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文明の濫觴  作者: 烏木
第10章 百折不撓
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第22話 義秀の試練

スプラウト栽培小屋を建ててスプラウト栽培が一回りしたあたりで第一次復旧支援隊が帰還してきた。


この復旧支援隊が第一次なのは当然ながら第二次、第三次があるから。

各集落に道具類は渡してあるので各自で除灰を進めてもらうのだが、しばらくするとそれまでの作業方法だと作業を続けることが難しくなっていく。

今は盛土の高さが大したことがないから如何とでもできるが、ある程度高くなるとスロープを付けるなど持ち上げるための工夫が必要になるし、転圧の具合を確認しないと沈下量が尋常じゃなくなるし下手すると作業中に崩れたり陥没したりして事故が起きる事も考えられる。


だから要所要所で必要に応じて第二次第三次の復旧支援隊を派遣する。

それに集落の除灰だけでなく、農地の回復もあるし、道路や港湾といった交通インフラや上下水道や灌漑といった水利関係の復旧もあるし、土石流をはじめとした土砂災害の多発も想定されるので防災対策などなど復旧支援隊がやることは多い。


支援隊が帰還したので、復旧支援担当主任の義秀から先住者集落の状況報告がなされた。


義秀は全集落を見回ったが今のところは特に問題はなく復旧作業は順調との事。

しかし、今後は火山灰を動かす距離が長くなるのと火山灰が減ってスノーダンプが有用な場面が減っていくので、火山灰を掬い取るのと運搬については別の手段を追加投入する必要があるとの提起もあった。


「それについては問題ない。車輪をポン付けできるよう考えてある。義弘(ヒロくん)、どんな塩梅だ?」

「試作品がもう直ぐできるけど匠小父さんの許可が下り次第、美浦でテストって段取りかな?」


火山灰を掬い取るのはスコップで十分だが、問題は運搬方法。

ああいった場面での運搬手段の本命は一輪車になるが、元々スノーダンプは浅型の一輪車の舟と持ち手を流用して作ったような物なので、スノーダンプに車輪を固定できれば一輪車擬きに早変わりという事らしい。

そして大部分を木製にした鉄資源節約タイプのスノーダンプ乙二型改には車輪をポン付けできるように台車と連結するための穴を開けてあるそうだ。


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後で試作品を見せてもらったが、一輪車とは似ても似つかない奇妙な物体でとても戸惑った。

車輪が結構小さいくて舟の位置がとても低く、見た目だけだと芝刈り機とか幼児用の玩具の手押し車みたいな感じだった。


製作陣曰く“スノーダンプは接地している状態で楽に取り回しできるように持ち手()が設計されているから、通常の一輪車の車輪を付けると高過ぎて使い辛い。そこで、小径タイヤにして舟の位置を低くして取り回ししやすくしている”と。

言われれば確かにそうだ。


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「後、これは誰に相談したらいいのか……濁水が暫く続くだろうから水から火山灰を除去する方法」

「それは美浦でも急務なのでサチ小母さんと母さん(アイティ)に頼んである」

「……りょうかい」


理久(りく)くんの返答を聞いた義秀は諦めの境地といった表情を浮かべている。

義秀は小さい頃から雪月花と佐智恵にはこっぴどく叱られてきたからか、二人を苦手としている。


雪月花は幼児教育担当だから雪月花に頭が上がらない子は非常に多い。

三つ子の魂百までじゃないけど、雪月花が幼児教育を担当して以降の美浦の子らには“雪月花に逆らってはいけない”というのが骨の髄までしみわたっている感がありありと見える。

その点では、人生三回目説がある義智は雪月花を苦手としていない珍しい存在だったりする。


それはともかく、美結の息子である義秀を佐智恵が叱っていたのには理由がある。

佐智恵と美結は暗黙の了解なのか話し合いの結果なのかはアレだが、うちの子達の誰かを叱るときはどっちみたいな担当が決まっているらしい。

(お父さん)は不在な事が多いので、二人で叱る担当と逃げ場担当を分担していたのだが、全員に一律だとやさしい母さんと怖い母さんが固定されるから一人一人に担当みたいなのを決めていたようだ。

この形態になったのは、母親の違いで兄弟に差をつけないというのと、美結は多排卵体質なのか毎回二卵性双生児なので佐智恵も積極的に美結の子の育児に参加しないと手が回らないという事情もある。


そういう訳で、義秀を叱る担当は佐智恵だった。

個人的にはどっちかが叱ったらもう一方は逃げ場を用意するで良いとは思うのだが……まあ、ほとんど成人しているから今更な話だが。


義秀が苦手とする雪月花と佐智恵が水に混じった火山灰の除去を担当するのは、濁度が高い原水を処理するには泥などの濁り(コロイド)を凝集して分離できるようにする薬剤(凝集剤)が必要だから薬学と化学の出番という事。

だから義秀も雪月花か佐智恵が担当する事は予想できていたようだが、二人以外の誰か、もしくはどちらか一人という可能性に望みを託していたが、彼にとっては最悪の結果が待っていた。


美浦の飲料水というか上水道は井戸水なので火山灰の影響を受けないのに、なぜ濁水中の火山灰の除去が急務なのかというと、農業用水の関係。

農業用水は地表水なので当然ながら火山灰の影響を受ける。

普通(?)の火山灰なら少量だったら目を瞑るという手もあるのだが、植物の生長を阻害する事で有名な鬼界アカホヤ火山灰が混じった水を農業に利用するのはどうかという意見は無視できない。


そういう事情なので、雪月花と佐智恵が火山灰除去のための凝集剤の実験をしていた。

現状でも合成可能な浄水に使える凝集剤は既にあるので、複数ある凝集剤の中でどれが適切かという実験だったのだが、既に目星は付いたそうだ。


濁水中の濁りの除去方法なのだが、濁水中の濁り(コロイド)はマイナスに帯電して水中に分散しているので、ここにプラスの電荷を加えてやると、コロイドは加えられたプラス電荷の周りに集まって(凝集して)(基礎フロック)を形成する。

その基礎フロック同士がくっついて大きな塊(フロック)になると沈殿するので、濁水中の泥を除去できる。


このプラスの電荷を提供する物質を凝集剤と言い、ポリ塩化アルミニウム(PAC)や硫酸アルミニウムといったアルミニウム系や塩化第二鉄や硫酸第一鉄といった鉄系の凝集剤がよく使われる。


泥水の『水澄まし』にミョウバンを使う事もあるが、通常ミョウバンと称される物質は硫酸カリウムアルミニウム十二水和物といって硫酸カリウムと硫酸アルミニウムの複塩なのでアルミニウム系の凝集剤が入っているようなものなので水澄ましに使える。


鉄やアルミニウム以外にもカルシウムやマグネシウムにも凝集効果があるので、実は消石灰や苦汁(にがり)や果ては海水にも凝集効果があったりする。


実は現代にはこういった凝集剤を利用して濁りをフロックにして除去する浄水方法があって、急速濾過と呼ばれている。

“浄水場の面積を小さくできる”“機械化・自動化と相性が良い”“幅広い原水に対応できる”“需要の急変に対応可能”などの利点があって先進国や大都市などでは急速濾過が主に使用されている。


浄水方法に急速濾過があるという事は、当然ながら緩速(かんそく)濾過もある。

砂などで造ったフィルターにゆっくりと水を通していく方法で、砂のフィルターで物理的に除去するのに加えて、(濾材)に発生させておいたバイオフィルムで有機質の汚れを浄化しながら濾過する方法。

急速濾過に比べて広い面積が必要だし、原水も濁りの少ない綺麗な水でないといけないなど色々な欠点はあるが、ローテク・ローコストで運用できるので世界的にも採用例が多い方法。


現状でも先住者集落など各地に設置している浄水場は緩速濾過を採用してきた。

緩速濾過のローテク・ローコストというメリットが絶大であるのは間違いないが、そもそも急速濾過を採用する理由がなかった。

急速濾過の凝集剤は薬剤なだけに取り扱いに注意が必要だし、凝集剤を攪拌して原水に混和する動力もいるなど運用上のハードルが高いし、急速濾過しないと間に合わないほどの需要も無かった。


緩速濾過では濁りの少ない綺麗な原水を必要とするのは、濁り(コロイド)は粒子がとても小さいから緩速濾過のフィルターには引っかからず濁りの除去ができないという欠点があるから。

火山灰といっても粒径が大きければ凝集剤を入れなくても沈殿する(但しそうするとフィルターが目詰まりしてしまう)のだが、五〇〇キロメートルも飛んできた火山灰の粒径はとても小さくて砂のフィルターは素通りしてしまうから、火山灰混じりの濁度が高い原水を緩速濾過で処理しても火山灰混じりの濁水が出てくるだけという結果が待っている。


これまでは濁度の低い綺麗な原水を使用していたので緩速濾過で問題は無かったが、暫くは濁水が続く事が考えられる状況では大問題という訳。


「凝集剤の混和方法、それと混和池、フロック形成池、沈殿池の大きさや形状の検討が必要です。義秀さん、頼みましたよ」

「ええっと……そこはノーちゃん」

「ヒーデーちゃん。よ・ろ・し・く・ね」

「そこはノーちゃんに」

「あらあら……お返事は?」

「……やっぱ聞いてねぇ」

「ん? 聞こえないなぁ、お返事は大きな声で」

「はい! 分かりました!」

「よろしい」


この佐智恵と義秀の遣り取りは何度も聞いているから“お約束”っぽいんだよなぁ。

ただ、個人的には衆人環視の場でやる事じゃないとは思っている。いや、衆人環視でなくてもやるべきではない。

この遣り取りはパワハラと取れるし、相手は子供じゃないんだから、佐智恵には常々止めるように言っているのだが糠に釘でねぇ……


佐智恵が言うには、義秀は普通の人が十できる事を人並み以上の十二ぐらいできれば満足してしまうが、能力的には二十だってできる筈だから常に発破を掛けつづけないといけない手のかかる子なのだそうだ。

人並み以上の事ができれば十二分だと思うのだが、佐智恵からみるとそうもいかないようだ。


それはさておき、急速濾過に必要な工程は、雪月花も言っているけど“凝集剤を原水に均等に混ぜ込む”“鬼界アカホヤ火山灰(濁り)を凝集させてフロック形成を促進する”“フロックを沈殿させて除去する”というもので、ここらは建設分野なので雪月花と佐智恵は専門外。

雪月花と佐智恵は、原水の濁度と凝集剤の濃度の関係や適切な後処理を探るという事になる。


後処理だが、実は沈殿池に沈殿したフロックはフロック形成池に戻す事が多い。

何で? と思うかもしれないが、凝集剤のプラス電荷の周りに凝集した基礎フロックはとても小さいので、基礎フロック同士がぶつかってくっつく可能性より、目視できるぐらい大きな塊であるフロックと基礎フロックがぶつかってくっつく可能性の方が高いので、沈殿したフロックをフロック形成池に戻した方がフロック形成が早く進むのだ。


そうはいってもリサイクル回数(?)には限度があるというか、原水に含まれる泥がフロックになるのでフロックの量がどんどん増えていくから、ある程度まで増えたらフロックの一部は取り除く事になる。

通常はフロックを圧搾して水分を取り除いたら泥成分の塊(今回だと火山灰の塊)になるので埋め立てに使われる。

昔は“原水に含まれていた成分なんだから原水に返せば良い”と取水した河川に捨てていた事もあったらしいが、現代日本ではさすがにそれは通らない。


このフロックを形成して除去する手法は上水道の浄水に限らず、工場排水の浄化にも使われる。

この場合はフロックは工業廃水の懸濁物の塊になるので有害物質を含有している可能性が高く、中々に処分が大変だそうだ。

フロックのほとんどは懸濁物(凝集剤は極僅かしか含まれない)なので、懸濁物の種類によってはフロックから資源を回収するという事もあるそうだが、それには懸濁物の成分が回収に見合うだけの資源価値がある事が条件になる。


今回はフロックの主成分は鬼界アカホヤ火山灰になるので資源価値はない。

川に捨ててもいいような気もするが、おそらくは脱水して火山灰を捨てる土捨て場に埋め立てる事になるだろう。


凝集方法の運用や処分を整理してマニュアルにする作業や火山灰除去の施設の建設は義秀が担当しなければ駄目だろうな。

義秀がそれに応える事ができるかというと……たぶん大丈夫。


義秀には以前に急速濾過の概要を教えた事がある。

現状の浄水方法を、俺は『()()濾過』と呼んでいるから、他の濾過方法もあるのかと聞かれたときに教えた。

だから急速濾過という方法がある事は知っているし、現代日本で採用されている手法も教えたから覚えているかもしれない。


しかし、現代の先進国で採用されている方法は機械や動力など一定以上の技術やインフラが必要になる。

現代の先進国で採用されている急速濾過法の理論は流用できても具体的な手法はそのまま採用する事は無理なので、現状に合わせた実現可能な方法を探る必要がある。


昔、浄水方法を検討した際に急速濾過についてチラッと考えた事があるから義秀が聞きにきたら教えようと思う。

あまり詰めて考えていないので試案を示す程度にとどまるとは思うが、義秀なら十分対応できると思う。


駄目だったらお父さんは教育を義智にぶん投げてでもフォローするから思いっきり好きなようにやれ。


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