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文明の濫觴  作者: 烏木
第2章 開拓を始めましょう
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第14話 新米

暦は九月に入り、田んぼでは晩生(おくて)寄りの稲も開花が終わり、後は登熟を待つのみとなっている。

もう少ししたら早生品種は刈り取りができるので今日は農具の点検をしている。


現代ではコンバイン、乾燥機、籾摺り機、精米機(籾摺りと精米を一度にできる精米機もある)でだいたい済んでしまうが、それらを江戸時代あたりに当てはめると、コンバインが「鎌、千歯扱ぎ、唐箕」で、乾燥機が「稲木(いなぎ)稲架(はざ))」で、籾摺り機が「木摺臼(きすりうす)唐臼(からうす)土臼(どうす)万石通し(まんごくとおし)」で、精米機が「石臼や臼と杵」などになる。江戸時代に精米した白米を食べていたのは上流階級ぐらいって説もあるけど……


これら米関係の作業で特に面倒なのが「籾摺(もみす)り」とか「脱稃(だっぷ)」といわれる籾から籾殻を取り除く作業。

他の作物だと茎から外す脱穀と同時に鞘や殻が外れる事もある。ドM植物の麦には裸麦(ハダカムギ)という如何わしい(?)名称で呼ばれる大麦の一群があって、こいつらは実と皮が剥がれ易く、脱穀すると勝手に籾摺りまで終わってしまう楽ちんな奴らである。対語として一般のくっついている麦を皮麦と言ったりもする。

そういう事もあるので、両方をまとめて脱穀といわれる事もあるのだが、本来は脱穀と籾摺りは全く別の工程。


籾の状態の方が玄米より保存性が良いので籾で保存しておいて必要量だけ逐次籾摺りして精米する事もあるし、現代だと籾摺り以降はJAなどが集中的に行っているので農家が籾摺りをする機会は減っている。


この籾摺りだが一発で全部の籾殻が取れるように強くすると割れる米粒が多くなるので、八~九割ぐらいが取れるような設定にしている事が多い。

そして取れなかった籾を選別してもう一度通す事になる。つまり、籾殻、粗玄米、籾に選別するのだが、籾殻は軽いので風で飛ばせばいいが、籾と粗玄米はそうはいかない。数が数なので一粒々々拾う訳にもいかず、大きさや摩擦係数や重心位置の違いなどから篩ったり振動や回転などを使ってより分けるのだが、機械や器具を使わずにより分けるのってすごく面倒なのよ……つまり「選別機が必要」(キリッ)という訳。


今年は原則として種籾取りなので籾摺りは少量しか必要ないが、来年以降はかなりの量を籾摺りする必要がある。籾を玄米にすると体積はだいたい半分になるので一人あたり年間二石の籾を籾摺りする必要がある。美浦全体だと四十五石ぐらい。ドラム缶四十五本の籾を籾摺りするんだ。来年までに籾摺り機と選別機を何とかしたい。


■■■

数日間晴天が続いた今日は絶好の稲刈り日和。

晩生(おくて)を除いた早生(わせ)から中生(なかて)までの稲刈りを行う。本当は早生、中生、晩生の三回に分ける予定だったのだが雨で早生の稲刈りができなくて中生と同時になった。


「さぁ!稲刈りだぁ!準備は良いかぁ!」

「おー!」

「一平、向こうの端までどっちが早いか競争しようぜ」

「おいおいハンデくれよ……お前が四列で俺が三列でどうだ」

「いいだろう。おかず一品の半分でどうだ」

「受けて立つ」

元気良いなぁ……その元気がどこまで持つかな?

「素弘!一平!まじめにやんなさい!」

志賀さん。そんなにガミガミ言わなくても……二人とも怪我はしないようにね。


鎌で刈り取り五株ぐらいを藁で縛って纏めていく。この束が五~六束でだいたいお茶碗一杯分のご飯になる。

作付け面積の大きいメインどころは刈った稲束がある程度まとまったら荷車に載せて旭広場まで運んで稲架掛けする。田んぼから荷車までは子供達もお手伝いしていて田植以来の総力戦。


旭広場に立てた稲架に掛けて半月ほど天日干しして籾の水分を抜く。

稲刈りしたばかりの籾は二〇~二五%の水分を含んでいるが、この状態だと生命活動が活発なのでデンプンなどが変質したりカビたりする。

乾かして約一五%まで水分を抜くことで初めて長期保存できるようになる。これを見つけた人は凄いと思う。どうやって見つけたのか本当に不思議だ。

米麹を作るときなどは逆に浸漬(しんし・しんせき)して含水率を上げる。


稲架掛けは田んぼに稲架を立てる事も多いのだが、奈緒美の「旭広場にした方が良い気がする」の一声で旭広場に設置した。奈緒美の勘は結構あたるのでよっぽど理に適わないばあいを除けばそれに沿っていればだいたい上手くいく。


俺はと言えば、主力品種の稲刈りを横目に種子更新用の稲刈りをしている。こっちは品種ごとにまとめ、他の品種が混ざらないようにしないといけないし、同品種でも外側と内側を分けないといけないなど奈緒美の細かい指示がある。

複数人でやると訳が分からなくなるので、奈緒美と文昭と俺の奈緒美植物園学芸員三人衆(斥候三人衆とも言う)が別々の田んぼで稲刈りをしている。

種子更新用の稲束は、稲架掛けはせず、直ぐに(脱穀機でなく)千歯扱ぎで脱穀して乾燥剤(貝殻を煆焼(かしょう)して作った生石灰)を入れた箱に納めている。ここでも混入などに気を使うようだ。


■■■

第一陣の天日干しが終わったら、脱穀に回して晩生の稲刈りと稲架掛け。

稲の品種は早生から中生の物が多く晩生の品種は案外少ない。しかし、優良品種の親品種には晩生の品種が結構ある。これは高緯度になると夏が短いので早生寄りの品種の方が重宝されるのと、低緯度だと二毛作や二期作をしようとすると晩生はいつまでも田んぼにあって邪魔という事情もあり早生寄りに品種改良されていった結果だと思う。美浦でも晩生の大所はハツシモぐらい。ハツシモの由来は初霜が降る頃に収穫するというものなのでまだ早い気がするのだが、美野里が「もういいから刈り取って」と言うので収穫した。


脱穀は足踏み式脱穀機を使う。千歯扱ぎもあるけど効率は脱穀機の方が七倍ぐらい高い。ただ、比較の問題だけど脱穀機の方が割れとか他品種の混入とかが起きやすいので奈緒美植物園でも奈緒美は種籾用は千歯扱ぎで脱穀していた。種籾を確保した残りはハーベスターに突っ込んでたけど……

その千歯扱ぎも足踏み式脱穀機も鉄が無いと駄目だったから小規模でも製鉄ができる事に感謝。実は竹製の千歯扱ぎは麦は脱穀できても稲は硬いので歯の方が欠けてしまう。昔、匠が竹製の千歯扱ぎを作ったけど直ぐに歯が欠けて使い物にならなかった。「記録には残っているのに」と不思議がる匠に対して奈緒美が「麦ならいけるんじゃない?」と言って麦でしたら壊れないでちゃんと脱穀できた。


脱穀すると出てくるのが大量の稲藁。

現代ではコンバインで刈り取ったらそのまま細断されて田んぼに排出されるのでほとんど出ない。(細断せずに稲藁として排出するモードもあるらしいのだが)

その為、正月飾りの時期には加工できる人もそうだが稲藁を確保するのが大変で、スーパーや生協のバイヤーが駆けずり回るのが風物詩って聞いたことがある。


ここでは稲藁は豊富にある。使い道も縄、俵、敷物、壁材の繋ぎ、マルチング材、肥料の調整剤、わら半紙と幅広い。草鞋(ぞうり)や(雨具としての)(みの)とかも今後必要になるかも知れない。そして、稲藁を燃やした後の灰も用途がある。イネ科の植物の多くはガラスの成分の一つでもあるシリカ(ケイ酸:プラントオパール)をふんだんに含んでいて葉の外縁部に刃状に集積していたりする。ススキやトウモロコシの葉で手を切った事がある人もいるだろう。シリカは燃えないので当然ながら灰にはシリカが多く含まれており、藁灰を溶いた物を焼き物の釉薬に使えば表面をガラス質にコーティングできる。

逆に焼却炉ではシリカ質のスラグができて竹や藁は厄介者扱いされるけど……


現状は籾を入れる俵作りが急務。藁を叩いてほぐして胴体部分になる(こも)や底や蓋になる桟俵(さんだわら)を編んでいく。そしてこれらを組み合わせて縄で縛れば俵ができあがる。米を出し終えたら芋俵や炭俵に転用する予定でいる。


昔は菰や(むしろ)を編むお手製の道具が各農家にあったそうなのだが、俵は紙袋などに取って替わられてしまい、俵作りはすっかり廃れた技術でロストテクノロジーと紙一重状態だそうだ。米に関していえば結構こぼれるからねぇ……紙袋や麻袋の方が使いやすいと思う。三国志演義の劉玄徳は筵売りだったからかなり昔からある物で千年以上最前線で使われてきた強者だけど、廃れるのは一瞬だった。


ただ、現状の美浦では製紙はまだ軌道にのってないし、麻も製麻(繊維を取り出して糸にできる状態にする事)をボチボチ始めたばかりなので紙袋や麻袋はもう少しかかる。なので少なくとも今期は俵で頑張る。


■■■

収穫量は籾の状態なので晩生を含めれば全部で三十俵近くになると思われるが、玄米に換算すると約十五俵(九百キログラム)程度。この中には来年の種籾や酒米や糯米なども含まれているので食べて良い米は四俵(二百四十キログラム)ぐらいだろう。

来年まで平均して食べると週(五日)に一回といった感じになるので、空曜日に加えて火曜日の夕食も米食する事にする。


「せっかくだから新米食おうぜ!」っという事で一食分の二升三合(約三.五キログラム)の籾摺りと精米に取り掛かる。


籾摺りは幾つか方法はあるが、二本のロールにソフトレザーを巻いて回転差をつけて回す方法を試してみる。本当は巻くのはゴムなんだけどゴムもサブ(ファクチス:代用ゴムとしても使える)も無いので革でいけるかチャレンジしてみる。


駄目なら別の方法……臼(石臼、土臼、木擦臼)で摺る、杵でつくなど……で摺る事になる。杵でつくなら精米までできるけど水車動力とかでやらないとやってられないぐらいの回数をつく必要がある。逆に言えば水車などの動力があれば杵でつくのは悪くは無い手段と言える。


「どうだ?いけそうか?」

「一応は摺れてはいるが半分ってところだ」

「九割とは言わないけどせめて七割は欲しいよね……間隔を詰めたら?」

「ちょっと詰めてみるか……あっヤバイ。噛み込んだ」

「ありゃぁ……ちょっと砕け米も多いか」

「ゴムほど弾力が無いから間隔がシビアだな」


まるっきり駄目という訳では無いが、気難しい割に余り効率が良くない状態。こいつも要調整だな。間隔の自動調整とか籾と玄米の自動選別がワンセットになって初めて熟練の必要がない()()()使える籾摺り機になるのだが、現状では個別機能の段階で四苦八苦している。

籾摺り部分はインペラ(羽根車)を使ったインパクト式にするのも平行して検討かな?


割愛するけど選別も面倒くさかった。

もう少し玄米の割合が高くならないと選別の効率も引き摺られて落ちる。

何はともあれ効率はともかくとして籾摺りはできた。


籾摺りが終われば次は精米。精米は精米機を使います。

今までも使ってきたし。電気精米機バンザイ!


肝心の味だけど……少し期待外れだった。

決して不味くは無いんだけど……美味い不味いで言えば美味いだけど、期待が大きかっただけに辛口の評価になった。


「あんねぇ!米農家がどれだけの労力と時間と技術をかけてると思ってんだ!突貫で土作りもまだまだの状態の田んぼで素人がこれだけやれたんだ。誇っていいよ!日本でも十分売り物にできるお米が一年目で作れたんだから……」


そうだな。奈緒美、すまん。そしてありがとう。


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