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文明の濫觴  作者: 烏木
第11章 来訪者
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第15話 城砦?

「取り敢えず、完成予想図と粗々だが設計図、それと資材見積もり持ってきたぞ」

「カクさん兄さん、もうできたの?」

「……大変だったんだ」


何がそうさせたのかは不明だが、超特急で仕上げてきているし、鶴郎くんと義佐は二人とも目の下に隈をつくっているから大変だったのは間違いないだろう。


「で、相も変わらずスケさんは“巻き込みよし”なのね」

「……もはや運命(さだめ)じゃ」


義佐(スケさん)鶴郎くん(カクさん)コンビは自由奔放な鶴郎くんとそれをフォローする義佐という関係だが、これは匠と俺の関係と酷似している。

だから佐智恵は二人を見ていると昔を思い出すようだが、偶に“私に相当する者がいないのが腹が立つ”と零している。


「親父はもちろんの事、美恵姉貴(ミエねえ)とか宣幸兄貴(ノブにい)とかが色々と口と手をだしてくるまでは予想範囲だったけど、食糧番の白石の小母さんまで加わってくるのは本当に想定外で……その白石の小母さんのお陰で天手古舞させられた」

「えっ? 白石の小母さん?」

「うん。何でもあの辺りにはたくさんの城跡があって……十個ぐらい挙げてたかな?」

「うん。他にも色々あるけど厳選してって言いながら」


そう言えば白石さんって城跡巡りをするぐらいの戦国マニア城マニアな歴女だった。

三木合戦の三木城の見学もしていたから、黒井城とかも見学していても不思議じゃない。

あの辺りは黒井城の支城とか黒井城攻めのための付け城とか、国人領主の居城とか色々ありそうだ。


「……それが、どう関わるの?」

「候補地の後背の丘陵のピークに長谷山城という城があって見学した事があるそうで“ここはこういう風に”“ここはこんな感じに”と。後は……何だっけ?」

「ええっと……長谷山城の北西隣りのピークに矢谷城、鴨庄川を挟んだ南側の丘陵に畑山城、鴨庄川を少し遡ったあたりに岩倉城と西山城と日内城と戸平(とべら)砦だったっけ?」

「確かそんな感じ。ああ、地図あった……これな。ここが候補地で、長谷山城はここ、矢谷城は……」


地図で挙げられた城跡を示しながら説明される。


挿絵(By みてみん)


「そんでもって、こんな感じで周りに城砦群を築いて云々……あんなに捲し立てる白石の小母さんを初めて見たけど……正直、怖かった」

「挙句の果てには“私が満足できる縄張図を持ってくるまで東雲家と東山家への自由裁量分(おやつ)の支出を停止する”とまで脅してきて……」

「おかげで両方の親兄弟から“おやつを返せ”と矢の催促を受けるし、他にも美浦の全員から“こっちに飛び火したら大変だから早くしろ”と追い立てられて、不眠不休ぐらいの超特急で仕上げた」


『おやつ禁止』に慌てふためくアラフィフを筆頭にした成人達って……それ、何てコント?

まあ、実態としては、ほとんど我を出すことがない白石さんの本当に希有な我儘だから叶えてやろうという支援射撃だろう。

もしも、俺が美浦にいたら“白石さんの言う通りの物を特急で仕上げろ!”と発破をかけた自信がある。


「そうそう、白石の小母さんが言うには、候補地から徒歩で小一時間ぐらいのここ戸平峠(とべらとうげ)で石灰岩が採れた筈だと」

「……マジか?!」

「採掘跡地も見学したと言ってたから確度は高いかと」

「……近場で石灰岩が採れるなら態々美浦から貝灰を運ばなくていいから採れれば大きい。雪が融けたら要調査だな」

「賛成。貝灰の争奪戦も中々熾烈だし」


貝殻や石灰岩の主成分は炭酸カルシウムなので、貝殻や石灰岩を煆焼(かしょう)すると酸化カルシウム(生石灰)ができ、生石灰と水を反応させると水酸化カルシウム(消石灰)ができる。


生石灰と消石灰を合わせて石灰(せっかい)とも言うが、石灰は漆喰やポルトランドセメントの重要な成分でもあるので、建設建築業界としては是非とも確保したい資源である。


その他にも石炭の燃焼時に発生するSOx(硫黄酸化物)硫酸カルシウム(石膏)の形で除去する脱硫用途とか、塩素を吸収させて消毒や漂白に使う次亜塩素酸カルシウム(カルキ)を合成するなど、石灰の需要は建設建築以外にも山ほどあるので石灰は幾らあっても構わないぐらい。


その石灰(せっかい)だが、貝殻由来を貝灰(かいばい)、石灰岩由来を石灰(いしばい)と呼んで区別する事もある。


これは原料に含まれる炭酸カルシウム以外の物質の種類や割合による差異になるとは思うが、俺には貝灰と石灰(いしばい)の違いは大して気にしないので、俺としてはあくまで原料が貝殻か石灰岩かで言い分けているに過ぎない。


しかし、違いがわかる男である匠に言わせれば“貝灰と石灰(いしばい)は丸っきり別物だし、石灰(いしばい)石灰(いしばい)で石灰岩の産地や選鉱具合いによって異なるし、貝灰も貝の種類によってガラッと変わる”そうだ。


ミツモコにも石灰岩はあるにはあるが、大部分がミツモコから少し離れたところで採掘できる褐炭を褐炭ブリケットに加工する際に脱硫用に使われてしまうので外に出せる量は高が知れてしまう。

そういうこともあって、美浦では石灰源は相も変わらず貝殻が主力になっているが、こちらはそろそろ黄信号が灯り始めている。


俺ら以外に貝殻を拾い集める存在がいないから、ある程度捜索すれば太古の昔から延々と貝殻が溜まりつづけていた海岸もあって需要を支えてはいたのだが、そういった海岸も二十年も採り続ければそうそう見つからなくなる。


太古の昔から貯まり続けた貝殻を採り尽くしてしまったら貝殻の供給源は自分達が食べた貝の貝殻だけになり、その程度の量だと最低限度の需要すら賄えるか怪しい。


実は石灰岩は日本で採掘できる量で日本の需要を十分に賄える珍しい地下資源で、石灰岩が山体の多くを占めていて露天掘りで幾らでも採掘できる山は日本に幾つもある。


海洋プレート上にサンゴ礁が発達し海洋プレートが大陸プレートに潜り込む際にサンゴ礁などが海洋プレートから剥ぎ取られて大陸プレートに付加したもの(付加体)が長い年月を経て石灰岩になるというのが石灰岩の成因の一つであり、日本列島は海洋プレートである太平洋プレートとフィリピン海プレートが大陸プレートであるユーラシアプレートと北米プレートに潜り込むことで形作られたので日本列島全土に付加体が多く分布しており、それに伴い石灰岩も全国に分布している。


石灰岩でできた地形と言われると一般には秋吉台のカルスト台地が有名だと思うが、他にも山ほど石灰岩は分布しているので現代日本では二〇〇を超える石灰石鉱山が現役で稼働している。

だから、そういった石灰岩を比較的労力を要さずに大量に採掘できるでだろう場所は幾つも知ってはいるが、美浦からの距離や輸送方法を考えると二の足を踏む。


美浦から一番近いのは中国山地にある阿哲台とか帝釈峡のあたり(広島県北東部から岡山県北西部にかけて)になるとは思うが、現状で手を出せるとしたら岡山県西部の倉敷に河口がある高梁川の河原で石灰石を探して拾うぐらいが関の山だと思う。


辛うじて現状で採掘可能なのは淡路島に貝の化石っぽい石灰岩になる手前といった感じの物があるので、ここが今のところ石灰源の最後の砦。

ここも採り尽くしたら海岸の捜索範囲を思いっ切り広げるぐらいしか手がない。

だから、産業レベルとはいかなくても生計が成り立つぐらいの石灰岩が採掘できる場所には飢えている。


「じゃあ、とりあえず成果物見ておきますので、スケさんカクさんは少し休んでいてください」

「ほいほい」

朱美(あけちゃん)、寝床用意して」

「はーい」



「ノーちゃん、判断がつかないんだけど、これ実用性あるの?」

「うん。余計な手間暇がかかるだけに見える」


超特急で仕上げてきた二人に悪いと思ったのか、二人が休んでから城砦云々を無用の長物扱いしてきたが、気持ちは分かる。


「少なくとも集落の後背の長谷山城だっけ、それについては有りかな? あとの物も無し寄りの有り?」

「……如何いう事?」

「例えば、白石さんが築けといったというこの竪堀(たてぼり)が何本も平行して掘られている畝状竪堀群うねじょうたてぼりぐんなんだが、この竪堀の目的は対人用には横機動を阻害する事と侵入経路を限定することだけど、副次的な効果として雨水を誘導することで(ふもと)の居館を守る防災施設の面もあるし、動物の侵入を阻止する効果もある」


竪堀は主に山城で上から下へ等高線に対して直角方向に掘られた壕のことで、竪堀を越えて横に機動するのを阻害することで敵の侵攻ルートを限定する事ができる。

特に、畝状竪堀群とも呼ばれる竪堀を何本も平行に掘り、掘った際にでた土を隣の竪堀との間に積み上げて土塁にするとその効果は抜群になる。


畝状竪堀群があると、まともに進軍できるのは竪堀の底ぐらいしかなくなる。

ここから攻め寄せようとすると狭い場所を一列縦隊で進むしかなくなるし、横に移動するのもほぼ不可能になる。

そして、縦隊の中の誰かが倒されたら倒れた者を踏みしだくか竪堀の壁に這わすかして避けないと進めないから侵攻するのに時間が掛かる。


これを防御側から見れば、横に機動できない縦隊なんて止まっている的と変わらないので火縄銃や弓矢や投石でどうとでもできる。

何せ先頭の一人を死傷させれば死傷者を避けるのに時間がかかって暫くは隊列が止まるのだから多対一で打ち下ろしという優位を活かせばそうそう負けはしないし、何なら先頭と最後尾を倒して身動きを取れなくしてから熱湯や岩を落とす事で隊列丸ごと全部を死傷させることも不可能ではない。


畝状竪堀群ほどでなくても竪堀があると竪堀を隔てた隣の隊との連携に支障をきたすし、動ける範囲が限定されること自体が危険な状況なのは間違いない。

この様に防御構築物として優秀なのに極論を言えば溝を掘るだけで築けるので、それなりの数の山城に採用されている。


そして、こんな足場が悪い面倒な地形を通ろうとする鹿や猪はそうそういないので獣害の低減にもある程度の効果がある。


「……雨水を誘導って旭丘の導流提みたいな感じと思えばいいのか」

「よくできました。他にも頂上部付近を削って建造物を築いていれば災害時の避難場所とか貯蔵倉庫としての役割を持たせられる」

「山頂付近に備蓄倉庫 兼 避難場所……竪堀などで動物の侵入も可能な限り阻止する」

「確かに有りと言えば有り」

「言われれば確かに」

「……じゃあ住居と直接関係ない他の城砦は?」

「まあ、地図と睨めっこしてどういう利用をするかを想定しながらもう少し考えてみろ」

「……はーい」


現状では対人戦闘を考慮した城砦の必要性は低いが、災害時などの非常用の施設として見れば有り無しでいえば有り。


あの辺りがそれなりの規模の戦場になったのは戦国時代末期から織豊時代初期が最後だから白石さんのいう城跡は中世城郭のものだろう。

中世城郭は、付け城など純軍事的な陣城もあるが、通常は普段は麓に住んでいて戦時などの非常時に籠る山城とのセットが基本。


普段は麓に住んでいて非常時に避難するというコンセプトは麓の居館と山城の関係と全く同じといってもよい。

要は相手が敵軍か災害かの違いでしかない。


更に言えば中世城郭は現代の日本人が『お城』と言われて思い浮かべるであろう天守は存在しない。

もっとも、天守も実は実用性は皆無といってよく、実態としては支配の象徴としての見栄といってもよい。

一応は戦時に最後の砦として使用することも考慮されていることもあるが、本丸にある天守にまで敵が押し寄せてきていて天守に籠るってもう負けてるだろうと思う。

高所から敵を見る? その為の施設が物見櫓なんですが。


基本的に城主の住居や政務は本丸や二の丸などに建てた御殿で事足りるというか無理に天守を使う必要性が皆無なので、天守が無くても何ら支障はなく、天守が何らかの理由で失われても再建されなかった天守が多いのも天守には全く実用性がない事の証左でもある。

幕府に憚ってというのもあるかもしれないが、幕府の本城たる江戸城も何だかんだ理由をつけて天守は再建されていないので、天守は割に合わない建造物なのは間違いない。

だから天守というのはロマンと見栄の塊と思った方がよい。


さてさて、俺の考える他の城砦の使い道だが、西側のピークの矢谷城は竹田川方面の物見として使えなくもない。

鴨庄川が貫通している場所は隘路だから何ぞの時に使うのは危ないが、救援が来るもしくは救援要請を出すのは竹田川方面になるので、こちらを安全に見るには長谷山城と連携していたと思われる矢谷城は使える。

それに鴨庄川と竹田川の後背湿地を利用するようになると避難場所として必要になるだろう。

これは今すぐではないにせよ何れはあった方がよい。


鴨庄川を挟んだ南側の丘陵の畑山城は鴨庄川の南に行っていたときに増水などで川を渡れなくなったときの避難場所として使える。


鴨庄川を少し遡ったあたりの岩倉城と西山城はどちらか一つで良いとは思うが、鴨の越冬地に近いので鴨狩りの拠点とか悪天候時の避難場所として使える。


日内城と戸平砦もどちらか一つで良いと思うが、戸平峠で石灰岩が採掘できるなら採掘基地として整備するのも悪くない。


もっとも、これらは『あったら便利()()』レベルだから優先順位は低くてもいいとは思う。


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