第20話 採掘方針
「佐智恵、どんな塩梅だ?」
「透かし掘りは駄目だとしてベンチカットにするか傾斜面採掘にするかが悩ましい」
露天掘りの採掘方法は主に『透かし掘り法(下抜堀法)』『傾斜面採掘法』『階段採掘法(ベンチカット法)』の三つになるが、現代の露天掘りは基本的には『ベンチカット法』が採用されている。
一番歴史が古い採掘方法は『透かし掘り法』で、搬出場所に近いところを掘って、下が空洞になった上を崩して、更に上を……と採掘していく。
搬出場所に近いところに次々と落としていくから搬出効率もよいのだが、空洞の上が崩落することも多く、現代では原則として禁止されている。
そこで、崩落しないように空洞を作らずに斜面を削るように改良された工法が『傾斜面採掘法』
採掘物を傾斜面から直接搬出するのは安全面含めて色々と無理があるので、採掘物を傾斜面に落とす事が多くなる。
採掘物を傾斜面に落として下で回収する方法をオープンシュートと呼ぶのだが、色々と課題があるので普通は必要最小限に留める。
ある意味では人工の崖崩れを起こすわけだから、採掘物の大きさによっては振動も凄い事になるし、粉塵も舞い上がるので通常は散水しながら行ったりする。
また、落下させた物が飛散したり逸脱したりしないように対策をしておく必要もある。
そこで、先にすり鉢状の地形を造っておき、すり鉢状の地形の底にグローリーホールとも呼ばれる立坑(垂直方向の孔)を設けて、立坑の底から搬出するトンネルを造るという解決法が考案された。
これが『グローリーホール法』と呼ばれる物。
グローリーホール法は傾斜面採掘法の一形態で傾斜面採掘法で採掘した物を効率よく集めて積み込む方法と言える。
この時に立坑の下にコンベアやトロッコやトラックを配置しておけば積み込みまでできる。
平地の少ない山岳地では有効な露天掘りでの採掘法だったので、日本では石灰岩鉱山などで多用されたが、搬出用トンネルや立坑を建造する費用がかかるのと、表土などが鉱石と混合しやすいといった欠点がある。
これらの欠点を補うには採掘した場所で選鉱して積み込めばいいのだが、傾斜面採掘法の採掘場所は当然ながら傾斜面だから積載や搬出の機械化がとても難しい。
そこで、掘削した面に水平な場所を造って断面が階段状になるようにすれば搬出の機械化ができるし選鉱して積み込みもできると考えられたのが『ベンチカット法(階段採掘法)』
切り出された水平な部分がベンチのようなのでベンチカットと呼ばれる。
この方法は相応の運搬能力と運搬機器への積載能力、それと掘削面を水平に均す整地能力が必要になるが、現代なら機械化できるので露天掘りは基本的にはベンチカット法が採用されている。
保安面も他の方法に比べて格段に良いので行政も推奨しており、日本の石灰岩採掘においては昭和五〇年代にはほぼ全てがベンチカット法が採用されている。
あと、ベンチカット法なら埋蔵資源を最大限採掘できるというのも大きい。
だからここで石灰岩を採掘するにしても、積載する重機と運搬機器があればベンチカット法一択なんだけど、それは無い物強請りというもの。
「重機が無いんだからベンチカット法は厳しかろう」
「それはそう。搬出を考えると難しい。グローリーホールも論外」
「じゃあオープンシュートの傾斜面採掘一択だな」
「ただ傾斜面採掘法は採掘作業難度が高い」
斜面で穿孔したり装薬するのは確かに危ない部分はある。
場合によっては命綱を着けての高所作業的な動きになる。
「……そうなると作業箇所近辺だけ平らにした限りなく傾斜面採掘法に近いなんちゃってベンチカット法かな?」
「ベンチ幅は狭くしておかないと(上から押し落とした採掘物が)引っ掛かる。でもベンチ幅が狭いと一回あたりの採掘量が少なくなる」
「後の処理能力との兼ね合いがあるからそれは問題にはならないんじゃ?」
「…………余地なしか」
「個人的には傾斜面採掘でも良いと思うが」
「そうなると場合によっては斜めや水平に穿孔・装薬しないといけないのと発破量の調整が面倒だし作業難度が高くなる」
「そう言えば水平方向への装薬はどう考えている?」
垂直に近い発破孔なら粒状のANFO爆薬を流し込む事が多いが、隧道工事などの水平方向に発破孔を開ける場合はANFO爆薬が詰まった円筒状の物(その状態の物も売っているし、自分達で詰めている例もある)を突っ込む事が多い。
「一応セルロイド製の筒は用意してある。ただ、私の目が届かない場所で恒常的には使わせたくはない」
「確かにセルロイドは不安はあるな」
「でしょ?」
セルロイドの主要な原料はニトロセルロースと樟脳なので、現状で作れる合成樹脂ではあるし、加工についても摂氏九〇度程度で軟化して成形可能なので使える合成樹脂ではある。
しかし、セルロイドは光などによって劣化しやすく、易燃性で僅かな火気で激しく燃焼するし、場合によっては自己反応による自然発火もあり得る。
実際にそういう災害も起きているので、消防法で第五類(自己反応性物質)の危険物に指定されている。
耐久性に劣り危険物でもあるセルロイドは現代では代替となる合成樹脂が開発されたこともあってほぼ生産されなくなった。
セルロイド人形とか眼鏡フレーム(ロイド眼鏡はセルロイド製ということと喜劇役者のハロルド・ロイドが役中にかけていたのが由来)とかピンポン玉とか万年筆の筒などに使われていたのでそうそう発火するわけではないけど、火災時の延焼につながったりもするから代替が利くなら代替するって事が多い。
そういった危険物なので目の届く範囲でしか使用させたくないという気持ちはよく分かる。
「何で紙製にしなかった?」
「面白くない」
「おい!」
「水平方向だとどうしても上が破砕できずに透かし掘りになってしまう危険があるから原則垂直方向と考えている。つまり水平装薬は現時点では実用ではない。実用でない物なのだから趣味に走ってなぜ悪いか」
……こいつ開き直りやがった。
「冗談はさておき、セルロイドは単に銃弾用の無煙火薬と伝爆薬のダイナマイトに使った余りのニトロセルロースの処分に作っただけ。本番で必要なら紙製で作る」
「……じゃあ冗談だとしておく。話を採掘方法に戻すか」
「りょ。ここの地形図ある?」
「これで良いか?」
石灰窯築炉地検討用とは別の採掘検討用の地形図を渡す。
「キートス……確か、ここらまでは表土が少ないから採掘できる」
「そこから採れるなら、現状だと埋蔵量に不安はないレベルだな」
「昭和以降なら見向きもされない埋蔵量だけど、今の私達からすれば十分」
「同歩」
「下から段々にやっていく方が良い気がしてきた」
「まあ、あの高さから何の対策もなしにオープンシュートしたら『安全地帯何処?』ってなるな」
「先にここを採掘して次に採掘したところに落とすように削っていけば」
佐智恵が地形図に指を這わせながら説明する内容を行った際の地形の変化を脳内でシミュレーションする。
最初に採掘した場所から扇状に採掘していく事で採掘面をすり鉢状に整える事になるな。
これならオープンシュートでもすり鉢状の底に落ちてくるので落下範囲は局限できる。
グローリーホール法の亜流のような感じになるのか……うん。いけるな。
「傾斜角に気を付けるのと粉塵が酷いことになるから防塵対策をしていればたぶんいける」




