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文明の濫觴  作者: 烏木
第12章 北へ
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第19話 石灰窯の形状検討

「お待たせしました」

「お疲れ。さっそくだが、これ見て」


鶴郎くんが司くんと輝政くんを連れてきたので、三人にどこに石灰窯を建てれば良いと思うかを問う。

ちなみに美恵さんは石灰窯の素案作りに勤しんでいる。


「燃料の搬入と消石灰の搬出、それと消化(生石灰に水を加えて消石灰にする事)を考えたら川に近い方が良いと思う」

「校長先生、生石灰は結構危ないんだよね?」

「そうだぞ。生石灰を取り扱うときは防塵マスク、防護メガネ、革手袋は必須な。あと肌は露出させないように」


厚労省の安全データシートで生石灰(酸化カルシウム)は『皮膚刺激・重篤な眼の損傷・呼吸器の障害・長期にわたる、又は反復ばく露による呼吸器の障害』がある危険有害性がある物質に挙げられている。


同シートで取り扱いにおける安全対策として『粉じん/煙/ガス/ミスト/蒸気/スプレーを吸入しないこと』『取扱後はよく手を洗うこと』『この製品を使用するときに、飲食又は喫煙をしないこと』『保護手袋/保護衣/保護眼鏡/保護面を着用すること』とある。


「ですよね。なので保護面と防護服の用意は親父と春馬小父さんがやってます」

「さすがだな」

「カク兄さん……」

「つかっちゃん、それは後の話にしよう」


消化して消石灰(水酸化カルシウム)になっても強アルカリ性の物質なのは変わらないので厚労省の安全データシートで『皮膚刺激・重篤な眼の損傷・呼吸器の障害』がある危険有害性がある物質になっており、安全対策も生石灰と同じ文言が記載されている。


強アルカリ性の怖いところは、ゆっくりではあるが皮膚を溶かすのだが、その際にほとんど()()()()()()()という点。

粘膜でなく皮膚だったら接触が短時間でその後は直ぐに洗い流すなどするなら大きな問題はないが、長時間接触したままにすると薬傷のリスクがある。


匠や俺にとってはセメントが強アルカリ性の代表だった。

ちなみに洗い流す時にアルカリ性の普通石鹸では落ちにくいので薄めたクエン酸や酢酸で洗い流すのがライフハックだったりする。


水酸化カルシウムは目に入ると最悪失明もあり得る危険有害性がある物質ではあるが、水と反応して周りの可燃物を発火させるほどの高温になることもあり得る酸化カルシウムほどの反応性は無いので極端に危険な物質ではない。


だからか、昔はグラウンドのライン引きに水酸化カルシウム(消石灰)(現代日本では炭酸カルシウムに変更されている)が使われていたし、現代でもホタテ貝などの貝殻や鶏卵などの卵殻(いずれも主成分は炭酸カルシウム)を焼成して粉末状にした物がカルシウム源とか言って『○○パウダー』などの名称でしれっと市販されていたりもする。


貝殻や卵殻を焼成しただけだと酸化カルシウム(生石灰)なので、さすがに消化して水酸化カルシウム(消石灰)にしているとは思うけど、これらを水に混ぜて放置すると表面で空気中の二酸化炭素と反応して難溶性の炭酸カルシウムになって表面が白濁する。

石灰水と二酸化炭素の反応は小学校の理科で習うと思うけど、それが起きるって事。

それを利用して悪いことを考える奴はいるけどね。


「ノリちゃん先生」

「ん? 何だ? 輝政くん」

「消化するとき結構な熱がでるんですよね?」

「そうだぞ。場合によっては可燃物が発火するぐらい発熱する」


生石灰は水濡れすると高温になって周りの可燃物を発火させるおそれがあるので、かつては消防法の危険物に指定されていた。

紐を引っ張ると暖まる弁当(加熱式弁当)などの簡易加熱のほとんどは加熱部に生石灰が入っていて紐を引っ張ると水が入っていた袋が破れて消化反応を起こしてその反応熱で暖めている。


「その熱でお湯を沸かしたり次に煆焼する空気を暖めるとかして有効活用できないかと」

「ほう……良い考えだとは思う。そこらも計算に入れて設計してみるか?」


現代日本で熱エネルギーの貯蔵(蓄熱)に化学反応を使う方法が試みられていて、その中に石灰を使ったものもある。


どういう物かというと、水酸化カルシウム(消石灰)は摂氏四〇〇度ぐらいになると熱分解(脱水反応)して酸化カルシウムと水になるが、これは吸熱反応といって周りの熱を取り込んで熱分解が進む。


そして酸化カルシウムに水を反応させると発熱反応である消化反応が起こって熱を放出しながら水酸化カルシウムになる。


だから『除熱したいところに水酸化カルシウムを置いて吸熱反応の脱水反応を行い酸化カルシウムと水に分解する【水酸化カルシウム+熱 → 酸化カルシウム+水】』ことで熱エネルギーを取り込み『加熱したいところに酸化カルシウムを置いてそこに水を加えて発熱反応の消化反応で水酸化カルシウムにする【酸化カルシウム+水 → 水酸化カルシウム+熱】』という事をすれば『除熱したいところで蓄熱して加熱したいところで放熱する事ができる』というもの。


この方法は物質の出入りが無い(あっても水)ので理論上は何度でも再利用できるはずだが、酸化カルシウムの除湿剤が水分を吸収したらパンパンに膨らむことで分かるとは思うが、同じ分子数の酸化カルシウムと水酸化カルシウムは体積が全然違う(単純計算だと水酸化カルシウムになると酸化カルシウムの約二.七倍の体積になる)ため、どうやって保持するのかなどの課題があるらしく産業に耐え得る回数の再利用が可能な蓄熱装置の開発は難航しているらしい。(※)


水酸化カルシウムになるときの膨張力が如何程の物かというのは、爆薬などの瞬間的な力ではなく数時間から数日といった時間を掛けて膨張する力でコンクリートや岩石などの硬質な対象物を破砕する静的破砕という手法があるが、この静的破砕に用いる薬剤の主剤にはほぼ酸化カルシウムが使われているという事から察して欲しい。


まあ、石灰の再利用を考えないのであればやろう思えば幾らでも方法はある。


「うん。やってみたい」

「カクさん、助言頼める?」

「セルヴァ」


■■■


「みんな揃っていたのね。じゃあちょっと見てもらいたい物があるのよ」


そう言って美恵さんが幾つかの石灰窯の素案が描かれた紙を見せる。


自然吸気型(燃焼に必要な空気の供給を無動力で行うもの)と強制吸気型(送風機などで強制的に空気を供給するもの)

窯内の高さが低い(二メートル)、中間(五メートル)、高い(八メートル)の三タイプ

形状が円筒に近い、中間がやや膨れている、大きく膨れているの三タイプ


この組み合わせで合計十八種類……頑張りすぎだろ。


底がすり鉢状で真ん中に穴が空いているのは共通している。

それと強制吸気の送風源は未定になっている。


「私の計算だと燃焼効率()()を考えたら背が高くて中間がやや太いになる」

「背の低いのは作業性は高いだろうけど生産性は低そう」


輝政くんが言うように作業性は高いが生産性は悪い。

『作業が比較的楽に安全にできる』と『生産性が高い』は多くの場合は一致するのだが、必ずしも一致するわけではない。


「うん。私もそう思うけど、石灰岩の採掘・加工・運搬が少量に留まるならアリかもしれない」

「成る程」

「あと、職業訓練とかにも使える」

「そっか……取り敢えずこれで様子見して拡大が必要になったら大型化を検討ってのはアリ? ナシ?」

「確かに大物造って使えなかったら目も当てられないからアリだな」


美恵さんと鶴郎くんがチラッとこっちを見たので(うなず)いておく。


「じゃあ、初号窯(しょごうよう)はコンパクトタイプを検討の軸でどうだ? つかっちゃん」

「セルヴァ」

「窯の全高は四メートルぐらいだから採掘・粉砕場から四メートル以上低い位置が良いと思うよ」

「四メートル?」

「底に取り出し口があるんだから人が作業できる高さはいるよ?」

「……確かに。言われたら。で、何で四メートル以上低い……あっ、上から入れるからか」

「自己解決してくれてありがとう。平地に造ってスロープで上げるって手もあるにはあるよ」

「うーん」

「高さが違う窯は同じ所には建てられないんだから複雑に考えなくていいぞ」


うん。美恵さんと鶴郎くんに任せて大丈夫みたいだな。


「採掘方法の方も見ないといけないから後は頼むな」

「セルヴァ」



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(※)

石灰を使った蓄熱装置は千回以上の再利用が可能な物をトヨタグループが開発して2019年(主人公たちが拉致された三年後)に同グループの愛知製鋼刈谷工場で実証実験を行い成功しています。


ステンレス鋼の加熱炉の廃熱を石灰に蓄積(消石灰→生石灰)させて、ボイラーの加熱の補助に石灰(生石灰→消石灰)を用いることでボイラーで燃焼させる燃料(LPG)の削減ができ、二酸化炭素の排出量の82%とコストの75%の削減が期待されています。


蓄熱容量(重量もしくは容積あたりの蓄積可能なエネルギー量)がまだまだ低い(実証実験で使用した物の400倍まで上げたいとか)など実用化までは色々とあるようですが、早ければ2030年代には実用化されているかもしれません。

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― 新着の感想 ―
生石灰の危険性は、とある小説で『生石灰の入った袋に水を垂らして時限発火装置を作って、それによって殺人を犯す』というトリックで知りました。 アルカリ性の危険性ってけっこう知られてないんですよね。酸性の危…
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