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文明の濫觴  作者: 烏木
第12章 北へ
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第12話 間接確認

白石さんと親父殿が鴨庄の視察から帰ってきた。

鴨庄に行くならと親父殿にサツマイモの苗を預けたのだが、それならと白石さんが鴨庄の状況を見たいと便乗したのだ。


開拓地の北にある山の名前は白石さんの提案で『喜多山(きたやま)』に決まった。

集落の北にある山という事と、長谷山城の別名が北村城という事、そしてその辺りの現代日本での(あざ)が喜多(丹波市市島町喜多)だった事からの命名だそうだ。


現代日本では別の名前かもしれないがそれが分からなかった。

地図に全部の山の名前が載っている訳ではないのだよ。

というか載っている山の方が少数だと言っても良いと思う。


喜多(きた)という漢字が付く地名だと喜多方ラーメンで有名な福島県会津地方の北部にある喜多方市があるが、(あざ)(市町村の次にくる地名)レベルまで含めれば全国各地に結構な数が存在する。

そして喜多と付く地名は喜多方市が会津地方の北部地域のように中心部の北方に位置する事も多いので、元々は『北』だったのが『二字佳名の詔(地名は良い意味の漢字二文字にしろ)』の影響で『喜多』になった可能性がある。

それ以降も北方にあるから喜多と表記する事で縁起を担ぐ命名がされたのかもしれない。

もちろん、京都の北山のように北が使われる事も枚挙に暇がないけど。


その喜多山の南東方向の尾根のピーク付近に貯蔵庫の基礎は造られていたそうで、それを聞いたときはびっくりしたと同時に何をやっているのかと思った。


「何か渋い顔しとるの」

「優先順位がねぇ……基礎を造るなんて後でいいのに、と」

「ノリちゃんの言う事は分からんでもない。まあ『ようやっとる』とは思うが、そやけど確かに心配な面はあるの」

「どんなところです?」

「先を見越して色々やってるようやけど、何か噛み合わん感が拭えんのや。ノリちゃんらのは詰将棋みたいに綺麗に納まる感があったんやけど」

「それ、たぶん生存者(サバイバーシップ)バイアスだと思いますよ。無駄になった布石は八割超えますから」


生存者バイアス(生存バイアスとも)というのは、失敗例(死亡した者)を無視して成功例(生存した者)だけを取り上げて論じて、誤った結論に達してしまう事をいう。

例えば『世界的に有名なIT企業のマイクロソフト・アップル・フェイスブック(※現:メタ・プラットフォームズ)の創業者は全員が大学中退者だから大学を中退すると世界的なIT企業を創業できる』という感じのもの。

まあ、この例は極端だけど、成功例だけを取り出して同じ事をして失敗した多数の例を無視して論じていることは結構ある。


もちろん、失敗例だけを取り上げて成功例を無視するのも生存者バイアスに含まれる。

極端な話になるが『殺人を犯した犯人は犯行前の七二時間以内に水を含む物を摂取していたから水を含む物を一切摂取しなければ殺人は起きない』とか。

まあこれは水を含む物を七二時間以上摂取しなければかなりの割合で死ぬので殺人はできなくなるから必ずしも誤りではないが、癌で死ななくなる薬として致死量を遥かに超える青酸カリと同じ詭弁だろう。


要は一部だけを切り取って全体がそうだと論じる愚を指している。


俺らの計画でも準備は進めていたけど結局は使われなかった例は結構多いというか八割は使われなかった。

使われなかったものを無かったことにして、結果として使われたものだけを取り上げて論じられるのは不本意だ。


「その使わなんだ八割含めて綺麗に納まっとうゆうてんねん」

「そうやねぇ、何となく分かるわ……何ちゅうたらええんかあれやけど、大成功から大失敗までどのレベルの結果でも対応できるよう準備しているから結果として大半が使われないだけで、どんな結果であれ大丈夫って安心感はあったよね」

「そやそや、何でこんなところに歩があんねん思うても、こうなった時に詰めることができるからかって納得できんねん」

「……噛み合わないって、失敗を考えてない感ですかね?」

「うーん……そやな。確かに言われれば最適ルートしか見とらんって感じかの。何ぞあったらわややろって」

「たぶんだけど、頂上に取り掛かったのって掃除するのは上からって感じかな? 下を除灰しても上から落ちてくるなら上からって考えなんでしょうが、いささか非効率ね」

「ほやのぉ、観てきたうららからすると、一度ノリちゃんが観て軌道修正した方がええんちゃうかってあたりや」


こうまで言われると一度行かないといけないかな?

でも今はまだ我慢の時間だとは思うけど。


「圃場の方はどうでしたか?」

「しょせんは土を掻き集めて畝立て(うねたて)して何とか土層稼いどるだけやから……ある程度は育つかもしれんが、育っても収穫まで行けるかは……甘々で半々かな?」

「やはりそれぐらいですか」

奈緒美(ナオちゃん)のことやから線虫抵抗性のある苗や思うから何年か客土しながら栽培し続けたら何とかなるとは思うで」


連作障害の一つに病原体が蔓延する事が挙げられる。

中でも寄生性の線虫であるネコブセンチュウ類・ネグサレセンチュウ類・シストセンチュウ類などは餌になる作物を連作すると蔓延してしまう事が多い。

だから根菜類などの土中にある物を収穫する作物の連作は結構危険だったりする。


親父殿の故郷では里芋を栽培したらその後は五年間水田にして稲作をするなど連作障害が起きる危険を減らしているそうだ。

田んぼで栽培する芋だから里芋を田芋(たいも)と呼ぶ人もいるとか。


水田は水を張って攪拌するので還元殺菌作用があることもあって連作障害が起きにくくなるが、一年では足りず五年は続けないと怖いそうだ。

後作に水稲以外の作物を栽培する農家さんもいるそうだが、五年以上の間隔を空けるのは同じとか。

それだけ連作障害が出やすいという事。


そういう意味では根を収穫するサツマイモの連作は危険で、寄生されにくい作物を植えて寄生性線虫の密度を下げるなどの輪作体系が採られていた。


しかし、線虫抵抗性が高いサツマイモの品種がでてきてからはサツマイモは連作できる作物になり、何なら連作し続けると品質が良くなるとか何とか。

ただ、線虫抵抗性が低い昔の品種を連作すると当然ながら寄生性線虫にやられて連作障害が起きる。


「やっぱりそれぐらいはかかりますよね」

「そもそも土が少な過ぎるんはどもならん。ほやから畝状何たらで掘った土、畑に持ってきね とは言うといたわ」

「ありがとうございます」


畝状竪堀群を掘るときに出る土を麓の圃場に客土するぐらいは気付くと思っていたが甘かったか。


土ができるには気候風土にも拠るが、日本の気候風土だと一センチメートルできるのに百年ぐらいかかると言われている。

だから喜多山から一〇センチメートルの深さの土を取ってきたらそれは千年分の、まあ難しいかもしれないが一メートルなら一万年分の土というわけ。

それだけの時間をショートカットできると思えばやってみる価値はありますぜ。


現段階ではよくやっていると言えるがまだまだ甘いな。

でもなぁ今はまだ口を出すのは……

例え拙くても試行錯誤しながらも自力でやり遂げる事でしか摂れない栄養もあるんだ。そしてその栄養は一生の糧になるから。


■■■


美浦から紙と筆記用具(木炭鉛筆とつけペン用のインク)が届いた。

紙と鉛筆が無いと書く練習ができないから頼んでおいたのだ。

木簡や竹簡に毛筆と墨で習字させるつもりはない。


つけペンは主に俺が使っている。

ボールペンや万年筆は資源的にも工作具的にも厳しいが、墨やインクで保存性が良くて改竄(かいざん)されにくい文書は残したいから俺はつけペンを使っている。

毛筆で書くのとペンで書くのではペンの方が小さい字が書きやすいから情報密度が違うのよ。

面相筆で米粒に字を書くなんて技法もあるが、可読性と筆記速度を考えればつけペンの方に軍配を挙げる。

大きな字を書くなら毛筆だけどね。


保存性(耐光性や耐水性など)に優れていて容易に改竄できないというのは公文書や契約書など正規の書類では重要な要素なので、現代日本では日本産業規格(JIS)で「公文書用特定の品質項目」が定められていて、それを満たした物しか使えない。

万年筆やボールペンの大部分は日本の公文書に使えるが、インクの組成によっては使えない物もあるにはある。


その代表例が摩擦熱で透明になるインクを使ったボールペンで、そのインクは規格をクリアしていない(クリアできない)から公文書には使えない。

容易に無色にできるし、直射日光が当たる場所とか熱を発する機材の近くとか熱いお湯などが入ったカップや懐炉(カイロ)とか暖めたお弁当の傍などにあると意図せず無色になることもあるから、公文書だけでなく証書類・履歴書・宛名書きなど消えたらいけない物には使用しないようにとメーカーも注意喚起している。


摂氏六〇度以上になって消えた筆跡も氷点下一〇度ぐらいから再度発色しだして氷点下二〇度になると完全に発色しなおすので、誤って消えてしまった場合は(結露などで濡れてしまわないように)密封して冷凍庫に入れて冷やせば発色する。

ただ、全部が発色し直すので消した後に上書きした場合は全部発色しなおす。

ピンポイントに復活させたいなら復活させたい場所にドライアイスを置くとかかな?


それにしても、やはり紙は重たいな。

奮発してくれたようで結構な枚数がある。

限りある資源だからこれに見合った成果は出したい。



筆記具の他には、ホムハル集落群から頼んでいた(うけ)と(依頼はしていなかったが)魚籠(びく)が続々と集まってきている。

筌は中に餌を入れて積極的に誘い込む罠としての使い方もあるが、実は餌なしで設置して迷入した魚を獲る定置網的な使い方ができる物もある。


どう使うかは狙う獲物や筌の造りによって変わるのだが、滝野に届けられた筌は全て(餌を入れて誘う方が効率は良いが)餌なしでも使えるタイプだった。

しかも未使用の新品ではなく何度か餌なしで使用して漁具として機能するところまで試験した実戦証明(コンバットプルーフ)付きだった。

実戦証明は冗談ではなく『こう使ってこれぐらい獲れました』って感じの試験結果報告書(実戦証明書)が添付されていたのよ。


うん。よく分かっている。

使用状況を考慮してそれに向いた物を作るのは物凄く大事。


筌は重さはともかくとして(かさ)張る物だし数が数なので、ボートに載っけて一度に運ぶのは無理だろう。

だから、どのように運んでどう配っていくかは考えさせる。

それと、使い方をどう分からせるのかも。



後は、白石さんと親父殿から詳しく聴き取った鴨庄の状況と先遣隊からの報告内容をまとめて美浦の三人衆に報告書を送っていた。

それと、白石さんと親父殿の危惧については別紙で将司に送っていたのだが、その返信がきた。


将司からは『義教の“基本的には失敗しても致命的ではないので見守る”“石灰窯については先走って部材確保に動くのはリスクが大きいから場合によっては介入する”という方針を支持する』とあった。


他にも『あいつらは開拓(リアル)(タイム)(アタック)でもやっているのか?』という感想もあったが同意する。

最短距離を突っ走るのも悪くは無いが世の中には急がば回れという言葉もある。


まあ、将司のお墨付きもあるので鴨庄とユラブチ集落群については基本的には見守っておこう。


三人衆からは『鴨庄については特段の遅れは無いようなので現段階では想定の範囲内と考えて追加対策はまだ考えない』とあった。

俺も現段階で追加処置の検討は不要と思っているので齟齬は無い。


しかし、やはり『石灰窯の原料と製造の都合があるから注意喚起しておいて欲しい』とあった。


石灰岩が採れそうか確認するのが優先事項だと思うけど、せっかく(現代日本で)現場を見たことがある白石さんが行ったにも関わらず場所の確認をした形跡がない。


石灰窯の設計を行って、施工図を起こして、耐火煉瓦・断熱煉瓦といった部材を原料確保と製造までして届いたけど肝心の石灰岩が見当たりませんなんて美浦というか全体のリソースを浪費する事になるから洒落にならない。


これは危ないから石灰岩が採れそうな場所の現状確認を指示するか。

もう一度白石さんに鴨庄までご足労いただく事も検討するか。

白石さんに根回ししておいて彼らが白石さんに同道してもらうよう頼むように仕向けるとか。


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世代交代しつつある若者組とSCCの違いは、それぞれが個々に学んでいた学問を誰が教えたかにも依ると思う。SCCの面々が覚えている事を教えたといっても、やっぱり限界はあるし、その他の人達も教えていても圧倒…
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