表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文明の濫觴  作者: 烏木
第11章 来訪者
258/288

第10話 鴨

ユラブチ集落群からの避難民の永住先候補はミヌエとムイブチの間が最有力候補になり、黒井川が竹田川に合流する辺りの『仮称:黒井』と鴨庄川(かものしょうがわ)が竹田川に合流する辺りの『仮称:市島』と竹田川が土師川(はぜがわ)に合流する辺りの『仮称:田野』の三箇所が調査候補地になった。

それはいいのだが、まだまだ冬真っ只中だというのに男衆四人が緊張した面持ちで話があるとやってきた。


「ミヌエへの定期連絡の()()()に足を延ばして候補地を軽く視察してきます」

「計画書はこちらです。期間は十日間(二週間)を予定しています。内訳は、ミヌエとの往復に二日間、純粋な視察期間に六日間、予備日に二日間です」

十日間(二週間)と少々長めですが、留守を頼みます」

「…………」


昭尚くん、義秀、司くん、輝政くんの順。

輝政くんは喋ってないけど。


「男衆全員でか?」

「……地図にカモショウ川と」

「“かも()しょう”な」


『鴨庄』と書いて“かもしょう”と読む事もあるが、ここは“かものしょう”と読む。

固有名詞なので訂正を入れておくが、本質的には意味はない。


鴨庄川(かものしょうがわ)とあったんで、鴨の越冬地があるんじゃないかと。そして鴨がいるなら狩るしかないじゃないですか。春になったら北へ帰ってしまうし、この状況ですから来年に来るかも分かりません。ですから! やるなら! 今です!」


司くんが美野里のような事を言い放つとは……やはり血は争えんという事か。


苦笑いしながら計画書に目を通していくが、こういうケースになったら困るんじゃないかなどツッコミどころはあるにはあるが、防寒対策や雪原での野営などはちゃんと押さえているし、致命的な問題は見当たらない。

それにツッコミどころにしても、大半が例え困ったところで大した事にはならないからそれもまた経験だと割り切れる。

あとは今から口頭で注意事項を伝えれば大丈夫か。


「……思うところは色々あるが、ここまで計画を練ってきているから認めよう」

「ありがとうございます」

「吹雪の時は直ぐにビバークするか設営して動かない事は肝に銘じておいてくれ。文字通り命に関わる」

「はい」

「滝野の対岸に射撃場にできる場所はあるから一六(ひとろく)式バーミンターと一二(ひとふた)式ベアバスターを慣らしておけ」

「はっはい」


吃驚しているが、バレないとでも思っているのか?

義秀が佐智恵に強請(ねだ)って来年に使用期限がくる弾丸を大量に取り寄せていたのだから、狩る気満々なのは分かっている。


その弾丸の大部分は佐智恵謹製の物。

最初期に俺らが持っていたライフル銃の弾丸である.308(サンマルハチ)ウィンチェスターもいつまでも持つわけではない。

弾丸の発射薬や着火薬といった火薬類は基本的には酸化剤と還元剤と助燃体が一体になっていて単体で反応が完結できる事が多く、時間と共に反応していって徐々に火薬類としての能力を失っていく。

また、不純物や湿気などで反応が加速される事もあり、当初は技術的な問題もあって弾丸の使用期限はとても短かった。


現代だと色々と対策はされてきたが、反応して能力を失ってしまうというのは、真空中でも水中でも燃焼したり爆発したりするという火薬類に求められる能力と表裏一体の物なので劣化対策には限度もあって、俺らが持っていた弾丸の使用期限は製造後一〇年間だった。

そして、俺らが拉致られてから十年以上経っているので持っていた弾丸はもう怖くて使えない。

使えないからバラして資源として再利用したけど。


それと、銃は弾丸に合わせて作る(一部、銃に合わせて弾丸を作る事もある)ので、銃器メーカーが設定している範囲内の弾丸以外は使えない。(無理矢理使うと色々と怖いことが起きる)

だから銃器メーカーが指定している範囲(.308ウィンチェスターと互換可能な性能)の弾丸を用意できなければ、弾丸さえあれば使える状態でもライフル銃も使えない。(鈍器や銃剣の柄としてなら使えるけどそれは使えるとは言わんだろって事で)


なので、現在美浦にある銃や弾丸は佐智恵が設計・製造した物になる。(製造は義佐も関わっている)

佐智恵は『銃本体や発射薬は簡単だったけど雷管で凄く苦労した』と言っていた。

幾ら難度が高くても材料と道具があるなら技量が到達すれば作成できるが、材料や道具が無い物は材料を得たり道具を作成したりしてからになり、雷管を作成するのに必要な材料を得るために必要な材料を得るための道具を作るために必要な材料を得るための……と、ゲシュタルト崩壊を起こしそうなぐらいの道のりを乗り越えて雷管の製造に成功したそうだ。


何故に銃や弾丸の製造をしていたかというと、ルージュのように人食い熊になるような例もあるので、対熊装備を無くすのが怖かったから。

ライフル銃(強力な遠距離武器)を持っていても熊と殺り合うのは危険極まりないのに、何が悲しゅうて(非力な近接武器)で熊と対峙しなきゃならんのだ。怖すぎるだろ”という事。


そうして瑞穂暦十二年に誕生した弾丸径八.六ミリメートルの対熊用ライフル銃は暦年の二桁から『一二(ひとふた)式ベアバスター』と命名された。

そして、射撃者がいるのだからと、小動物や鳥類の駆除・狩猟用のバーミントライフルとして弾丸径五.七ミリメートルのライフル銃が四年後の瑞穂暦十六年に誕生して『一六(ひとろく)式バーミンター』と命名された。


そういう訳で、銃器・弾丸の開発・製造もしているし、狩猟にも普通に銃も使っている。

第二世代も成人したら希望者には射撃訓練を施していて、今のところ射撃訓練を希望しなかった男子は一人もいないので四人とも銃は扱える。


「えっと、ベアバスターも?」

「当たり前だろ。“穴持たず”がいたら死ぬぞ。異常気象だし降灰の影響で餌もほとんどなかっただろうから十分ありうる。二丁は持っていけ」

「……了解(セルヴァ)


基本的には熊は穴に籠って冬籠りするのだが、何らかの理由で冬籠りしなかった(できなかった)個体を俗に『穴持たず』とも呼ぶが、穴持たずはかなり危険度が高い熊になる。

日本でおきた史上最悪の熊害とも言われる三毛別(さんけべつ)(ひぐま)事件の羆も穴持たずだった。


穴持たずになる原因の一つと思われているものに『秋に冬籠りが可能になる量の餌を得られなかった』というものがある。

例年より一箇月半ぐらい先行して冬になった事や、降灰や異常気象(冷夏)などの影響で十分な餌が得られなかったと思われるので、穴持たずがいても何ら不思議はない。


「あとは……鴨がいるかは願望多めだと思うから、いたらラッキーぐらいの気持ちで。いないからって探し回らないように」

「……はい」

「それと、例え獲れなくても意地になって追い回さない事」

「はい」

「全員無事に帰ってくるように」

「はい。『命大事に安全第一。無事に帰るが最上の手柄。命にスペアはありません。残機ゼロです慎重に』の精神で臨みます」


『命大事に安全第一云々』はSCC心得だが、ある意味では身の安全をはかるという当たり前の話なので伝わってしまっている。

それはいいのだが、残機制のシューティングゲームなんてないけど“残機ゼロ”って言葉が残っているのは苦笑せざるを得ない。


「最後に、建前上は“候補地の視察”だから、そちらも忘れないようにな」

「…………」

「では、気を付けて行って来い」


あいつら、絶対に鴨の越冬地を血眼になって探すだろうし、鴨がいたら意地でも狩るだろう。

なにせ、視察は口実で主目的が鴨狩りだからな。

本当に視察なら二日間プラス予備一日で十分で、四日間プラス予備二日なんてかからない。


■■■


意気揚々と出発した四人は壺抜きにした鴨を四十羽も持って凱旋してきた。

そうなると、避難民を交えて大宴会という流れになるし、調理は俺が担当する事になる。


鴨は全部で六十羽獲ったが、帰り道のミヌエとホムハルにそれぞれ十羽お裾分けしてきたそうだ。


そう聞くと、六十羽も獲って大丈夫かとも思うが、推定で五千羽以上いたので大丈夫と言っていた。

確かに五千羽もいたらお土産にたくさん獲ろうとなっても不自然ではない。


お土産の壺抜き鴨だが、仕留めて直ぐに腸抜きはされていたようで、臭い移りなどはしていない。褒めてあげよう。

羽根や羽毛もちゃんと持って帰ってきたのも褒めてあげる。

臓物は日持ちしないので現地で食べたそうだが、冬季とは言っても滝野までは持たなかったと思うので文句はない。


文句があるとすると、(仮称)市島から鴨庄川沿いを二時間ぐらい(さかのぼ)った辺りで鴨の大群を見つけて『ヒャッハー!』してしまい(仮称)田野を視察せずに帰ってきた事ぐらい。

建前で言えば本末転倒なので“先に視察を終わらせてから鴨捜索に入るべきだった”と軽く注意しておいた。


それはさておき、獲ってきた鴨は“おそらくは巴鴨(トモエガモ)”と四人が言っていた。

巴鴨のオスは頭部に特徴的な巴柄があるのでそうそう間違えないし、羽根や羽毛などからの推測と検食した際の食味から俺も巴鴨と判断した。


そこは大いに褒めてあげる。

よくやった。

偉い!


巴鴨は絶滅危惧Ⅱ類に指定されていたし狩猟禁止の種だったからあちらでは食べたことはなかったが、若い頃に食べたことがある先達が『鴨は押し並べて美味いが巴鴨が最も美味かった。今でも(狩猟対象の)小鴨(コガモ)と間違って……という誘惑に駆られるぐらいだわさ。最高に味が良い鴨という意味で、味鴨(あじがも)とか単に(あじ)と呼んでいるところもある』と言っていた。


こちらに拉致られてからは気にせず狩って食べたが先達の言葉が頷ける美味であった。


美浦では巴鴨はあまり見掛けないのでそれ程獲れはしないが、巴鴨の美味しさが知れ渡った以降は巴鴨が獲れた時はちょっとした騒動が起きるようになった。


だから巴鴨が大量に群れていたら『ヒャッハー!』してしまうのは仕方が無い。

たぶん、俺も『ヒャッハー!』してしまうと思う。


焼き鳥、つくね、鴨鍋、鴨雑炊、鴨の塩釜焼き、鴨のローストなどなど思い付く限りの鴨料理を作っては提供し作っては提供しを繰り返した。

皆もきっと満足してくれる筈。


ちなみに、滝野で食べたのは半分の二十羽で、残り半分は特急で美浦に送る。

俺らだけ巴鴨を堪能したなんて知られたら殺されかねん。

食い物の恨みは怖いのだよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ