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文明の濫觴  作者: 烏木
第11章 来訪者
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第13話 多様性は大事

「ノーちゃん、気になっていた事があるんだけど」

「何だ? 司くん、義秀(ヒデ)

「名字を検討してて、ふと思ったんだけど、有栖(お姉ちゃん)の正式なフルネームは栗原有栖、義智兄(トモにぃ)は東雲義智、義佐兄(スケにぃ)は天馬義佐、僕は秋川義秀。こんな感じで兄弟姉妹で名字がバラバラ」

「うちも、東山、江戸川、五十嵐と兄弟姉妹で名字がバラバラ」


「栗原は亡くなった有栖の母親の雪穂さんの、東雲はノーちゃんの、天馬は佐智恵(サッちゃん)の、秋川は美結(みゆち)の、東山は匠の、江戸川は美野里の、五十嵐は玲菜さんの名字」


美浦では『名字は当人の好きにすればよい』としている。

これは、夫婦は同姓でも別姓でも構わないし、子供に付ける仮の名字や子供が成人後に自分で決める名字も父母の名字以外も含めて好きに決めてよいという事。


実態として、子供に仮に付ける名字は父母何れかの名字を付けているし、成人後の子供が自分の名字を決めるときも親が仮に付けた名字をそのまま使っているが、制度上は何でもあり。


「いや、そういう事じゃなくて。ノリちゃん先生、これって名字って言えるの?」

「気付いてしまったか。その通りで、実は美浦の制度の名字は『家族や血族の名称』という意味での名字とは言えない。『家族や血族の名称』というなら川俣のように『夫婦同姓で子供も同じ名字』が分かり易い。一応『父親とその子供は父親の名字』でもいける。これらが本義的な名字になる」

「……子供の名字は父親じゃなく母親の名字で統一でもいけるんじゃ?」

「その通りだ。ただ、母親の名字だと断絶しやすいんだ」

「…………産める子供の数?」

「ご名答」


男性は複数の女性を相手にすれば一年に十人二十人の子供をもうけることも不可能ではないが、女性だと例え複数の男性を相手にしていても一年に産める子供は基本は一人で、精々三つ子ぐらいまで。四つ子以上は外れ値の世界で、最多の多胎出産としては八つ子(作者注:二〇二三年現在での最多記録は十つ子)の記録はあるが、それだけ多胎になると相応の医療水準がないとそもそも出産できるのかや生まれた子の全員がちゃんと育つことができるのかなどがあやしくなっていく。


また、男性の子供をもうける事ができる期間は相当長いが、女性は初潮から閉経までの期間しか子供をもうける事ができない。


男性の方が同一期間の間にもうける事が可能な子供の数も、子供をもうける事が可能な期間も長いので、男性は千人以上の子供をもうけたとされる人物もいるし、そこまでいかなくても百人以上の子供をもうけた人物は歴史上結構な数がいる。

一方で女性は一生の内に産める子供の数には自ずと限界があるし、不妊や二人目不妊などもあるから、枝葉を広げるには男系にしておく方が断絶しにくくなる。


「それは納得したけど、そもそも、なぜ本来の意味の名字にしなかったの?」

「緊急避難的な話だが、名字のバリエーションが減るのを防ぐのが先だったんだ」

「名字のバリエーション?」

「例えば、子供は父親の名字を引き継ぐとすると、ある名字の最後の一人に娘しか生まれなかったり、そもそも子供が生まれなかったらその名字は断絶するよな? だから名字のバリエーションが減る事はあっても増える事はない」

「……ちょっと待って。それだと何れ名字が少数とか一つに収斂して名字の意味がなくなるんじゃ? 前に教えてもらった(かばね)みたいに」


氏姓制度における(かばね)は順位が上がることはあっても下がることはないので、ほとんどの(うじ)(かばね)が(制度上の最上位の真人(まひと)は皇族なので)制度上は第二位だが事実上の最上位である朝臣(あそん)になってしまい、(かばね)で序列を表す機能を失ってしまった。


「そう。まあ、十万種類以上の名字があればそうそう収斂しないが、多様性が低いと無策のままだと簡単に収斂してしまう。たぶん、千や二千じゃ駄目だな。最低でも一万は要る。美浦と川俣とオリノコの黒岩一族を加えても三十一種類の名字しかない。例え今回新たに一四四種類を加えてもたった一七五種類。正直、少な過ぎて話にならないレベル」


多様性が低くて人数も限られていたら何かの拍子に断絶することもあり得るので、数種類で人口の大半を占める事はあり得る。


逆に、多様性が高くてそれぞれに相当数の人数がいたらそうそう断絶しないので収斂するまでに悠久の時を必要とするだろう。


減る事はあっても増える事がなければ、数学的に考えると何れは一つになってしまうというのは正しいが、減る要因を考慮するとある程度の人数がいる名字が断絶する可能性はほぼないから、現実的には一つにはならない。


漢字一字の名字が多いため日本ほど名字のバリエーションがなく、五,〇〇〇種類ぐらいだと思われる中国だと上位五つの名字で人口の二割ぐらいを占めているし、三〇〇もない韓国では上位五つの名字で人口の六割ぐらいを占めていて、韓国では名字の意義が少々薄れてきている。


原則として同じ名字の者は同族、つまり近親婚になるから結婚できない韓国ではこれは結構切実な話で、名字の他に一門の発祥地など示す『本貫(ポングァン)』というものがあって、韓国では本貫は名字と同じく法的な規定まであり、同じ名字でも本貫が異なれば結婚してもよいとなっている。


名字の種類が三〇〇もないのに対して本貫は四,〇〇〇以上あるので、昔の日本の制度の(うじ)にあたるのが現代の韓国の名字で、家名・名字・苗名にあたるのが本貫という風に理解した方がよいように思う。


一方で一説によると約十二万種類、同字異音や(字体違いを含めた)同音異字を別の名字とカウントすると約三十万種類もの名字があるとされる日本では上位五つの名字が占める割合は六パーセント強、上位十位まで広げても一割強でしかない。


「…………ねぇ、名字を増やすには親の名字を継ぐ子供は一人にして他の子供は別々の新しい名字をってのを何回も繰り返さないと無理なんじゃ?」

「おお、司くん、鋭いな。そういう親の名字を受け継いだ家を本家・本家筋・嫡流と言い、別の家として新しい名字を付けた家を分家・分家筋・庶流と言うんだ」

「前に習った藤原氏の話でそういうのが……」


藤原氏の系譜は、嫡流と庶流があって、その庶流を本家筋と見立てた○○流、その○○流の嫡流と庶流といった感じで枝葉を広げていった。


藤原氏の本家筋は藤原不比等(ふじわらのふひと)の次男である藤原房前(ふじわらのふささき)を祖とする藤原北家、その藤原北家の御堂流の嫡流にあたる近衛家になると思う。


この近衛家を幹とすると、直近で分岐した庶流に鷹司家があり、その少し前に分岐した同じ御堂流の庶流に九条家があり、九条家の庶流に二条家と一条家があってこの五家で摂政関白を独占して摂家(摂関家・五摂家)を構成していた。

本当はもう一家、摂政関白を輩出した御堂流庶流の松殿流の松殿家があったのだが、こちらは没落してしまって摂家には数えられていない。


さらに遡ると藤原北家の庶流に閑院流があり、閑院流嫡流の三条家、閑院流庶流の西園寺家、西園寺家の庶流の洞院(とういん)家といった感じに枝葉を広げていた。


それに藤原北家が藤原氏の嫡流となっているが、藤原北家自体が藤原不比等の四人の息子が興した四つの家(四家の総称で藤原四家(しけ)とも藤原氏(ふじわらし)四家(しけ)とも)である南家(なんけ)北家(ほっけ)式家(しきけ)京家(きょうけ)の一つなので、藤原南家、藤原式家、藤原京家の系譜は藤原氏の庶流とみる事もできる。


藤原北家を藤原氏の嫡流とみるのは最終的に廟堂の大部分を占めるのに成功したのが藤原北家の系譜だからで、藤原北家の枝葉が多いのも本流中の本流だったので系譜が残りやすかったというのもある。


事実、明治維新時に堂上家(公卿になる事が可能な家で、ある意味では上級貴族といえる)は一三七家あったが、そのうち藤原北家は九三家もあった。(藤原氏とすると藤原南家の三家を足して九六家になる。藤原式家と藤原京家の系譜は堂上家としては明治維新まで持たなかった)


「そういう分家を起こすのを何回ぐらい繰り返せばいいかというと……例えば一組の夫婦に子供が四人で、一人が父親の名字、もう一人が母親の名字、残り二人が新しい名字、としたら一世代で名字の種類は二倍になる。それを十回繰り返せば千倍ぐらいになる。そうしたら名字の種類は万の単位に届くだろう」

「一世代二十年として二百年……」


「実際は一つの名字に一人しかいないと簡単に断絶するから同じ名字の者がある程度増えてからじゃないと駄目だから……」

「一回ごとに二世代かけて同じ名字を増やすとすると三倍の三十世代の六百年」


「今、美浦にある約三十種類ある名字の一つが断絶すると六百年後の名字の種類はだいたい三パーセントぐらい減る。そして女性しかいない名字は半分以上の十七もあったから、川俣のようにしたら半分以上が断絶してしまっていた」


「……だから、母親の名字も残すために子供の名字がバラバラに?」

「たいへんよくできました。名字の本義から言えば邪道だし、管理上もとても面倒だけど、緊急避難のイレギュラー」

「つまりは恒久的な制度にすべきではないと?」

「現状の美浦の人口だと全員が互いによく知っていて個人名だけでどこの誰かが分かるので、名字は『あんなの飾りです』って感じで、住民台帳や免状や基礎学校の卒業証書ぐらいにしか使われていないが何も問題は起きていない。しかし、何れ人口が増えていくのに比例して不都合も増えていくので、何れは『家族・血族の名称である名字』に転換した方がよい」

「……名字は名字で結構ムズイ」


今更な話だから態々言わないが、個人識別をしやすくするという意味では、長大な個人名を付けることでも実現できる。


中東のアラブ社会では、そもそも名字(ファミリーネーム)はなく『自分の名前・父の名前・父方の祖父の名前』をフルネームにしているのが普通で、子供ができたら『子供の名前・自分の名前・父の名前』と名付け、これを代々繰り返す。


他にも名字の持つ家族・血族の名称という意味を薄めて、個人識別の容易化と緩やかな連続性を持たす方法もある。


スペイン及びスペインの影響が大きかったラテンアメリカがそうで、たいていの人は二つの名字を持っていて、一方は父親の二つある名字の内の一つで、もう一方は母親のそれ。そして自分の子供には自分が持つ二つの名字の内の一つを授ける。


例えば、名字が『インドゥライン・ララヤ』という人と『カンポス・スニェル』という人の間に生まれた子供の名字は『インドゥライン・カンポス』『インドゥライン・スニェル』『ララヤ・カンポス』『ララヤ・スニェル』『カンポス・インドゥライン』『カンポス・ララヤ』『スニェル・インドゥライン』『スニェル・ララヤ』の八通りのどれかになる。


「司くん、そもそも派遣隊だけで決められる話じゃないから美浦と歩調を合わせて」

「……骨子まとめて義智(トモ)さんに相談しますわ」

「それでよろ。話はそれだけか?」

「後は、動物性蛋白の確保を考「美浦から魚を送ってもらえ」えて…………」


そうそう何度も鴨狩りに行かすわけにはいかんのだよ。

それに急激に狩猟圧をかけるのは色々と良くない。


大量降灰は陸地だと長期に渡って悪影響を及ぼすが、海洋だと比較的短期に留まる。

回遊性が高い魚類は降灰以前と変わらぬ漁獲がされているので魚を使えばよい。



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