でやってくる。


破砕した石灰岩(こいつら)の搬出の手順、如何する?」

「…………大玄能で小割して運ぶしかないと思うけど」

「どこから小割してどう搬出するかを理由付きで(したた)めておいて。それの蓄積が搬出作業の手順書になる」

「セルヴァ」


佐智恵が義秀にウザ絡みしていた隙に息子らに仕事を割り振って奪ったから佐智恵に絡みに行くか。


「佐智恵、さっきの義佐の話でちょっと思い付いた事があるんだが」

「ん? 何?」

「銃用雷管の応用で撃発で導爆線の起爆ってできるか?」


導爆線は雷管で起爆しないと起爆しない。

これは導爆線に限らずたいていの爆薬はそうで、中には雷管でも起爆しないANFO爆薬なんて物もあるが、基本時には雷管で起爆しないと爆薬は起爆しない。

もちろん、至近距離で爆発が起きれば誘爆する事はあるし、火災でも大規模だったり長時間だったりすると誘爆する事もあり得るけど。


爆薬がそういう性質という訳ではなく、大量に持ち運びして使用する爆薬はちょっとやそっとでは爆発しない物でないと危なくて使えないから、そういう性質の爆薬が使われているという事。


アルフレッド・ノーベルは感度が高くて衝撃や熱などで簡単に爆発してしまうニトログリセリンを珪藻土に吸収させて感度を下げて雷管で起爆しないと爆発しない比較的安全な爆薬であるダイナマイトを発明したのはそういう理由で、ダイナマイトを起爆する雷管も併せて発明している。


雷管で起爆しないと爆薬は起爆しないが、じゃあ雷管をどうやって起爆するのかという事になるが、爆薬は鈍感な爆薬だけでなく鋭敏な爆薬も存在していて主には起爆薬として雷管に使われている。

火気や熱や衝撃で爆発する鋭敏な爆薬(起爆薬)を少量起爆してその爆轟で起爆する感度の爆薬(伝爆薬)を起爆して爆轟を大きくするまでが雷管の役目で、雷管からの爆轟で本命の爆薬を起爆する。

ドミノ倒しで小さいドミノ牌を倒してそれより少し大きなドミノ牌を倒し、それが更に大きなドミノ牌を倒すというのを繰り返して巨大なドミノ牌を倒すみたいな感じかな。


ANFO爆薬は雷管の爆轟では起爆しないので雷管でダイナマイトなどを起爆して更に大きな爆轟にして起爆するのだが、この爆発しにくさは安全性にもつながるのでANFO爆薬が多用されている要因でもある。


産業用途だと爆薬と雷管は別管理していて爆薬を装薬して雷管をセットするのでアレだが、爆弾や砲弾などは雷管がついた状態が常態なので、雷管が意図せず起爆しないように安全装置を解除しないと雷管が起爆しないようにした信管が使われている。

不発弾処理で信管を取り外すのが一番危険度が高く重要な工程なのは、信管(雷管)さえ取り外してしまえば爆発する可能性が物凄く低くなり危険度が一気に下がるから。


銃弾の大きさだと安全装置などがついた信管は使えないが、衝撃で起爆する敏感な爆薬を雷管その物や薬莢などでガードしていて特定の場所にピンポイントで衝撃を与えないと起爆しないようにしている。


「………………可能不可能でいえば可能かな? やってみないとアレだけど」

「それができれば遠隔で機械操作で起爆できるか?」

「できるできないで言えばできる」

「発破で損耗する電線を些事に思えるぐらい銅を使えたらこんな迂遠なやり方しなくて済むんだけど」


銃用雷管起点で導爆線を起爆する伝爆薬を起爆できれば撃発で導爆線を起爆できるようになる筈。

それができるなら、多数の撃針を並べた撃鉄を退避所から遠隔操作で機械的に落として多数の雷管を同時起爆する方法なら同時性の確保はある程度できると思う。


「確かに。ただ課題が二点」

「伺いましょう」

「一つはペンスリットの製造難度」

「そうだな」


七世紀ごろから使われている黒色火薬と比べるのはアレだけど、導火線の芯薬の黒色火薬と比べて導爆線の芯薬のペンスリットの製造難度と使用する物質の入手難度と危険度は桁違いに高い。


「もう一つは導爆線による破壊」

「そっちは破砕のガイドにできないかと」


導爆線が爆轟を伝播する際に発生する爆轟波による切断能力は極めて高く、導爆線を密着させて起爆したら三ミリメートルぐらいの鋼鉄なら難なく切断してしまうので、導爆線は指向性爆薬として飛行機や建物などの解体に使われる事もあるし、軍用では扉を壊したり壁に穴を開けたりといった用途や地雷原や鉄条網を爆破処理する爆索などに用いられる事がある。

だから、発破する岩肌に導爆線を密着させて配線したらそこに切れ目が入るので切れ目に沿って割れやすくなる可能性が高い。


「何か面倒そう。遠隔の起爆器を退避所近辺に置くなら経路がズタボロになるから浮かす処理とかも要検討になる。それを嫌って発破地点付近ならどうやって起動させるかが……ん? そうか! 導火線と爆砕ボルトって手もあるか」


爆砕ボルトというのは分離ボルトとも呼ばれる物で、部品同士を繋げているボルトの中を中空にして爆薬を入れておき、起爆したらそこでボルトが破断して部品の固定が外れて分離するという仕組みの物。

あくまで現代基準の話ではあるが、単純な構造で安価でメンテナンスフリーであるにも関わらず、動作の信頼性が高く瞬間的に作動するので、脱出装置とかロケットの切り離しなどによく使われる。


導火線に点火して導火線が爆砕ボルトを起爆し、爆砕ボルトが破断して爆砕ボルトが止めていた部品が分離して撃鉄が落ちて、撃鉄で撃発された雷管が起爆して導爆線が起爆して……何かルーブ・ゴールドバーグ・マシン染みた感じだな。


「撃発装置と爆砕ボルトが大変そうだけど一度試してみたくなった」

「そうか」

「それと発破地点の近傍でやるなら導爆線じゃなく導火線でもいけるかも」


銃用雷管の信頼性は結構高い。

もちろん、銃弾の不発は起こり得るし、不発の時の対処法も習うが、そもそも撃っている数が数なので”そりゃぁ不発もあるよな”って感じ。

信頼性が高い分岐(?)ができるなら有り無しで言えば有りになるか。


「義教、話は変わるけど、手動スクリュードリルで石灰岩を穿孔するのはφ(ファイ)が小さければ可能?」

「“やってみないと”の部分はあるが、小径なら何とかなるかな? ただ、長くすると折れやすくなるから深く掘るのは……でも何でだ?」

「義弘に汚名返上の機会をと」

「ああ、あれは駄目だったからな。ガイドに開けるならφが小さくても問題ないし、削りカスを取り出せなくても問題ない。それに深くなくても構わないなら折れない程度の長さでもって事か」

「Exactly」

「やらせてみるか?」

「自分から言い出してきたらね」

「りょ」


義弘、強く生きろ

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― 新着の感想 ―
細かい話ですが、電線を伝わる速度は光速より何割か下がります。
発破ひとつとっても、現代の手法が使えない以上、導爆線?の燃焼速度からなにからなにまですべてアナログなはずなのに、アナログに感じられないという……。 義弘君だけでなく強く生きてください。というか、精神的…
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