表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文明の濫觴  作者: 烏木
第2章 開拓を始めましょう
28/288

第16話 嵐

「嵐が来る……気圧が急速に下がってきている。さっき測ったら九九七ヘクトパスカルだった。おそらく台風が接近中だと思われる」

出端屋敷の広間に全員が揃ったところで開口一番将司がそう言った。


「台風が去るまで屋敷に缶詰か」

「その方が良いと思う。それてくれれば良いんだが一旦は直撃される事を前提に動くぞ」

「……太陽電池パネルは念の為しまうか?」

「そうしよう」


再入手や再建ができる物は後回しでもいいが、再入手が難しい物が壊れたり無くしたりというのは避けたい。対策内容と役割分担を手短に打ち合わせして将司の号令で分担箇所に散る。

「危ないと思ったら直ぐに撤退。良いな」

何度も念押しされる。

再入手が困難で優先順位が一番高いのは当然人命だ。


割り当てに従って、佐智恵と二人で里川疎水を遡り取水口の水門を閉じに行く。途中から雨も降り出したので本格的な豪雨になる前に、そして増水する前に閉めないと危ないので少し急ぐ。

里川疎水にあったキイロスズメバチの巣はとっくに撤去して胃袋に収めている。もはやハチノコ如きでSAN値が直葬される人は居なかった。逞しくなったものだ。慣れって怖い。


取水口は最初期の施設なので閉鎖に手間取った上に完全に閉める事はできなかったがやらないよりはマシだ。それと井堰の放水口を全開にしておく。井堰は常に水が堰を越えるように設計している洗堰じゃないんで、堤体越流すると堰そのものが壊れる可能性がある。流入水量が放水口の流量以上にならない事を祈る。

念の為、堀溜池の放水口も全開にして出端屋敷近辺にできるだけ水が来ないように、また来ても出て行くようにしておく。


次は蜜蜂の巣箱の固定に向かうのだが、屋敷が少し騒がしい。

「ムギたちが居ない!」

「「「ムギ!チャンドラ!虎徹!」」」

宣幸くん、史朗くん、美恵ちゃんが猫たちが居ないと騒いでいて、今にも探しに飛び出しそうになっている。いい加減雨脚も強くなってきているし、風も吹いてきている。この状態で子供が外にでるのは拙い。


無線機の受信をスピーカーに切り替え保護要請を飛ばす。

「SCCメンバーへこちら義教。猫たちが行方不明。見つけたら保護されたし」

『匠だ。了解』

『雪月花です。了解しました』

『美野里分かったよん』


「外はおっちゃんたちが探すから中で震えてないか探してくれるか?」

しゃがんで史朗くんにそう話すと「うん」と言ってくれた。


さて、猫探しもだが巣箱固定もしないとね。

段がずれないよう当て木をして縛りつけ、倒れないよう杭で三方から固定する。働き蜂もこの荒天では巣篭もりしているようでおとなしい。


「義教。こっちは終わった」

三つある巣箱の一つを固定し終えたところで佐智恵に残り二つの固定が終わったと言われた。杭を打ったら下に石があったりして上手く打ち込めなかったんだよ……

「誰だよ。もたついた奴は」

「そんな奴はペグ百本打って反省すれば良い」

「うし、東雲。ペグ打ち百」

まぁ遊んでいる場合じゃないんで、道具を片付けてぬこ様を探しつつ戻ろうとしていたら風に乗って「ミーミー」と聞こえてきた。

耳を澄まして藪に入っていくと枝の上で動けなくなっているムギを見つけた。


「こんな所にいたのかぁ……心配したぞぉ」

()()ちゃんを抱えて木から降りたが、まだ震えているので懐に入れて暖めながら帰路につく。もちろん、チャンドラと虎徹を探しながらだけど……

「SCCメンバーへこちら義教。ムギの保護に成功。以上」

『SCCメンバーへこちら匠。虎徹を発見、保護した。以上』

よし。後はチャンドラだな。


「宣幸くん!ムギいたよぉ」

……あれ?反応が微妙だ。

囲炉裏で暖をとらそうと懐からムギを出したところで気付く。

ひのふのみの……毛玉が増えてる。何で既に四匹もいるの?

「チャンドラ居たよ!」

雪月花が戻ってきて開口一番報告した。


嵐になるので猫を探したら倍になった。何を言っているのかよく分からない。

スコルとレイナも屋敷に入れたけど、こっちは増殖していなかった。


■■■

勝手口に弁天号を横付けして風雨にさらされず行き来できる様にしておく。そうしたのは嵐が過ぎ去るまでトイレは弁天号の物を使うから。……渡り廊下でずぶ濡れになったり風に煽られたりでトイレに行けないのよ。トイレが家の外にある暮らしの欠点だね。一応ノウハウは積んだから次は屋内に、最低でも風雨に晒されずにいけるように作ろうと心に決めた。


そしてすっかり忘れていたが、昼ごはんがまだだった。

台風だからといって飯を食わなくても良い訳じゃない。むしろちゃんと食べておかないといざというときに困る。遅めの昼ごはんと夕食もしくは夜食を作ろう。


「ノリさんはボタンを微塵切りにして……サッチはニンジンね……ユズは上新粉捏ねて板状にして……じゃぁ後はジャガイモ剥くよ」

奈緒美さん。何を作る気ですか?

まぁ何となく分かるけど無理がないですか?

パン粉の代用が米粉ナンの粉砕物ですか?

台風だからってコロッケを作る必要がどこにあるんですか?

まぁ食うけどさぁ……


調理中も風雨はどんどん強くなってきて、食べ終わる頃には屋根や壁に叩きつけられる雨音や風切り音、ギシギシと屋敷が軋む音、パシパシと何かが叩かれている音(たぶん縛っている縄の端が壁か何かを叩いている)が大きくなって、室内にいても声が聞き取りにくくなってきた。将司が気付かなかったら無防備でこれだったのかよ。堪んないなぁ。


これって死語にされた小型の台風って奴かな?

小型の怖いところは荒天になるまでの時間が短いってところで、被害範囲は狭いかも知れないが直撃された場所は気付いたら嵐の真っ只中になってしまう。救いとしては去るのも早いって辺りかな?しかし、小さいから大した事無いと考えるのは馬鹿である。


ドンガラガッシャン……カラカラ……カラン……


「竹木屋がやられたかな?」

匠の推測によると木材の出し入れなどのための開口部が多く、締め切る事ができなかった竹木屋に風が吹き込んで屋根が飛ばされた可能性が高いとの事。


建物は上からの荷重はある程度耐えられるようになっているが、上に持ち上げられるのを耐えるのは中々難しいらしい。現代でも竜巻や突風で屋根が飛ばされる事はままある。昔の家が屋根に石を置いていたり、重い瓦で屋根を葺いていたりしているのは、屋根を重くする事で耐えるという側面もあるのだそうだ。

五重塔(ごじゅうのとう)の一番太い心柱が(はり)などから宙吊りになっていて、建物を支える柱ではなく建物に荷重をかける重しの役割を担っている例が数多くある。(この構造は耐震性を生み出している要因でもあるらしい)


屋根を飛ばされたら建物の変形を防止する機構が一つ外れる事になるので全壊だろうな。全壊の定義は立場によって異なるが、屋根が飛んで柱が倒れて壁が崩れていたらどの定義でも紛れも無く全壊だ。

竹木屋の他に開口部が多い建物は塩小屋か……これは塩小屋も倒壊している可能性があるな。


「そろそろ日没の時間になる。不寝番は四人一組の三交代。弁天号と広間に各二名。四時間半で交代にするから他の者は寝ておいてくれ」

灯火がもったいないから普段から日没後二時間ぐらいで消灯時間にしている。だから八時とか九時にはすっかり夢の中という早寝早起きの生活サイクルになっている。

なのでこの時間に「寝ておいて」と言われて「寝れるかぁ」とはならない。

「早番は安藤くん、文昭、奈緒美と私。中番は政信さん、榊原くん、義教、佐智恵。遅番は伊達くん、匠、美野里、雪月花。いいな?」


■■■

「そろそろ時間だ」

文昭に起され、広間で早番と中番の申し送りを行う。

「風雨は増々強くなってる。気圧は九七八ヘクトパスカルだ。現状で見える範囲での浸水は無いが、ハンドライトだと視界がほとんど通らんからあまり当てにならん」

「弁天号のバッテリーの残量は九〇%以上ある。特に問題はない」

将司と文昭の報告を聴き、幾つか質疑をして交代する。

弁天号での不寝番には佐智恵と俺が就き、政信さんと榊原くんは広間をお願いした。


外は真っ暗で一寸先は闇とは正にこの事。弁天号のヘッドライトを点けてみたが申し送りの通り酷く視界が悪い。大粒の雨が断続的に降っていて車軸を流す雨とはよく言ったものだ。雹や竜巻でないだけマシと思おう。


「稲刈りまで終わってる状態なのは不幸中の幸いだったな。こんな中『ちょっと田んぼの様子を見てくる』はきついな」

「水門の閉鎖が間に合ったなら見に行く必要はない」

「水量調整が要る時期とかだったらと思うとね……気持ちは分からなくもない」

「それは事前にしておくべき事であって嵐の中でできる事は大してない。仮に何かあったとしてもその場に居ようが居まいが結果に大差は無いのだから一円を得るために一万円を掛けるような博打と一緒」

「……それって気象観測精度があがったからの話でさぁ……突然だったら止むを得ないんじゃない?」

「命あっての物種。駅のホームから人が落ちた時に自分も飛び降りて助けようとするより非常停止ボタンを押すべき。美談にはなるかも知れないけど」

正論でぐうの音も出ないが……


ゴゴゴゴゴゴゴ……

ん?何か嫌な振動というか地鳴りがあったような……

「佐智恵……地鳴りみたいなの感じなかったか?」

「……これだけ揺れてるからよく分からない。中の人に聞いた方が良い」

「分かった。ちょっと聞いてくる」


勝手口から広間に入り政信さんに聞いたが「言われればあったような気もするが」との返事で確認は取れなかった。


■■■

午前三時。交代の時間になる。

気圧は九九四ヘクトパスカル。まだまだ油断はできないが山は越えた感がある。

匠を起こして申し送りして仮眠をとる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] レイナとスコルの描写が無くて気になってしまいます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ