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文明の濫觴  作者: 烏木
第10章 百折不撓
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第31話 思った以上に

二泊三日の第一回川俣復旧事業の川俣復旧隊及び対キャンプ場部隊(対キャン隊)は無事帰還した。


川俣の復旧についてはまだ取っ掛かりに過ぎず、家屋の屋根から火山灰を取り除くのと、現地を見て火山灰の処分方法を検討したぐらい。


火山灰の処分方法としては辰川に投棄するのと地面に埋める二通りを併用すると聞いている。辰川に近い場所は辰川の河川敷に野積みしておいて増水時に持っていってもらい、ある程度距離があるところは天地返しで埋めるらしい。


そして、対キャン隊は、横川に食糧を運び込んだ上で連中との接触にも成功し、無事任務を果たした。


二日目の早朝に川俣を出立し、昼前に横川に到着した対キャン隊は『彩煙雷』という種類の昼花火を三発打ち揚げて存在をアピールした。

横川から上の口までは直線距離だと八キロメートルも離れていないので、条件が悪くなければ音は聞こえるし上空の煙も見える。


昼間に打ち揚げる花火は、大きな音を響かす音物(音花火)と、色のついた煙(白煙のばあいもあるが)を楽しむ煙物に大別できる。

そして、採煙雷は大音響を響かせながら色付きの煙を空に描く音物と煙物を合わせたような昼花火。


なぜそのような花火が美浦にあるのかというと、祭などで花火を打ち揚げる前に上空の風などを測るための観測玉及び開幕を知らせる号砲として製作されていたからで、今回はそれを流用した。


当初は『横川の非常用食糧庫に食糧を納めて、立て看板で非常用食糧庫に食糧がある旨の案内をだし、非常用食糧庫に置手紙を残していく』という予定だったのだが、やはり一度は呼び出して接触を持った方が良いのではとなり、花火で呼び出すことにした。


もっとも、気象条件によっては打ち揚げられなかったり向こうが気付けないという事もあり得るし、気付いても無視されたら接触する事はできないが、その場合は当初予定の通りにして撤収する手筈だった。


置手紙の内容は……

――――――――――――

川俣を復旧しようと来てみたら食糧がごっそりやられていた。

家畜の餌まで盗っていくぐらい困っているようなので、取り敢えず食糧を持ってきてやった。

此処(横川の非常用食糧庫)に置いておくから持っていけ。


大人しくしているなら川俣が復旧するまで毎月横川まで食糧を持ってきてやる用意がある。


次回の横川への搬入は一箇月後の九月十日を予定している。

それまでに袋や容器は横川の非常用食糧庫に返しておくように。

返ってきていない物は足りていると判断するからな。

――――――――――――

これを滅茶苦茶マイルドにした物。


ちゃんと次回の予告もしているから初回の今回に接触できなくても次回か次々回ぐらいには接触できる可能性は高く、今回は上手く接触できれば儲け物といった程度の期待感だった。


それと、まだデントコーンが残っていると思われるので、ポレンタのレシピをおまけとして付けておいた。


ポレンタは真面目にコーンミールから作るとなると結構しんどい。


沸騰させたお湯に食塩などの調味料とコーンミールをぶち込んでダマにならないよう掻き混ぜる。

そのうちデンプンが糊化して粘度が上がっていくのだが、焦げ付かないよう鍋底から掻き混ぜ続けるのを四十分から一時間ぐらい続けると、掻き混ぜた時に鍋底が見えるぐらい粘度が上がるので、そうなったら一旦は完成。


一旦なのは、その状態で出される事もあれば、具材などを加えて更に調理される事もあるから。


それと出来立てのポレンタを熱々の状態で型に移して冷ますと固まってトウモロコシ羊羹みたいな物ができるので、これも記している。


これを切って火で炙ってトーストみたいな感じで食べるのもありなので、三食分を一気に作って、一食はポレンタとして食べて、残り二食は冷まして固体になった物を切って火で炙って食べるというのは案外お勧め。


こんなところにまで気を使う俺らって優しいよね。



接触があったのは、花火を打ち揚げてから三時間ぐらい後。

持ってきた食糧を非常用食糧庫に納めて、立て看板を立てて、大休止をとって、来るならとっくに来ている筈の時間をオーバーしたので“花火に気付かなかった、もしくは無視した”と判断して撤収に取り掛かったあたりに如何にも使い走りという態の三人が急いだ様子でやってきたそうだ。


花火を見て直ぐに急いで向かったとしたら一時間半ぐらい前に着くし、慎重に向かったとしても三十分は前には着いていないとおかしい。


という事は、連中は花火に気付いたが、どうするかを決めかねて時間だけが無為にすぎていき、もう来ないと思って引き上げるんじゃないかと思い至り、急いで使い走りを走らせたといったあたりか。


接触に成功した三人から聞いた話では、キャンプ場がある扇状地は降灰以降は雨が降る度に土石流が起きるようになり、扇状地の中の(いびつ)な地形のキャンプ場には風雨の度に火山灰が吹き溜まって酷いところだと腰窓の高さまで火山灰が積もってしまい到底居住できる状態では無くなったので、今は上の口にいるとの事。


そして、青年会々長だった神矢と名乗っていた人物を含む年嵩だった幹部四名は天に召されたので、今現在は上の口に残り二十九人全員がいるそうだ。


全ての裁量権を握っていた者たちがいなくなり、組織の意思を決定して指揮して遂行するという組織運営の経験が無い者だけが残り、既に組織ではなく単に人が集まっているだけの集団になり、その場その場の思い付きによる中途半端な場当たり的な対処しかできなくなっている可能性が高い。


それは、横川にある程度の裁量を任されている人間が来ていないとか、接触直後ぐらいに誰かが情報を持って引き返すとか、裁量権を持つ者が来るまで引き留めるとかアポを取るなどの行為が一切なされていないあたりにも如実に表れていると思う。


そういった纏まりのない誰も決めないし責任を負わない集団は、何かの切っ掛けで暴走しだすと集団ヒステリーを起こしてとんでもないことをしでかす事があるが、基本的には事なかれ主義に陥りがちで、追い込まれるまではただただ漫然と流されるままになりやすい。

つまり、今回の罠との相性は良いともいえる。



彼らからは横川ではなく上の口まで運んでもらえないかというお願いはされたが、上の口まで運んでいたら帰れなくなるので断ったとの事。


川俣と横川を往復すると四十五キロメートルぐらいになる。

徒歩での移動は一日に三十キロメートルが標準なので五割増しになるが、選び抜かれた鍛えし益荒男なら重量物を担いでいても何とかはなる。


しかし、そこから横川と上の口の往復十六キロメートルを足すと六十キロメートルに達する。


これが現代日本の都市部のように危険な野生動物もおらず、整備された歩きやすい道で照明などもあって夜間でも歩けて、荷物もなく軽装だったら歩けない距離ではないが、ここは真逆で野生の王国で危険生物は存在し得るし、悪路というか道といっていいのかレベルを六十キログラムを超える重量物を担いでとなると、さすがの益荒男であっても無理が過ぎる。


断られたので自分達が上の口まで運ぶ必要がある事には落胆したようだが、米と食塩には素直に感謝していた。

落胆したのはそういった力仕事は下っ端の自分達がやらされるのが目に見えているからだろう。


ちなみに、彼らは対価を支払う素振りも川俣の食糧を失敬したのを詫びる素振りも全く無かったそうだ。


■■■


キャンプ場の連中の事はあるが、それ以外にもやらないといけない事は山ほどある。


その中には燃料を使う必要があるものもあるのだが、溜池や鉄砲堰の浸水域に流れ込んできた流木を掻き集めて乾燥させる事で薪を確保している。

流木を運ぶのは大変だが、伐採した原木を運ぶのも似たようなものなので気にしては負けと思っている。


美浦の除灰作業についてだが、美浦平の東の土捨て場にした堤の長さは既に二キロメートルを超えているが、そろそろモグちゃん号も蜘蛛の糸号も活動限界が近いので、これ以上続けるとすると全て人力になってしまう。

土捨て場への除灰を続けるか、天地返しもしくは海洋投棄にして除灰を続けるか、除灰は一段落したとして次の段階である耕地の復旧に進むかの選択を迫られてきている。


各集落に配布するスプラウト小屋の暖房装置の製作は半数が完成していて秋までには行き渡る目途が立っているので一安心している。


スプラウトは種子のエネルギーを使って発芽しているが、光合成でエネルギーを生成して蓄える段階には入っていないので、エネルギーだけを考えると種子を食べた方がスプラウトを食べるよりも得られるエネルギーは多い。

しかし、発芽時に種子が合成する成分が非常に重要。


美浦では鶏の雛(ヒヨコ)の餌は小麦の表皮(ふすま)を主体にしているが、小麦の芽出し(小麦のモヤシ)も与えている。

ふすまは云わば廃棄物なのだが、結構栄養があるので飼料に使っているが、実はふすまにはビタミンEが足りないからふすま飼料だけだとヒヨコが歩行不良を起こし程なくして死に至るので、ビタミンEが豊富な小麦の芽出しも加えている。

これが小麦の芽出しではなく小麦を種子のまま添加して与えても解決せず、芽出しである事が重要。

つまり、小麦の種子に含まれるビタミンEはヒヨコの必要量に満たないが、発芽するときに種子に蓄えている物質からビタミンEを生成しているので、ふすま主体の飼料に加えるとビタミンEが補えるぐらい多くなるという事。


ビタミン類は、人間は合成能を失っているか十分な能力がないが、食物などからの摂取で保っている生命維持や生長に必要不可欠な物質ということができる。

これは人間が喪失しているだけという例も多々あって、他の動物は十分な合成能を持っていることもある。

典型例はビタミンC(アスコルビン酸)で、アスコルビン酸の合成能を失っている動物は、ヒトを含む類人猿などサル目の一部や蝙蝠の一部やモルモットなど極限られた種でしかなく、他の大部分の動物はビタミンCは必要量を体内で生成できるので食物から摂取する必要がなく、他の大部分の動物にとってはビタミンCはビタミンではない。


もっとも、余程偏った食生活をしていなければそうそうビタミンが欠乏する事はない、というかホモサピエンスがそういう食性だったらとっくに死滅している。生命維持や生長に必要不可欠な物質が欠乏していたら生き残って繁栄することなどあり得ないのだから。


しかし、狩猟・採取できる動植物が限られている現状ではどうしても偏った食生活になってしまいがちになるので、それを補うスプラウトを栽培できるか否かは我らの存続に直結する。

それだけに、秋から春にかけての低温期にスプラウト栽培を可能にする暖房装置が果たす役割は大きく、そこに手を抜く事はできない。


そういや、美恵さんが挑戦していた火山灰を混ぜた煉瓦は通常サイズは火山灰の配合率を四割まで高めた物が完成した。

五割配合の通常サイズの煉瓦はやはり駄目で、可能なのははんぺんか羊羹になるので、今ははんぺんと羊羹でどれだけ火山灰配合率を高められるかチャレンジしていて、六割はいけるが七割は厳しいといった感じ。


この火山灰煉瓦は耐火断熱煉瓦としての性能が良さそうなので、スプラウト小屋の暖房装置の炉に使うべく特注で形状別の数量を算出して発注している。



ああ、三人衆からは宿題のギブアップ宣言が来た。


親父殿から教えてもらい、チアミン対策は“精米するのも手間でしょうから玄米でください”と言って玄米にする方法が考えられるが、これは美浦の出方次第なので策としては甚だ弱い。しかし、他に実現可能な有効な手段は思いつかなかったと。


「玄米に変えてくれって言われたら如何するの?」

「当然、ご希望通り玄米にする」

「…………」

「頑なに白米にしたらさすがに向こうも疑うだろう? 致命的な罠を回避したと安心して油断もするし、玄米の方が米の量が一割減るんだから早く効く」


糠と胚芽は玄米の一割ぐらいを占めるので、白米から玄米に変えたら米の量が一割減るから本命の罠の発動が早まることはあっても遅くなることはない。


親父殿から追加で教えてもらった本命の罠については全くのお手上げだそうだ。

食糧の自給体制を確立するしかないが、自給体制を確立できるビジョンが全く浮かばないと。


食べる物を全て決められるというのは、健康で長生きできるようにも短命に終わるようにもできる。

つまり生殺与奪の権を持っているに等しいと分かったか。

分かったら毎食の献立を考えている宣幸兄ちゃんに感謝しておくように。


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― 新着の感想 ―
[一言] この罠を運良く切り抜けられる方法一つだけ思いつきました。 火山灰でもじゃがいもは育つだろ理論で除灰した上でじゃがいもを大量に育てる。 これが上手くいけば生き残れる。 そのくらいやれば処分対象…
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