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文明の濫觴  作者: 烏木
第11章 来訪者
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第8話 名字

難民関係で『同じ名前多すぎ事案』という少々面倒臭い話があるのが発覚した。

複数集落の合同体なので起きた問題のようだ。


「一つの集落内では重複しないよう名付けられているみたいなんだけど、複数集落だと元々のバリエーションが乏しいから簡単に重複するようだ」

「集落名プラス名前なら重複はほぼ避けられる」

「それって実質名字じゃね?」

「集落名を名字とするかはともかくとして、ユラブチ集落群の者にだけ名字を付けたらホムハル集落群の者が気分を害さない?」


美浦というか拉致られた者とその子孫は現代日本の氏名制度を下敷きにした名字プラス名前という形態を採っている。

一方で、ホムハル集落群とユラブチ集落群は基本的には名前だけ。

ホムハル集落群の命名規則的には一音目が家名と言えなくもないが、一音だけなので最大でも一〇〇種類ぐらいしかない事と、名前にあたる方も基本的には一音しかないので発音のしやすさなどの制約もあり、バリエーションは乏しい。


だからか、ホムハル集落群には『美浦のような名字が欲しい』という空気と『それは畏れ多い』という空気が綯い交ぜであった。


「それなら希望者全員に名字つければ?」

「……希望者だけだと名字がある人と無い人がでて面倒だから、やるとしたらホムハル集落群の全世帯に名字を付ける方が良いと思う」

「ただ、そうすると集落名を名字にするのは拙いんじゃ?」

「確かに」


集落名その物や集落名に由来する言葉を名字にするのは別に悪い話ではない。

第二世代は同じ血族でもないのに同じ名字を名乗るのに違和感があるのかもしれないが、名字と血族は関係ないと思っている俺には違和感はない。

よっぽど珍しい名字ならともかく、ありふれた名字だったら同じ名字だから同じご先祖様の末裔同士とは普通は思わないだろう?


それに、現代日本でも集落のほぼ全世帯が同じ名字とか同音異字とか同字異音という集落は幾らでもあるし、少数の名字で人口の結構な割合を占めてしまい“石を投げれば〇〇さんに当たる”と言われる地域だってある。


「集落名以外だとどんな名字を付ける? 勝手に名乗らすのもありかもしれないけど」

「ノーちゃん、ノーちゃん、ちょっといい? 名字の由来ってどんなのがあるの?」

「そうだなぁ……先祖の出身地とか自分が住んでいるなど所縁(ゆかり)がある土地の名称や地形などに由来する名字が多いかな? 他には方角とか位置関係とか自然現象とかもそこそこあるし、職業に由来する名字もある。後は著名な(うじ)に関連したものかな?」


日本で一番多いと思われるのが住んでいる土地や領している土地や先祖の出身地などの地名に由来する名字。


例を挙げれば足利氏(下野国(しもつけのくに)足利郡足利荘(あしかがのしょう))、新田氏(上野国(こうずけのくに)新田郡新田荘(にったのしょう))、浅井氏(近江国浅井郡)、朽木氏(近江国高島郡朽木荘(くつきのしょう))など国人の武家は受領したり領有したりした土地の名称を名乗ることが多く、それがそのまま名字になった。


公家についても似たようなもので、公家は大部分が藤原氏なので家名を付けないと全く区別がつかないから、邸や別荘や所領の地名などから正親町家、三条家、万里小路(までのこうじ)家など地名由来の家名をつける事も多くあった。


室町時代にはたいていの日本人は名字やそれに類するものを持っていたらしいから公家や武家に限らず庶民もそんな感じで地名に由来した名字的なものを名乗っていたと思われるし、明治時代に名字を付ける際にも地名由来はそれなりに使われたと思われる。


日本人に漢字二文字の名字が多いのは、奈良時代の和銅六年(七一三年)に発せられた『二字(にじ)佳名(かめい)(みことのり)』により地名が佳字(かじ)を用いた漢字二文字に改められたことにより、多くの地名が漢字二文字になった事も影響している。

ちなみに二字佳名の詔で変更になった比較的著名な地名としては『津→摂津』『泉→和泉』『襞→飛騨』『上毛野→上野(こうずけ)』『下毛野→下野(しもつけ)』『木→紀伊』『沖→隠岐』などがある。


地名以外では、谷川、岡崎、大森などの地形や地勢に由来するもの、東、北、(いぬい)、巽、西出(にしで)、上川など方位や位置関係に由来するもの、晴間(はれま)時雨(しぐれ)、嵐など自然現象に由来するもの、服部、庄司、水卜(みうら)(降雨を占った占い師)など職業に由来するものなどがある。


ただ、実は地名自体も同じような由来で名付けられることが多く、職業由来でもその職の者が多かったから地名・町名に使われるなど、先に地名が付けられていて実質的には地名由来という事もあり得る。


地名由来ではないと思われるものは、実際にその(うじ)と血縁関係があるかどうかはともかくとして、(げん)(ぺい)(とう)(きつ)といった著名な(うじ)を使用したり引用したりした名字がある。

(みなもと)さんは直接の知り合いにはいなかったが著名な水泳選手にいたし、(たいら)さん、藤原さん、橘さんは知り合いにいた。源と平は比較的レアな名字だとは思うが、藤原と橘はメジャーな部類だと思う。


ただ、完全な地名由来ではないとしても、近江や遠江の藤原氏で近藤、遠藤、江藤、伊豆や伊勢の藤原氏で伊藤、加賀の藤原氏で加藤などは地名要素も持っている。


名字の種類としては地名や地形に由来するものがかなりの部分(一説によると八割)を占めるが、人数でみると佐藤をはじめとして藤原氏の藤に所縁がある名字も一大勢力と言える。


「ノーちゃん、ウジ? って何?」

「…………(うじ)というのは有力者に与えられた名乗りの事で、蘇我とか物部といった名乗りを許された有力者の一族は同じ(うじ)を名乗ったんだ。つまり(うじ)を名乗る事は有力者一族の証だった」

「……それ、名字と何が違うの?」

「ある意味では(うじ)が名字のもとになったといえる。さっきいった(うじ)だが、有力者の一族が名乗るのだからその子孫も皆その(うじ)を名乗るだろ? そうすると同じ(うじ)を名乗る人間がどんどん増えていくし、異なる(うじ)との間で権力闘争をして他の(うじ)の一族を追いやって、とある(うじ)……まあ藤原という(うじ)としよう。その藤原一族がある分野を独占するとどうなるか」

「……その分野の全員が藤原さんになる?」

「そう。でだ、そうなると(うじ)の藤原だけでは誰が誰だか区別がつかなくなるから、由縁の有る地名とか邸や別荘の名称などから家名をつけたんだ。例えば近衛大路に邸があったから『近衛』とか、三条高倉第という別邸の名前から『三条』といった家名を付けて区別がつくようにしたんだ。これが後々名字と呼ばれるものの元になった。この説明は正確ではないというか実際とは違う説明だが、(うじ)と名字の経緯を話すとこんな感じ。詳しく正確に知りたければ後で来てくれ。ただ、時間はかかるぞ」

「はーい」


現代日本では『()』『(せい)』『家名』『名字』『苗字』は全て同じ物を指しているが、昔はそれぞれは別の物であった。

その辺りも含めて正確に話そうとすると(うじ)(かばね)・家名・名字・苗字などの相関関係や成り立ちや推移を説くことになる。


そうなると『ヤマト王権による氏姓(しせい)制度の確立』から『明治政府による姓尸(せいし)不称令による氏姓制度の廃止』までの氏姓制度の歴史も必要だし、そもそもの氏姓制度が作られた背景となるヤマト王権の成り立ちから話さないといけなくなる。


そして、家名や名字の興りも似たような物で、藤原氏というか藤原北家による廟堂の独占とか、公地公民制度の成り立ちと墾田永年私財法を背景に公地公民制度を崩壊させた荘園制度と荘園制度を背景にした武家の勃興なども関わってくるし、江戸時代に名字を苗字と表記することが一般化した背景としての名字の位置づけなどもでてくる。


つまり、古墳時代もしくは飛鳥時代から明治時代までの日本史のダイジェストを知る必要があるから、下手したらこれ一つで大学の単位が成り立つぐらいの分量になると思う。


庶民の名字についても古代から明治政府による『苗字必称義務令』による名字の義務化までの流れや、夫婦別姓から夫婦同姓への流れなども押さえる必要もある。


現代日本では『みょうじ』の漢字表記は『名字』とも『苗字』とも書くが、公式・正式・報道などでは『名字』が使われている。

これは『苗字』が常用外(正確には『苗』を『みょう』と読むのが表外読みの為)というのが大きな理由なのだが、これは昔は『苗字』だったけど常用外になったから『名字』にしたんじゃなくて、実は元々の名字の興りである平安時代からずっと『名字』で、かなり後の江戸時代に『苗字』という表記が生まれた。


『名字』の由来は、平安時代の荘園制度における支配・所有・徴税の単位である『名田(みょうでん)(みょう)』で、(みょう)(あざ)(あざ)(あざな)には名前という意味がある)で『名字』という事。


そして、在地で荘園(名田)を管理していた者(荘園の持ち主の公家や寺社から現地管理者として送り込まれた者や、自分で開墾して私財となった土地を公家や寺社に寄進してそのまま管理者になった者など)が、自分が管理している名田の名称などを名乗りに使ったものが『名字』という訳。


下野国足利郡足利荘の足利氏とか上野国新田郡新田荘の新田氏などの荘園(名田)の名称由来の名字が字義通りの由緒正しい名字という事。

つまり、名字の発祥である平安時代から名字とされていた。


こういった由来なので、名字は荘園(名田)の管理者(及びそこから生まれた武家)という、ある意味では支配階級が持つ物と言え、江戸幕府は原則として名字を持つのは武家という制限を設けた。


ただ、庶民も室町時代には名字に類するものを持っていた。

そもそも論だが、少数者である支配者は“殿様”とか“お奉行様”など役職で呼べばいいので名字が無くても不都合は少ないが、数多いる庶民は名字が無いとどこの誰だか分からなくて困る。


だから屋号などをつけて名字代わりにしたりしたわけで、名字禁止に対して『これは名字ではなく苗字です』という頓智(とんち)のような事があったかなかったかはあれだが、武家の名字と庶民の苗字という認識が生まれた。(だから庶民に名字を義務付けた明治政府の命令は『苗字必称義務令』と苗字表記になっている)


そして名字や苗字は一族・血族を表すもの(字義的に苗字は特に)なので、原則として婚姻しても基本的には名字は変えなかった。


つまり夫婦別姓が普通だったのだが、これが夫婦同姓になったのは欧米からの圧力もあった。(当時の欧米は夫婦同姓が、日本というか東洋は夫婦別姓が主流だった)

事実、明治政府は苗字必称義務令の直後は夫婦別姓を指示していたが、紆余曲折を経て夫婦同姓に変更した。


「あっ、ノリちゃん先生、根本的な話でごめんなさい。思い付きで名字を付ける流れになったけど、名字を付けて問題はない?」

「問題ないぞ。あったらとっくに言っている」

了解(セルヴァ)。名字のバリエーションはともかくとして、全集落の全世帯に独自の名字を付けるとどれだけ必要になる?」

「世帯が分かる住民名簿を取り寄せて数えれば分かる」

「そうだな。そうしよう。義秀(ヒデ)くん、住民台帳の収集、頼める?」

「任せて」

「だけど、ホムハルが他の倍とすると一集落十世帯としても一三〇ぐらいはある」

「ユラブチ集落群の方も八世帯ある」

「そうすると一四〇ぐらいか」

「地名や地勢、あと職業から考えるにしてもそんなにあるか?」

「上中下、東西南北、前後横とかを付けて増やすとか」


また、先に決めるべきことを決めずに各論に入り込んでしまっている。

司くんがチラチラ見てくるが“後で教える”とサインを出しておく。


「ねぇねぇ気になったんだけど、ユラブチ集落群の命名規則ってどんなのか分かる?」

「知らないけど……何で?」

「えっとね、ホムハル集落群の名前の一音目が名字みたいな物じゃない? ならその音を援用した方が良い気がするんだけど、ユラブチ集落群はどうかなぁって」

「……援用した名字というのは……例えば、一音目がサだから早乙女とか?」

「そんな感じ」

「それ名字と名前で音が被るじゃん」

「被ったっていいじゃん」


ああだこうだ、ああでもないこうでもないと枝葉の各論をいつまで続けるのかな?

際限がないから今回はここらで終わらすしかないか。


「そろそろ炊事当番は夕食の準備に入った方がいいんじゃないか?」

「あっ、もうそんな時間?」


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