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文明の濫觴  作者: 烏木
第10章 百折不撓
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第33話 秋のお祭り

美浦が主催や共催というかメインスポンサーというかを務める秋のお祭りは二つ、厳密に言えば三つある。


一つ目は美浦の収穫祭である『瑞穂祭』

各集落でも収穫祭は執り行われるが、それは各集落に任せている。

もっとも、今後は火山灰の盛土を踏み固める行事を行ってもらう事になるとは思う。

美浦も火山灰の盛土である東堤を踏み固めるための行進というか演舞というかを検討している。


二つ目はムィウェカパの流れを汲んだ大お見合い会である『織豊祭(おりとよまつり)

織豊と書かれると俺などは織田信長と豊臣秀吉の織豊(しょくほう)になってしまうが、これは『織姫(おりひめ)豊彦(とよひこ)』からなので“おりとよ”と読む。

ちなみに、ムィウェカパは織豊祭での婚礼の儀にあたる“二人揃ってお札を奉納する儀式”を指す言葉として残ってはいる。


織豊祭と併催というか同時開催というかの祭が年内最後の交換市で米俵運びなどを行っていた流れを汲む『和合祭』

金銭による売買の場になっていて交換市ではなくなってはいるが、冬籠りの準備を兼ねて各地の物産を持ち寄っての大市を行っている。


それはそうなのだが……実は米俵運びは健在だったりする。

自分達が運んできた米俵を担いで練り歩き、自分達が持ってきた米俵を持ち帰るという訳が分からない行事になってはいるが、これにも一応は意味がある。

その米俵を運ぶ役目は前年の織豊祭で成立した新婚夫婦がいる集落からはその新郎が指名されていて、婿入りした彼らが受け入れられて元気に暮らしている事をアピールする場という訳。

もっとも婿殿の全員が全員、米俵を背負って練り歩ける力持ちな訳ではないので、米俵の外形をしているが中身は籾殻という事もあったりなかったり。


その秋のお祭りだが、去年は直前に南海トラフ巨大地震があったので瑞穂祭は中止になり籾遺の儀だけ略式で実施した。

しかし、和合祭は冬籠り用の大市という側面があるし、大きな被害を受けたのは美浦だけだったので織豊祭ともども実施した。


でだ、問題は今年はどうするか。


昨年は酷い被害を受けたのが美浦だけだったが、今年は全集落が大量降灰という激甚災害にあっている。


そして、三人衆が出した答えは“全部やる”だった。


今年の収穫はほぼ無いがハレの日は必要だから瑞穂祭は実施する。

東提の踏み固めを早めにやりたいというのもあるとの事。

各地の収穫祭に相当するものは各自に任せるが、おそらくは祝う気持ちにはなれないとは思う。

ただ、収穫祭相当の日にあわせてハレの日仕様の食糧援助は行うとの事。


和合祭は冬籠りの食糧を配布するのに便利だから実施する。

織豊祭はホムハルの村長が主幹になって次回の候補者の調整を行うまでが定例なので今年の参加者はいるから実施すべき。


もっとも、織豊祭は向こうの意向で取り止めもあり得るが、和合祭は美浦の都合もあるので実施する。


こういう事になった。


■■■


「織豊祭を実施するにあたり、一点だけ問題がある」

「龍神池の『天架橋(あめのかけはし)』の件」

「やむを得なかったとはいえ、龍神池の他に土捨て場がなく現在はほぼ埋め立てられている」


三人衆が匠と俺に話があるというので聴いてみれば滝野の溜池であった龍神池に織豊祭の時にだけ架橋していた浮き橋の話だった。


婚礼の儀(ムィウェカパ)は、夫婦となる二人が揃って龍神池に浮かべた浮き橋(天架橋)を渡って、それぞれの氏族記号と名前を彫った木札を縛って合わせた物を北岸にあるお社(おやしろ)に奉納するというもの。

しかし、龍神池は火山灰処理のために埋め立ててしまったので浮き橋を浮かべる事ができなくなった。


その対策案を考えたので、浮き橋渡りの創始者である匠と俺の了承を得たいとの事。


「そんな大層な話じゃあるまい。好きにすればいい」

「匠と同意見。別に無くても問題ないだろ?」


浮き橋渡りは“吊り橋効果で仲良くね”というある意味では悪ふざけの部分もあったので大袈裟に考えないで欲しい。


「いや、そうはいかないから」

「式次第の一つになっているから無くす訳にはいかない」


何十年も続いたので既に(れっき)とした様式に昇格しているから何か考えないといけないらしい。


「一部だけ水面を残す案も考えたけど現実的じゃない」

「そこで、浮き橋じゃなく吊り橋にするのは如何だろうかと」

「浮き橋を吊り橋に変えて問題ないか」


ああ、一周してしまったのか。


「そんなに駄目だった?」


思いっ切り脱力している匠と俺を見て義智がおずおずと声を掛ける。


「……いや、良いんじゃないか。本家本元は吊り橋だからな」

「ああ、吊り橋が難しかったから已む無く浮き橋で妥協したんだ」


吊り橋はメインケーブルを両端から引っ張って張り、そのメインケーブルに橋を吊り下げる形をとるので、橋の両端にメインケーブルを繋ぎ止める固定装置(アンカレイジ)が必要になる。

アンカレイジ(“アンカーレッジ”“アンカレッジ”“アンカー”とも)はメインケーブルの張力、つまり橋の全荷重を受け止めて地盤に流すので、自身が動かないように地盤に強固に固定するのだが、張力に対抗できるだけの重さも必要になるので吊り橋の規模が大きくなればなるだけアンカレイジも大きくなるし、地盤自体の強度も必要になる。


盛土の堰堤にアンカレイジを設置すると堰堤ごと崩れる恐れがあったし、直接破堤しなくてもアンカレイジが動いた隙間に水が入るとパイピング現象の呼び水になり溜池自体が崩壊する危険もあった。

だから吊り橋にするには堰堤の外側の堅固な地盤にアンカレイジを設置する必要があるのだが、そうすると橋の高さが堰堤の天端付近になるので今度は落下時の危険が無視できない。


それら諸々を検討した結果、吊り橋は難しいという結論に達し、代替案として“浮き橋も揺れやすいように工夫すれば不安や恐怖を感じるだろうからそれでいいじゃん”となった。


「そうなの?」

「ああ、あれは“吊り橋効果”といって“不安や恐怖を強く感じている時に出会った異性に対して恋愛感情を持ちやすくなる”という心理を使ったんだ。この効果を確かめた最初の実験で吊り橋が使われたから吊り橋効果というだけで、不安や恐怖を感じる場面であれば同様の効果がある」


不安や恐怖によるドキドキを恋愛感情のドキドキと混同するという有名な吊り橋効果だが、実は落とし穴があって“魅力的な相手だと吊り橋の方が応答率が高いが、魅力に乏しい相手だと吊り橋の方が応答率が低くなる”という、ある意味では『正の方向にも負の方向にも魅力を増幅する』という実験結果がある。


「じゃあ、義秀(ヒデ)くんに設計してもらうから二人に監修を頼んでいい?」

「それは良いが、ムィウェカパの時だけ架けるのと基本架けっぱなしのどちらにするんだ?」

「……ん?」

「浮き橋は毎回架け直して終わったら撤去するよな。そういう形態を採るのか、何年か毎に定期的に架け直すにしても運動場の遊具のように基本的には常設にするのか。それによって構造や必要な機能が異なる」


三人が目で会話したあとに理久くんが代表して、織豊祭の間だけ架ける方が特別感がでてよいと表明した。


「そうか。織豊祭の間だけの方が面倒だから義秀(ヒデ)には丁寧にお願いするようにな」


普通に考えたら常設の物の方がしっかりした造にしないといけないから難しいと思えるかもしれないが、実は一回しか使わないばあいでも(耐久性は度外視できても)強度は同じだけひつようになる。

だから、常設の方が架け替え用の仕組みを組み込む必要がない分だけ楽と言えば楽。

極論を言えば常設なら架け替えするときは既存の橋はメインケーブルを切断して落としてしまってもよいのだが、何度も短期間だけ架けるとなると架けやすく外しやすいように各部に工夫を凝らす必要があるし、張力のバランス調整を随時できるような仕組みにしておかないといけない。


それと、浮き橋は荷重を浮力で支えるから例え素人が架けても浮き(フロート)さえちゃんとしていればそうそう問題はないが、吊り橋はそうもいかない。

何度も架け直すということは、何れは素人が架けることになるので素人が架けて大丈夫なようにもしないといけないなどの問題もある。

常設なら架け直す際も専門家が架けるので素人には難度が高過ぎる工程があっても問題はないが、素人が架けるとなるとそうもいかない。


そうは言っても、自動車道とか鉄道とかではなく数人程度しか同時に使用しないから大した動荷重でもないし、高さも地上十センチメートルぐらいにしておけば落橋しても笑い話で済むと思うからそこまで真剣に考えないといけない訳ではないとは思う。


■■■


足踏みと太鼓の音が聞こえる。

瑞穂祭で土捨て場の堰堤を踏み締めるために行進というか演舞というかをするのだが、子供たちが校庭でその練習をしている音で、まだバラバラな感じだが何れは揃うだろう。


多人数が足並みを揃えて行進するには歩くリズムを知らせる仕組みがあった方がよい。

具体的には笛や(かね)や太鼓などの楽器で歩調を知らせるというもの。


これは洋の東西を問わず古くから行われてきたし、欧州では太鼓(ドラム)の音に合わせて歩かせることで隊列を一定のスピードで進ますという手法が広く使われてきた。

そのため、現代でも生産スケジュールの最適化する手法にドラム()バッファ()ロープ()というものがあるが、このDBRのDは行進速度を指示する太鼓(ドラム)のD。

DBRを詳しく説明すると下手すると本が書ける分量になるが、物凄く大雑把に言えば生産工程を隊列に模してドラムに合わせて隊列が進むように生産工程に複数ある各作業を進ますことで供給不足によるチャンスロスや過剰な仕掛在庫がでないようにする手法。


閑話休題、こういった鉦や太鼓に合わせて行進させる手法が発展して、単なる音ではなく楽隊を引き連れて音楽を奏でながら行進するという形態に進化し、そのための音楽が行進曲というジャンルの音楽になった。

楽隊も隊列と一緒に進まないといけないので行進しながら奏でるのだが、この楽隊の部分だけを抜き出したものがマーチングバンドの発祥といえる。


この音楽に合わせて行進するというのを確立して欧州の音楽家などに衝撃を与えたのが(欧州がトルコと呼んでいた)オスマン帝国の軍楽隊(メフテル)で、それに影響を受けて作られた楽曲は『トルコ行進曲』と呼ばれている。

実はトルコ行進曲というのは基本的にはジャンル名であって曲名では無かったりするし、トルコ(オスマン帝国・オスマントルコ帝国)で作曲されたり行進曲として使用されたりしたことは普通は無いし、そもそも行進曲としての適性があるかも問われない。

実際、トルコ行進曲と言われてパッと思い浮かぶであろう曲は、由紀さおり・安田祥子の姉妹のスキャットなどでも有名なモーツァルトのピアノソナタ第十一番イ長調第三楽章(通称『トルコ行進曲』)だろうが、とても行進に使えるような曲ではない。


美浦にもパレード用の行進曲は幾つかある。

まあ『陸軍分列行進曲』とか『行進曲「大空」』といった陸上自衛隊の定番の行進曲とか、クラシックの行進曲とか、映画やアニメなどのOSTだとは思うが何処かで聞いた事があるようなメロディーの物で、美浦で作曲したオリジナル曲という訳ではない。

もっとも、現状で使用できる楽器が限られているので原曲通りに演奏する事はそもそも不可能だから、現有の楽器で演奏できるようアレンジを加えてはいる。


今回は堰堤を踏み固めるという目的があるので既存の行進曲は如何なものかという意見がでて行進曲ではなく別の曲という事になった。


行進曲は基本的には普通に歩くテンポより若干早いテンポになるよう設定されている。

『放っておくとダラダラと遅くなるから早いテンポでキビキビ歩かす』というのが行進曲とその原型の合図の動機なのだから、当然ながら早いテンポになるのは必然。

しかし、今回の主旨は早く歩かすというよりしっかり踏み締めるということなので、もっとテンポが遅い方が良いというわけ。


そして選ばれたのが世界的に有名なロックバンド“Queen”の名曲である『We Will Rock You』

二度足を踏み鳴らして一柏手一休符が本家本元だから地面を踏み締める動きを取り入れやすいし、ベースがこれで一定なので複雑な事もなく、全体をリードする太鼓も『打面(ドン)打面(ドン)縁打(カッ)・休符』の連続で分かり易い。


歌詞については、歌詞をつけるのか否かと、歌詞をつける場合に原曲の英語の歌詞にするか、和訳にするか、独自の物にするかなどが検討されたのだが、原曲を超える歌詞を生み出す事は不可能という事で原曲の英語の歌詞となった。


……これ、後世にまで残ったら如何なるんだろう。

織豊祭のオープニングのサッキヤルヴェン・ポルッカもそうだけど、神と交信している呪歌((のろ)いではなく(まじな)いの方)とかになるのかな?


『翁』が代表例だが日本の能にも意味不明言語で呪文を唱えているようなものがあるし、まあいいか。


お久しぶりです。

炎上プロジェクトはまだ鎮火には至っていませんが、ある程度は制圧できました。

ただ、消火作業中にたまっていた本来業務のバックログがあるため、まだまとまった執筆時間がとれていません。

しばらくは不定期になるかと思います。

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