第13話 お話合いという名の説教
先遣隊の指揮役の司くんと参謀役の輝政くんが揃っているからちょっとお話合いをしよう。
「議題は三つな、一つ目はホムハル集落群に作ってもらった筌について、二つ目は多少は関連するけど塩漬け原皮、最後三つ目は石灰岩関連」
「はい」
「最初は筌な。司くん、こいつ渡されたとして使い方分かるか?」
「えっと……川に沈めて時間をおいて引き上げる」
「材料が木や竹だから浮くぞ。それと流される」
「錘を付ける。綱を結んで杭とかに括りつけておく。引き上げるときはその綱を引っ張る」
「大雑把だけど使い方はそうだな。でもそれが分かるのは、筌がどういう物なのかを知っているからじゃないか?」
「ええ……あっ」
「気付いたか?」
「はい。あと、概論としては知っていますが、実際に個別具体的には如何するのかは分かりません」
「そうだな。実際に使って使い方を分かっていないと使い方を教えられないな」
「はい」
「そうそう、彼らは船あるか? 船が使えるか否かで筌の仕掛け方も獲り方も変わってくる。船があった方が断然効率が良いんだが」
「船はアーエに丸木舟が二艘あったかと。他は無いですね」
「そうか。それじゃあ、岸から如何仕掛けるか自分達でやって理解するところからだな」
「セルヴァ」
「次に、どうやって運んで配っていくか。念のために言っておくが、運んだら終わりじゃなくて使い方のレクチャーも要るからな」
七〇基の筌をボートに積んで一度に運ぶのが無理なのは一目瞭然。
これが鰻筌のように精々直径一〇センチメートルぐらいの細長い筒状の物なら七〇基でも一度に載せられなくはないが、どれもこれも直径三〇センチメートルはあって長さは一二〇センチメートル程度はあるという嵩張る代物で、大きさだけなら小学校低学年の児童ぐらいの大きさと言えば分かるだろうか。
重さは考えずに嵩だけで考えても一艘のボートに小学一年生七〇人を納める場所がどこにあるのか。
最密で積んでもボートの水平投影面積(上から見たときの面積)より大きい六平米にはなるから無理。
「輝政くん、どれぐらい載せられそう?」
「……やってみる必要はあるけど一〇基は難しいかと」
「そうか。仮に七基載せて一基ずつ配るってのを十回?」
「うーん……設置して一晩おいて引き上げるとかやってると早くて一日、下手すると二日三日かかるのを七集落だと半月はかかる。二回目からは配るだけだとしても……おそらく七日は掛かるか。それが九回あるから掛かりっきりでも三箇月弱か。そんなに時間取られたら……何とかして一回、せめて二回で済むような方法を考えようよ」
輝政くん、正解。
一度に全部をボートに載せられないならボートじゃない物に全部載せて運べばいいじゃない。
筌は水を被っても問題ないし、人は乗らないのだから安全性とかは多少軽視しても構わない。
更に言えば高低差が少ない川下りだから、筏に筌を載せて曳航するとか幾らでも方法はある。
幅二メートル長さ三.五メートルぐらいの筏であれば七〇基は載る。
そうやって一度に運べば半月で終わる。
「ノリちゃん先生、滝野からミヌエまでの運搬は……」
「高瀬舟の積載容量を考えろ。一発で運べる」
「確かに。愚問でした。ミヌエから川、もしくは鴨庄までは」
「重さは錘込みでも一基一キロぐらいだから潰れないようにと取り回しさえ気を付ければ七〇基ぐらい二人か三人で運べる。錘は現地調達にするなら運ばなくても構わないしな。まあ良い具合に調整されてる錘だから運んだ方が良いだろうけど」
背負うなら幅一.五メートル、高さ二メートルぐらいで三五基になるし、重量も然程無いからやりようによっては大丈夫。
心配なら三人にすれば幅一.五メートル、高さ一.五メートル程度にまでなる。
竹田川を渡る時はボートで何回も往復すればよい。それか浅瀬を渡るか。
美浦もホムハル集落群も漁具としての錘は基本的には石錘を使っている。
鉛製の錘は鉛蓄電池を作っているから作ろうと思えば作れるけど鉛はなぁ……って事で石錘で事足りるなら石錘で良いじゃんってなっている。
そこらにある石をそのまま使う事もあるけど、石か漁具のどちらかに小細工をしている事もある。
例えば筌では底に石錘を入れる篭のような物を拵えておいて平べったい石を篭の大きさに合わせて割ったり削ったりしたり、逆に石に合わせた大きさの篭にしたりしている。
「…………あっ」
「そんだけの筌を背負っていて落水したら大事になるからな」
「うっ」
何を考えたかはおおよそ分かるよ。
運び方はちゃんと考えなさい。
「それも宿題な。で、次は塩漬け原皮な。先ずは、輝政くん、あの箱、持ってみ」
「えっ? 何これ」
「結構重いだろ?」
「何でこんなに重いんですか? まるで水を張っているって重さなんですが」
「塩が詰まってるんだから重いに決まってるだろ」
保存のために原皮を塩に埋める形になっているので塩が詰まった箱と同じ。
食塩の見かけ比重は一.〇から一.四ぐらいあるので水より重たい。
それと原皮も彼らが想像しているより重たいと思う。
剥ぎ取った原皮の重量は動物の種類や大きさにもよるが、平均すると一.二キログラムぐらいある。
保存のために原皮を塩漬けにしているが、原皮一張あたり平均で六キログラムぐらいの塩が必要になる。
牛の一枚物だと原皮二キログラム、塩一〇キログラムとかもあるけど鹿や猪はそこまで大きくないから平均値とか最頻値は原皮一.二キログラム塩六キログラムあたり。
つまり、原皮と塩を合わせると一張で七.二キログラムという代物になり、一集落あたりに配る塩漬け原皮一〇張だと七二キログラムという重量物となる。
まあ蒸発した水分もあるだろうからもうちょい軽いかもしれないが。
塩以外にも重くなる要因はあって、通常は革製品や毛皮製品にする時に必要な厚みになるまで漉いて(削って)いる。
どれぐらいの厚みになるまで漉くかは作る製品によって異なるから、原皮はどの厚みにしても良いように基本的に真皮組織はそのまま残している。
分厚いと鞣す時間も相応に増えるし重量もかさむので、動力ベルトのように機械的強度がいるなら漉く量は少ないが、そうでなければ半分以上というか下手すると七割ぐらい漉く事も珍しくない。
だから原皮は同じ面積の革や毛皮と比べると二倍から三倍ぐらいの重量がある。
塩漬け原皮七.二キログラム(原皮一.二キログラム塩六キログラム)を一枚物の毛皮に加工したら四〇〇グラムとかも普通にあるのだよ。
漉かれて鞣された毛皮の十倍以上の重さだから重くて当たり前。
もっとも保存のために埋めている塩を叩き落として原皮だけにすればかなり軽くはなる。
言わば原皮から水分が抜かれた干物状態だから八〇〇グラムぐらいまで軽くなるかな?
それでも製品の二倍の重さだから重いと感じるか。
「じゃあ、箱 開けてみ」
「……塩?」
「衛生面で問題あるから食うなよ。土壁とかのひび割れ防止剤として使え。あと、塩に埋まってる原皮一張取り出して」
「えっ? 重さはそれ程でもないけど硬い」
「塩漬け原皮はそんなもんだ。箱の重さのほとんどが塩だからな。その塩漬け原皮を水に漬けて塩抜きして、ある程度乾燥させて、必要な厚みに漉いて、それから鞣すのが定跡だが、漉くのも鞣すのもリソース的に無理だ」
「じゃあ、この硬いまま渡すか、水に浸漬して乾かして……えっとこの状態は何て言うの?」
「生皮でも原皮でも生原皮でも構わん」
「生原皮にしてから配れと?」
「それは任せる。君らが言っていたように塩漬けのまま渡してもいいし、塩抜きしてから渡してもいい。例え塩漬けのままでも保存用に埋めている塩を取り除けば結構軽いだろ」
「………………」
原皮は八〇張ぐらいあるから塩抜きと乾燥の手間暇と、この状態の塩漬け原皮を渡して良いのかがせめぎ合っているな。
塩ごと運ぶのは衛生面を考えるとお勧めできない。
実態としてほぼ海岸線に住んでいるので彼らにとっては塩はもはや貴重品ではないが、それでも面倒事は御免だ。
埋めている塩を取り除けば塩漬け原皮なら十張で一〇キログラムもしないが、塩抜きしたら皮が水分を吸うので一二キログラム以上にはなる。
漉くのも鞣すのもしない以上はどちらでも構わないと思う。
「美浦で塩抜きするときどうしてました?」
「ん? 網に入れて水路にドボン。二日ぐらいしたら引き上げて縮まないよう張りながら陰干し。様子を見てもう一度浸けるか判断する」
「えっ? 塩分とか水路に流して大丈夫なの?」
「大丈夫だ、問題ない」
「マジで?」
河川の流量は水域の断面積と流速の掛け算で毎秒どれだけの量の水が流れているかという値。
例えば単純化して川幅が3メートルあって平均水深が一メートル、流速が毎秒五センチメートルという小規模で緩やかな川の流量は毎秒〇.一五立米(毎秒一五〇リットル)となる。
塩分濃度が〇.五パーセント以下の水を淡水と呼ぶので、この川の元々の水の塩分濃度が〇.〇パーセントだったら毎秒七五〇グラムの食塩を捨てても淡水といえる。
この川の水を海水に近い塩分濃度三パーセントぐらいまで上げようとすると毎秒五キログラムぐらいの食塩を加え続ける必要がある。
小規模で大した流れでない状態でこれなのだから一過性かつ原皮に染み込んでいる塩を抜く程度では生態系に影響はない。
それで生態系が崩れるならとっくに崩れ去っている生態系だ。
それに塩抜きした水は結局捨てるのだから下手に地上に捨てるより豊富に水があって一瞬で希釈される河川に捨てた方が害が少ない。
あと、美浦の水路の排水先の里川は美浦近辺では汽水域になっているので塩分云々は元から考える必要はない。
「塩漬け原皮でも塩抜きした……生原皮でも構わないが、塩に埋めた状態は止めろよ。衛生面が心配だ」
「セルヴァ」
「どちらにするかとどう運ぶかも考えておいてね。これも宿題」
「セルヴァ」
「最後に石灰岩関連。美浦が石灰窯が要るなら準備が必要なんだがと言ってきている。石灰岩、見つけたか?」
「……未だです」
「どれぐらい調査した?」
「それも……」
「そうか。他に優先すべき事もあっただろうから未着手もやむを得ないか。じゃあ、美浦には石灰窯が必要なぐらいの石灰岩を見つけるまで凍結と返事しておく」
「ちょっ……それは」
「石灰窯が必要なぐらいの採掘量が確保できる石灰岩資源がないと石灰窯は不要だろ?」
鉱物資源の資源調査はおおよそ以下の手順になる。
資源の存在を確認する。
資源の存在する地下構造などから原始埋蔵量(採掘開始以前に存在していた埋蔵量)が、どのような分布でどの程度あるかを推定する。
採掘コスト(イニシャルコストとランニングコスト)・精製コスト・市場価格などから採算に合う範囲で採掘できる可採埋蔵量を算出する。
調査したら資源があったとしても採算が採れる採掘ができるかどうかは別の話で、よくよく調べたら初期費用すら賄えないぐらいの埋蔵量しかなかったとか、埋蔵量は十分あるが採掘コストが非常にかさむから採算が採れないなどよくある話。
だから『どこどこに石油や天然ガスを発見! 最大これぐらいの埋蔵量が!』などと報道されても可採埋蔵量がどの程度なのかはこれからの話なので『可採埋蔵量があったらいいな』程度に思っていた方がよい。
これらの資源調査で可採埋蔵量が存在するとなってから初めて本格的な事業化の検討になる。
可採埋蔵量の算出には採掘コストも必要なので、事業化の検討自体はするがこれはあくまで概算レベルに過ぎず、詳細の検討は可採埋蔵量があるとなってから。
ただねぇ……この可採埋蔵量というのは結構な曲者で、採掘技術や価格変化でころころ変わる。
分かり易い例を挙げると石油で、一九七〇年代には『石油はあと三〇年で枯渇する』と言われていたが、それから三十年以上経過した二〇一〇年代には『石油はあと五〇年で枯渇する』と……
これは採掘技術の向上でかつては採掘できなかった石油も採掘できるようになったとか、採掘コストが低減したとか、石油価格が上昇して更にコストをかけて採掘しても採算が採れるようになったとか、新たな油田が発見されたなどで、石油の可採埋蔵量が一九七〇年代当時より爆増しているから。
この何年で枯渇するというのは、算出時での可採埋蔵量を算出時の年間採掘量で割った数値が可採埋蔵量が尽きる年数になる。
つまり、採掘技術と石油価格が算出時のままで、以後は新たな油田は発見されないし、算出時の消費量(=採掘量)を続けたらの話。
それが一九七〇年代だと三〇年で、二〇一〇年代だと五〇年という値になる。
純粋に市場価格の上下で採算が採れたり採れなくなったりというのも普通にある。
日本の炭鉱は、エネルギー源が石炭から石油にシフトして需要が減ってしまい石炭価格が下がったため、海外の露天掘りならまだしも国内の炭坑を掘っての採掘だとコスト的に無理になって国内の炭鉱の多くが廃鉱になった。
これは石炭を採り尽くしてしまったのではなく、採算がとれないから埋蔵量はあっても可採埋蔵量がゼロになったという話。
これはレアメタルもそうで、現状ではレアメタルは中国一強なのだが、別に中国にしかレアメタルが存在していないからではない。
単に中国の輸出価格(≒市場価格)だと採算が採れないから採掘せずに中国から輸入しているという話。
中国が輸出価格を上げたら中国以外の国のレアメタル鉱山は採掘しても採算が採れるようになり、これまでゼロだった可採埋蔵量がプラスになり採掘しだす。
その時のために現状では採算に合わなくても技術継承のために必要最小限度の採掘を続ける(その損失は国庫が負担する)というのも国防を考えればあり寄りのありだと思う。
何にせよ可採埋蔵量がある事が採掘の大前提で、可採埋蔵量があるには資源が埋蔵している事が必須で、埋蔵資源の有無は調査しないと分からないのは論をまたないだろう。
資源調査をしていないなら採掘事業について論じても仕方が無い。
「それは……そうなんですが……今、調査のためのルートを造っている最中で」
「もう一度よく聴け。調査して有望な石灰岩資源が見つかるまで石灰窯の検討は凍結すると言っている」
「…………」
彼らの皮算用は『資材搬入 兼 燃料運搬用の道路を戸平峠まで引いて築炉と同時に採掘して最速で生産を開始する』とかじゃないかと思う。
石灰岩の資源調査の進捗は、資源調査の一歩目の『資源の存在を確認する』の手前の『資源調査に赴く』すらしていないのに。
二手三手先を読んでも肝心の一手目を疎かにしていては成る物も成らない。
「不満そうだな。不満だったら悠長に道路とか言ってないでさっさと調査したら良いだろ? さっき言った事を逆に言えば、有望な石灰岩資源が見つかれば凍結は解除されるという事だ。築炉場所までの道路とか造っている間におおよその準備は終わると思うが?」
「ぐぅ……」
「それじゃあ、お話合いは終わり」
「はい」
「そうそう、食糧番の白石さんはまだ滝野にいるから開拓地への食糧補給の打ち合わせをやっとくように」




