第14話 採掘方法
戸平峠で石灰岩の露頭(地上に露出している事)を見つけたとの速報が入った。
白石さんに付き添ってもらって彼女の記憶にあった廃坑跡の付近にあったらしいが、何十年も前にちらりと見ただけの筈なのに凄い記憶力だな。
資源は見つけたから次は原始埋蔵量と可採埋蔵量を調査する事になるが、露頭部分だけでも二〇トンはありそうとの事なので石灰窯を設置するのは悪くはない。
ただ、これだけの岩塊・岩盤となるとどうやって採掘するかだ。
美浦のロウ石は手掘りで進めたが、これはロウ石が物凄く柔らかいのと、最終的に粉末状にして使用するから現場でガリガリ削って削りカスごと運べばよかったからだが、石灰はある程度の大きさがないと煆焼中に零れ落ちるから削れば良いとはならない。
粉末状であっても炭カル肥料として土壌のpH調整剤やカルシウム源にできるので削りカスは集めるが。
正直に言えば発破するのが一番手っ取り早い。
手でチマチマ掘削して一日でどれだけの量を採掘できるかを考えると、下手すると石灰窯を構えずに石灰石を美浦に輸出して美浦の石灰窯で生産した方が良いぐらいの量しか採れない可能性もある。
発破して切り出した岩塊を叩いて砕くほうが断然効率が良いから石灰窯を操業し続ける量を採掘できる可能性がある。
発破が可能かどうかだが、可能だと思っている。
石灰岩のモース硬度は三だから鋼鉄製(モース硬度五から八程度)の鑿とか手動ドリルとかを使えば発破孔は開けられる。
そこに硝酸アンモニウムと油脂を混ぜた硝安油剤爆薬をぶっ込んで少量のダイナマイトを伝爆薬にしてやれば発破はできる筈。
発破薬がANFO爆薬なのは、硝安の方がニトログリセリンをニトロセルロースや珪藻土に染み込ませたダイナマイトよりも製造コストと安全性に優れるから。
肥料としてなら硝安は高価な部類なんだけど爆薬としてみたら非常に安価。
あっ……愉悦の表情を浮かべる佐智恵を幻視した。
ANFO爆薬はこっちに拉致られた当初から言っていたからなぁ。
石灰窯の設計とか爆薬諸々は鴨庄開拓組には荷が重いと思うので、義佐カクさんコンビにしてもらった方がいいかな?
爆薬の取り扱いを義佐が、石灰窯を鶴郎くんが担うのは有り無しで言えば有りっちゃ有り。
念のために開拓組に確認を取った上での話だが、スケさんカクさんの派遣を要請しよう。
いや、待て待て。
そこらをどこまで司くんや輝政くんが考慮しているかを確認してからだな。
でも発破するなら爆薬はいるから佐智恵と義佐に打診はしておこう。
開拓組が採掘に必要な道具をどこまで考えているか。
発破するとしたら、発破孔を開ける鑿とかドリルなどがいるし、発破孔は手掘りであっても二メートルぐらい穿孔しないと発破にならないから二メートルぐらい穿孔できるよう継ぎ足せる特製の物を用意しないといけない。
発破しないなら鑿と玄能(大きな金槌みたいなもの)とセリ矢とか楔あたりだろうが、手作業でチマチマ掘削して一日の操業に必要な石灰石を一日で採掘できるのかは疑問があるし、安全性についても心許ない。
現代日本では民家に近い採掘所だと騒音とか安全対策とか色々あって発破を止めた所もあるが、油圧ブレーカーとかで掘削・切り出ししたらいいから必ずしも発破に拘らなくてもいいけど、人里離れた場所の採掘所だと発破を使っている所もある。
発破したら大きな岩塊を玄能で割るのだが、割岩機ではなく人力だと一〇キログラムはある大玄能と二キログラムぐらいの小玄能がいる。
岩塊を大雑把に割るには大玄能ぐらいの重量がないと辛いが、大玄能で割った岩を持ち運びできる大きさの石に割るには大玄能では辛いから小玄能もいる。
あと、石灰石を運ぶ道具も工夫しておいた方が良い。
運搬用の道具(例えば篭)を規格を揃えた物にして、石灰窯に一日に何杯の石灰石を入れるかを定めておけば、一日に必要な石灰石の量が分かり易く、今日はどれだけ小割りすればいいのか一目瞭然になる。
それらを踏まえて、道具の種類と個数を見積もって準備しておくのも必要で、それらの道具を作る資源にも目を配る必要がある。
資源と言えば、個人的な危惧として鉄資源がある。
美浦の鉄資源としては黒浜の砂鉄があるが、俺らが細々と製鉄・製鋼する程度なら玄孫世代ぐらいなら余裕で持つが、本格的に利用し出すと枯渇しかねない。
あと、現状では津波堆積物と火山灰を比重選鉱して取り除かないといけないのも加わる。
日本列島は砂鉄こそ遍在(遍く存在)していてたいていの砂浜だったら多少は採れるし砂鉄が多い砂浜なら一人で一日に数十キログラムぐらい採れる事もあるが、高炉などで製鉄に使用される鉄鉱石には恵まれていない。
あと、錫にも恵まれておらず、銅と錫の合金である青銅も国内資源では結構厳しかったりする。
日本の鉄の歴史をみても、当初(縄文時代から弥生時代あたり?)は鉄その物の輸入で、その後は大陸から鉄鉱石を輸入して製鉄、輸入品の鉄鉱石に国内で採取した砂鉄を加えて製鉄、砂鉄で製鉄、と変遷していき、近代以降は輸入した鉄鉱石で製鉄に戻る、という流れだった。
江戸時代は『砂鉄で製鉄』の時代で、主に山陰地方で花崗岩風化物や花崗岩を砕いた物を鉄穴流し(比重選鉱)して砂鉄を掻き集めていた。
鉄鉱石は品質にもよるが四割ぐらいは鉄分があるのだが、鉄穴流しでは流した量の五パーセントでも砂鉄(なお砂鉄の鉄分は五割も無い)が採れれば望外という物凄い非効率な資源採取方法だった。
日本史の授業ではほぼ触れられないが、宋書の倭国伝(いわゆる『倭の五王』が載っている)に『高句麗との戦争を支援して欲しい』といった内容の倭王武の上奏文が載っている。
真偽は分からないが任那日本府など半島南部の一部は日本の影響下にあった可能性があり、古墳時代から飛鳥時代ごろに高句麗や新羅と戦争をしていたと思われる。
これを(倭王武の上奏文に海北という文言があることから)海北戦争と呼ぶ人もいるが、この海北戦争の原因の一つが鉄鉱石という説がある。
国内に有望な鉄鉱山がほとんど無いから半島で鉄鉱石を得ようとしていたという説だった覚えがある。
大陸や半島に鉄鉱石はあっても日本列島にはそれほどない。
日清戦争の賠償金で北九州に造った八幡製鉄所は炭鉱が近くにあるのもそうだが、大陸からの鉄鉱石の輸入に都合が良かったというのもあると思う。
単に炭鉱だけの話なら別に北海道でも良かったわけだし。
鉄はインフラをはじめとした生活全般に関わってくるが、その資源が砂鉄頼みだと心配なんで、将来(百年後・千年後)のために如何すべきかな。
八幡製鉄所の火入れ式で伊藤博文が『鉄は国家なり』と述べたように鉄の生産量は国力そのものでもあるんだよな。
『鉄は国家なり』は鉄血宰相ビスマルクの言葉と言われることもあるが、その異名のもととなった鉄血演説は『鉄と血によってのみ解決される(戦争でのみ問題解決がはかられる)』であり、『国家は軍事力が必要不可欠である』という富国強兵・対外強硬政策の演説と思っている。
伊藤博文は鉄血演説を下敷きにしていたかもしれないけど。
早めに大陸に行って鉄鉱石を掘り尽くして国内に送って“あと十年は戦える”と……無いな、死亡フラグだ。
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「義教、ちょっと試験発破してくる」
「何を言っているんだ?」
佐智恵が美恵さん、鶴郎くん、義佐、義弘を引き連れてやってきた。
佐智恵と義佐に『石灰岩を発破する爆薬って準備可能か?』と打診したら試験発破をするために来たということらしい。
いつ作っていたかは分からないが、ANFOや起爆装置はもちろんのこと、穿孔用のドリルや大小の玄能にまで持ってきていて、採掘に何が必要かを考えさせる前に答が用意されているという俺からすると予定がダダ崩れで何とも言えない状況になっている。
何れは来るとは思っていたけどレスポンスが早過ぎる。
それと想定外のメンバーもいる。
佐智恵がくるのは想定通りだし鶴郎くんと義佐は元々呼ぶ積もりだったからアレだけど、美恵さんと義弘は想定していなかった。
「試さないと分からないこともある」
「それはそう」
「だから試す。ああ、ヒデくんにはちゃんと現地でお話しするから安心して」
「これっぽっちも安心できねぇよ」
義秀が折れるまで延々と要求を述べ続けるのを話し合いとは言えない。
「まあ、それは一先ず置いておいて。美恵さんが出張って珍しいねぇ」
「じいじが“石灰窯の設計をやってみろ”って」
「スパルタだねぇ」
「火山灰配合煉瓦のコロワケ(ロウ石産地で耐火煉瓦の製造もしている)への伝授も終わったから気分転換って思ってるよ」
「乙でした」
石灰窯は俺は監修すればいいから鶴郎くんで大丈夫かと思っていたけど、やってくれるならそれもあり。
陶芸家の剛史さんの後継だから窯炉の設計製造ができるようになれってことか。
彼女が自分の父親の剛史さんを“じいじ”と呼んだのは彼女の子供からみた続柄が祖父だから。
ここらは日本人らしいねぇ。
日本人は一番の年少者から見たときの呼称を使う事が多いんだよね。
「佐智恵、何で義弘がいるんだ?」
「製造物には責任を持たないといけない」
「一般論としてはそういう面が無いとは言わない」
「掘削ドリルは義弘が作った。使ってみて改良点が見つかることもよくある話」
「それについては異論はない」
「義弘にはいい機会」
息子たちは全員名前の頭に『義』の字がつくので、義智はトモ、義佐はスケ、義悠はヒサ、義秀はヒデと言った感じで下の字の読みで呼ぶのだが、佐智恵だけは義弘をヒロとは呼ばず義弘と呼ぶ。
これは名前の元ネタ(鎌倉時代から南北朝時代の名刀工である郷義弘)が関係していると思っている。
まあ、佐智恵の末っ子というのも関連しているかもしれないが。
「メンバーについてはまあ理解した。だがなぁ……」