第29話 悪巧み
「理久、嘉偉、義智、キャンプ場の連中は見捨てるで良いんだな。……よし、じゃあこの後の算段は俺らがやる。後で教えるから今は黙って聞いていろ」
将司からのある意味では戦力外通告を受けた三人衆は黙って頷いた。
おそらく快くは思っていないだろうが、それを表に出さなかったのは偉い。
将司がそうしたのは、三人衆がまだ頼りないという事は否定しないが、おそらくだが“第一世代のつけは第一世代がけりをつける”“手を汚すのは俺らがやる”というのが主な理由だろう。何せ連中を皆殺しにする算段なのだから。
さてさて、敵を知りという言葉もあるので、先ずは敵情として相手にどれだけの食糧があるかの推測からで、先ずは彼らが奪っていった食糧の量を確認する。
詳しく聞いたところ、川俣では牛肉が主食なこともあり食糧としての穀類の備蓄は元々少なかった上に、避難時に美浦に持ってこれる分は持ってきた余りなので、サツマイモとジャガイモの種芋、それと米と大豆がそれぞれ六〇キログラム程度との事なので合計で二四〇キログラムぐらい。
この程度の量だと一人分ならともかく、ある程度の人数がいる集団の食糧として考えると極少量と言って良い。
また、川俣の牧畜は春から秋にかけては放牧というスタイルなので飼料が重要になるのは冬場の話で、いくら避難時には持ってこなかったといっても穀物飼料の原料穀物も大した量ではなかったし、人間が食べられると感じるものはデントコーンぐらいしか無かった。そのデントコーンも量としては一トンはなく、あっても精々七〇〇キログラムぐらい。
一トン弱の食糧の全部が高効率の乾燥種子でも七人程度が一年食べられる量でしかなく、大甘で見積もっても一年持たすには五人しか食べられない。つまり、十人なら半年、二十人なら三箇月、三十人だと二箇月持てば上出来といった感じ。
おそらくは食糧庫の方は既に食い尽くしたのだと思う。
まともな食糧を食い尽くしたので、已む無く飼料原料のデントコーンにまで手を出して何往復かして七〇〇キログラムのデントコーンを運んだ。
破局噴火以降で新規に食糧を得る事はほとんどできていないと思うので、現在彼らが持っている食糧はデントコーンのみと考えて大過ないだろう。
他に食べ物があったら誰が好き好んで飼料を食おうと思うのか。
「それにしてもデントコーンの食べ方って知っているのかな?」
「食べ方を知らなくても美味しくないだけで食べられるには食べられる」
デントコーンは飼料用でスィートコーンと違って美味しくないと言われるが、これは炭水化物の多くを糖の形で実に貯めているスィートコーンだったら採りたてなら生でもいけるし、焼いたり茹でたりするだけでも甘くて美味しいのだが、デントコーンは炭水化物をデンプンの形で実に貯めているし果皮も堅いので同じ調理法だと碌に味がしないし消化にも悪い。
なので、デントコーンを食べるには、実を挽いてコーンミールにしたりデンプンを抽出してコーンスターチに加工して、それからトルティーヤやコーン粥などの料理を作って食べるとよい。要はデンプンなので水と一緒に加熱して糊化させてから食べるわけだ。
実はコーンスターチの原料はスィートコーンではなく主にデントコーンが使われているので、そうとは知らずにデントコーンを食べていたりする。
「東雲さん、推定人数と全部食べ尽くすまでの残月数はどれぐらいと見積もります?」
「破局噴火の直後に盗りにきたならもうとっくに尽きている筈。だから暴風雨の後に最初に盗りに来たと仮定すると……食糧庫の分が半月持たないってことは十人以下という事はない。おそらく二十から三十人程度。三十人なら後一箇月も持たない。二十人でも二箇月は厳しい」
「三十三人いた筈ですから、三十人規模だとほとんど亡くなっていない計算になりますね」
「三十人規模ならそろそろ美浦に進撃を検討しないと美浦に着く前に食糧が尽きる。二十人規模なら一箇月ぐらい猶予がある計算になる」
「二十人だとしてもあまり猶予はなさそうですね。将司、如何します?」
「二十人規模の食糧を持って行って様子を見よう。既に美浦に向かっていたなら迎撃するしかない」
幾ら川俣が復旧するかもしれないと希望を持たせても現実に食糧が尽きかけたら意味はなく、美浦を襲撃するか川俣で待ち伏せして復旧に来たところを襲って奪うという事も高確率であり得る。
つまり、黙らす飴がいるという事。
「了解です。では渡す食糧は白米が良いと思います。何と言っても一番馴染みがありますしね。そうそう、何でしたら箸休めに塩蔵品も付けてあげれば喜んでくれるでしょう」
「ほほぉ……白米ね。玄米でも雑穀米でもなく白米と」
「ええ、白米です。玄米より白米の方が炊くための燃料も少なくて済みますし、何より美味しいじゃないですか」
玄米と白米では白米の方が圧倒的に美味しい。
そもそも白米より玄米の方が美味しいなら手間暇かけて精米して不味くするなんて事はしない。
とあるタレントが何かの影響で“米は玄米や雑穀米、小麦粉は全粒粉の物しか食べないようにした”そうなのだが、食レポで何の変哲もない白ご飯が凄く美味しくてリアクションが出てしまって困っているそうだ。
いや、まあ、美味しさをアピールする食レポならお店の人もテレビ局の人も誰も困らないけどね。
「それか、コーンミールにしてポレンタのレシピを教えるという手もありますね。まあ、ポレンタのレシピは知っているか自分達で編み出しているかもしれませんけど、塩を付けてあげれば多少は食べやすくなる筈です」
「……確かにどちらでも俺らの目的には適うな」
「でしょう?」
やっぱり雪月花は怖いわ。
善意に見せ掛けた『白米』や『デントコーンを多少は美味しく食べられるポレンタのレシピ』の真の目的に気付かなければ待っているのは地獄である。
正に『地獄への道は善意で舗装されている』を地でいってやがる。
『地獄への道は善意で舗装されている』の意味は“善かれと思って善意で行った行為が結果として悲惨な状態を招く”という解釈もできるが、わざわざ『舗装』とあるので“悪意や悪事は簡単に善意を装える”と解釈した方がしっくりくる。
世の中には綺麗事を唱えつつそれを悪用して私利私欲を貪り、綺麗事を盾にして批判を躱すといった事例は枚挙に暇がないからな。
「まあ、白米の方が良いだろう。それと……箸休めの内容には注意がいるな。雪月花は把握しているか?」
「勿論です。最終的には食糧方にリストを見せてもらって何にするかを決めますが、第一候補は文字通り塩漬けになっている採り過ぎた蕨をそのまま塩漬けにした物でしょうか。不良在庫処分ですが、それぐらいは良いでしょう」
「よし、任せた。白米は二十人の一箇月だと……一石と三分の二」
「おおよそ四俵だな」
「じゃあ急ぎ四俵分の精米をさせよう。なるはやで白米四俵と塩蔵品と食塩を適量渡す。以後は毎月渡すが量や品目は様子を見ながら調整。如何だ?」
「異議なし」
「同じく」
「それと、川俣まで来させるのはあれだから……手前の……」
「下の口か横川」
鹿追、横川、下の口には休憩と簡単な炊事をする簡易施設があるが、基本的には休息場所であって居住するのは少々厳しいから、創都か上の口のどちらかに居る筈だが、おそらくは上の口に居る。
「そうだな、親切で横川まで運んでやろう。それなら上の口からなら余裕で日帰りで持ち帰れるだろう。横川の非常用食糧庫に告知する内容は……雪月花、頼めるか?」
「たたき台は作りますから決定は協議の上で」
「了解。こんな感じで如何だろうか?」
突然振られた成幸さんが吃驚している。
三人衆も成幸さんも話についてこれていなかったようだが、気にしては負け。
「あっ……ええっと……」
「復旧するかもしれないと思っていても、食糧が無くなったら自暴自棄になるから取りあえず食糧渡して大人しくさせる」
「成る程。了解しました。よろしくお願いします」
■■■
成幸さんが退席してから三人衆に教育を行う。
席を改めて、理久・嘉威の兄弟は将司と雪月花が教育し、俺は義智にだけ教育すれば良いと思っていたのだが……三人纏めて教育した方が手っ取り早いと。そうですか。
それにしても、こういう時は何故か俺が担当する事になる。
俺が教育担当だからですか。そうですか。
「連中は美浦なら食糧があるのを知っている。そして川俣の食糧は盗り尽くした。なら連中は川俣の食糧を食い尽くしたらどう動く?」
「……ここに来る」
「そうなると美浦で迎撃するか、進撃中の連中を索敵して撃破する必要がある。お触り禁止と言ったが、放置していると美浦にやってくる。お前たちはその覚悟があったのか? 直接手を下して殺す覚悟だ」
「……そこまで考えていませんでした」
“生かしておくと許容できない被害をもたらすなら殺す”と即決できる俺らが異常なのは理解しているつもりだが、他人の命を預かっているならそうあるべきだとも思っている。
敵や人倫に悖る無法者を殺すのを躊躇っていると守るべき人の命や生活が脅かされるのだ。敵や無法者の命と守るべき人や自分の命のどちらが大事なのだと。
「多数の人間の命と生活の安寧を預かる立場の人間は、時には“人を殺す”という道徳観に反した決断を行う必要がある。お前らが生まれる前の話だが、俺らは殺すべきだと判断して手を下した事がある。公式には鉄砲水に流されて死んだ事にしているが、ほとんどは俺らが直接手を下している。無縁塚のあれがそうだ」
鉄砲水による被害は死者行方不明者がでるような大災害でないと報道されないから鉄砲水に流されたら運が良ければ助かる事もあるが普通は死んでしまうと思われているふしもあるが、それは誤解であって、歩行者と自動車の交通事故で歩行者が全員死亡したり重傷を負ったりする訳ではないのと同じで、鉄砲水に流された場合も鉄砲水の形態(短時間で増水するよくあるタイプの鉄砲水より『段波』と呼ばれる水の壁が迫ってきて一瞬で増水するタイプ鉄砲水の方が危ない)や規模や地形などによって死亡率は大きく異なる。
俺は返り血を洗い流していたから参加しなかったが、将司達は鉄砲水に流された者を捜索しては止めを刺すというサーチ・アンド・デストロイを行っていた。
「直接殺害したのは俺の他には、将司、文昭、雪月花、佐智恵だ。それと匠、美野里、奈緒美の三人と政信さんと奈菜さん夫婦は恐らくは気付いてはいるとは思う。ただし、公式には災害死だからな。他言無用だ。いいな」
「あっはい」
「普段は温厚篤実で構わないというか推奨だが、美浦や瑞穂に許容できない損害をもたらす敵に対してはその存在その物を抹殺する非情の決断をする事も必要になる」
「……キャンプ場の連中は、これまでは許容できる範囲のマイナスで『迷惑な存在』だったけど、今回、その許容限度を踏み越えてきたから『滅ぼすべき敵』になった。だからどうやって滅ぼすかを考えないといけなかったと」
「その通りだ。成幸さんはそう思い定めていた」
長岡兄弟も他人の生命財産生活を預かってきたからか、覚悟がついていたと思う。
「但し、肝に銘じておかなければいけない事が幾つかある。非情の手段はある意味では楽なんだ。逆らう奴は皆殺しにしていけば逆らう者はいなくなる。しかし、そういった恐怖で押さえつけるやり方の社会の生産性は劣悪になるし待っているのは破滅だけだ。だから、安易に非情の手段を取ってはならない。そして自分の利害で決めてはいけない。非情の決断が許されるのは『自分の敵』に対してではなく『自分が背負っている他人の命と生活の存亡を脅かす敵』に対してのみと心得ろ」
「はい」
「それと、非情の決断をしたら中途半端は禁物で徹底して行い完全に禍根を断つ事だ。中途半端に終わると二度三度と残虐を繰り返す羽目に陥ってしまう」
三人衆は幸か不幸かこれまで非情の決断が必要な局面が無かったからな。
「美浦で迎撃しても殲滅できるとは思うが不確定要素が多いしリスクが無いわけでもない。それに、直接手を下すのは……やらずに済むならそれに越したことはないから、そういう意味でも遠くに留めておいて死滅するのを待つという成幸さんの案の方が良策といえる」
「復旧の希望だけだと放置と一緒だから食糧援助をするって事は分かりますが」
「寿命を待っていたら十年二十年とかかりそうな気が」
「だったら食糧を絶って飢え死にするのを待つのも手だと」
将司と雪月花を見たら二人とも何とも言えない表情をしている。
たぶん、俺もそうだろう。
「……あの食糧援助だがな、上手く嵌まれば一年以内にけりがつく。相手の寿命が尽きるのを待つなんて悠長な計画を立てる訳がないだろう?」
「白米よりコーンミールの方が効き目が強くて手っ取り早いが、さすがに不自然すぎるからな」
「ちょっとした知識があれば見破るのも躱すのも簡単な見え見えの罠ですが、本命の罠は気付くのも躱すのも……」
誰かを陥れるときは、注意すれば見破れる罠を目眩ましにして本命の罠にかけるのが常道。見破られるための罠が致命的な物であればあるだけ、それを看破したらそこに油断が生じるのでそこに付け込む。
雪月花が言う通り、目眩ましの罠はそれなりに有名だから看破される可能性はあるが、看破したからといって有効な対処が可能なのかと問われると……手が無い訳ではないが結構難度は高いと思う。
そして、本命の罠は気付いた時には既に手遅れになっていてもう如何にもならないという事もあり得るし、例え手遅れになる前に気付いても……それはそれで自ら地獄を創ることになると思う。
どうやら三人衆は分かっていないようだ。
「これがどういう罠なのか考えろ。そして自分が仕掛けられたらどうするかの回避策も考えろ。これ宿題な」




