第4話 自由時間
急遽架橋した天架橋を渡った二組の新郎新婦が斎主(役の匠)に祝詞を奏上してもらい祠に御札を奉納する婚儀が執り行われた。
祝詞奏上と玉串奉奠擬きのみで、道楽(パレード)も三々九度(妊婦に飲酒は禁物)も神楽舞も何も無い略式もいいとこだけど、芹沢家、秋川家、敷島家の親族も可能な限り参列してくれた。
もっとも、御札を納めるときに少々気まずい空気が流れなくもなかった。
祠に鎮座している神像だが、そもそものモデルが揃っていて、その息子と娘がいるし、娘に至っては当人がモデルと言われても違和感が行方不明になるぐらい瓜二つな神像だから仕方が無い。
美浦のこうせい社の御神体は巨大隕鉄だから美浦で式を挙げていたらこういう気まずさは無かっただろうが。
慇懃講が終われば無礼講で、ユラブチ集落群からの避難民も招いての無礼講が執り行われた。
もっとも俺はでていない。
華燭の典の無礼講では裏方になるのは逃れられない運命なのはここでも健在だった。
伝え聞いた話だが、無礼講の最中に将司がずっと理解不能な秘密言語でブツブツ言っていて、偶に雪月花が理解不能な秘密言語で窘めて、輝政くんと帆奈さんが苦笑するという芹沢家内部でのみ通じる秘密言語での一幕があったそうだ。
芹沢家内部でのみ通じる秘密言語というのは間違いなくフィンランド語だな。
第一世代でフィンランド語を解するのは雪月花と将司と俺の三人だったので、SCC時代からそうだったが他聞を憚る内容はフィンランド語を使っていたので、フィンランド語は政権担当者の秘密言語的な扱いだった。
雪月花が幼児教育に携わって以降はある程度はフィンランド語を解する子供はいて、簡単な挨拶や応答程度のフィンランド語は美浦で普通に使われているが、議論ができるぐらいがっつり教えられているのは芹沢家と東雲家の子供達ぐらい。
俺は子供達にフィンランド語を教えるつもりはなかったのだが、雪月花から習った有栖が弟妹に教育したため、中途半端に覚えるのは害悪だからしっかり教える羽目になった。
なので、念のためにフィンランド語を解するうちの子らに確認したけど、予想通り延々と愚痴をこぼしていただけだった。
日本語で愚痴をこぼされるよりはマシだけど、将司の片思い娘ラブは筋金入りだな。
妊婦四人の今後だが、結論から言えば『安定期になったら美浦に戻る』となった。
妊婦は滝野派遣隊だけじゃないから医療リソースは集中させたい。
立場によって色々と思うところはあるだろうが、上々な結論だと思う。
個人的にはよく朱美が首肯したものだと奈菜さんの手腕に感心した。
奈菜さんが言うには「二代続けて二卵性双生児でしょ? 美結ちゃんは毎回そうだったし。だから朱美ちゃんも二卵性双生児の可能性が高いんだよね。美浦の状況とか美結ちゃんがどうだったかを懇々と諭したら納得してくれたよ。楽勝楽勝」らしい。
うん、言ったのが俺だったら反発していたに一〇〇ジンバブエドル。
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とりあえず、滝野の後方支援体制の再構築ができたので鴨庄開拓先遣隊を進発させた。
初回は先遣隊のローテーションに入っている全員、つまりは滝野派遣隊の四人とユラブチ集落群の各家族の男衆の全員が向かった。
全員なのは、場所や経路の確認というのもあるが、仮設小屋の建材も運ぶので人数が必要という背景もある。
開拓チームは滝野北港(闘竜灘の上流側)から河川艇でミヌエまで行き、そこから徒歩移動で春日に行って、渡し船(救命ボート)で竹田川を渡って、またぞろ徒歩で鴨庄に向かう。
渡し船が何往復するかは分からないが、五往復ぐらいは必要じゃないかな?
鴨庄に着いたら設置済みの基礎の上に仮設小屋を一気呵成に建てるところまでが初回の先遣隊の役目。
先遣隊の前に基礎工事を終えているので本当の先遣隊は基礎工事をした調査団ではあるが、今回送ったのが先遣隊。
加工済みの建材を現地で組み立てるプレハブ工法にしたのは、現地で材料を調達すると木材の乾燥などに年単位の時間がかかるからで、需要が逼迫している乾燥済みの木材を司くんがあの手この手でかっぱらってきて何とか用意した。
『これをやるのに必要な物と量は見積もったから確保よろしく』の匠と『これをやるから必要な物と量の見積もりと確保をよろしく』の美野里の息子とは思えないというか反面教師にしたんじゃないかと思うぐらい頑張ってくれた。
俺は交渉相手の為人や交渉術の幾つかを示唆しただけだったから、上々の成果と言っていいだろう。
滝野派遣隊の男衆は鴨庄へ、女衆は保健師の講義を受講中だから後進育成は一休み。
避難民で滝野に残っているのは女衆と子供で、こちらの世話は美浦から派遣された当番がしてくれているから何か問題が生じない限り俺がやる事はない。
これで俺はまとまった自由時間を得た。
実際のところ拉致されて以降の俺はこれまでまとまった自由時間はほとんどなかった。
基本的には何らかの仕事をしていたし、外形的には仕事をしていないように見える時間も脳内や帳面で今後の為のシミュレーションや計画を練っていた。
原料や道具は裾野まで掘り下げていかないとどこかで頓挫するし、それがある事で発生する新たな需要なども考慮しないといけないから、一つの計画につき百通りは言い過ぎだが十数通りの素案と数通りの計画案は作成しないといけない。
基本的には大部分は日の目を見ない不採用案ではあるが、これをちゃんとやっていないと後でしっぺ返しを食らうからやらないといけない。
『あれが欲しいこれが欲しい』と言うだけで、実施計画を他人に丸投げするお気軽さがあれば話は別だけど、そうも言ってらんない以上はこれも運命と生きていくしかなかったのよ。
他にも家事も家にいるときは半分から三分の二ぐらいは俺が担っていた。
佐智恵は完全に戦力外というかマイナスだから俺が留守のときは美結が全部やらないといけないから俺が居るときはそれぐらいしないと。
だから俺がまとまった自由時間を得られるようになったのは、子供らに仕事や家事をある程度任せられるようになってきた以降だから割と最近の話。
その得られた自由時間を私的なライフワークに費やしていたのだが、大震災に破局噴火のコンボがそれを破壊してくれた。
だから下手したら二年ぶりぐらいのまとまった自由時間。
しかし、俺の“さぁ、ライフワークを再開するのだ!”という意気込みに冷や水をぶっかける事態が出来した。
「ノリちゃん先生、避難民の子供に読み書き算盤教えておいた方が良いんじゃない?」
………………はい。奈菜さん。お説御尤もでございます。
ぐぉぉぉぉ




