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文明の濫觴  作者: 烏木
第10章 百折不撓
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第25話 試作品

午前中の瑞穂学園での授業を終えて給食を食べる。

現代日本の学校給食には、できた給食を校長が食して児童・生徒に提供して良いかの最終判断を下す検食という儀式(規定)(検食で防いだ例もあるが、すり抜けた例も結構あるから点検としては……)があるのだが、瑞穂学園の給食に検食(そんなもの)はない。

如何せん、美浦で食事を作っているのは一箇所なのだから検食も何もあったものではない。


食堂に移動して食堂で食べれば別に給食の形態にしなくてもいいのだが、給食も大事な教育機会なので給食の形態を採っている。ご飯や汁物をよそったり配膳したりというのも立派な教育だと思う。


美浦の児童は幼児教育でしっかり行儀作法を躾られているのでそちらで手を取られる事はないが、川俣の児童には行儀作法が怪しい子もいる。


食事に限る話ではないが、自分や他人を傷つけかねない問題行動は指導しているが、そうでなければ気付かせるようにはするが矯正や指導はしていない。

特にマナーに類するものは、ある所では推奨される所作が別の所では忌避される下品な所作だったりと、所変われば品変わる物なのだからそうそう目くじらを立てる必要はない。


一応、作法というのは合理的な理由があってそうなっている事もある。

例えば魚の食べ方だと頭と骨だけが綺麗に残る人もいれば、骨に身が残っていたり身の断片が散らばっている人もいるが、これは魚の食べ方の作法を心得ているか否かによるところが大きい。

魚の食べ方の作法は『清潔に綺麗に効率良く無駄なく魚を食べる』という目的に適合した物が残った、云わば先人の試行錯誤の積み重ねの上での最適解に最も近い物といえる。


しかし、こういうのは魚の食べ方が上手い大人が周りに沢山いて魚を食べる機会も多いという環境で育ったとかでもなければ中々身に付くものではない。

仮にそういう環境で育ったとしても人間なんだから得手不得手があって当然だから下手な人だっているだろう。

確かに魚を綺麗に食べられる方が良いのだろうが、かといって魚の食べ方が下手だとしても“だから如何した”とも思う。

もっとも、定食屋で焼き鯖定食を頼んで“骨があるんだけど”とクレームをつける輩は擁護できないが。


行儀作法と似た物に手順指示(マニュアル)があるが、こちらは手順を外れると何らかの危害が起こり得るので手順を定めているのだから、マニュアルは守るし守らせる必要がある。


(わたり)くん! 食べ物を噛む時は口を閉じなさい」


行儀作法に類する事ではあるが、クチャラーは許さない。

例え神様が許しても俺は許さない。

ポリシーに反するかもしれないが許せないものは許せないのだ。


■■■


昼食後はアポイントメントがあるので窯場を訪ねる。

美恵さんが火山灰を混ぜた煉瓦ができたから評価して欲しいとの事。


火山灰を使用した煉瓦は火山灰の利用についての検討案の中の一つだが、それの試作品ができたという事。

他の検討案は手付かずのままだが、それは検討すべき者が復旧支援に入っているので仕方が無い。


火山灰の中でもSiO2(ケイ酸)Al2O3(アルミナ)の含有率が比較的高い新燃岳の火山灰を使用した煉瓦は、通常の煉瓦より強度が高くなるだけでなく吸水性や透水性に優れていた。

鬼界アカホヤ火山灰もケイ酸やアルミナが多い火山灰なので重量比で火山灰が三割から五割程度含まれる煉瓦も似たような特徴を持つ可能性が高かった。


強度があって吸水性や透水性が高いというのは実は舗装に適している。

確か新燃岳の火山灰を使った煉瓦は、酸化焼成だと赤系の如何にも煉瓦という感じに、還元焼成だと無彩色の黒からグレーという感じに仕上がるので、色分けによる誘導などにも利用できるので歩道はもとより車道の舗装にも利用されていた。


「三割配合は大丈夫だろうけど、五割配合は工夫が足りないかも」

「打音検査していい?」

「もちろん」


自信がありそうな火山灰を三割使ったサンプルから幾つか適当に選んでハンマーで叩くとどれも澄んだ金属音がしたが、自信がないという五割配合のサンプルは幾つか打検したがこちらは鈍い音がした物が多い。


叩いた時の音が鈍い物は中に空隙や締まっていない部分がある事が多く、きっちり締まっていたら澄んだ音がするし硬いと金属音がする。

だから三割配合は十分実用に耐えるが五割配合は厳しいと思う。


五割配合の煉瓦を割る許可をとって鈍い音がした煉瓦を割ると予想通り中心部が十分に焼成されておらずボロボロだった。

何というか表面付近はちゃんと焼けているが中心部は生焼けっぽくて……ミディアムレアといった感じ?

ステーキならミディアムレアは結構人気のある焼き加減で俺も好きだが、煉瓦というか焼き物だとベリーウェルダン最低でもウェルダンでないといけない。


「……焼成時間が不足して中まで焼成できなかったみたいな断面だね」

「そんな感じだな」

「普段の倍の四十八時間焼成したんだけど駄目だったか」


通常の煉瓦の焼成は、徐々に温度を上げていき摂氏一,二〇〇度に達するまでに十二時間ぐらいかけ、その温度を維持するのが二十四時間ぐらいになる。そして焼成後は除熱に三日間ぐらいかける。

その摂氏一,二〇〇度を維持する時間を二十四時間ではなく四十八時間に延ばしたが駄目だったという事。


「アルミナが多い分、熱の入りが悪るかったのかも」

「真ん中の五ミリぐらいは完全にアウトでその周りも怪しい……二.五センチぐらいまでなら何とかといったところか」

「そう見える」

「じゃあ、五センチ以内にすれば何とかなると思うけど、如何?」

「“半桝(はんます)”は怪しいが“はんぺん”や“羊羹(ようかん)”ならいけるかもしれんし(あな)を開けるという手もある」


“半桝”というのは標準サイズの煉瓦を二つに割った立方体に近い煉瓦で、“はんぺん”は厚みを半分にした平べったい煉瓦、“羊羹”は縦に半分にした細長い長方体の煉瓦の事。

それと孔を開けるというのはコンクリートブロックのような感じにする事。もっとも強度や焼成の都合を考えると開口部の方が小さい形にする必要はあるだろうけど。


「生産性を考えたら“はんぺん”が良いかも。次のロットは“はんぺん”と“羊羹”、それと念の為“半桝”も加えてみる」

「それと二十四時間と四十八時間でどう変わるかは見た方がいい」

「成る程ね。それも試してみる」

「孔開きは形成が面倒だけど使い出はあるので試して貰えるとありがたい」

「……検討する。はんぺんを二つ並べて正方形の分厚いタイルっぽくするのはあり? なし?」

「ありあり。断然あり」


中心部まで摂氏一,〇〇〇度以上にするには幾つか方法はある。


一つは焼成時間を長くするという方法。

茹で卵は沸騰したお湯に卵を入れて短時間(六分から七分程度)茹でると卵白は固まるが卵黄が固まっていない半熟卵になるが、茹で時間を十二分ぐらいまで長くすると卵黄が完全に固まった固茹で卵になる。

外部からの熱が徐々に中に伝わっていくのだが、高温に曝す時間が短ければ中心まで十分な熱が伝わらないが、曝す時間が長くなれば最終的には中心まで同じ温度になるのを利用して、茹で時間の長短で任意の茹で具合いを実現できる。


これと同じで、摂氏一,〇〇〇度以上の窯にずっと入れていれば(表面が融解しなければだが)最終的には中心まで摂氏一,〇〇〇度以上になるので、それまでずっと焼成し続けるという方法なら中心まで焼成できる筈。


ただ、この方法は二人とも思い付いても言わないのは不可能だから。


長時間焼成するということは燃料を何倍も消費してしまうという難点もあるが、最大の難点は長時間焼成し続けると窯の温度管理(火の番)をする人間が持たない事。おそらく、今回の四十八時間は通常業務の範囲では限界の長さだと思われる。


一応ね、備前焼は半月ぐらい焼成するので火の番ができる人数が揃っていればそれぐらい長期間に渡って焼成すること自体は不可能ではない。

本場では他所の窯元から応援をもらって人数を揃えて焼成する事もあるそうだ。

それだけ長い時間焼成するので備前焼は『投げても割れぬ』と言われるぐらい堅く締まるので擂鉢(すりばち)とかの実用品にももってこいな焼き物になる。

もっとも、融解して駄目になる物も結構あるそうだが。


美浦でも剛史さんが備前焼的なものを作ってみたいというので三週間(美浦暦の一週間は五日間なので十五日間)焼成し続けたことはある。

しかし、これは余裕があった時の話だし、剛史さんをして“よっぽどじゃなきゃ二度としない”とまで言わしめたぐらい辛かったらしい。


そうは言いつつも、一個しかなかったけど下の方から金色、銀色、赤色と色彩が変化していく半筒茶碗ができた事にはとても喜んでいた。

備前焼には金色や銀色に色付いて金彩や銀彩と呼ばれる物があるそうで、そういう物の再現(?)をしてみたかったそうだが、本人の想像以上の物ができて吃驚したそうだ。ちなみに、その半筒茶碗は『来光茶碗』と命名されて飾られている。


火の番についてだが、窯炉内の温度を測れる温度計は無いので炎の様子などから窯の温度を推測できるのは当然として、適切な温度調整できる薪の焚べ方や空気穴の調整ができる技能が無いと務まらないが、これができるのは現状では剛史さん・美恵さん父娘とうちの佐智恵と義弘の四人しかいない。

四人でローテーションして火の番をすれば長時間焼成は不可能ではないが、四人がガッツリ煉瓦作りに拘束されるのは厳しい。


それになにより、長時間焼成だと外部委託ができなくなる。

『美浦で基本的な製法を確立して外に広めて外で作られた物を美浦でも使用する』というのが、美浦と先住者集落群の基本的な関係の一つで、焼き物もその例外ではないので他所で実施が難しい製法は避けたい。

何せ美浦ですら四人しかいない高等技術なのだから他の集落にそんなにたくさんの技能士はいない。


だからもう一つの方法である『厚くて火が通らないなら薄くすればいいじゃない』作戦を試す。


窯炉内の空気と接しているところからの距離が長いから十分な熱が届かないのだからその距離を短くすればちゃんと焼成できる筈。


“はんぺん”や“羊羹”にすればどの場所も外部から二.五センチメートル以内に納まるので多分いける。(“半桝”は中心部は外部との距離が二.五センチメートル以上あるから怪しい)


また、コンクリートブロックのように孔を開ければそこからも熱が伝導していくので十分な熱が伝わると思う。

もっとも孔開き煉瓦は現状では形成難度が高いから良い形成方法を編み出さないといけないのは前提として、どこにどれだけどのように穿孔をすれば良いかの塩梅を探る必要があるかもしれない。

そうすると製品開発に物凄く時間が掛かるし、美恵さんも消極的な反応だから孔開き煉瓦はお蔵入りが濃厚かな?


「じゃあ、各種試作してみる。乾燥とかを入れると……今月末かな? 義秀(ヒデ)ちゃんが帰ってきてるといいんだけど」

「微妙なところだな。何なら日を決めて呼べばいいんじゃ?」

「……考えとく。三割配合は合格ならレシピ纏めとくから監修お願いしますね」

「分かった」


先住者の水準に合わせたマニュアルは未だに俺が監修する事が多い。

誰かに引き継がせたいんだけど適任者がいない。

敢えて挙げれば義智だが、義智にはこれ以上負荷は掛けられないし……


「ああ、そうそう。酸化焼成と還元焼成で色合いがガラッと変わると思うから可能なら還元焼成も試して欲しい」

「ほほぉ……どんな感じに?」

「新燃岳の火山灰を使った煉瓦の還元焼成は暗めの無彩色で結構渋い感じだった」

「なるほどね……うん。試してみるよ」

「よろしく」


美恵さんは剛史さんほど芸術寄りではないが、この手の事には目が無いからモチベーションアップにつながるだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり火山灰の利用は難しいね。 紀元前の古代から考えられてきたけれど利用法は少ないしな。
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