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文明の濫觴  作者: 烏木
第11章 幕間
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幕間 第25話 生存戦略

お待たせしました。

ゴールデンウィークから夏休み明けまで飛んで三か月ぶりの更新です。

数日前に砂塵が舞って集落の外が霞んで見えなくなっていた。

春はこういった砂塵が舞って霞む事が偶にあるが、ここまで酷いのは生まれて初めてで嫌な胸騒ぎがした。


砂塵は二日ほどで晴れたが嫌な予感は続いていた。

昨日はまだ日が沈む前の夕方にも関わらず暗くなったが、パラパラパラパラと霰が降っているかのような音に目を覚ますと全てが暗闇に覆われていた。


唐突にミヌエからの訪問者が言っていた彼らの言い伝えを思い出した。


ミヌエはここムイブチから一日ぐらいかかる場所にある集落で、途中に他の集落はない。

それと彼らはとても大きくて、ムイブチで一番大きな者でも彼らと並ぶと大人と子供に見える。

また、少し言葉が違うので意思疎通にもどかしさもあり、年に一度彼らががやってくるだけの関係だった。


一度だけミヌエに行った事があるが、何から何まで異なっていた。

その中で異彩を放っていたのが大きな大きな倉庫が何棟も建っていた事。


彼らの言い伝えには『いつの日か空が黒い雲に覆われ昼でも月の無い闇夜より暗くなる。そして黒い雲から忌むべき灰が降りそそぎ、その忌むべき灰に覆われた大地は草木が生えなくなり食べ物が実らなくなる』というものがあるそうだ。

そして彼らは『だから季節が巡っても大丈夫なぐらい沢山の食べ物を備えていなければならない』とも言っていた。

あの何棟もの倉庫はそのための食べ物を納めているのだという。


その後、灰は三日三晩降りそそぎ、降り積もった灰の厚みは親指の長さに少し足りないぐらいあった。


■■■


ユラブチの跡地に各集落の代表(ムロソキ)と渉外担当が集められている。

私はムイブチの渉外担当なので招集された。

なぜ集められたかだが『もう駄目だから今後どうするか』を決めるため。


ミヌエの言い伝えの『忌むべき灰に覆われた大地は草木が生えなくなり食べ物が実らなくなる』というのは本当らしい。

春になると生えてきて食べられる草は今年は全くと言っていいぐらい生えてこなかった。


山の木々も夏に生るヤマモモも今年はほとんど実が生らなかったし、他の実が生る木も実が生る気配がほとんど無い。

団栗は種類によっては偶にほとんど実らなくなる年もあるが、ほぼ全てが実らないというのは聞いた事が無い。


暗黒に覆われてから今までに得られたまともな食べ物は川魚ぐらい。

兎や鹿や猪も獲ってはいるが数が少ない上にどれもこれも痩せこけていて食べられるところが少ない。


そしてその頼みの綱の川魚も、最近では水が濁る事が多いし川底に泥が溜まっていて滑るなど足場も悪くなってほとんど獲れなくなった。

そう多くは残っていなかった貯蓄を含めて何とかやり繰りして夏までは耐えたが、今の段階で実を付けている木がほとんど見当たらないとなると、このままだと冬が越せえないどころか秋まで持つかも怪しい。


それと頻繁に川から水が溢れるようになった。

これまでも雨が続くと川から水が溢れるのはよくあった事だが、近頃は少しの雨でも溢れるなど頻度が増しているし、溢れる量も多くなり辺り一面が水浸しになる事も多い。


(とど)めとして先日の豪雨のときに、これまでに無いぐらい水位が上がってユラブチは水没してしまった。

他の集落でも水没したところがあるし、ムイブチのように水没は免れたところもあるがどこもすぐ傍まで水が来ていてもう駄目だと思った。

水没した集落も全員逃げ出す事はできたのだが、、もう住む事はできないだろう。


ユラブチのムロソキが各集落のムロソキに状況を聞いているが、一つを除いてどの集落も似たようなもので、もっと高台に移らないと怖いが、何より食べる物が決定的に足りないから『このままだと如何にもならない』という当たり前の事が分かっただけだった。

そして一つだけ例外なのはアーエで、アーエではこの間の豪雨でもそれほど水は上がってこなかったし、そもそも水面が一日の中でも上下するらしく、水の濁りが早くおさまるからか、魚は獲れているからギリギリだけどまだ何とかなっているそうだ。


「アーエの、どれぐらいいける?」

「アーエの分としても足りないぐらい。余裕はない」

「……まあ、魚だけ食っていた訳ではないか」

「そうだ」

「……なぁ、もっと下っていけば魚は獲れるんじゃないか?」

「かもしれないが……」


アーエのムロソキが首を振る。


「アーエあたりで辛くて飲めない水に変わるからアーエのように飲める水が流れているところじゃないと住めない。そういうところは幾つかあったがアーエぐらい魚が獲れるところは知らない」

「そうか……いや、魚が獲れるなら十分だ。そこで獲れる量で食っていける人数に絞ろう。それなら如何だ?」

「それなら……しかし、魚の獲り方はかなり違うぞ。アーエから人を貸すが獲れる保証はない」

「魚がいるだけマシだ。それで何箇所ぐらいある?」


アーエのムロソキが渉外担当と小声で確認しあった後に『五つ、あってもう一つ。ただ、獲れて一箇所で四家族分だろう』と答えた。


皆が難しい顔をしている。

私もそうだろう。


ユラブチ集落群には七つの集落がある。

六箇所あったら全集落が移住できるが、一箇所で四家族だと集落の全家族は無理。

八箇所あったら何とかなるかもしれないが、六から八家族はあぶれてしまう。


「そうだ、ムイブチの若いの」


えっ? 私?


「何か案は無いか?」

「……これといって無いですが」

「お前、よくミヌエは進んでいるって言っていたよな」

「……ええ」

「残りを引き連れてミヌエへ行け。進んでいるなら助かるかもしれない」

「それは……」


ムロソキ達から“ミヌエと深く関わるな”って止められていた。

その筆頭がこのユラブチのムロソキだ。


「俺ら年寄りは今更生き方は変えられん。だから関わるなと言っていた。だがもうそんな事を言っていられる状況じゃない」

「…………」

「それぞれの集落から一番若い家族をムイブチに送れ。若い奴らなら生き方を変えられるかもしれん。ムイブチの若いの、お前は集まった若いのを連れてミヌエに行け」

「それは……」

「アーエの先に行ったら狩り場が変わるんだ。魚が獲れず行き詰まる事もあるだろう。だが、このままだと如何にもならんからそれでもやる。俺が思うにお前んとこが一番分がいい賭けだ。一人でも多く生き残らせてくれ。頼む」


■■■


ミヌエは突然やってきた私達を受け入れてくれた。

食べ物も出してくれたし寐るところも用意してくれた。

寝床はとても広い倉庫のようなところだったが、ムイブチの棲み家と違ってじめじめしておらず虫も少なく快適だった。


私達もただ飯を喰らうだけじゃなく手伝いもした。

忌むべき灰を掻き集めて丘に埋めているのだが、丘に運ばれた忌むべき灰を丸太で叩いて固めるのを任された。


そうこうしているうちに秋になり、私達はミヌエからタキノという所に移動する事になった。

ミヌエは手狭で冬の暮らしに不安があるからそれらが整っているタキノに移るとの事。


そしてカセンテイという煙を吐きながら水に浮かんでいる物に乗せられて着いたタキノは驚愕の地だった。


タキノはとても大きかった。

ミヌエも私達に比べればかなり大きいのだが、ミヌエは小さい方というのが分かる大きさだった。

私達の建物と比べ物にならない大きな建物が、私達の集落の全部合わせたよりも多く建っている。


後から聞いたのだが、タキノは集落群の全ての集落が集まって産品の交換をするために造られた場所だそうだ。

だから、それだけの人数が寝泊まりできるようになっていると。


そしてタキノの人も大きかった。ミヌエの人より更に大きい。


その大きい人の中の指導者(ムロソキ)と思われる人が私達にタキノの暮らし方を直接教えてくれた。

ただ、時折何をしているのか分からない事を私達の近くでやっていた。

何人かの子供がちょろちょろと寄っていくが、ムロソキは笑顔で相手をしてくれていて安堵した。


その内に、他の大きい人も色々と教えてくれるようになったが、驚いた事に私達の言葉を使って教えてくれる。

私達が知らない物や区別していない物は、私達が彼らの言い方を覚える必要はあるが、意思疎通が容易になった。


最初に教えられた作業は男衆は立ち枯れた葦の刈り取りだった。

葦は水辺に生えている背丈の高い草で土を被せる前の屋根などに使うのだが、刈り取るのが大変なのと用途もそれほど無いから必要な時に必要なだけ刈るだけだった。

しかし、ここでは用途がたくさんあるので見える範囲は全部刈るのだそうだ。


大変な作業だと暗澹たる気持ちにはなったが“助けてもらっている以上はやるしかない”と立ち枯れた葦の生い茂る川原に向かったのだが……立ち枯れた葦の刈り取りが私達には無い道具を使えばこんなに簡単だったとは。


刈り取った葦はタキノに運び込んで忌まわしき灰を取り除いた土の上に並べて置くように言われた。

これを繰り返していくと少しずつ元の草木が茂る土になっていくのだそうだ。

道具をどうするかという問題はあるが、是非ユラブチの仲間に知らせてやりたい。


その後は男衆は木の伐り方、伐った木の加工のやり方を教わった。

教わったやり方をすればユラブチの誰でも直ぐに安全に伐る事ができるようになるだろう。

知っているか知らないかの違いは大きい。これも知らせてやりたい。


一方で、伐った木の加工――製材――は難しい。

私達は木の種類は食べられる実をつけるものはともかく、そうでない木は特に区別したことはなかった。

しかし、加工するにはそれも区別する必要があるとの事。


加工する道具は私達には類似する物すらない。

それと道具の使い方や加工方法も難しく、誰でもできる物ではなかった。

一人で全部やるのではなく、この作業は誰々が、あの作業は誰々が、という風になった。


■■■


いつまでも此処に居る訳にもいかないので、春になったらミヌエとムイブチの間に私達の居住地を造る事になった。


ここで教わった事をユラブチの仲間に教えてよいか聞いたら快く許してくれた。

居住地を造るのに目途が立ったら無事の報せと共に教えにいけば良いとの事。


ユラブチのムロソキの言った通り、私達は分がいい賭けだったようだ。


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