第3話 慶事なのだがピンチ
ユラブチ集落群対応派遣隊は戦力半減という危機に陥っている。
戦力外になるのは、麻里沙さん、帆奈さん、眞由美さん、朱美の四人。
妙齢の女性という事で分かるとは思うがご懐妊です。
冬が寒すぎたから暖め合っていてできたのだろうが、俺は注意しろとは言ってはいた。
第一世代の大部分は生活基盤が整ってある程度は食糧備蓄などができるまでは留意していたから、全員というのは打ちのめされた。
眞由美さんと朱美の子は俺にとっては孫になるので私人としては嬉しいが派遣隊の後見人としての公人としては困った事態なので反応が難しかった。
それでも眞由美さんと朱美は新婚さんだから百歩譲ってまあ良いけど、麻里沙さんと帆奈さんは……
取り敢えず、芹沢家と秋川家(春馬くんの方ね)と敷島家に状況報告及びお詫び及び滝野へ来てもらえるよう依頼する文書を美浦との連絡員に託した。
それと、三人衆にも状況報告及びお詫び及び善後策の依頼と、安藤家と東山家、それと佐智恵と美結への報せの文書も託した。
妊婦は悪阻もあるので全業務から解除して母体保護を優先させたが、滝野では妊婦の保健について不安もあるし、出産は更に不安が強い。
そして産まれた子の保育まで考えたら四人を美浦に戻す方が良い。
しかし、四人から滝野に留まることを希望された。
まあ、今は留まるとは言ってはいるが気が変わる事はあり得る。
先の話は先延ばしするにしても、母体保護を優先して美浦に戻すか、四人の意志を尊重して滝野でケアができる体制を整えるかは考えないといけない。
それと、四人が担ってきていた避難民の世話をする要員の確保をどうするか。
この辺りは三人衆に丸投げした。
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「義教、すまん。うちの馬鹿息子と馬鹿娘が迷惑をかけた」
「こちらこそ申し訳ない。それにうちの子らも同じだし」
依頼に応えて早々に将司と雪月花がやってきた。
そして互いに謝罪合戦の図。
「個人としては孫は嬉しいのですが、俯瞰するなら問題山積みです」
「完全に同意する。それで、申し訳ないのだが、手順前後だけど形はちゃんとしておきたい」
形をちゃんとするというのは、芹沢家の輝政くんと秋川家の麻里沙さん、それと敷島家の昭尚くんと芹沢家の帆奈さんの結婚の事。
後追い・現状の追認という形にはなるが二人は婚姻関係にあるという事をしっかり担保しておいた方が良いというのが俺の意見。
現代日本では戸籍の届出は原則として役場などで年中無休二十四時間いつでも受領される。
戸籍事務取扱準則制定標準という市町村が戸籍事務に関する規定を制定するにあたってのガイドラインがあるのだが、その中に『執務時間外でも戸籍に関する届出等があったら受領しないといけない』という感じの文言がある。
戸籍の届出には、出生届・死亡届・婚姻届・離婚届・養子縁組届・養子離縁届・転籍届・分籍届・入籍届などがあり、またそれらの届出の不受理申出と不受理申出の取下げがある。
市町村によって異なるのだろうが、この全部もしくは一部は年中無休二十四時間受領される。
一部は受け付けないというところもたいていは『不受理申出』と『不受理申出の取下げ』は時間外の受領はしないという感じで、届出はほぼ全ての市町村で年中無休二十四時間いつでも受領される。
結婚を俗に入籍という事もあるが、婚姻届と入籍届は別物。
明治政府が創った戸籍制度だと婚姻するとどちらかの戸籍に移動するので入籍であったが、現代日本の戸籍制度だと婚姻届が受理されると夫婦の両者は今の戸籍から離脱して二人で一つの新たな戸籍を作るので入籍ではない。
制度は変わったけど婚姻を入籍という言い回しが現代日本で残っているだけということ。
では、現代日本の入籍とはどういう場面で使われるかというと、未成年の子がいる者が再婚したり、未成年の子がいる夫婦が離婚して今の戸籍から離脱する側に未成年の子が引き取られる時が主な用途になる。
婚姻届や離婚届で戸籍が移動するのは夫婦だけなので、未成年の子は今いる戸籍から動かず入籍届をださないと未成年の子が親の戸籍に入る事はない。
これら届出等を年中無休二十四時間いつでも受領するのは、身分に関することや相続や財産に関する権利関係は日々変化する可能性があるので離婚届や婚姻届の提出を平日の窓口業務時間帯に限ってしまうと大きな弊害が発生してしまう可能性があるから。
どういう事かと言うと『とある人の死亡とその人が関わる結婚・離婚・養子縁組・養子離縁(養子関係を解消して他人になる)のどちらが先かで相続人になったりならなかったり届け出内容が成立しないという事が起きる』可能性があるという事。
ただ、執務時間外に夜間休日窓口などへ届出して受領されたとしても、それで法的に有効になる訳ではない。
時間外に受領した届出は執務時間になったら担当部署が届出に判子や記載の漏れや必要書類の不足があったり不受理申出がなされているなどの不備が無いかを審査して、問題がなければ『受理』して届出内容のとおりに処理を行う。
そして、届出の内容は受領日(届出した日)に遡って有効なものとして取り扱われる。
逆に言えば、届出に不備があれば不受理になり再提出が必要になるし、その時の適用日は最初に受領された日ではなく、再提出して受理された届出の受領日になる。
結婚記念日を特定の日にしたいが、その日が休日だから時間外窓口に届出したけど、その婚姻届に不備があって不受理になり、法的な結婚日は再提出した日になって云々……という話もある。
だから、そういった意向がある場合は、事前に役場などで届出に問題がないかを相談しておいてから法的な結婚をした日にしたい日に提出するのがよい。
時間外窓口に提出された届出が不受理になるのは偶にあって、がっかりしたり怒ったりしている人とやり取りするぐらいなら事前に相談してくれた方が双方にとって何万倍もマシと市民課の中の人が言っていた。
この様に、現代日本では法的に有効な婚姻関係にあるのか否かは色々な事において重要な事項になっている。
「同意します。将司の往生際が悪いのがいけないのです。さっさと結婚させておくべきでした。マサもそれでいいですね?」
「……分かった。取り敢えず、早急に相方の了解をえて婚姻届を書かせる。式は……早めにするか産まれた後かは相談かな」
他人事だから傍観していたけど将司は帆奈さんの結婚を認めざるを得ないけど認めたくないって感じで渋っていたんだよなぁ。
義智も将司と雪月花の長女の瑠璃さんと結婚するのには苦労していた。
将司は娘を溺愛しすぎ。
あくまで個人的な印象に過ぎないが、息子の結婚に反対する親は少ないが、娘の結婚に反対する父親はいる。そして、娘の結婚に反対する母親は少なくて、母親が間を取り持つ事が多い印象がある。
まあ、創作などでは『娘の結婚に反対する父親を諫めて間を取り持つ母親の図』は一種のパターンだからかもしれないが、これが成立する背景としてはやはり娘の結婚に反対する父親はいるのだろう。
俺の知り合いにそういった父親を強行突破するために子供をつくったという猛者もいた。
俺はどうだったって?
俺は“娘を妻にしたいって? なんと奇特な……ありがとう! でも本当にうちの娘でいいの?”って感じだった。
なにせ拘りが強く頑固な娘(朱美は特にそれが強い)だから相手が見つからない心配の方が強かったんだよ。
「話を変える。執行部からだが、近々楠本夫婦を滝野に派遣する予定だ」
「仮に美浦に呼び戻すにしても安定期に入ってからの方が良いですし、それまでのケア要員は奈菜さんが適任です」
「ありがたい。それは助かる」
「それでだな……」
俺が三人衆(執行部)に丸投げした課題はちゃんと応えてくれた。
四人を美浦に戻すか滝野に留めるかを決めるのは時期尚早で、仮に美浦に戻すにしても悪阻がある今ではなく少なくとも安定期に入ってからとし、滝野でケアができるよう奈菜さんを派遣してくれる。
また、政信さんの派遣だが、これは俺が開拓地絡みなどで滝野を留守にする事態に備えてとの事。
それと、四人が担ってきていた避難民の世話をする要員だが、滝野に十日間滞在して美浦で二十日間というパターンの人間を六人用意してローテーションで常に滝野に二人以上滞在する形態で派遣してくれる。
「それ以外で執行部が気にしていたのは鴨庄開拓への応援」
「人については問題ない。輝政くんの立てた計画だと派遣隊で収まるし、その公算は高い」
「では課題は物資の方が」
「ああ、この間もリソースにも気を配れと言ったばかり」
「何があった?」
「ボートを追加で二隻欲しいとか言い出してな」
「何だそれは。我に余剰戦力なし、要るなら自分で造れ……確かにリソースに気を配っていたら言えないな」
何かを成すのに必要になる人・物・金・時間などの経営資源が充足していないと成す事はできない。
リソースが不足しているなら不足しているリソースを充足させるのに必要なリソースを揃えないと充足できない。
この必要になるリソースが連鎖していくので、何かを成そうとすると裾野からやっていかないと失敗する。
現代だったら、金さえ出せば時間以外のリソースはたいてい調達できるし、場合によっては時間も買う事ができるから、成そうとする事に必要なリソースだけを気にしていればたいていは問題は起きない。
しかし、ここではそうはならない。
一番最初の頃に比べればかなり改善されているが、そこらの基盤はまだまだ脆弱と言わざるを得ない。
例えば家屋を建てる材木を得るとして、現代日本なら材木屋やホームセンターから乾燥済み・製材済みの材木を買ってくれば済む話だが、ここでは伐採して製材や乾燥などの処理を施さないといけないし、乾燥させる手法は自然乾燥になるので年単位の時間がかかるから、必要になってから伐採していたのでは到底間に合わない。
だから、美浦その他に樹種ごとの乾燥中や乾燥済みの木材がどれだけあって、他の用途との兼ね合いなどからどれだけ使えるかを把握していないと計画が破綻してしまう。
それと時間あたりに加工できる量も無限ではないので、加工能力との兼ね合いもでてくる。
「放っておくと泥縄に成り兼ねないから裏で手配したり手配の必要を指摘してもいいが、それだと何時まで経っても成長しない」
「失敗が許される場面なら失敗させるのも手だが」
「正直に言えば、輝政くんを集中的に鍛えたい」
「司くんじゃないのか?」
「彼は大局観がよいから専門分野を深化させるのではなく広い視野で全体の方向性を打ち出せるよう鍛えたい」
「そうなると……司くんが方向性を決めるための諮問に応えるのが輝政の役割か」
「そのとおり」
「東雲さんや東山さんの立ち位置ですね」
将司は何かを決める際には、その事について詳しい者に諮問して実現の可否や要するリソースや場合によっては代案などを聞き取って政策決定の判断材料にしてきた。
あくまで判断材料なので必ずしも専門家の提言通りとはならないのだが、専門家が“無理”と言った事はやらない。
美浦では建設や建築に関わる課題が多く、匠と俺に諮問するケースが頻発していたから雪月花の印象としてそうなったのだろうが、当然ながら他の人にも諮問している。
「鍛えるといっても直ぐには無理だから、当面の間は物資の差配は義教がしてくれ。ただ、都度々々どういう手配をしたかを教えて実地訓練も兼ねて欲しい」
「了解した。開拓にある程度目鼻が立ったら、失敗しても何とかなる部分を任せていく方向で良いか?」
「それで頼む。執行部にはそう伝える」




