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文明の濫觴  作者: 烏木
第12章 北へ
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第21話 試験発破

石灰窯は耐火煉瓦や断熱煉瓦の製造があるからまだまだかかるが、ユラブチ集落群への(うけ)の配布は完了したし、火薬庫はプレハブ工法のスプラウト栽培小屋の部材を使って建てた。

しかし、試験発破に関しては発破孔の穿孔手段の問題で二箇月後の夏の盛りになった。


義弘が最初に持ち込んだ穿孔ドリルは、直径六センチメートルでスクリュー部分の長さが三〇センチメートルぐらいあり、そこからは直径三センチメートルの鉄棒の柄で、必要に応じて継いで長さを調整できるようになっていた。


個人的な感想は『使えないけど、かなり検討された物』だった。

なぜ使えないかというと、削りカスの排出が考えられていなかったというのもあるが、人力はこの大きさで石灰岩相手だと回転力と押付力と保持力が足りないから。


穿孔するという事は基本的にはそこにある物質を外に取り出すという事でもある。

ドリルで木に穴を開けているときにドリルが入っている場所の周りに木粉が出てくるのは、ドリルの先端の刃で削った木屑が螺旋状の溝によって運ばれて排出されているから。


ドリルの溝はアルキメディアン・スクリュー(アルキメデスの螺旋)と呼ばれる物と同じ構造なので、回転させるとポンプのように削りカスを運べる。

ただ、運べるのは溝があるスクリュー部分のところまでなので、そこを超えて穿孔しようとすると削りカスが側面に詰まっていき、抵抗が増して、いずれ回転させる事も抜き差しする事も困難になってしまう。

だから、普通は穿孔する深さ以上の長さのスクリュー部分を備えているドリルビットを使う。


二メートルの孔をあけるのだからスクリュー部分の長さは二メートル以上にしないと排出できなくなるが、それをやるとドリルの重さは下手すると五〇キログラムを超えてしまう。

機械に取り付けてやるならいけるというか現代の穿孔機にそういう物は存在するが、運搬も設置も穿孔作業も全て人力では厳しいと言わざるを得ない。


だから義弘はスクリュー部分を三〇センチメートルに抑えて残りは小径の柄にして必要に応じて継げるように軽量化や操作性の向上の工夫を凝らしていた。

これでも全部合わせると最終的な総重量は二〇キログラム程度にはなるが、取り回しや運搬を考えてもこれぐらいなら許容範囲内だと思う。

つまり、義弘は実用の許容範囲内で可能な限りスクリュー部分を確保したという事であり、よく考えたと感心する。

だけど、これだと仮に穿孔できたとしても穿孔できるのは三〇センチメートルまでで、無理すれば六〇センチメートルあたりまでは何とかなるかもしれないが、それ以上はおそらく無理だろうし二メートル近くまでは絶望的。


それに、幾ら岩石の中では比較的柔らかい石灰岩とはいえ、素人が普通の彫刻刀で如何様にもガリガリ削れる石膏とは異なり、削るには相応の力が必要になる。

そんな簡単に削れるなら大理石(結晶質石灰岩)の床はハイヒールの(かかと)で穴だらけになる。


だから、ドリルの刃が食い込まず空回りするだけか、刃が引っかかってもドリル自体が動いて全く削れないか、()し切るのって滅茶苦茶力がいるから削れるだけの力を伝えられず全く回転させられないかの何れかになる。

動力付きのドリルでも下手するとドリルが回転するのではなく動力部の方が回転してしまうので、動力部が回転せずにドリルが回転するように保持する力が必要だしドリルの回転軸がぶれるとドリルが折れてしまうので生半可な保持力だと話にならない。


地面などを穿孔する方法は幾つかあるが、基本的には打撃を与えて破砕するパーカッション式と回転力による摩擦などで切削するロータリー式に大別する事ができる。

他にも岩盤やコンクリートなどの硬質な物には使えないが、土などの粉体の集合だと圧入といって圧力をかけることで潜り込ます方法もあるにはあるが、そのまま食い込ますならパーカッション式の一種ともとれるし、回転させながら圧力をかけるならロータリー式の一種ともとれる。

基本的には粉砕するか切削するかして中の物を取り出せるようにするのは変わらないが、組み合わせて使う事の方が多いかな?

実際は穿孔する対象とか周りの環境とか孔の深さとか取り出す物の状態などに応じて適した方法を採る。


個人的には今回の発破孔の穿孔は鉄棒式の作井(さくせい)方法(これの発展型が上総掘り)のようなパーカッション式一択。

ロータリー式の方が孔は比較的綺麗な円筒形になるけど、穿孔スピードはパーカッション式に軍配が上がるし、石灰岩の発破孔をあける穿孔作業にスクリュードリルが使われだしたのはベンチカット法で重機の穿孔機が使われだしてから。


それ以前はパーカッション式が古来から使用されてきたのはパーカッション式じゃないと無理だったから。

それに下方向に穿孔するならロータリー式はドリルの自重も圧しつける力になるが、水平方向や上方だとそうもいかないというかドリルの自重が切削面から離れる方向に働くので機械力でもなければ厳しい方法だが、パーカッション式なら押し当ててから叩く力で済むので機械力が使えなかった時代はパーカッション式が唯一解とも言える。


そう。二箇月というのは義弘がロータリー式が役に立たない事を実感してパーカッション式の巨大な(のみ)に作り替える期間だったと言える。


佐智恵は忠告はしたそうだが、既存の小径の岩石用スクリュードリルの巨大化を志向したのは義弘で、これはもう失敗させた方が良いと思ったらしい。

佐智恵にしては珍しい教育者的な動きだな。

それとも“言っても聴かないなら無視”の延長線上か?


■■■


第一回の試験発破に必要な発破孔の穿孔が終わったので、今日は朝から発破の準備をしている。


発破孔に粒状のANFO爆薬を流しいれて、その上に伝爆薬のダイナマイトを設置して、導火線を取り出して石と粘土で栓をして、最後は(むしろ)を被せる。


発破孔に栓をしていないと爆発のエネルギーが発破孔の口から逃げてしまう。

栓をしておかないと特撮の爆発シーンのように爆炎や爆煙や飛散物が発破孔から噴き出してくるので、見栄えは良いかもしれないけどその分だけ破砕に使われるエネルギーが少なくなる。


栓をしていなくても入口から奥に向かって爆轟が伝播するときの圧力が多少なりとも密閉するような働きをするので全く破砕できないわけではないが、栓をして密閉した方が破砕に使用されるエネルギーが増える。

現代では硬化時に膨張する配合の速乾コンクリートの袋を水に浸して発破孔に詰めて硬化させて密閉することもある。

そうやっておけば膨張圧で発破孔の壁面に食い込むため、石や粘土を詰めるのとは比較にならないぐらい破砕に使われるエネルギーを増大させることができる。


筵を被せるのは飛石対策。

筵ごときで爆発で吹き飛ぶ石を完全に止められるわけはないが、空気抵抗が激増するので飛石の到達距離を短くする効果がある。


五つの発破孔の装薬が終わると佐智恵と義佐がダイナマイトの雷管に繋がっている導火線の取り回しをしている。

この導火線を二〇〇メートルほど離れた退避所の近辺まで配線しないといけない。



「これより第一回試験発破を行う。義弘、サイレン鳴らせ」

「セルヴァ」


義弘が鳴らす手回しサイレンの音が響き渡る。

一分ほど鳴らしたところで佐智恵からサイレンを止めるよう指示を受けた義弘が退避所に戻ってくる。


義佐(スケくん)、行くよ。義弘、ベル鳴らせ」


義弘が警報ベルのスイッチを入れると火災報知器のベル音のようなジリリリリリという音が響き渡る。

原理的に火災報知器のベルと同じ構造のベルだから似たベル音が響くのは当たり前だけど。


そして佐智恵と義佐が外に出て導火線に火を付ける。


発破と言ったら直方体の箱から飛び出しているT字型のバーを押し込む絵面を思い浮かべる人もいるだろうが、あれはダイナマイト・プランジャーという名称の起爆装置で、T字型のバーを押し込む力で発電して、バーの先端が底面と接触したら通電を開始して、その電気が導線を通じてダイナマイトなどの電気雷管に伝わって起爆させるという物。

現状ではそもそもの電気雷管がないからダイナマイト・プランジャーを使う事はないけど。


電気雷管を含めた起爆装置が安全性・信頼性・機能性を高めて高度化した現代では、ダイナマイト・プランジャーの発電力では電力不足になるし、人力操作では時間精度の問題で話にならないので、現代の実用の発破などでダイナマイト・プランジャーが使われる事はないが、それでもダイナマイト・プランジャーが『起爆装置のアイコン』であるのは間違いない。

だからか、フィクションなどでダイナマイト・プランジャーのT字型のバーを押し込んで爆薬を起爆するシーンは幾らでもあるし、花火大会などで演出としてダイナマイト・プランジャーを模した小道具のT字型のバーを押し込むセレモニー(花火の起爆自体は電子制御の発破器で行う)を執り行うこともある。


導火線に点火した二人は退避所にダッシュで戻ってくる。


サイレンは『発破をかけるから至急退避せよ』という合図で、ベルは『発破をかけたから爆発に備えよ』という合図らしい。

ちなみにサイレンは手回しだがベルは電動。

サイレンを電動にするには電気モーターがいるし回転速度で音が変わるので回転数の制御も必要になるから現状では結構面倒なのだが、ベルの場合は音は(ハンマー)(ベル)を叩いて起きるのでベルで音が決まるしハンマーは電磁石と発条(はつじょう・ばね)で動かせばよいから構造が非常に単純で、物さえあれば小学生でも作れる代物だし、使う電力も乾電池でも十分なぐらいで高が知れているので、警報ベルは電動にしている。


退避所に戻ってきた佐智恵が双眼鏡を覗き込み導火線の発煙を注視している。

導火線は煙を出すようにもあまり出さないようにも作ることができるが、今回使った導火線は煙を出すタイプだな。


五つの導火線が発する白煙を目で追っていると突如色違いの爆煙が見えた。

まるで戦隊モノのヒーローの登場シーンのようだ。

おそらくは爆発で色違いの粉体を吹き飛ばしたのだろう。

確か特撮でお馴染みの灰色っぽい爆煙は火薬でポルトランドセメント(セメント袋に入っている粉末)を吹き飛ばしていたはず。


「到達確認!」


岩塊が崩れ落ちて褐色の爆炎が見えたと思ったらドーンという轟音が響く。

轟音と地面を伝わった爆発の振動と落石の振動で少し揺れるがたいした事はない。


轟音は鴨庄まで届いていると思うけど、予め言っていたからパニックにはなっていないと思う。


轟音はこだまして三度ほど響いてきた。

警報ベルも鳴り響いているが、徐々に爆煙や粉塵が治まっていき、発破地点がある程度見えるようになる。


「全発破孔の起爆確認」


警報ベルが止められて辺りに静けさが戻ってくる。

不発があったら危険だから鳴らし続けていたが全部起爆したのを確認できたので警報が解除されたということ。


「詳しくは調査してからだけど、一回目としては上々と思う。調査は明日行う。皆、お疲れ様」


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― 新着の感想 ―
たかが穿孔。でもその「たかが」にも現代の工具類が使えないから、知識を元に創意工夫が必要なんですよね。 発破するのも計算が必要ですが、その前準備も大変だ。
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