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文明の濫觴  作者: 烏木
第11章 来訪者
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第14話 授人以魚 不如授人以漁

「ノーちゃん、人に教えるって難しい」

「励め」


冬は余りやることはないが、比較的天候条件が良いときに樹木の伐採をしている。

冬季は樹木の水分含有率が低くなるので伐採には向いている。

そこで、義秀が避難民の男衆に三ツ紐伐りを教えている。


三ツ紐伐りというのは樹木の伐倒方法の一つで、先ず幹の三方から斧を打ち込んでツルと呼ばれる外周の三箇所を残して中心部まで刳り貫いてしまう。

そして残していたツルの一つを断ち切れば、残り二箇所を結んだ線の直角方向に倒れるというもの。


倒す方向を決めればツルの場所も決まってかなり正確に倒せるのと、芯まで刳り貫いているので樹木が裂けるのも防げるので、比較的太い大径木はこうやって伐倒している。

現代日本では伊勢神宮の式年遷宮など神事系統でしか使われていない伐倒方法ではあるが、現状では大径木を一番安全に伐倒できる方法なので使用している。


現代日本で標準的な伐倒方法である伐倒する方向の側に受口を作って逆側からチェーンソー(現状は使用するのが困難なので(ノコギリ)を使う)で追口を入れる方が簡単なのだが、大径木だと手作業で受口を作るのはともかく、追口を入れる鋸の長さや強度の問題もあるので大径木は三ツ紐伐りを使っている。


美浦では胸高直径(きょうこうちょっけい)(幹軸に沿って一.二メートル(北海道は一.三メートル)の高さの場所で測った幹の直径)四十センチメートル未満は受口と追口の方法で、四十センチメートル以上は三ツ紐伐りということにしている。

昔は胸高直径二十五センチメートルが閾値だったのだが高品質の道具が揃ってきたのと作業者の伐倒技術の向上で四十センチメートルに上げた。


現行では恵森などの薪炭林は例外として、森林の多くが原生林といっても過言ではない状況で、大径木もそれなりに多いので三ツ紐伐りはそれなりに使う。


それと、三ツ紐伐りのメリットの一つに『斧しか使わない』という事が挙げられる。

オリノコで初めて伐倒方法を教えたときも三ツ紐伐りだったが、これは石斧一本あれば使えるので石器時代でも通用する技術だから。


受口を作って追口を入れる方法も斧だけでできない訳ではないが、受口はともかくとして追口を斧で入れるのは中々怖い。


追口を(ノコギリ)で水平に入れる方法だと追口側の樹木が削られるのは鋸の刃の厚み分でしかないし、追口が深いようだと(くさび)も使うので、樹木が追口側に倒れる事はそうそうないが、斧だと結構な厚みで削れてしまうので追口側に倒れるなどの事故も現実的な頻度で起きてしまう。


一方で斧だと分厚く削れてしまうというのは受口を作るには便利なので、チェーンソーが普及するまでは斧で受口を作って鋸で追口を入れる手法が標準的な伐倒方法だった。

チェーンソーを使うなら受口もチェーンソーで作った方が安全で手っ取り早いのでチェーンソーだけで伐倒が完結する。


三ツ紐伐りをマスターした後に小径木には斧で受口を作って鋸で追口を入れる方法も伝授する予定だが、ただ、こちらは鋸という最低でも鉄器、できれば鋼鉄器が作れないと駄目な道具を使う。


伐倒する樹木に合わせた伐倒方法及び搬出方法を見越した伐倒する方向の見極めを教えようとしているのは今後は自分達でできるようにするため。


俗に老子の格言と言われているが、本当に老子の格言かはとても怪しいし、正確な出典がどこかは定かではない格言に『授人以魚 不如授人以漁(人に授けるに魚を()ってするは、人に授けるに漁を()ってするに()かず)』という物がある。


直訳すると『人に魚を与えることは、人に魚の取り方を教えるの事には及ばない』だが『貧しい人に魚を与えれば、その一日は食料に困らないだろうが、魚の捕り方を教えれば、その人は一生食うに困らない』という意味になり『物を与えるよりも物の作り方を教えるのが上策』という感じ。


この出典不明の『人に授けるに魚を()ってするは、人に授けるに漁を()ってするに()かず』だが、個人的には『人に授けるに魚を()ってし、然る後に漁を()ってする』のが上策だと思っている。


今まさに飢えている人に漁の仕方を教えても覚えるまでに死んでしまう。

だから例え対症療法であろうが先ずは手当をして命を繋いでから根治治療を行う方がよいということ。


まあ、俺の造語である『人に授けるに魚を()ってし、然る後に漁を()ってする』は通りが悪いから『人に授けるに魚を()ってするは、人に授けるに漁を()ってするに()かず』としておくが、これと上杉鷹山公の『してみせて 言って聞かせて させてみる』は俺のというか美浦の教育・支援の根幹の方針。


「そう言われてもイロハのイからだと……」

「そりゃ匠やノーちゃんが仕込んだ山雲組やその山雲組が仕込んだ者とずぶの素人は違うわな」


義秀がずぶの素人に技術を教えるのは何気に初めてのことで色々苦労しているようだ。

そもそも人に教えるというのは自分はより深く学ぶということでもある。


その中で一番大きいのは『言語化』だろう。

教えるためには基本的には言語化しないといけないのだが、本質が分かっていないと上手く言語化できないので、受け売りではなく自分の言葉で説明できればそれをよく分かっているという事でもある。


もちろん、言語化が困難で『見盗らす』ぐらいしか伝授する方法がない高度な領域も存在はするが、どうやれば『見盗らす』ことができるかという部分で本質の理解度の違いがでてくる。


他人が言語化したものを受け売りするならともかく、自分自身で言語化するというのは本質にたどり着くまで広く深く探索しないといけないので中々の難度を誇る……らしい。


俺自身は言語化で苦労するのは“この相手にはどう説明するのが適切か?”という見極めであって、言語化そのもので苦労した覚えはないので実感はないのだが、他人が言うには結構な難度らしいし、教え子を見ていると高難度なんだろうとは思う。


言語化に苦労しないというのは、言語化が困難なレベルに到達できていないということでもあるので、この辺りが俺の限界でもある。


さてさて、本質を分かるというところの『本質』にも段階があって“何故そうなる”というのを繰り返し突き詰めていけば、何れは“何故そうなるのかは分からないが、そういう風になる”という壁にぶち当たる。


だからと言って本質を理解しようとするのが無駄というわけではない。というかとても大切な事である。


ある程度の本質が分かればそこから応用範囲も広がっていくし、『本質は何か』を突き詰めていくのは自然科学の本分と言える。


相手がずぶの素人という事は本当にイロハのイの本質を捉えないといけないから大変だとは思うが、義秀にはそれができるだけの教育はした積もりだから頑張ってくれ。


「そうだとしても、言葉での意思疎通も十全じゃないからイロハのイからはさすがにキツイ」

「それを祖父(おじぃ)(ノーちゃん)はやってきたんだよ?」

「正直、素直に尊敬する……ん? (たく)小父さんは?」

「ああ、匠はノーちゃんが言葉がある程度通じるようにしてから参画した」

「……なる」

「まあ、可愛い息子のためだ。言葉が通じない状態で教えるにあたってのちょっとした心得を伝授しよう」


心掛ける事として、ノンバーバル(非言語での)コミュニケーション(意思疎通)はボディーランゲージが(かなめ)になるので、意識して大袈裟と思うぐらいしっかりと大きくはっきりと行うようにする。


その際に、自分の母語(日本語)でいいので、伝えたい内容をはっきりと発声するのも大事。


そして、可能な限り同音異義語を使ったり同義語での言い換えは避けて、一つの発声には一つの意味、一つの意味には一つの発声にして、発声と意味を一対一対応をさせる。


後々になれば、同音異義語や同義語での言い換えにも対応できるようにはなるが、慣れていない時に同音異義語や同義語の判別は厳しい。


あとは、絵や図面を使う。

ヴィジュアルに訴えるのは万国共通かと思う程に本当に有用で、ピクトグラムの案内なぞ世界共通語といってもよいぐらい。


問題は図面はいいんだが、絵はなぁ……

さすがにほとんど本職といっていい漆原家には到底及ばないが、美結を含めた秋川家の面々も俺も佐智恵もそれなりに絵が描ける。

他の兄弟姉妹も決して下手ではないのだが、なぜか義秀だけは悪い意味での『画伯』と呼ばれている。

……最悪、描いてやろう。


親父殿はここまで言語化はしていなかったが、川合での指導などを見るに少なくともこういう事は分かっていたと思う。


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