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文明の濫觴  作者: 烏木
第2章 開拓を始めましょう
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第15話 川の幸

稲刈りも終えて稲架(はざ)には晩生(おくて)のハツシモや酒米が干されている秋晴れの今日この頃。「天高く馬肥ゆる秋」は騎馬民族が略奪に来る季節という戒めの言葉というのを聞いたことがあるが、ここでは何が来るのだろうか。熊襲来とかだったら嫌だな。


そろそろ秋野菜や冬野菜の作付けに入る時期と思うのだが、奈緒美は「もうちょっと待った方が良い気がする」と言ってほとんど播種や定植をしていない。ハツシモの刈り取りはまだ早いと思っていたにも関わらず急がせた割りにその後がまったりとかちょっとチグハグな気がする。何をテンパってんだ?


開いたコットンボールの収穫以外は農作業が休業状態という事で、晩夏から初秋の風物詩でもある落ち鮎を狙う。そして落ち鮎を狙っているのは俺らだけではない。スズキ()も落ち鮎を狙って遡上してくる。

一般的にスズキの旬は夏とされるが、西日本では産卵前の秋から冬にかけても珍重されている。釣りとなると黙っていないのが安藤くんと美野里の二人。雨の翌朝は手作りのルアーを持って大川の河口に向かいスズキに狙いをつけて釣行に勤しんでいる。鮎は雨などで増水した時に川を降る習性があり、スズキもそれを知っているのだ。


鮎の方は里川の井堰の下流に(やな)を設置して捕まえる。竹はいくらでもあるし、繁殖を抑制する為にも積極的に使っている。梁漁は状況を見極めれば比較的安全なので観光とかにも活用されている。今朝は史朗くんと宣幸くんも見物とお手伝いを兼ねて来てくれている。美恵ちゃんは「パパといる」だそうだ。


「ノリちゃん蛇みたいのがいるよ!」

梁を覗き込んだ史朗くんがビックリした声を上げる。

見ると落ち鮎に混じって60cmほどのウナギちゃんが何尾かうねうねしている。

「おっ!ウナギだ!ラッキー!」

逃げられる前にとっとと捕まえて魚籠(びく)に入れ、最後のウナギは掴んで二人に見せてあげる。

「ほら。これがウナギだよ。こいつは黄色っぽいけど、銀色っぽい奴もいるよ」

ウナギは海と川の両方で生活できるが、海一辺倒(海ウナギ)、川一辺倒(川ウナギ)、行き来する(河口ウナギ・汽水ウナギ)という形態があると考えられている。耳石に含まれるカルシウムとストロンチウムの比率(海だとストロンチウムが多くなる)で生活環を探る研究がなされていて個体により生活環が異なるという事が分かってきている。

川で生活している時は体色が黄色がかり「黄ウナギ」、海で生活している時は銀色めいて「銀ウナギ」と呼ぶ説もあるが、成熟して産卵に向かうときに銀ウナギになるという説もあってウナギはまだまだ謎に満ちている。

魚籠に蓋をして持って帰り、泥抜きして明後日あたりにでも食おう。


ウナギの次は鮎の処理。産卵前で活きが良さそうなのを二割ぐらい梁の下流に放流する。本来は魚道的な物を作るのだが里川は小さい川なので全部堰き止める形になっていてある意味一網打尽にしてしまっている。梁を張っていない時の方が多いから逃がすのはまぁ気休めみたいな物だけど……

「ノリちゃん何で逃がすの?」

「鮎はね卵を産むために川を降るんだよ。ここで全部獲っちゃうとどうなるかな?」

「……鮎が居なくなっちゃう?」

「そう。史朗くん頭良いねぇ」

「じゃぁ逃がした鮎の子供が帰って来るんだね」

「そうだよ。子供のうちに食べられたり迷子になって他の川に行ったりするのもいるけど帰って来るよ」

サケ類と違って母川回帰性は薄いと言われているが、それなりの確率で回帰している傍証はあるので、できるだけ本当を盛り込む。

「それじゃぁ残りは獲り尽すぞぉ!」

「「おー!」」

鮎は百五十尾ほど獲れた。大漁々々……って獲れすぎだ。どう処理すりゃいいんだ?


■■■

ウナギは蓋をした魚籠に入れて堀溜池の放水口に括り付けて泥抜きをする。泥抜きと言いつつ実のところは消化管を空にするのが目的だったりする。

落ち鮎の方は消化管の中身を手で押し出して取り除く。


卵巣や精巣を取り出し、血管とかを取ったら水で洗って水気を切ってから塩をまぶす。本当はキッチンペーパーとかで水気を切りたいところだけど笊で水を切るので我慢する。後は出てきた水分を捨てながら数日経てば卵巣は「子うるか」精巣は「白うるか」という塩辛ができあがる。こいつの問題は酒が欲しくなるって事。

内臓をつかえば「苦うるか」もできるんだけど、評判が今ひとつ良くなかったから少数の愛好者向けに少しだけ作る。俺は好きなんだけど好き好き(すきずき)がある味なのは理解している。まぁ主食や主菜という訳ではないので無理に食べる必要はない嗜好品と位置付けている。

そうするとワタが余るのだがこれは謎工房行きで肥料にして有効活用する。

身の方は腹子を取ってない鮎は串を打って囲炉裏で塩焼きに、腹子を取った奴は開きにして表面を炙ったら干物にする。鮎の焼き干しだね。


そうこうしていたら安藤くんと美野里が帰ってきた。

「今日は大漁でした!」

八十センチメートルほどの正真正銘のスズキが三尾、五十センチメートルぐらいで地方によって呼び方は異なるがフッコとかハネなどと呼ばれる大きさの奴が五尾と中々の釣果だったようだ。今日は魚祭りだな。

スズキ料理は安藤くんと大林さんと岸本さんの三人で取り掛かるというので厨房を明け渡す。俺は鮎を山ほど捌いたからもう疲れた。


■■■

今日は空曜日。夕食にご飯が出る日でもある。

ならば先日獲ったウナギで鰻丼を作るしかあるまい。異論は認めない。

翌日以降も含めて合計十一尾いるから一人半尾二十五センチメートルほどあたる。


「醤油、味醂、砂糖、それと炭を使わせてもらうぞ。文句のある奴はいるか」

「異議なし!」

「山椒も抜かりないよ!」

「美野里!でかした!」


たらいに氷水を張ってウナギを投入し低温で動かなくなったら目打ちして裂いていく。裂き方と作り方は色々あるが、今回は背開きで蒸しなしという九州スタイルに近いものにした。

外した背骨と頭を炭火でじっくり焼いて、醤油、味醂、砂糖で作ったタレに投入して少し煮詰める。

鉄串に刺して白焼きしたウナギをタレに漬け込んでまた炭火で焼くとウナギの脂とタレが焦げた良い匂いと煙が立ち込める。

「うーうー」「まーまー」

和広ちゃんと江理ちゃんも美味さを本能的に感じ取ったのか涎を垂らしながら手足をバタバタしてまるで「早く食べさせろ」と言っているようだ。

大人たちも当然ながら生唾ごっくん状態へ順調に移行している。


タレにつけて焼くのを三度繰り返して鰻の蒲焼のできあがり。

炊き立てご飯を丼に半分ほど入れてタレをまぶし、八センチメートルほどに切った蒲焼を一枚乗せたらその上にご飯をついで蒲焼を更に二枚乗っけてタレをかける。肝吸いを付けたら鰻丼の完成!後はお好みで山椒をどうぞ。粒と粉のどちらもあり□。


もうね。黙々と食べるしかない。……美味かった。

ウナギの旬はこれからというか初冬あたりなので仕掛け筒をがんばろう。

大川の葦原あたりにわんさかいそうだしな。


■■■

ハツシモの稲架掛けも終わり脱穀しているが、どうも将司と奈緒美の様子に違和感を感じる。気付いたら難しい顔で空を睨んでいるのだ。釣られて空を見上げるが別にUFOが飛んでるわけでもない。


「義教、俵と縄を出来るだけ準備しておいてくれ」

「マルチング材に(むしろ)もお願い」

「……良いけど何で?」

「何でだろう?……まぁそうしておいてくれ」

極稀にある将司の「何でだろう指示」は、説得力のある理由を上手く言語化できないが本人の中には確たる何かがある時なので素直に従う方がいい。


とりあえず諸々は後回しにして、まだ山と積まれている稲藁で、筵、俵、縄を手分けして作成する。この生活ももう半年になり、手の皮もすっかり分厚くなっているので今更稲藁を撚ったぐらいで手を切ったりする奴はいない。


筵はできた端からジャガイモのマルチングに敷かれていった。もう雑草の抑制はそれほど神経質にならなくてもと思うのだが……

将司から終了を言い渡されたときには過剰と思えるぐらいの俵と縄が広間に積みあがっていた。


もう一つ「終われ」と言われたのが梁漁。落ち鮎が獲れすぎた。

丸のままじっくり炙って六尾一組でスダレのように藁紐で括って干した「干し鮎」が三百尾を越えた。

それとは別に鮎の開きもあるので「これ以上の鮎はもういい」という事だ。


■■■

梁は解体して仕掛け筒にリサイクルする。仕掛け筒は竹細工の一種でも作れるので有効活用せねば。

梁自体は来年また作ればいい。このまま置いておくのも場所がもったいないし、強度が落ちる心配もある。


竹木屋で解体しているが、今日は朝から時折強い風が吹いている。

秋の草原を吹き分ける風……野分なのかな?舞っている風は無い様だが。

そんな益体も無い事を思いながら解体と部材化をしていた時である。


「全員集合!」「全員集合!」


カンカンカンと鍋を叩く音と共にただならぬ声が美浦に響き渡った。


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