幕間 第24話 調査隊
あまり読み味の良い話ではない幕間ですので、本日、幕間を二話と次章の第一話の三本をあげます。
今話は幕間の二話目です。
――――――――――はじめに――――――――――
今話では残酷・ショッキングな描写がございます。
このような描写が苦手な方は読まずにお戻りいただく事をお勧めいたします。
キャンプ場組が全滅したのを確認した話ですので、読まなくても本筋には影響しません。
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「扉を開けた形跡はありません」
「隊長、念の為、中を検めますか?」
横川の非常用食糧庫の扉に、その後に扉を開けたかどうかがが分かる仕掛けを施していたのか。
手の込んだ事を……誰の教育結果だ?
「……確認しろ」
「了解」
キャンプ場の連中のけりがついた可能性があるからと、十二月の対キャン隊を引き連れて状況を確認するよう頼まれた。
これまでの経緯と考えられる推測は将司と義教から聞いている。
それなりに可能性が高い事態は何通りかあるが、何れにせよ凄惨な状況があり得るので、防護服とゴーグルと防臭マスクを持たされている。
人間の遺体を放置していると強烈な悪臭が発生するし、周りの物品にも悪臭が染み込んでしまう。
腐りやすい夏場なら死後二日ぐらいから、腐敗しにくい冬場でも半月ぐらい放置されていたら耐えられないぐらいの悪臭を放ちはじめる。
孤独死しているのが死臭で判明した場合など、運び出せるものは全て運び出して焼却処分でもしないといけないぐらいの悪臭源になるし、家屋も消臭工事(文字通り『工事』レベルの大掛かりな処置)をしないと使用に耐えないレベルになっている事も珍しくはない。
そういう状況の清掃をするお仕事をする者を特殊清掃員などと呼ぶのだが、この特殊清掃員は防護服と防臭マスクが必須といえる。
だから防護服、防臭マスク、ゴーグルを持ってきてはいるが、現代日本のような物は基本的には無理。
防護服は、タイペックの防護服でも蜂退治用の防護服でもなく、今回限りの使い捨てにする外套を一人あたり三着持たされているだけ。
防護服の役目は外部の汚染物質を体内に入れないという物だが、それ以外にも防護服に付着した汚染物質を洗浄したり防護服自体を廃棄処分することで汚染物質の拡散を防ぐというのも防護服の役割の一つ。
原子力発電所の事故で作業員などがタイペックの防護服を着ていたが、あれは放射線を遮って被曝を防ぐための物ではなく、放射性物質を吸い込んだり体表などに付着させないためと、防護服に付着した放射性物質を拡散させないための物。
これらの目的を考えると防護服は一番外に着ないと意味がない。
それはそうなのだが、そうすると防寒着を着た上から纏う必要があるが、そんな大きさの防護服は……なので、使い捨て前提のポンチョになった。
ゴーグルは色々な作業で必要になるので美浦で製作されている物を持ってきた。
再生産可能なので、必要なら廃棄してもよいと言われている。
最後の防臭マスクだが……これは義教の私物だったオーパーツの防臭マスク。
義教の家業の関係で防臭マスクが必要らしく持っていたのだが、自分の分だけだと必要な場面で全て押し付けられるのでSCC全員分として八個保持していたそうだ。
防臭マスクはあくまで防臭であって、低酸素状態の場所で作業することはできないから、窪地や気密が良い場所など低酸素が予想される場所には近付くなとも注意を受けている。
それと、防臭マスクはオーパーツだから消耗品の吸収缶は已むを得ないが本体の廃棄は許さんとの事。
今回の確認任務の人数が八人なのは防臭マスクの数から。
幸いな事に横川までの間で防護服や防臭マスクを要する事態には遭遇していないが、上の口では高確率で遭遇すると思われる。
「中を検めましたが、手つかずのままです」
手つかずで残っているという事は最短でも一箇月、最長だと二箇月連絡が途絶えているという事。
上の口に生存者が一人もいない可能性が物凄く高くなった。
「よし。今日はここ横川で宿泊する。準備に掛かれ」
「…………セルヴァ」
宿泊準備と言われて一瞬怪訝な表情を浮かべたな。
まだ日は高いから“今から?”とでも思ったのだろうが、直ぐに『今から上の口に向かうとどうなるか』を考えて納得したのだろう。
これから上の口に向かうと蜻蛉返りでもしないと横川に帰り着くのが夜間になる。
上の口で宿泊するのでも無ければ、意味もなく往復するだけか、夜間の雪中行軍という危険を冒す事になる。
危険が考えられる上の口に宿泊するのはあまりにも愚策。
だから、横川で一泊が上策。
しかしなぁ……SCCの脳筋担当の俺ですら考えるまでもなく分かる事に一瞬でも考えないと気付けないのはいただけない。
義教に再教育が必要だと言っておこう。
「屋根の雪下ろしやりますか?」
「二〇センチぐらいどうって事ないからやらなくていい」
幾ら簡易休憩所とはいえ、匠や義教がこの程度の雪でどうこうなるような造にはしていない。
雪よりはるかに重い火山灰に耐えられるように造っているのだから身の丈を超えるような豪雪でもなければ大丈夫。
それに雪下ろしはそもそもが危険な作業だ。
雪下ろし用の道具も無しに雪下ろしするのは危険すぎる。
十一月半ばには山陽地方にも拘らず雪が降り出したし、十一月の末にはドカ雪が降って一尺ぐらい積もった。
あれから十日ほど経っているが、まだ雪が二〇センチメートルも残っている。
例年に無い状況だな。火山の冬か……
「まだ明るい内に防臭マスクの使い方をおさらいしておけよ」
「セルヴァ。非常用食糧庫に残っている食糧は如何します?」
「持って帰って飼料にする。ただ、帰りでいいからな」
「そりゃ分かってますって」
◇
雪を踏み締めながら一列縦隊で進む事一時間半、上の口にはあと二キロメートルぐらいのところで先頭が『止まれ』のハンドサインを出した。
「風に乗って何か異臭が」
確かに微かだが異様な臭いが感じられる。
「よく気付いた」
「ども」
「各自、防臭マスクの用意」
「セルヴァ」
人間の死体が発する臭いは『ここに人間の死体がある。人間にとって危険な場所だ』というメッセージでもあるので、本能的に回避したくなる嫌悪感をいだかせる臭いという事でもある。
好き好んで本能的に強烈な嫌悪感・不快感を催す臭いを嗅ぎたいという変態がいなくてよかった。
いや、そういう変態がいたらそいつに調査を押し付けられたか?
「まだ吸収缶は使うなよ。だがヤバいと思ったら躊躇なく使え」
「セルヴァ」
吸収缶は悪臭を吸収するフィルターなのだが、吸収できる量には限りがあるので、あまりに早く使いだすと肝心な時に効果が切れるという洒落にならない事態にもなりかねない。
しかし、我慢し続けて使う前に人間の方がやられたら意味がない。
防臭マスクとゴーグルを装着してポンチョを被り直し、相互チェックをしたのを確認して再出発する。
「すんません、使います」
「オッケー! 他もヤバかったら使え」
上の口が見えてきた五〇〇メートルぐらいのところで一人目が臭いに耐えかねて吸収缶を使い始めた。
一〇〇メートルぐらいまで近付いた時には自分を含めた全員が吸収缶を使って少しでも悪臭を減らそうとしているぐらいキツイ臭いが漂っている。
先頭がまた『止まれ』とハンドサインをだした。
「リヤカーが捨てられてます」
「車輪がもげてますね」
「川俣所有の焼き印が読めます」
防臭マスク越しだと声の通りが悪いわ。
◇
上の口に到着したが、雪に埋もれた廃村にしか見えない。
俺の記憶では建物は五棟あった筈だが、四棟しかない。
真ん中の建物があった筈の場所には炭化した柱が見えたので焼亡したと思われる。
崩れた壁などもそのままなので焼け跡の片付けもされていないのだろう。
「とりあえず、動く物は見当たりません」
「雪の上に足跡もないので、積雪以降に出歩いた者はいないようです」
「この悪臭の中で暮らせる人間がいるとは……」
「左の建物から虱潰しでいくぞ。勇太、隆志、行けるか?」
「セルヴァ。本田勇太、秋川隆志の二名は左端の建物の調査を行います」
「気をつけていけ」
二人が慎重に近づき、勇太が扉の脇に控え、隆志が扉に手をかける。
頷き合ってから扉を開き……何も起こらなかった。
辺りを窺いつつそろりそろりと中に踏み込んでいく二人。
十分ぐらいして出てきた二人の顔色は悪かった。
「遺体を三体見つけました」
「ご苦労だった」
枕元には服が準備されていたから眠ったまま亡くなったと思われる遺体が二体。
死後どれぐらい経ったかは分からないが、腐乱が始まっているので死後十日から一箇月ぐらいは経っていそうだ。
そして食卓の傍で倒れていた一体はまだ腐乱が始まっていないから数日前まで生きていた可能性はある。
食卓には空の茶碗が一つと干からびた米が盛られた茶碗が二つ。
干からびた米が盛られていた茶碗は腐乱が始まっている遺体の分なのだろう。
二人の死後もここで暮らしていたと思われる。
◇
初っ端から凄惨な場面に出くわしたと思ったのだが……
遺体と暮らしていたというのはアレだが、この三体はまだ原型を保っていたので一番マシだった。
他の場所では、何かに食い荒らされていたり骨や肉片が散乱していたりと、とても正視できるものではなかった。
極めつけは、遺体が乱暴に放り捨てられて重なり合っていて遺体の遺棄場所にしていたとしか思えない建物。
前者は虫や烏などの野生動物が食い荒らしたと思えば(それはそれで悲惨ではあるが)まだ納得もできるが、後者の乱雑に積み重ねられた遺体はどう考えても人為的なもの。
どうしたら死者に対してこのような惨い扱いができるのか。
狂気の沙汰、悪魔の所業といった言葉が頭をよぎる。
他にも野晒しにされていたと思われる遺体もあった。
積雪前からあったようで雪の下に隠れていたため、伊達くんの息子の信宗が遺体の頭を踏み抜いてしまい腰を抜かしてしまった……いや、あれは俺でも腰を抜かすわ。
確認できた遺体は少なくとも二十体はある。
二十九人いた筈だから最多で約三分の一の九人は確認できていない計算になるが、おそらくは全滅している。
原型を留めていない遺体が多く、頭部と思われる部分が二十個確認できたので最低でも二十体というだけ。
こういった時は日記などで惨劇の推移が確認できたりするのが創作物の鉄板だが、生憎そういう物は見つからなかった。
縦しんば見つかっていたらSAN値が直葬された可能性が高いだろうけど。
「これらの遺体、如何します?」
「如何しようもない。冥福を祈って撤収する」
「……セルヴァ」
火葬したり埋葬したりできる状況ではない。
やれるとしても建物を全て焼亡させるぐらい。
「全員、整列……黙祷」
◇
上の口と横川の中間地点の一里塚まで戻ってきた。
「信宗、作業ズボンと靴下を履き替えろ。それと隆志は消毒液で信宗の足と靴を洗ってくれ。信宗、すまんが靴は予備がないから美浦まで我慢してくれ」
「はーい」
上の口からは四キロメートルぐらい離れているからもう影響はない。
だから、ここで防護を解く予定なのだが、遺体を踏み抜いた信宗の靴下と作業ズボンは履き替えさせないと悪臭源と可能性として病原体を引き連れたままになってしまう。
「平太、廃棄用の穴を掘るからエンピ持ってついてこい」
全員の防護服と遺体を踏み抜いてしまった信宗の靴下と作業ズボン、それと足や靴を洗浄・消毒するのに使ったウエスと処置者の手袋はここで廃棄する。
しかし、ただ単にそこらに投棄は拙いので穴を掘って埋める。
本当を言えば踏み抜いてしまった靴も処分したかったのだが、予備がないから靴は美浦までは我慢してもらって美浦で廃棄する。
幸い他の者はポンチョ以外の物が駄目になる事は無かった。
「ここから先を禁足地とする。そこの休憩所を倒して道を塞ぐ。取り掛かれ」
「セルヴァ。休憩所を倒して道を封鎖します」
腐る物があるうちは、悪臭もそうだが衛生上の問題もあるので、少なくとも完全に白骨化してほぼ腐る物が無くなるまでは立入禁止にする。
完全に白骨化するには短く見ても五年ぐらいの期間を要したと思うから、最低でも十年ぐらいは立入禁止にするのが妥当だろう。
◇
横川に着いて夕食だが……仕方が無いが食欲が湧かないようだ。
まあ翌日以降に差し障りがでるから無理にでも食わせたけど。
「如何だった?」
「覚悟していた以上に悲惨な状況でした」
全員が頷いている。
「いいか、お前ら。将司・義教・雪月花の三人が敵と見定めて本気で切れたらあの有り様になる」
「…………」
「お前らは『雪月花に逆らっては駄目だ』と骨の髄まで染み込んでいるだろうが、将司と義教が本気で切れたときは雪月花の比じゃないからな。三人の内の誰か一人にでも本気で切れさしたら待っているのは破滅だけだぞ」
「……ノリちゃん先生も?」
「そうだ。滅多な事では本気で切れる事はないが、本気で切れたら……だから、お前ら、三人が本気で切れる一線をちゃんと見極めておけよ」
「…………」
「そんな顔するな。簡単な事だ。敵対しなければ良い。敵対しなければかなり懐は広いぞ。奈緒美や佐智恵や美野里や匠のやりたい放題を見て見ろ。あれで大丈夫なんだぞ」
「あはははははは」
笑えるのは良いことだ。
「それじゃあ、各自の見た事、感じた事を忘れないうちに紙に認めろ。それと、誰とも相談せず自分一人で書くように」
「相談するのが駄目なのはなぜですか?」
「相談するとバイアスがかかる。上が正しい判断をするには可能な限りバイアスがかかってない情報が大事だからだ」
「自分が見た事、感じた事をありのままに?」
「そうだ。その後で他者の物も見ながら話し合って付け加える物があれば付け加える」
ここらのやり方は将司や義教の手法を真似る。
『人は見たいものしか見えない』という言葉があるように、先入観や他人の見解など余計な物が入ると、どうしてもそれらに引き摺られてそれらに都合が良い見方をしてしまう。
同じ事実を見聞きしてもそれをどの様に認識するかは人それぞれ。
だから、できるだけそのときに見聞きした物を率直に書き残す。
多数の人間がそれそれがどういう見方をしたかという情報は、事実がどうであったかの分析の役に立つ。
もっとも、分析は筋肉担当の俺ではなく頭脳担当の御三人に任せる。
義教は先住者関連で手一杯になるだろうから将司と雪月花になるかな?
あの二人なら息子達と娘婿の教育の材料にするかもしれないけど。




