第23話 土砂災害への備え
スノーダンプ乙二型改に取り付ける車輪を持って第二次復旧支援隊が進発した。
第二次復旧支援隊は濁水対策の準備もあるが、これから迎える梅雨の時期の土砂災害対策も兼ねている。
基本的には各集落に水害や土砂災害に対する防備は施してある。
自然災害には地形に関係ないものもあれば物凄く関係するものもあり、土砂災害や水害は後者にあたり、罹災しやすい地形もあれば罹災しにくい地形もある。
平地ではなくやや高台で暮らすのがデフォという彼らの生活様態は、意図していたと断言はできないが土砂災害や水害を避けやすい場所であり理にかなっている。
また、コツコツと基本図を作ってきたから各集落の災害危険度も把握していて、中には近くの安全な場所に移転してもらった集落もある。
移転してもらったのは、溜池を造れる場所との関係が大きかった。
溜池が破堤したときに直撃を受ける場所だったのと、他に溜池を造れそうな場所が無かったので移転してもらった。
そうやってきたので、順境なら水害や土砂災害には特に気を使う必要はなかった。
しかし、降灰による影響は出てくる。
北方に行けば行くほど積灰量は激減しているが、粒径がとても小さい火山灰なので雨水などで簡単に流出する。
雨が降ったときに石と砂と泥だと何が雨水に流されるかというと泥。
雨が降ると川に泥水が流れるのは普通の光景といえるが、砂まで混じるとなると記録的な豪雨になるし、石ともなると土砂崩れや土石流、鉄砲水といった災害発生時の話になる。
ここらに飛来した火山灰は泥に近い粒径なので、簡単に山から流出して谷や河川に押し寄せてきて、濁流というか泥流というかが川を埋め尽くすわけだ。
厄介なのはそうやって押し寄せた泥水が水利施設を痛めつけるという事。
取水したり貯水したりするというのは水が澱むという事なので、上流から運ばれてきた火山灰などで埋まってしまう事もあり得るし、最悪だと堰堤が破壊されてしまう。
万が一、破堤しても住居などに被害が及ばない場所に造っているが、破堤したらそれはそれで面倒な事になる。
農業は暫くは難しいのでそれまでに復旧すればよいのだが、この手の事業は片手間にできる事ではない。
それと、こういった濁流・泥流は侵食力がとても強い。
川岸が濁流に削られて家が川に転落する映像を見たことがある人もいるだろう。
泥水は普通の水より比重が高いので同じ流速でも濁流の方が運動エネルギーを持っているが、普通は濁流になるのは流速が速いからに他ならないから運動エネルギーの量は比べ物にならないし、物理的に固体がぶつかるので侵食されやすくもなる。
それと、泥水は比重が高いというのは運動エネルギー以外にも無視できないものがある。
それは浮力で、押しのけた気体や液体の重量と同じだけの浮力が発生するので、比重が高いという事は浮力も大きいから、水には浮かない物質も泥水には浮くようになり、更に比重が高まり……と、最終的には石礫や果ては岩さえ動かすようになる。
だから、濁流が河岸や河床を侵食して流路が変わる事もあり得るし、流入した火山灰が堆積して流路が変わるというのもあり得る。
川の流路が変わるというのはそれだけで大災害だがそれ以外にも問題がある。
誰だって自分が住んでいる所が川になって二度と住めないとなったら困るし、為政者に物申すだろう。
これは現代でなくても昔もそうで、川の流路が変わると土地の利用形態が大きく変わるので、できるだけ変えないようにした結果として生まれた天井川が、日本に限らず世界中に存在しているのはその証拠だろう。
天井川というのは川底が周辺の土地より高くて天井の高さを川が流れているような川というところから名付けられた川の形態の事だが、自然にこんな川ができる事はない。
流路を変えないためにというか河川の氾濫を防ぐために堤防などで流路を固定した事によって川が運んでいた土砂の逃げ場がなくなり川底に溜まって河床が上昇し、それによる水位の上昇をうけて堤防の決壊を防ぐために堤防を嵩上げし、というのを繰り返した結果、川の下に列車が通る隧道を造る事ができるぐらい河床が高くなったもので、川と人間の共同作業(?)の賜物といえる。
もしも、天井川が決壊したら広範囲に被害が及ぶし排水も容易ではないから、天井川はマジで負の遺産だと思っているし、現代日本では新たな天井川が生まれないように浚渫して河床の上昇を抑えたり、実質的には付け替えになるが立ち退きが最小限になるよう暗渠化したりしている。
どこかで川を付け替えてやれば天井川にはならなかったのだろうが、付け替える費用より堤防を嵩上げする費用の方が安いから天井川が生まれたわけだ。
もっとも、工事費用云々よりも河川の付け替えは流路変更なので土地の利用形態の変化や立ち退きが発生するのでそうそうまとまる話ではないのが問題。
関東には新利根川とか旧荒川とか古隅田川など新〇〇川、旧〇〇川、古○○川という河川名が幾つも存在するが、これは利根川東遷事業や荒川の瀬替え(荒川を西へ遷す)に代表される大規模な河川改修の結果によるものが多い。
そして河川の付け替えを含めた河川改修が実施できたのは、関東では血縁や地縁などの柵が無い他所者でありながら強大な権力と武力を持つ徳川家の存在抜きには語れない。
日本のそして関東というか東京の発展にはこのような大規模な河川改修なしには成り立たなかったと思われるので、徳川家康が関東に国替えされた事は結果としては現代日本にまでつながっている。その点では豊臣秀吉グッジョブといえるかも。
もっとも、今の土地利用の形態だと多少流路が変わっても大きな問題はない。
川の流路が変わるのは昔から大問題ではあるのだが、昔過ぎる現状では流れが変わっても結局は利用していない無人の野を流れるのは変わらないので、被害があるとしても船着場が使えなくなって新たに造らないといけないぐらいだと思っている。
川の方はそれでいいとしても、用水路や取水堰や溜池といった水利施設の保守はやることが多い。
溜まった火山灰を浚渫しないと火山灰に埋もれて機能喪失するし、侵食されたところは補修しておかないといけない。
それはそれでやるのだが、他にもやらないといけない事が生じるかもしれない。
それは、集落や田畑より高いところから流れ落ちてくる火山灰の対策で、火山灰混じりの泥水が流れてくるぐらいなら可愛いもので、土砂崩れや土石流が襲ってくる可能性はある。
山の頂上付近や尾根筋であればそうそう土砂災害はないのだが、そういう場所は水の確保が難しくて居住には向かない。
逆に谷であれば水は得やすいので往々にして谷沿いに集落ができやすいが、谷筋は土砂災害が起きやすい地形といえる。
山腹で土砂が侵食されて窪み、そこに土砂が流れ込んで更に侵食され、というのを繰り返したのが谷の成因の一つなのだから谷は土砂災害が多いのも道理というもの。
大河の傍の微高地というある意味では神立地な川合やホムハルは例外としても、他の集落は基本的には谷筋の山麓寄りの場所にあるので対策の必要性は高い。
降灰の状況をみて対策の目星はついていると義秀は言っているが、これから迎える梅雨と今後あるであろう台風シーズンの前に対策を終えている必要があるので、時間との勝負の面は否めない。
谷筋にある集落というのは美浦の旭丘も同じなのだが、旭丘の上部の斜面は除灰もしているし、そもそも対策を施している。
土石流流向制御工といって『守る場所より下流に土石流を流しても安全な場所があるのなら、守る場所の上流で無理に土石流を止めなくても導流堤などで土石流の流向を制御して安全な経路で安全な場所に誘導してやればいい』という土石流対策があり、旭丘の上の斜面には右肩上がりの導流堤を築堤していて、万が一土石流が発生しても旭丘の南側を通って里川の河口方向に流れるようにはしている。
現状のリソースでは土石流を止める砂防ダム的な物は無理なので、左に受け流すのが精一杯。土石流は急にいきなりやって来るから仕方ないよね。
まあ、想定を大幅に上回る規模で発生したら無理だが、そんな一万年に一度の大災害なら諦めるしかない。
もっとも、地球上で一万年に一度程度の頻度で起きてきた破局噴火が自分の生活圏に直接的な被害をもたらす確率は、日本列島のように頻繁にみまわれる地域であっても数万年に一度ぐらいになるのだろうから、万が一どころではない。
しかし、こっちは十二分にあり得る事態として想定していたのでこっちは諦めない。
■■■
第二次復旧支援隊は防災を兼ねるというのは、失敗すると美浦の信用に関わってくる。
それだけに復旧支援隊を率いる義秀の責任は重大なのだが、それを母親の美結が心配している。
そして、息子を心配して憂鬱になっている美結を慰めたのが佐智恵。
任せろと言うから任せたが、正直、心配はあった。
佐智恵は心情よりも論理に重きを置く。
もっとも、この情より理というのは俺もそうだし将司や雪月花も同じ。
ただ、俺ら三人は他人の感情を軽視はしておらず、ちゃんと他者の感情に配慮はしている。他者の感情に配慮できない者が円滑な対人関係を築いたり交渉をまとめる事は難しいのだから当然だろう。
もっとも、俺ら三人は『感情は基本的には阻害要因』と捉えていて、目的の達成の障害にならないよう他者の感情に配慮しているし、必要だったら他者の感情を誘導することも厭わない。
素案を作ったら他者の感情を考慮しながら見直して修正や対策を施す『政策の実施にあたり、感情が障害になるなら障害にならないよう感情に配慮する』という意味で感情に配慮していて『感情に配慮する』というのは目的を達成するための『手段』であって『目的』ではない。
そういう腹黒い三人とは異なり、佐智恵は他者の感情を無視する方向で論理偏重になっていて『理を尽くせば分かる。分からない馬鹿は相手にする必要がない』というとてもいい性格というか生き辛い性格というかをしている。
そして面倒事は俺にぶん投げれば良いというのが佐智恵の処世術で、この尻拭いをしてくれる存在が厄介な性格のままというか先鋭化したというか……
俺だって義秀に任せれば万全だとは思っていないから美結が心配するのは分かる。
しかし“可愛い子には旅をさせよ”という言葉もあるし、既に賽は投げられたのだから心配しても意味がない。
俺にできる事は第二次復旧支援隊が不調だった際にどういう後詰めができるかを検討して準備しておく事ぐらい。
要は『何かあった際は必ず力になってやるぐらいしか親にできる事はない』という事だが、こういう割り切りはともすれば冷酷だの情が無いだのと言われかねない。
おそらくは佐智恵も同じ結論に至っていると思うが、こういった事を正面から言ってもあまり意味がないと思う。
そう思っていたのだが、正直にいうと二人の絆の強さを過小評価していた。
黙ってハグして背中をポンポンと優しく叩いたり撫でたりする佐智恵には吃驚した。
そして佐智恵が美結の耳元で何事かを囁くと美結もうんうんと頷いている。
アラフィフの小母ちゃん同士の絵面には百合っぽさはなく、どちらかといえば愚図る幼子を宥めるような雰囲気があった。
俺は佐智恵のあのような姿はお腹を痛めて産んだ我が子にすらしたところを見たことが無い。美結はよくやっていたけど……
佐智恵がチラッとこっちを見て“どっか行け”と目で語ってきたのでその場を立ち去ったが、少し嫉妬を覚えた。




